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魔女【後編】


『私の名はクリシドール。魔女、そして疫病の魔王と呼ばれる者』

「!?」

「これは驚いた。当たりか」

『もし、この言葉の意味が分からないのなら、ここから先は見る必要もない。どうかその鍵を置いて、二度と立ち入らないで欲しい。このメッセージを必要とする者が現れるまで、再生させないで欲しいの。三十秒待つ。関係のない人ならば、鍵を置いて欲しい』


 オディプスを見る。

 ミクルたちは、無関係ではない。

 とはいえ、自分たちが見てしまってもいいものか。


「我々が求めているのは『勇者』の情報。彼女がこの世界の『魔王』なら無関係ではない。必要な情報だよ」

「…………」


 頷いて、三十秒を待つ。

 彼女の映像はゆっくりと目を瞬かせ、三十秒後に再び動き出した。


『……では、改めて。鍵を持つ者。関係者であるのなら、きっと勇者を名乗る男が復活した、のね? そういう事と受け取るわ。それでいいのなら話を続ける。違うのなら鍵を置いて欲しい』

「またこれか。ずいぶん慎重だな」

「勇者……復活……」


 エリンの顔が脳裏に浮かぶ。

 ぼーっとして、実に彼女らしくなかった。

 勇者の声が聴こえた、などと言っていたが……。


「エ、エリン、様子……変だった……エリン……た、助けた、い……な、治る?」

「まあ、聞いてみようじゃないか」


 オディプスが見上げる。

 彼女はやはりゆっくりとした瞬きの後、頷いた。


『そうだ、と受け取ったわ。…………。私の言葉を、信じなくてもいい。けど、勇者を名乗る男がもしも復活したのだとしたら、私の死体を使い、疫病を封じて燃やすといい。あれは私の体に執着している。死後の私に出来る事はもうそれだけだろう。死後の私の体は鍵を辿った先にある。……本当は死ぬ程嫌だけれど、世界が滅ぶよりはましだから』

「ど、どういう、事……?」


 会話は出来ない。

 これは映像。

 録画したものを流している。

 ミクルの声は届かない。

 しかしつい、口を開いてしまった。

 やはり魔女クリシドールは答えない。

 仕方なく、目を瞑る彼女の次の言葉を待つ。


「…………そういう事だったのか」

「え?」

「構わない、少年。万に一つを考えて鍵を置け」

「え? え?」

「ここまで聞けば理由は分かる。彼女の口からそれを言わせるのは酷だ。例え映像だとしても」

『肝心の鍵の位置だが、その鍵をアップデートさせる。鍵を掲げて』

「!」

『鍵を集めて、世界を救え。それしか方法はない。あの身勝手極まりないクズ男から……』

「あ……!」


 ミクルの手にあった『魔陣の鍵』が光る。

 蜘蛛の巣のような模様がカサカサと動き回り、矢印のようにある方向を指し示す。


「これ……」

「ありがとうレディ。君のその身を呈した提案は却下させてもらおう。……同じ男として不快極まりない」

『…………』

「!」


 魔女クリシドールはゆっくり手を下ろす。

 そして、小さな声で『まあ、私はもう死んでるから……この世界が滅んでもいいんだけどさ』と呟いて消えていく。

 オディプスを見上げる。

 珍しく、目を細めて怒りを表していた。

 あの言葉が表すもの。


「…………」


 彼女の体に執着する勇者を名乗る男。

 それが御伽話の中に出てくる勇者の本来の姿だとしたら……。


「っ」


 そうだ。

 あの御伽噺の勇者は魔女に執拗だった。

 彼女と彼女を追い回す男がモデルとして語られた物語なのだとしてら……あの物語はどこから歪んで伝わったのだろう?


「オディプス、さん……」

「鍵を集めて、彼女を弔おう。そうすれば自ずと『真実』が分かるだろう」

「は、はい!」




『魔陣の鍵』が指し示す方向は北西。

 その方角にあるものは──。


「ゲディルト山というのは本当にある山なのかい?」

「い、いえ、オファディゲルト山という山なら、あ、あります」

「君そういうのは噛まないんだな?」

「…………」


 自分でも「確かに」と思って口を覆う。

 目線で見上げるとオディプスはくすりと笑った。


「まあいい。今日のところは帰ろう。それとも君は故郷に寄って行くかい?」

「…………。はい……村長に、ワイズたちの事……は、話しておき、たい」

「そうか。転移魔法は……」

「お、覚え、ました」

「よろしい。まあ、別に帰ってこなくてもいいんだけど」

「か、かえる! ……あ、いや、えーと……あ、明日の朝には……ぜ、絶対」

「そう」


 ふっ、と魔法陣を展開して瞬く間に消えるオディプス。

 それを見送ってから、ミクルは塔を出る。

 地下で海水に浸った魔法陣は、あのメッセージを再生した後消えてしまった。

 そして、装いがどこか変わり、コンパスのようになった『魔陣の鍵』。

 魔女を執拗に狙ったという男。

 それが勇者として伝わるのなら、あの物語は本当にどこかがおかしい。

 そして、勇者が封じたという疫病の魔王。

 実際に存在したという『魔王クリシドール』は『魔女』でもあった。

 この村に伝わる魔女の言い伝え。


(多分、無関係では、ない。……御伽噺とこんなに、共通点がある、なんて……。じゃあ、エリンの聞いた勇者の声も? ……村長は何か知ってる?)


 それを期待して村への道を進んだ。

 塔のある場所から森の道を真っ直ぐに進むと、小さな村が見える。

 それがミクルたちの育ったハロン村だ。


「……? ……! ミ、ミクル!?」


 なぜ、エルールへ旅立ったミクルが海側から現れるのか。

 村に住む大人の一人がミクルに気付き、瞬く間にミクルの帰還は広まっていく。

 この村の大人たちは優しい。

 とにかくミクルの帰還を喜んでくれた。


「おお! ミクル! 無事に帰ったか!? 怪我はないか?」


 村長……ユエンズの父だ。

 遠巻きに眺める村の若者を押し退けて、ミクルの肩や腕を確かめる。

 頷いてから、意を決して村長の目を見上げた。


「あ……村長……、ユエンズ、ワイズたち、四人の事……話、あり、ます」

「うむ。ワシの家に行こう。ワイズたちの両親も呼んで良いか?」

「は、はい」


 当然の権利だろう。

 なんにしても、お前が無事で良かった、と村長は呟く。

 その安堵した表情。

 背を撫でられながら、村長の家に向かう。

 レンガで作られた家。

 木の扉と、細木を太めの糸で編んだ窓。

 ガラスなどと大層なものはなく、村長の家ですらテーブルや椅子が家族分置いてある程度。

 扉を潜ると左に竃があり、右と正面には二つずつ木の扉。

 家族の部屋だ。

 ワイズたちの両親もミクルに続いて入ってくる。

 村長の奥さんが椅子を引いて、少し不安げに手をすり合わせながらも「あ、今お茶を淹れるわ」と竃の前に立つ。

 しかし、その動きは明らかにそわそわとしている。

 椅子に座り、同じくそわそわしているワイズたちの両親と村長に改めて向き直った。


「……さて、ミクル……それで、その……ユエンズたちは……」

「は、はい……あの……」


 ミクルは、まずエルールで起きた最初の事件について話をする。

 温泉があると言われ、みんなでウキウキと湯に浸かろうとした。

 荷物持ちのミクルは先に宿へ荷物を置いて、後から合流するつもりで……。

 だが、宿から出ると奇妙な四人の男たちに狙われた。

 追い回され、ロープで首を絞められ、馬で引き摺られ、全身をズタボロにされたのだ。

 男たちの口ぶりから、誰かに頼まれたようであり、そんな事をする人間をミクルは一人しか思い浮かべる。

 リーダーだ。

 勇者を目指すという、リーダーと名乗った男。

 元々ミクルたちが村を出たのはその男が言い出した事に、ワイズたちが乗っかった為。

 彼女たちの願い。

 そして村でも十五になると外の世界を知る為『エルール』まで旅をする習わしがあった。

 それ故の、短い旅。

 だが勇者を目指すという男は、ワイズたちを自分だけのものにしよう、独占しようとミクルを殺そうとしたのだ。

 彼女たちを手に入れてどうするつもりだったのかは、結局曖昧になったけれど……誰がどう考えてもろくな事ではないだろう。

 なにしろミクルを殺してまで四人を連れ出したのだ。

 死に掛けたミクルは、しかし、不思議な人物と出会いを果たして救われる。

 その男の名を、オディプス・フェルベール。


「……オディプス……その人物は、一緒ではないのか?」

「え、えっと、その人に、お、おれ、今、魔法、な、習ってて……」

「ま、魔法を?」


 魔法。

 世界に恐れられる力。

 便利だが、進んで学ぼうとする者は少ない。

 魔法は『魔王』の力。

 厄災の力。

 求めてはいけない。

 求め過ぎれば呑み込まれてしまう……魔王の、意に。

 そう、世界中で教え込まれる。

 便利だからこそ衰退せず、技術そのものは守られるが……ある一定以上の魔法は敬遠され、それ以上は恐れられた。

 恐らく──ミクルの魔法の実力は、そのレベル……恐れられるレベルに達しているだろう。

 しかし、それでもオディプスの足元にも及ばない。

 思い出すと、ミクルは自然に笑っていた。


 ああ、あれこそが『魔導王』だ。


「ミクル?」

「! ……あ、あの、それで……」


 話を元に戻す。

 彼らが知りたいのは娘たちの行方。

 とにかく前置きとして「四人は無事」と伝えた。

 ほっと胸を撫で下ろす四人の親。

 特に村長は深く息を吐き出す。


「そ、そうか。無事ならいいが……。それで、まだ何かあるんだろう?」

「…………」


 頷いた。

 そして、話した。

 あの城が現れた日の出来事。

 四人を騙して連れ去った勇者もどきが、四人を遺跡へと誘導し、そこで襲おうとした。

 だが勇者もどきは少女たちの実力を見誤っていたのだ。

 やはり彼女らは強い。

 強かったからこそ、自力で脱出した。

 予想外だったのは、エリンがその遺跡とやらで『勇者の声』を聞いた事。


「勇者の声、だと?」

「は、はい。エリンの前に、現れた、そう、です。ゆ、勇者の影が……そ、それがエリンを……勇者の、末裔、って……」

「ゆ、勇者の、末裔!? エリンがか!?」


 頷く。

 四人はとても驚いた様子だが、すぐに村長が「で、でもエリンは『禁忌の紫』だぞ?」と不安げに聞いてくる。

 恐らく、それも……。


「……今、調べて、ます。多分……エリンは……」


 少なくとも、魔王と呼ばれた魔女は子孫がいない。

 話を聞く限りそんな余裕はなさそうだった。

 しかし、それならば勇者と語り継がれる男はどうなのか。

 魔女に執着していたなら、こちらもそんな余裕はなさそうだ。

 分からない。

 確定的な事は言えそうにない。

 だから『調べる』。


「……エリンも、ワイズもリズもユエンズも……きっと、五人、で……帰ってくる……みんな、で。だから……おれ、おれを……このまま、もう一度旅立たせて、くださ、い!」

「ミクル……!」


 頭を下げる。

 四人の親は、顔を見合わせ、そして頷き合う。

 村長がミクルの肩に手を置いた。


「分かった。お前を信じる」

「! そ、んちょ……」

「思ったよりも大変な旅になりそうだが……体にだけは気を付けるんだぞ」

「…………」


 じわりと、涙が溢れそうになる。

 親代わりになり、育ててくれた村の人たち。

 中でも、村長とワイズたちの両親は本当によくしてくれた。

 まるで、我が子同然とばかりに……。

 彼らにどれほど救われた事か。


「……行ってき、ます!」

「もう行くのか!? 今夜はゆっくり休んで……」

「…………」


 首を横に振る。

 今決めたばかりなのだ。

 いや、改めて、誓った。

 ミクルは四人を取り戻す。

 勇者もどきに連れ去られ、勇者の影でどこかおかしくなったエリンと、そのエリンを案じる三人。

 彼女たちにも会って話さなければいけない。

 オディプスは言った。


『どのみち、あの城へ行くには君たちではまだ実力が足りない。圧倒的にね』


 それはミクルも含まれている。

 だからもっと強くならなければ。

 エリンを救う為に。

 魔女の願いを叶える為に。

 勇者の目的……それは、きっと阻止しなければいけないもののような気がした。

 だから……。


「白亜の壁、古の竜の爪、立ち向かうものを阻み、悪しき心を挫き、星雲の彼方の慈悲をここに降ろせ! エスティエーラ・エヴ・ウェーティンレール!」

「!」

「こ、これは!?」


 ミクルが空へ向かって魔法陣を展開させ、それで村全体を覆い張ったのは結界。

 以前、オディプスが『スーネクケ』で張った結界の上位結界に当たる。

 持続力が高く、大地の霊脈を用いて使うが魔石があればより結界の防御力は上がるだろう。


「ミクル、これは……ま、魔法なの?」

「……魔石、真ん中……村の」

「? あ、ああ、ま、魔法陣の真ん中、か?」

「お、置くと、威力、上がる……から……あの、モンスター、近付いて、来ない……」

「! ……ミクル……」

「お前……いつの間にこんな魔法を……」


 首を横に振った。

 あの人に比べたら、ミクルなどまだまだ初心者の域だろう。

 だからもっと、強くなる。

 前を向いて、笑いかけた。

 そして、もう一度お辞儀をしてから転移魔法を唱える。


「!」

「消え……っ!」



 これで村は大丈夫。



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