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観測所


 雷雲轟く空の上。

 その雷雲を突き抜け、青空の広がる宇宙と空の狭間。

 そこで、止まる。


「ひっ……うっ……」

「天空鳴動、虚無創造、空間固定、設計、重力計算、固定、施設選択、固定」

「⁉︎」

「維持、自動計算開始、最適化開始、終了を確認後、仮想建設開始。仮想建設完了後、最終調整を開始。最終調整終了後、微修正を開始、微修正完了後、最終確認を開始。再度最適化。うーん、ついでに自動修復も付けておこうか」

「? あ、あの……」

「待って。空間維持、固定。自動防衛機能追加。結界機能追加、置換機能追加、生命最適化機能追加……」


 なにやら次々と魔法陣を描いていくオディプス。

 魔法陣は新たに描かれれば外側へと跳ねていき、ミクルが見た事もない光景が広がっている。

 魔法陣の、壁だ。


「…………」


 圧巻、と言う他ない。

 これ程の光景は今後二度と見る事は叶わないだろう。

 見渡す限りが魔法陣に埋め尽くされていく。

 不思議だった。

 まるで、夢の世界のように見えたのだ。

 魔法に携わる者として、これほどの光景はきっと二度と見られない。

 奇跡に等しい光景。


「建造開始」


 トン、とオディプスの指先が魔法陣の一つに魔力を流した。

 次の瞬間、拡大し続けていた魔法陣の重なっていた部分を通じて全ての魔法陣が次々光を流し始める。

 そして全ての魔法陣が光を放った瞬間、それらは巨大な一つの魔法陣に再構築された。


「す、ご……!」

「まだ驚くのは早い」


 オディプスの足下、そして、ミクルの足下に感触が生まれる。

 それは石の感触。

 最初は感触だけだったものが、透明な地面となり、地面は石畳に変化していく。

 その頃になるとミクルの体はすっかり浮遊から解き放たれ、重力のある床に降り立っていた。

 見上げれば床はどんどん広がり、柱が立ち、十メートル以上はありそうなグレーの天井が現れ、床は廊下に、柱の奥には壁、扉、恐らく部屋も。


「わ……わ……っ」


 まともな声など出ない。

 五メートルほどの廊下。

 光の波が数回走り抜ける。

 時間にして五分程だろうか。


「観測所の完成だ。さあ、行こうか」

「………………。……はっ! あ、ま、待って……!」


 なにもないところから、建物が生まれた。

 自分でもその表現が奇妙だと自覚はあるが、それ以外の表現が出てこない。

 呆気にとられていると、オディプスはさっさと広い廊下を歩いていく。

 カツン、カツーンと靴底がツルツルの石床を鳴らす。

 左側には数メートル感覚で並ぶ柱。

 こちらは壁などついておらず、風が通り抜けていく。

 しかし、地上のような柔らかな風で飛ばされそうという事はない。

 そして右側は模様の入った黒地の壁と等間隔にダークブラウンの扉。


(やっぱり、オディプスさん、すごい……。天才とか、そういうレベルじゃ、ない)


 息を飲む。

 もう、この人は神様かなにかなんじゃないだろうか、とさえ思っていた。

 進むと突き当たりに壁と観音開きの扉が現れる。

 オディプスがその扉を開くと、そこは図書館のような場所。

 中央に椅子とテーブル。

 側面には壁一面の本棚。

 そして、中央には球体を備えた奇妙な機材。

 左側面は超巨大ガラスが張られている。


「? こ、ここ、は?」

「観測所だと言っただろう。観測室だよ」

「観、測、所……。な、何を、観測……する、ですか?」

「もちろん、あの城だ。覗いてご覧」

「……」


 球体の下には、望遠鏡のようなものが付いていた。

 初めて見るそれに興味本位も手伝って覗き込む。

 見えたのは……黒い城。


「!」

「先程君の幼馴染があの城に『疫病が封じられている』と言っていたのは恐らく本当なのだろう」

「!? ……え、あ……じゃ、じゃあ、ゆ、勇者の、こ、声って……」

「それだ。それが引っかかる」


 オディプスが指をミクルの鼻っ柱に突きつける。

 やはりだ。

 ミクルもそれが引っかかった。


「君の記憶、そして、これまで解剖してきたこの国の人間の認識は『魔王は実在した』が『勇者は御伽噺の中の存在』だった。ならばなぜ、勇者なんだ? あの『禁忌の紫』の少女」

「エ、エリン……」

「そうだ。彼女らが聞いた声は本当に『勇者』なのか?」

「…………」


 そうだ、そもそも……『禁忌の紫』とは『魔王』の髪と瞳の色が由来と言われている。

 つまりエリンは生まれた瞬間から『魔王の末裔』だと言われてきたようなもの。

 それなのに、エリンが聞いたという声は『御伽噺の中の存在』であるはずの『勇者』。

 奇妙な話ではないか。

 まるで『御伽噺の中の勇者』は存在するかのような……。


「い、いっ、一体、ど、どういう、事、なんですか……」

「さあね。手っ取り早いのは勇者の声を聞いたという少女を解剖する事なのだけれど」

「!? だ、ダメです!」

「って君ならそう言うと思ったから、それは最後の手段にするとして……ならば別方向から調べよう。僕の興味は『勇者』だからね」

「……べ、つ、方向……?」

「『魔陣の鍵』だよ」


 どきん、と胸が跳ねる。

 慌てて首に下げた『魔陣の鍵』を握り締めた。

 するとオディプスにクスリと笑われ、「取らないから安心したまえ」とフォローまでされてしまう。

 しかし、魔陣の鍵……これが『勇者』やエリンの様子がおかしくなった理由と関係あるのだろうか?


「以前君を解剖した時、古い記憶を見た。その魔陣の鍵を得た君と、幼馴染の少女が君の村の村長に聞いた話だ。君は覚えているかい?」

「村長、の、話……? ……い、いいえ、よくは……」


 思い出そうとする。

 あの時、確かワイズと二人で遊んでいた。

 ユエンズとエリンは村長である親の手伝い。

 リズはお昼寝から起きなくて。

 そして二人で手を繋いで、村の裏にある壊れた塔の跡地で探検ごっこをして遊んだのだ。

 ワイズが王子様役で、ミクルが魔王に攫われたお姫様役──……いや、ここは忘れよう。


「ふむ、どうやらその時に君の幼馴染が転んだ君を助けた時に塔の一部から見付けたのが……」

「あ、は、はい」


 それは覚えている。

 また崩れるかもしれないから、「あまり近くで遊んではいけない」と言われていたが、転んでしまったミクルは崩れた岩の間に入り込み、それをワイズに救ってもらったのだ。情けない話ではあるが……。

 その時、ミクルが壊してしまった箱の中にこの鍵があったらしい。

 助けられた直後で半泣きだったミクルに、ワイズは「これあげるから泣き止んで」と言ったのだ。

 今思い出しても情けのない……。


「その後、村長にこの鍵について聞きに行ったのは?」

「……えっと、うっすら……」


 ワイズが鍵の入っていた小箱とともに、一応村長へ「鍵をミクルにあげてもいーい?」と聞きに行った。

 その時ミクルはまだグズグズ泣いていて、話をあまり聞いていなかったのだが……。

 それも情けないのであまり思い出したくない。


「その時に村長はこの鍵についての伝承……村の言い伝えを話してくれたようだよ。その村の側には大昔、一人の魔女が住んでいた。魔女は魔法で病や怪我を治してくれる。大陸中から魔女に治してもらおうと人が押し寄せたせいで、魔女は塔を建てて引きこもり『その塔の最上階まで来れば治してやる』と条件を出したそうだ」

「……塔……」


 確かにあそこは、塔だった。

 落雷などで、ほとんど崩れてしまっていたが……。

 魔女が住んでいたのか。

 しかし、魔女というと賢者の女版。

 女性の賢者に与えられる称号だろう。

 相当に手練れの魔導師だったに違いない。


「だが、塔にはモンスターが放たれ、誰も寄り付かなくなった。あまりにも長く誰も来なくなった事で、今度は寂しくなった魔女は塔にかけたモンスターが出る魔法を解く。そして、またしばらく待った。すると、勇者と名乗る男が現れ、モンスターを操る魔女を倒そうとしたそうだ。慌てた魔女は塔の地下に逃げ込み、勇者が入ってこれないように封印を施し、その封印を解く鍵を五つに砕いて世界中に解き放ったという」

「そんな話が……」


 いや、それと似た話なら聞いた事はあったかもしれない。

 御伽噺の一つに、魔女を倒した勇者の話があった。

 それは魔王を倒すまでの冒険の一幕。

 確かに勇者に無関係ではないが、果たしてこの鍵を調べる事がエリンの聞いたという『勇者の声』と関係があるのだろうか。


「…………」

「不安そうだね。関係がないと思っている? でもね、元々勇者は君の世界……いや、この世界において『御伽噺の登場人物』『架空の人物』のはずなんだ。勇者の冒険譚がいくつかの章によって構成されていたのを考えると、その章ごとに『魔陣の鍵』があるかもしれない」

「……!」

「勇者と魔女、は第一章……だろう?」


 スッ、と一冊の本が現れる。

 いつの間に購入したのか。

 それはあの大きな本棚から浮かんで移動してきたらしい。


『勇者の冒険譚』


 勇者が疫病の魔王を倒すまでの物語。

 子ども向けのものなら村にもあったが、こんなにしっかりと分厚いものは初めて見た。

 ミクルの胸元まで来たその本を、つい手に取ってしまう。


「僕は『速読』で読み終わってしまったんだけど、なかなかに興味深かったよ」

「い、いつの間に……」

「エルールにいた時だね。君がお風呂掃除している間に古本屋を見付けて……店主の肩こりを治してあげたらくれたんだ」

「…………」


 それはどこまで信じていいのだろう。

 失礼だが、疑ってしまった。

 いや、オディプスの力なら肩こりを治すのなどわけもないだろうけれど。


「御伽噺の勇者が、子孫だという少女に声をかけた。では、あえて勇者が実在したと仮定して調べてみよう。声を聞いた少女たちは十分強そうだったから、より高みを目指してもらう。君はこの冒険譚と、魔陣の鍵を探す。どうだい?」

「……で、も、でも……この鍵が物語に、出てくる、魔陣の鍵だとは……」

「ん? ああそうか、君は『鑑定眼』を持ってないのか。そうだな、君の魔法に関する知識や技術もここで磨いた方が良いな。よし、僕が自ら指南してやろう。そういえば機会があれば教えてやると言ったしね」

「……!」


 それは『魔力』に関してだったが、ミクルは胸が高鳴るのを感じた。

 オディプスは魔法の天才……いや、もう神の域だ。

 そんな彼から魔法を教われる。


「お、おしえ、……教えてくれ、るですか!?」

「いいよ、教えてあげる。魔法の可能性、魔法の万能性、そして、危険性。君は昔の僕に何となく似ている。だから、時間の許す限り教えてあげるよ。でもまずはこれを読みたまえ。……僕はもう少しこの拠点を生活しやすくしてくるから」

「……は、はい!」


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