part.リズ
町に出て、店を見て回る。
二十分ほどそうしていると、突如背中に凄まじい衝撃。
グェッと、変な声が出て、振り返れば案の定そこにはリズ。
悪戯っ子の顔を覗かせつつ頰を赤めて……満面の笑顔を見せた。
「えへへー! ワタシの勝ち!」
「? 勝ち? なにが?」
「なーいしょ! それより行こう! ご飯食べよう!」
「え? あの、み、みんなは?」
「んー。……まあ、自分たちでなんとかするでしょ。それより行こう行こう!」
「え? え?」
相変わらず強引。
しかも意味が分からない。
朝方四人がゴロツキに襲われていた広場へと引っ張っていかれる。
そこの屋台は町中の大通りの屋台とは違い、甘いもので溢れていた。
砂糖漬けや、飴細工、軽食はサンドイッチなど。
リズの好きな食べ物で溢れていて、早くも少し胸焼けしそうになる。
「おーじさん! これくーださい」
「はいよ。お、お嬢ちゃんかわいいなぁ、一個おまけしちゃおう」
「ぎゃ、うれしーい! ありがとう〜!」
「…………」
そして相変わらずあざとい。
振り向き戻ってくるとニヤリと悪い笑顔になっている。
にしにし、と笑うリズはミクルの前まで来るとよそ行きの笑顔を止めるのだ。
「はい、ミクル! 一個おまけしてもらったよ!」
「あ、うん」
あらかた買いあさり、噴水の縁に座って食べ始める。
この町にも冒険者のギルドがあるのか、夜になると仕事を終えた冒険者らしき人間がゾロゾロと屋台を巡っていた。
あんな屈強な冒険者がいるのなら、ゴロツキなど恐るるに足らないのではと思うが……あれはよく見るとよその町の冒険者のようだ。
「なに? 今回はもう賊はなんとかなったのか」という話し声が聞こえる。
なるほど、島の外の町から冒険者を招いてあのゴロツキたちを追い出すつもりだったのか。
とはいえミクルが助けに入らなければ、朝のあの状況……幼馴染たちはなにをされていたか分からない。
「ん、甘い」
「ん〜! 甘くておいひ〜い」
パクリと口にしたのは薄い生地で巻かれた生クリームとベリー。
クレープという食べ物だそうだ。
砂糖をたっぷり使ったクリームが、口の中でベリーの酸味と合わさりなんとも言えない味わいに変わる。
柔らかな生地は重なり合う事でミルフィーユのようになり、噛めばクリームとベリーの甘味と酸味がまた広がっていく。
もちもちの食感の生地も甘味がある。
「こっちも美味しいよ!」
「え、あ、ありがとう……?」
「はい、あーん」
「え!」
ミルクに砂糖を入れて、とぅるとぅるのジェル状にしたもの。
それをスプーンですくって、リズがミクルの口元へ近づける。
小さな頃はよくされていたが、もうそんな歳ではない。
慌てて首を振るが、リズのニヤァ……とした表情に、察した。
これは、からかわれている。
(あ、そういえば……)
観測所でオディプスがミクルに教えてくれたおやつの事を思い出した。
なんとなく一つ年下のリズにおちょくられるのが悔しいので、リズの持つカップに手を添える。
小さな声で「ひゃ」と声が上がるが、一旦無視して中身を凍らせた。
そしてスプーンの中身を食べてから、スプーンを奪い取る。
そのスプーンで凍った中身をすくい上げ、意趣返しとばかりに口元へと近づけてやった。
「えっ、えっ、えっ」
「はい」
「えっ」
「はい」
あわあわと口をぱくぱくして目の前の出来事を処理しきれずにいるリズ。
いつもいつも歳下のくせにミクルを弟扱いする。
そんな彼女の慌てふためく姿は、なんとなく面白い。
真っ赤になって目線を泳がせていたが、意を決したようにスプーンの先を口に含む。
「……。……! 冷たい! 甘い!」
「アイスクリーム、っていうんだって。オディプスさんに教わったんだ」
「え? あの綺麗だけど変なミクルの師匠、料理も出来るの?」
「料理も出来る、というか……オディプスさんは料理も材料から自分で作れっていう人だから……」
しかしミクルの作る料理があまりに味気ないと、見兼ねて彼の世界の料理を色々教えてくれる事もある。
ただ、その場合難易度が上がるのだ。
材料は代用出来るものを考えなければならないし、異世界の料理なので同じものは作れない。
魔法同様料理も理論がある程度必要で、分量の勉強にもなるとかなり色々作らされた。
おかげで料理の腕は上がったと思うが、生活するだけで魔法の腕も試されるのは効率がいい分やはりえげつない。
もちろん、感謝はしている。
それに……。
『僕と新しい魔法を一緒に考えてくれた友は甘いものが大好きだったんだよ。アイスクリームは友のために作っていたなぁ』
なんて思い出話も時折入る。
オディプスと対等に魔法を考える事の出来る人物。
どう考えても普通ではない。
「ねえ、もっと食べていい?」
「うん」
カップをリズに返す。
嬉しそうに、美味しそうに食べる笑顔。
それを眺めていると、なんとなくオディプスの言っていた事も分かる気がした。
甘い物に目がない友を想って──。
(確かにこんな風に、喜んでもらえたら……たくさん作っちゃうかも……)
「ふぁー、お腹いっぱーい! ねぇ、次はどこに行く? あ! あそこ入ってみようよ!」
「?」
「いらっしゃい、遊んでいきな」
にこりと笑うおばさんが店の中を指差す。
そこには射的場。
弓矢で品物の名が入った札を射る遊び場だ。
大人が多いが、幼い子どももいる。
こういう場所で狩りの練習などをして、近くの森で生計を立てていくのだろう。
「わあ、可愛い」
「どれ?」
「あれ!」
リボンだった。
レースのついたピンク色のリボン。
そういえばリズはピンク色が好きだったな、と思っていると腕に腕が絡まる。
「えっ」
「ミクル、取って?」
「は!?」
「おねがーい」
「…………」
またも無茶ぶり。
村の男子たちならば鼻の下を伸ばしそうなおねだりだが、幼馴染みのミクルには通用しない。
通用はしないが、普通に可愛いと思うし頼られるのは嫌ではない。
リズにさえ弟扱いされてきたので、逆に頼られるのは嬉しかったりする。
「と、取れなくても、怒らない?」
「え? かわよ……」
「かわ……?」
「あ、なんでもなーい。もちろん怒らないよぉ〜。だからお願〜い」
「…………?」
いきなり低い声が出た気がしたが、本人が違うというのなら?
お金を支払い、弓と矢を二本。
弓矢に関してはど素人同然なので、ユエンズに教わった事を思い出しながら札を狙う。
それ程遠くもないはずの的が、やけに遥か遠くのように感じる。
「あ」
一本目は別な板を掠めた。
しかし倒れなかったので失敗だ。
あとがない。
とはいえ、魔法でズルはしたくない。
もう一度よく、狙う。
「ミクル、両目を開けた方がいいんじゃないかな」
「!」
リズに言われて片目を閉じていたのに気がついた。
力なく「う、うん」と頷いてから改めて弓矢を構える。
先程より、的が近くに感じた。
「あ!」
放った矢は、板に命中。
その板は倒れるが、リボンの板ではなかった。
店員がにこにこしながら手渡してきたのは、木製の指輪。
小さいピンクの花を模した飾り。
それを手渡されて二人は頰を染める。
「え、えへへ、これはこれで嬉しいな〜? な〜?」
「…………」
寄越せ、と暗に言われていて、恥ずかしく思いながらも突き出す。
店員にはニヤニヤと眺められるが、ミクルはねだられたからあげただけだ。
そっと受け取るリズの顔は見れない。
「…………ありがとう、ミクル」
「ん……うん……」
店から出るとなかなかの時間。
人は減っており、酔っ払いが増えていた。
そろそろ宿に戻ろうと言うと、リズも満面の笑顔で頷く。
「ねえ、ミクル。ミクルは旅が終わったらどうするの?」
「……」
不意に、リズが問いかけてきた。
その答えに思わず立ち止まる。
「あのね、ワタシは村に帰って薬屋さんになるんだ〜」
「へ?」
そしてその続きに変な声が出た。
薬師? リズが?
そんな事は今まで一言も言っていなかったのに。
「実は昔から考えてたの。もっといい薬があれば、村長さんの腰やお母さんの貧血もよくなるんじゃないかなぁって。ワタシはエリンみたいに治癒魔法使えないからさぁ……薬草の勉強とか、こっそりしてたんだ〜。ユエンズには話たよ? 賛成してくれてる」
「……そう、だったんだ……」
「なんかお姉ちゃんはこのまま冒険者になりそうじゃない? そしたら、ワタシの作る薬絶対役立つと思うんだよねー。あ、さすがにミクルの弱虫を治す薬は作れないよう?」
「っう……」
立ち止まっていたミクルにリズが近づく。
そして、頬に触れた。
「ねぇミクル、こっちを見て」
「?」
「ミクル、その……この旅が終わったら……ワタシと一緒に……」
「……リズ……?」
「あ、いや、まずはミクルがどうするのかの確認だよね、うん。ミクルは旅が終わったら村に帰ってくる? よ、ね?」
それは文字通り確認のようだった。
目を見開く。
そして、逸らした。
首から下げた『魔陣の鍵』を握る。
このか鍵が指し示す最後の鍵はあの天空の城。
あそこに『魔女クリシドール』と『勇者もどき』がいる。
旅が終わる時──魔女……いや、魔王クリシドールの遺体を弔った後……きっとオディプスが当初の目的通り『勇者を狩り』終わった時だ。
彼が、そして魔王クリシドールもいなくなった後の世界。
「…………おれは……」
この考えが正しければ放置は出来ない。
オディプスの言葉通りならばこの世界はおかしい。
しかしそのおかしさをミクルは『是』と捉えている。
クリシドールの意思、オディプスに学んできた事。
あらゆるものがミクルの中でこのおかしな世界を『肯定』していた。
あの勇者もどきは正しいのかもしれないが、やり方は絶対に間違っていると言い切れる。
クリシドールが正しいのかと言われれば、きっと間違っているのだろう。
それでも──。
「……うん、たまに、帰る……」
「…………」
リズが悲しそうな表情をした。
でもずっと離れ離れではない。
そう言おうとした時だ。
「そっかぁ……。……一緒に……薬屋さんやろうって……言おうと思ったんだけどなぁ」
「……え……」
「あ、でもたまに帰ってくるんだよね?」
「え? あ、う、うん……そ、そのつもり?」
「じゃあ問題ないかな!? 外で浮気とかさえしてこなければ、リズちゃんはオッケー!」
「え? うわ……え?」
「むしろ今のミクルなら珍しい薬草とか採ってきてくれそう! そうか、そう考えればアリアリのアリ! なんだもー、それならそうと最初から言ってよー!」
「え? え?」
なんだ?
なにが起きている?
肩をバシバシ叩かれて、ご機嫌になったリズに手を引かれる。
「えっへへー、まあ、にぶちんのお子様ミクルはまだ分かんなくっていいよーっだ!」
「は? な、なにそれ!」
「ふんふんふふーん!」
「……ちょ、リズ!」








