part.ユエンズ【中編】
「!」
「んぐ!?」
モンスターの気配に、ユエンズの口を塞ぐ。
目の前の岩の奥は広まったところ。
そこには、がぶがぶと岩を喰う大型モンスターがいた。
「ぷは……。……あ、あれは……ロックゴーレム? あんなに大きかった?」
「ビッグロックゴーレム……」
「っ!」
この辺りを広場のようにしたのはあのロックゴーレムだろう。
しかも、周囲の岩などを食べすぎてエヤミモンスターのように巨大化してしまっている。
ユエンズは剣の柄を握り締め、ビッグロックゴーレムを睨む。
「無理だわ……隠れて進む場所もないし……。戻りましょう、ミクル。あれは私たちだけじゃむ……」
「貫け。ウィンドアロー」
「…………え?」
ひゅう、と風が収束していく。
ミクルが指先をモンスターへ向けると、風が無数の矢となって降り注いだ。
一瞬でビッグロックゴーレムは大きな石に戻る。
おそらく、このビッグロックゴーレムは下にあるガーゴイルが『吹き溜り』のような影響を周囲に与えた結果生まれたものだろう。
バラバラになったビッグロックゴーレムから、魔力はもう感じない。
「……な……?」
「行こう、ユエンズ。まだあと二体いる」
「……な、なんなの、今の……ミクルがやったの?」
「?」
首を傾げる。
大した事はしていない。
ミクル自身もまさか自分がこの世界トップクラスの魔法使いになっていたなどと思わず、本気で首を傾げていた、
なにしろ、ミクルの師匠はそんなレベルではないのだ。
目指す基準が、途方もなく高い。
だからユエンズが驚く理由が分からなかった。
ミクルの側にいる人は、初級の魔法しかミクルに教えていない。
「今の、魔法? 今のが? 魔法で、攻撃? ロックゴーレムを、倒すような? そんな魔法……⁉︎」
「あ……」
それを言われてようやく「あ、そういえば」と思い至る。
この世界では、火を点けるくらいしか魔法に使い道はない。
魔法は畏怖されるもの。敬遠されるもの。
攻撃用の魔法さえないと言っても良い。
しかも、ロックゴーレムを倒す程の魔法など——。
「……こわい……? ……いや……?」
「え? こわ……? え? 私が? ミクルを?」
「…………」
コクン、と頷いてから、顔を背ける。
聞いておきながら「怖い」と言われたら……。
魔女、そして、疫病の魔王『クリシドール』。
その災いは今なお語り継がれて強力な魔法は衰退して消え去った。
高位の魔法を使える者は異端とされて、忌避される。
忘れていたわけではない。
しかし、オディプスは言う。
『魔法は悪ではない。道具に過ぎない。君は剣を、ナイフを、悪だと思うかい? 確かにそれらに比べて魔法は万能過ぎるけれどね。この領域に至れる者は、一握りもいない』
目を閉じる。
そのミクルの様子をどう捉えたのか、ユエンズはミクルの手を、両手を……握った。
「こ、怖くないわよ! びっくりしただけ!」
「!」
「こ、こ、こ……怖くないわ……。怖いわけじゃ……怖いわけ……。そうじゃなくて……違うわ……私、ミクルの事……軟弱って、言ってたのは……その、あの、い、いつも、リーダーの言葉で、あなたが傷付いてるように見えたから……」
リーダー、とは、偽の勇者の事。
確かにいつも荷物持ちばかりさせられて、厳しい言葉を浴びせられていた。
(あ……)
ユエンズが言わんとしているのは、つまりミクルがその言葉で傷付いていると思ったから、その言葉に傷付かなくて良いのだと伝えようとして――あんな言葉になっていた、と。
(不器用……)
ミクルも大概だが、ユエンズも、なんと不器用なのだろう。
知っていたはずなのに、と少しだけ彼女にも悪い事をしてしまった気持ちになる。
「あ……えっと、その、そう、いえば……村……おれ、一度、帰った……」
「え! 村に帰ったの!? ……父さんたち、やっぱり心配してた、わよね?」
「うん、すっごく。……手紙も、出してないの?」
「て…………、手紙! その手があった!」
「…………」
本気で驚いているユエンズ。
この様子だと、他の三人も村になんの連絡もしていなさそうだ。
優等生で村長の娘であるユエンズさえ、手紙で連絡する事を忘れてたらしい。
「! 今、連絡、しておく?」
「え? でも便箋もペンも持ってないし……?」
「繋げ。縁絡鏡」
ロックゴーレムがいなくなった場所に手を伸ばす。
指先に魔力を集め、簡易にした魔法陣を描く。
それが広い場所へ移動して、水面を打つ波紋のように広がる。
白い光の後、故郷の村が映し出された。
「え!?」
「村長」
『ん? なんだこりゃ……ん!? ミクル!? ユエンズ!?』
「え、えええええええ!」
これは『縁絡鏡』という一方通行の魔法。
相手が魔法を使えない場合に使用する。
オディプスとなら『思伝』を使う。
これは口を開かず、頭の中の思考の一部を魔力で共有する魔法だ。
また、相手の姿も見る事が出来し、こちらの姿を相手に見せる事も出来る。
ユエンズの無事を知らせるのには手っ取り早いと思った。
「なにこれなにこれなにこれミクルーー!」
「うぇえぇ……!?」
『リ、ユエンズ! ユエンズなのか!? お、おおおおおおお! ユエンズ~~~~!』
「お父さん!」
襟を掴まれガクガク揺さぶられる。
そうこうしている間にユエンズの父である村長は、娘の元気な姿に涙を浮かべる。
……いや、早くも涙でぐしょぐしょだ。これは酷い。
そんな突然泣き出した村長の隣に、村長の奥さん――ユエンズの母も駆け付けて来た。
ユエンズも、両親の姿にミクルを揺さぶるのをやめて向き直った。
「あ、あのね……私は元気よ! 今ミクルが魔法で……」
『ええ、ええ、ミクルはすごいわ! うちの村に結界を張って、モンスターが入ってこれなくしてくれたの。そう、この魔法もやっぱりミクルなのね』
「!」
『そうかそうか、元気か……ワイズは一緒じゃないのか?』
「う、うん、今はぐれてて」
『事情はミクルから聞いているが……ユエンズとエリンも元気か?』
「うん、村長! 二人ともいつも通りだよ」
『今どこにいるの——』
けほ、と咳き込む。
ユエンズに揺さぶられて、一瞬上手く息が出来なかった。
しかし、一歩下がってユエンズが両親、村長と話す姿を眺めていると……不思議な感覚になる。
なんだか、村に帰ったような……そんな気分に……。
「——そんな感じで、私達はエリンのいう勇者の願いを叶える為に『魔陣の鍵』を集める事にしたの。今のところ、ミクルが持っていたものだけだけど……」
「…………」
村長たちに説明を終えたユエンズは、どこか不安げにミクルの方を振り返る。
ユエンズの話は分かりやすかった。
ので、頷いてみせるとほっとした笑顔を浮かべる。
その話を改めてまとめると、ミクルがオディプスに攫われる前にユエンズたちは偽勇者に遺跡に連れて行かれた。
その遺跡でエリンは勇者の声を聞き、その通りにしたら偽勇者の罠から抜け出し返り討ちにする事が出来た。
なので、エリンの聞く『勇者の声』の通り『魔神の鍵』を集め、天空に現れた『暗黒城』に赴き、魔王を倒す……らしい。
(……ん?)
ミクルはそれを聞いて首を傾げた。
あの城は、確かに『疫病の魔王』の城だろう。
だが、『疫病の魔王』と『魔女クリシドール』は同一人物。
彼女自身がそう言っていた。
(? どういうこと……だろ? 混乱してきた)
『魔女クリシドール』は『魔陣の鍵』を揃えて、自分の死体を使い『疫病を治めろ』と言ったが……そういえばあの天空の『城』については特に言っていなかったように思う。
あれが『魔女クリシドールの城』?
彼女の住処は村の近くの塔ではないのか?
ではあの城はなんだ?
あそこから吹き出すエヤミモンスターたちは?
「…………」
天空に現れた逆さまの『暗黒城』、そして……エリンの聞く『勇者の声』とは——本当に、なんだ?
(無関係、ではない。でも、噛み合わない。魔女の言葉を信じても、勇者の言葉を信じても……なんだろう、これ……変……)
オディプスは『魔陣の鍵』を集めて『魔女クリシドール』の遺体を弔うと言っていた。
ミクルもその考えには賛成である。
彼女のあの悲しげな眼差しを思い返すと、もう休ませてあげたい。
だが、ユエンズたちが聞いた話……『勇者の声』は、エリンを通して聞いたそれは『魔陣の鍵』を用いて城に赴き、魔王を倒せ——。
(『魔陣の鍵』を集めた先に『魔女クリシドール』の遺体がある。……『魔女クリシドール』は『魔王』……。勇者の話も……間違いでは、ない?)
『魔陣の鍵』の示す先。
あの、天空の城だとしたならば……。
「…………」
行く事自体は無理ではない。
今のミクルならば。
だが、なぜかユエンズたちを導く『勇者』に良い感情を持つ事が出来ない。
『魔女クリシドール』のあの表情、声、空気……あれを見た後では、とても。
「なんにしても、ワイズたちは世界を救うんだって張り切ってるの。あの子たちだけじゃ心配だから、私も付いていく。必ずみんな無事に帰るから、父さんも母さんも安心して。ワイズたちのうちのおじさん、おばさんにも大丈夫って伝えてね」
『ユエンズ……。ええ、分かったわ』
『無理するなよ!?』
『無理だと思ったら逃げてね! まあ、ミクルが一緒なら大丈夫だと思うけれど……』
「え! あ、う、うん……そ、そうね……」
「…………」
うん、と頷く。
ただ『魔女クリシドール』の遺体を弔うだけだ。
オディプスに教わった魔法で、モンスターは容易く倒せる。
もちろん、油断は禁物だが……。
今のところ中級魔法が必要なモンスターと遭遇した事がない。
それに、中級魔法は洞窟の中では使えないだろう。
もっと言えばオディプスに『手に負えないと思ったら無理せず連絡しなさい』と言われている。
「……ありがとう、ミクル」
「ん」
『縁絡鏡』を閉じる。
笑顔のユエンズは、久しぶりの両親に会えて本当に嬉しそうだった。
ふわ、と微笑む……その笑顔に胸がドキリとした。
ユエンズのこんな笑顔は、見た事がない。
「ミクルのおかげで父さんたちと話せたわ! 魔法ってこんなことも出来るものだったのね。……父さんたちが元気そうで、本当に良かった……」
「うん……」
「よし! 進みましょう、ミクル。なんだか今なら何でも出来そうだわ」
「ぅ、うん……」
薄暗いはずの洞窟が、彼女が笑っただけで煌びやかに輝いているように感じた。
ユエンズは、昔からミクルの側でみんなに気を配りながら、みんなを一生懸命守ろうとする——とても真面目で優しい女の子。
「……?」
彼女の側は、とても、落ち着く。
守ってくれる、その感覚はなじみ深いもの。
それなのにほんの少し緊張していた。
なぜだろう?
首を傾げる。
今のミクルにとってモンスターなど恐るるに足らない。
では、この緊張感は……なんだろう、と。








