答え合わせ【1】
「さってと!」
と、翌朝ワイズが腕を伸ばす。
ミクルの首に下げられた『魔陣の鍵』は空を──天空に浮かぶ逆さまの暗黒城を指し示していた。
「いざ行かん、魔王の城! ね!」
「エリン〜、『勇者の声』はなんて言ってるの?」
「うん、早くあの城に行って『魔陣の鍵』を揃えた方がいいってさ」
「簡単に言ってくれるわね。指示ばかり偉そうに出すくせに、結局未だに姿を見せない『勇者』なんて……」
「ほんとほんとー。……そういえばミクルは『勇者の声』についてなにか知らないの?」
行く気満々、やる気満々のワイズと違い、リズとユエンズはエリンの中の勇者の声を疑っている。
エリン自身も『勇者の声』は不快に思っているようだ。表情が険しい。
そして、ミクルも。
「さあ?」
正体にはおおよそ気が付いている。
本来であれば『勇者』はオディプスの獲物。
その点に横槍を入れるつもりはないし、オディプス自身ミクルの介入は望まないだろう。
ただ……。
(ただ……不快)
シンプルな感情。
気に入らない。不愉快。それだけだ。
だがそれを話せば、なぜそう思うのか、そう感じるのかまで語らねばならなくなる。
それは避けたい。
(エリン……)
親に捨てられた子ども。
親を早くに亡くした子ども。
エリンとミクルはともに親がいない。
その事は二人に不思議な意識を与えた。
お互い親がいないから、寄り添うような、他の三人とは少しだけ違う……不思議な仲間意識。
それがあるからこそ、絶対にエリンには言えない。
「そっか。ミクルも分からないなら……あのオディプス? っていう人ならなにか分かるかな? ミクルの師匠でしょ?」
「…………」
「え? なんで機嫌が悪くなるの?」
ワイズは本当に鋭い、と思う。
しかし実際はミクルが分かりやすかった。
あからさまに表情を消してしまったのだ。
「いや……オディプスさんには……聞かない方が、いい……と、思う……」
「え? なんで?」
「…………」
恐らくあの人は容赦しないからだ。
容赦なく、真実をエリンに突きつける。
それは避けたい。
「それより、城に行こう」
「あ、それもそうだね。けど、どうやって──」
「転移」
「「「「へ?」」」」
四人の声が重なる。
だがその時にはもう、観測所の中に五人は立っていた。
驚愕の表情で固まる四人の幼馴染。
ミクルが向き直ったのは、段差のある吹き抜けの上の階にあるテーブルで優雅に紅茶を飲むオディプスの方。
「ただいま帰りました」
「おかえり。四つ目の鍵も無事に手に入れたね」
「……まあ、はい……」
「不満気だな。もう少し厳しい方が良かったかい?」
「いいえ」
十分すぎるほどキツかった。
首を横に振ると「ふふふ」と笑われる。
やはり確信犯。
「五本目の鍵を取りに行きます」
「そうか。では行こう」
「え! あんたも来るの?」
と、かなり失礼な物言いをしたのはワイズだ。
そんなワイズを笑みが見下ろす。
「まあね。僕は『勇者狩り』……勇者を騙り、勇者を名乗るに値しないモノを狩りにきた者。目的が同じなら君たちと共闘するのも吝かではないよ」
「マジ……? ……ミクルの師匠なら、まあ、強そうだけど……」
「うんうん! あの逆さまのお城って今もモンスターが溢れ続けてるんだし、戦力は多い方が絶対イイよ!」
それに、オディプスはすでに『道』を作ってくれているはずだ。
そういう約束。
「という事は、アタシの頭の中に聞こえる『勇者の声』って……」
などとエリンが言い出すのでギョッとした。
慌てて使うのは、『思伝』。
いわゆる念話……頭の中で会話する魔法。
『勇者についてエリンに教えないで欲しいです』
『? その配慮は必要かい?』
『多分、戦えなくなると、思う、から』
『真実を知った上で挑んだ方がいいんじゃないかい? 肝心な時に戦えなくなってもらっては困るよ』
「でも!」
オディプスは階段から降りてくる。
それから、エリンを見た。
緊張の面持ち。
オディプス・フェルベールという存在が、場を威圧している。
「っ……」
「少年、僕はこの世界の勇者を狩り終えたらいなくなる」
「……! …………、それは……」
「ずっと君の側にはいない。君は?」
「…………」
「君は、彼女たちの側に──いるのかい?」
紫色の瞳。
『禁忌の紫』……だが、オディプスの色は、天然だ。
目を閉じる。
そう告げられて、ミクルはオディプスとのそう遠くない別れを意識し、ある程度覚悟を決められるのだ。
心を整え、その別れを……意識出来る。
でもミクルは、彼女たちになにも伝えていない。
オディプスはそれを責めているのだ。
「…………おれは……」
「ミクル……?」
振り返らずとも誰の声か分かる。
その声に、問いに……応えなければいけない。
「あのね、残される方というのは君が思っているよりも辛いものだよ。僕は取り残されたと気付いた時にはもう遅かった。生命活動の維持さえ出来なくなるほど、後悔したからね」
「……!」
「それに、君が辿り着いた答えが正解かどうかもまだ分からない。答え合わせをしよう。君がこれまで得てきた知識、経験、そして『魔陣の鍵』……これらを合わせて、君は今回の件にどんな推察をした?」
「……推察……」
「ヒントはたくさんあげたよ。そして、君は腹の中に『アレ』を取り込んだはずだ。そこまでしておいて、分からないとは言うまいて」
「…………」
一瞬だけ悩む。
だが、もう覚悟を決める時なのだろう。
言うべきなのだろう。
(取り残された、方の……きもち……)
「どういう事なんですか?」
睨むようにオディプスを見上げたのはユエンズ。
だが、そんなユエンズの睨みもオディプスは微笑んで終わり。
ミクルの隣に立ち、頭を撫でていく。
「っ」
見上げた時に見たオディプスの眼差し。
彼はきっとミクルの名前を呼ぶ事はないだろう。
一緒に生活してきて未だ、呼んでくれないのだから。
それでもミクルはこの人にとてもたくさん……抱え切れないほどのものをもらった。
そう、一人では……抱え切れないほどのものを。
これまでならこの人と共有出来た。
だが、オディプスはいつか、近い未来に……いなくなる。
「大事な人が側にいる間に、その事に気付いて自覚するといい。僕はそれが出来ないほど、『人間』として未熟だった。君は僕のようにはなるな」
「…………」
いなくなるからくれる言葉はいつも優しい。
子どもを諭すように。
人として大切な事も教えてくれる。
真っ直ぐに前を向いてオディプスと向き合う。
その言葉を素直に受け止めた。
「はい」
「いい子だ」
「あ、あのう……二人だけで分かる会話されても、わたしたちは全然分からないんですけど……?」
「そうだな。では説明しよう。僕がまず、この少年を君たちから奪ったのは単純に君たちに強くなってもらいたかったからだ。多少、僕から少年を取り戻そうと頑張って強くなってくれたようだし?」
「そ、そりゃあ! ミクルが攫われたら助けに行こうって思うし!」
「うんうん」
「当然よ!」
「当たり前」
と、口を揃える幼馴染みたちに、なんとなく気恥ずかしさを感じる。
完全に庇護される立場だ。
「だが、あの城に乗り込むにはまだ足りなかった。だから湖底の鍵を取りに行かせたる時に、試練を設けさせてもらったよ。本当は競争して欲しかったが、少年は君たちと共に戦う事を選んだ。まあ、それはそれで構わない。最低限の実力に底上げは出来たはずだ」
「……そ、それであんなたちの悪いモンスターを……」
「ねえ、分かんないんだけど……なんでアタシらまで鍛えようとしたわけ? そりゃ、モンスターが今も出続けてる逆さの城に乗り込むのは危険だと思うけど……」
「単純に自分の身は自分で守って欲しいからかな。あとは……僕がいなくなったあと、少年を支えられる強さのある人間が欲しかった」
えっ、と思わず見上げる。
オディプスの表情は真剣そのもの。
珍しい……いや、つまり、本気でそう思っているという事だ。
「……それ、どういう意味なの?」
だが完全にワイズはミクルを害する者に対する眼差しで睨み付けている。
違う、と否定しようにも、言葉が上手く紡げない。
「もちろん説明するさ。むしろここからが本題。この世界は──一度滅んでいる」
「…………。え?」
目を閉じる。
オディプスがこの観測所を作ったのは、あの城を観察するため。
だが他にも目的があった。
── この世界の観測をするため。
オディプスはずっとこの世界に首を傾げていた。
なぜ、町があるのに国がないのか。
なぜ、共通言語、共通通貨があるのに戦争がないのか。
なぜ、人々は魔王と『禁忌の紫』を嫌悪するのか。
なぜ、魔法という利便性の高いものの発展を誰も望まないのか。
なにかがおかしい世界だったのだ。
ミクルも言われてみれば、とその異質さに気が付いた。
この世界は、ある一定の状態で保たれている。
「……誰が、そんな事を……」
「魔導師王クリシドール。かつて魔女と呼ばれた魔導師だ。彼女はこの世界に大掛かりな魔法をかけ続けている。そのおかげで世界は今の形を維持し、ゆっくりとだが回復しているのだろう」
「……回復、してる? どういう事?」
ワイズが睨み付けながら強い口調で問う。
それにふっ、と微笑むオディプス。
その笑みは美しい。
人の好奇心を眺めるのが彼は好きなのだ。
好奇心は向上心にも繋がる。
向上心は成長に繋がる。
(クリシドールはその成長を拒む……)
それはこの世界が一度『成長』の果てに滅んだからだ。
この世界が生み出す『魔力の吹き溜り』。
人は一度この世界の『吹き溜り』の秘密に気付き、悪用した。
魔法を戦争の兵器として使ったのだ。
魔女クリシドールはその時代の人間。
戦争で蓄積された人間の恨み辛みは呪いとなり、この世界の中へと取り込まれ一部となった。
『吹き溜り』から排出される自然魔力はその呪いを帯びて疫病を振りまくものとなり、世界は自業自得で滅んだのだ。
ただ一人、治癒の魔女クリシドールを除いて。
彼女は疫病を取り込んでも死なない魔導師。
その術を編み出していた。
それが──








