勇者探し
というわけでオディプスという青年を連れてエルールの町へと戻る。
日は登り、町は賑わい始めていた。
宿にいるので連れてくる、とオディプスを森の側で待たせたのは彼の瞳が両目とも『禁忌の紫』だったからだ。
それでなくとも彼は容姿が美しい。
昨日の男たちでなくとも、変な連中に目を付けられたら大変だと思った。
「…………」
それにしても、とミクルは自分の手を見る。
破けた指の皮膚も、縄を引っ掻いて剥がれた爪も、服も……何もかも元通り。
こんな事が出来るのは魔法だけ。
となると彼は魔道士……いや、治癒でこれほどの事が出来るのは賢者か大賢者のレベルなのでは……。
一応ミクルは魔道士見習い。
治癒魔法も軽傷を治すヒールや、毒を中和するポイズンヒールぐらいしか使えない。
やはり治す事においては光魔法の使えるエリンには敵わなかった。
特化した属性も特になく、攻撃魔法は全て初期から覚えられるものばかり。
少し怖いが、話せば割とちゃんと答えてくれたし……とそこまで考えていると宿の真ん前に着いた。
扉を開くとカウンターの受付嬢が目を丸くする。
「あら、あなた昨日の!」
「あ、あの、あの……おれの、パーティのみんなは……」
「今朝町を出ちゃったわよ? 何か忘れ物?」
「……え?」
町を出た?
忘れ物……。
いや、町を出たと言ったのか⁉︎
驚いてカウンターへ身を乗り出す。
「ど、ど、ど! どういう、事、ですか!」
「どうって……昨日、リーダーさん? があなたは冒険者ギルドの人に呼び出されて、指定の任務を受けたから先に町を出たって……。あ、もしかしてもう終わらせてきたの? 意外とすごいわね」
「ちが! ……お、おれ、ぼ、冒険者、ギルド、は、は、は、入って、は、入ってない!」
「ええ!?」
冒険者はモンスターを討伐したり、そのモンスターから採取出来る副産物を採取したり、貴重な薬草を探し出したり、そういう一般人には難しい事を請け負う危険な専門職だ。
そういう者たちは総じてギルドに所属して仕事をする。
一般人や、商売をしている人間はギルドに依頼して冒険者にモンスターを退治してもらったり、物を集めてきてもらったりするのだが、ミクルは冒険者になるつもりはなかった。
少なくともミクルには、なかった。
ワイズたちはここに来るまでレベルが上がる度に「これなら冒険者も夢じゃないかも」とはしゃいでいたけれど……。
「そ、そんな……まあ、じゃあ、あの男は女の子たち連れてどこ行ったの……?」
「わ、分かりませんか!?」
「ご、ごめんなさい……仲間だと思ってたから……まさか違うの?」
「…………っ」
宿の人は悪くない。
恐らく『リーダー』にそう聞かされて信じたのだろう。
ワイズたちも『リーダー』にミクルは冒険者のギルドに頼まれて別な町に先に旅立った……と聞かされたのかもしれない。
だからその町へ向かって行った?
どこへ行くとは聞いていないらしい宿の受付嬢に地図を頼む。
すぐに持ってきてくれた受付嬢は「あんた、ギルドに連絡しておくと、冒険者たちが探してくれるよ」と教えてくれる。
強く頷いて、まずは彼らが行ける町の目星を付けた。
エルールの町から行く事の出来る町は四つ。
西、エクシ。
西南、グルネ。
南、イケイヨ。
南東、スーネクケ。
「どうかしたのかい」
「あ、女将大変なんですよ! 昨日泊まった男の冒険者と女の子四人! もしかしたら女の子たち騙されて連れてかれちまったのかもしれないって」
「なんだって? どういう事だ?」
「それが〜」
「…………」
ミクルは顎に指を当てて考える。
だがいくら考えても分からない。
自分がいなくなった後、四人は大丈夫か?
爪を噛む。
考えなければ、必ずこの内のどれかに行ったはずなのだ!
「持ち物があるなら追跡魔法で向かった先を調べられるけど」
「! ……これ! ……あ……」
「ひい! き、禁忌の紫⁉︎」
宿の女将と受付嬢が叫ぶ。
耳元で聞こえた第三者の声に、ミクルは取り出し掛かった鍵を胸にしまう。
形の良い唇が、弧を描いた。
「急いでるんじゃないの」
「…………、…………、……っ」
胸にしまった鍵を……取り出した。
それをオディプスに渡す。
「ほうほう、魔石で出来た魔陣の鍵か。珍しいものを持っているな」
「⁉︎ し、しっ……」
「昨日、君を解体して知識で得た。特筆すべきものではないと思ったが、そうかこれがそうか」
「⁉︎」
解体って言ったぞ。
という事は、昨日気絶している間にミクルもまた、昨日の男のように——⁉︎
「…………」
やはりヤバい人だ。
ヤバいどころの騒ぎじゃなくヤバい人だった。
なんてこった、と頭を抱える。
何もかも遅いけど。
「南東の方角だな」
「!」
「返すよ」
「!」
顔を上げる。
すると、魔陣の鍵が放り投げられる。
これは……ワイズに貰った宝物。
ぎゅっと握り締めて地図を見下ろした。
「僕の目的はその『勇者志望』だ。案内してくれるな、少年?」
「…………ミ、ミク、ミクル……おれ、ミクル、です」
「ああ、そうだったかな。あれ、そうだっけ? いや、まあ、どうでもいい事だ。僕は勇者を名乗る者以外に今特別興味はないからなー」
「…………」
怯える女将と、受付嬢に頭を下げる。
さっさと出て行ったオディプスを追い、外へと出た。
「あ、お待ち!」
「!」
「ほらこれ。この町の地図だ」
「?」
受付嬢が怯えながらも追いかけてきてこの町の地図を手渡してきた。
お客に渡しているのだろう、お土産物屋さんや道具屋などが描いてある。
「冒険者ギルドに届けを出しておいき。冒険者の方でも、その人攫いを、探してもらえるはずだよ」
「あ、え、えと、あ……」
「そうだな、それが良いだろう。人手は多いに越した事はない」
「あ、えーとじゃあ! 気を付けてね!」
「あ、ありが、ありがとう、ござい、ます」
親切な受付嬢だ。
『禁忌の紫』であるオディプスを怖がっていたけれど、ミクルにそう助言して地図まで……。
素直に頭を下げた。
受付嬢は手を振って愛想笑いを浮かべている。
「ではまずギルドというのでその勇者志望の届けを出そう」
「……は、はい……」
まず、二人はこの町……『エルール』の冒険者ギルドへと赴いた。
途中、容姿の目立つオディプスに足元まで隠れるフード付きのローブを買い与える。
ミクルの手元にあるお金は、これでほぼ尽きた。
しかし必要経費だ。
彼は『禁忌の紫』の瞳を持つ。
『禁忌の紫』————。
この世界において、その瞳の色は千五百年前に現れた邪悪なる魔導師の色と言われている。
その邪悪なる魔導師は世界に疫病を撒き散らし、多くの人が苦しみながら死に絶えた。
ここからは御伽噺の領域だが、その魔導師は『勇者』により倒されたという。
嘘か真か。
ただ、邪悪なる魔導師……後に『魔王』と呼ばれるその存在は「実在した」と伝わっている。
『魔王クリシドール』。
かの魔導師は、実在した。
しかし、『勇者』は御伽噺。
実在したのかは分からない。
故に現代の人々はその『魔王』が濃い紫の髪と瞳だった、という言い伝えから、紫の髪や瞳を持つ者を『禁忌の紫』と呼び、恐れる。
オディプスの瞳は薄い紫色。
エリンは片目がやや濃いめの紫色。
しかし、色の濃さなど今の時代関係ない。
ただ『紫色』である事が恐怖なのだという。
しかしミクルの村の村長は、最も田舎村の村長でありながらエリンを連れ帰った時に村人たちにこう言ったらしい。
『今時髪や瞳の色で疫病を恐れるのは時代遅れだわい! ガハハハ!』
両親を流行病で亡くしたミクルは、村長の言葉がすぐに受け入れられなかった。
だが、ワイズたちがエリンと名付けられた彼女に構うのを見て、そして、彼女が『自分は捨て子である』と自然に理解し、村の皆とどこか一線を引いたように過ごすのを見るうちに……理解した。
彼女は自分と同じなのだと。
自分と同じように、エリンはこの村に育ててもらっている。
この村で生かされている。
ワイズ、リズ、ユエンズに……家族として大切にされているのだと気付いた。
それに気付いてから、ミクルも彼女に話しかけるようになる。
あまり話すのが得意ではないので、たどたどしく。
すると、エリンもミクルを同じようにな存在と感じていたのか、他の村人よりどこか近い何かを感じ、村の人たちより彼女の内側に招かれた。
一つ歳下のミクルは、きっとエリンにとっては弟のような存在に感じられたのだろう。
だから、ミクルは『禁忌の紫』があまり怖くはない。
普通の人よりは……。
そう、オディプスの場合は別な意味で怖い。
「考え事かい、少年。ギルドとはここの事じゃないか?」
「!」
顔を上げると、一軒の建物の前だった。
少し通り過ぎてしまったが、二、三歩でオディプスの隣に戻る。
入り口のドアの上に飾られた看板は『ギルド紹介所』と書かれていた。
息を飲み込み、目をキョロキョロさせる。
「入るかい?」
「は、は、は、はい」
「…………。開けないのかい?」
「え!? あ、う……あ、あ、開け、ます」
眉尻を下げ、震える手でドアを開けた。
ガヤガヤとした紹介所の中は、開けられたドアで一瞬静まり返る。
粗野な男たちが所狭しとテーブルを乱雑に囲み、酒を飲んでいた。
危険な地に赴いたり、危険なモンスターと戦ったりする彼らはこういう荒々しい感じの男性が多い。
「…………」
何かに縋りたい気持ちになり、オディプスを見上げる。
彼はミクルの願い通り目を隠す為にフードを深く被り、そして口許には笑みを浮かべたまま。
なぜか余計に恐ろしいものを見た気がして、受付カウンターに顔を向けた。
受付にいたのは、これまたゴリゴリの筋骨隆々。
頭はスキンヘッドに、縦にそそり立つ縦長の髪……恐らくモヒカン。
上半身は裸。
なぜかサスペンダーらしき黒い紐は身に付けている。
「ふ、ふふ……ふっ……」
(……あ……あの人を見て笑ってたのか……)
隣を歩くオディプスが、肩を震わせて必死に笑うのを堪えている……思い切り漏れているけど。
確かにあまり見かけない髪型ではあるが、オディプスの髪や瞳も十分珍しい色だ。
そう思いながら、カウンターの前までやって来る。
受付の男が、緩やかに顔を上げた。