四発目
その日大学の食堂で異様な光景が作られていた。
男女三人が座る机から一定範囲に誰もおらず、その範囲以外から何人も人だかりができ様子をうかがっていたのである。
その三人とは姫蝶と盟そして友明である。
多くの友人達と食事をしていた姫蝶と盟だったが、友明が無理やり姫蝶の隣に割り込み、周囲を威嚇した為このような事態が発生したのである。
「俺の会社直営店だからかなり安く買えるぞ、だから今度の日曜日に行こうぜ」
「その日はお兄さんと二人で行くところあるから駄目だね」
肩に手を回しそうなほど近づく友明に、姫蝶は苛立ちながら嘘をつく、親の権力を自分の力と勘違いしていることが苛立ちに拍車がかかっていた。
「またアイツかよ、いい加減小市民の事なんざ気にするなよ」
「そうだね小市民な僕達は無視していいよ」
適当にあしらいながらも姫蝶は座り続け、じっと耐えていた。
相も変わらず友明の自慢と悪口に姫蝶が辟易してきたが、携帯が鳴り瞬時に取り出だす。
『今駐車場に着きました、学食は何処ですか?』
歩からのLINEに姫蝶の顔が華やぐと盟へと話をふる。
「盟、お兄さん来たから連れてきてよ」
「わかったわ」
盟が快く承諾すると、姫蝶は片目を瞑る。
「お兄さん? まさかあいつか!?」
声を荒げて詰め寄る友明だが、姫蝶は歩が早く来ないかと入り口を見るばかりであった。
唸る友明とそれを姫蝶が無視することしばし、食堂の入り口に人影が見えた途端に姫蝶は走り出した。
「おにーさーん!」
「ぐふ!」
盟に連れられて入ってきた歩に向かって、姫蝶は安らぎを求め勢いよく抱きつく。
姫蝶が思ってたよりも速度が出たが、歩は少し態勢を崩すだけでしっかりと抱き締めていた。
「次はもう少し落ち着きましょうね」
「はーい、えへへ」
背中を優しく叩かれながら、姫蝶は歩の匂いを嗅いでご満悦である、しかしそれも長くは続かなかった。
「いい加減姫蝶を離せよ」
友明が足音を強く鳴らせながら、近づいてきたのだ。
「姫蝶さんが嫌がっていたら離しますが?」
「嫌じゃないよ、嬉しいもん」
姫蝶は見せつけるように、歩の背中に手を回し力を込める。
「それで? あなたは誰なんですか?」
「間中 友明だ、姫蝶は隣をずっと歩いてきたな」
友明の自信満々な発言だが、歩は特に気にする様子もなく淡々としているだけである。
「そうですか、私は兵庫歩、姫蝶の彼氏です」
「えへへ……っとそういう訳だから付きまとうの止めてくれないかな?」
歩の彼氏宣言と頭を撫でられる感触に嬉しさで一杯になる姫蝶だったが、目的を思いだし顔だけ向けて忠告した。
青天の霹靂だったのだろう、友明は目を見開いて硬直している。
周囲にも聞こえるよう大きめな声で言ったため、周りからも信じられないといった類いが姫蝶に聞こえてきた。
「もしかして弱味を握られているのか?」
友明が突拍子もないことを言い始め、姫蝶は一瞬理解できず歩も同じだったのだろう、何を言っているんだと姫蝶と歩はお互い顔を合わせだけである。
「やっぱりそうか、姫蝶、俺のところに戻れ」
二人の態度が図星の無言と思ったのだろう、友明は芝居じみた動きで手を差し伸べていた。
「いやいや何言ってるの!? 弱味を握られている!? お兄さんはそんなことしないよ!」
酷い言い分に姫蝶は詰め寄ろうとしたが、歩に後ろから止められ友明を睨むしか出来ない。
「友明さん、自分は脅したりなどしていませんよ、ごく普通に愛し合って付き合っています」
「脅迫しているとか言うやつがいるかよ!」
「姫蝶さんにまとわりついて迷惑かけているのは貴方ですよ」
「姫蝶は俺の物だからな側に居るのが当然だし、迷惑もかけていない、むしろその台詞は此方が言いたいね!」
冷静で大人な対応する歩と、加熱し口汚くなる友明という相反する様相を呈してる。そしてその間に挟まれている姫蝶は歩に抱き付きながら顔を埋め、全力で歩を感じて友明を欠片も意識していない。
偶然が重なって一緒にいることが多いのは確かだが、それが当然と思われていることに不快感を覚え、そして何より友明は姫蝶を物扱いしているの事にあきれていたのだ。
さらに歩もその事が不快なのか姫蝶を抱き締める腕には力が込められており、それが自分のことで怒っているというのが伝わっている姫蝶は、なだめる意味合いも込めて抱きしめかえしたのである。
「おい! さっきから言ってるが! その汚ねえ手を離して! 姫蝶を解放しろ!」
「何度も同じ返答しますが、姫蝶さんが嫌がれば離しますよ」
「てめぇ……いい加減にしろよ……」
歩の変わらない態度と答えに友明は拳を握る。
「いい加減にしてほしいのはボク達なんだけど……この際はっきり言うよ、身も心も全てお兄さん、歩に捧げたんだ!」
食堂に居る全員が証人になるように、大声で宣言する。
友明はもとより初耳だったであろう歩と盟の目は見開かれ、周囲を囲んでいた友人達は信じられないとざわめいた。
「す、全てって……ま、まさか」
「ん?……ふふふ……」
友明は信じたくないのか震える手で歩を指差し、込められた意味を理解した姫蝶は、意味ありげに微笑むだけである。
「……ぶしろ」
「何ですって?」
うつむき震えながら呟く友明に、歩はいぶかしげに聞き直す。
「姫蝶をかけて俺と勝負しろ!」
「勝負ですか?」
「そうだ! 俺が勝ったら姫蝶と別れてもらうぞ!」
それを聞いた姫蝶は突拍子もない事を言われ絶句する。
彼氏彼女の間柄は当人の意思が重要であり、他人がどうこう言ったところで意味はないし、勝ち負けで決めるものではないのだ。
だがコレを了承し仮に敗北する、と別れなかったとしてもこの話を聞いた周囲が黙っていない可能性がある。
友明は自信を持ちすぎる位能力が高い、例え歩が有利な条件だったとしても、あっという間に逆転勝ちする可能性があるのだ。
歩から引き離されるのが嫌でたまらなかった姫蝶は、どうしようかと歩へ視線を送る、そこには自信ありげに鼻で笑う歩がいた。
「お、お兄さ」
「どのような条件で?」
止めようとする姫蝶の声が聞こえなかったのか、話を進める歩に姫蝶の瞳が濡れる。
「ふん! お前の得意なもので勝負してやるよ」
「一応聞いておきますが、自分が勝ったらどうしますか?」
「あり得ないと思うがそうだな……二度と姫蝶に関わらないと誓うさ、さて何で勝負する?」
話に乗ってきた歩に気を取り戻したのか、友明は再び態度が大きくなる。
姫蝶は涙目になりながら歩を見ると、姫蝶の頭を撫でながら微笑みを浮かべ、友明を見据えて胸を張った。
「お断りします」
その場にいた全員が何をいったのか理解できなかったのだろう、あれほど騒がしかった室内が静寂に包まれる。
「……何?」
眉間にシワを寄せながら友明は聞き直す。
「この勝負は受けません、お断りします」
「な! お前プライドは無いのか!?」
断られ怒髪天をつく友明と特に気にしていないのか平常運転と歩の構造が再び出来上がった。
「男としての誇りよりも彼女が大事ですよ」
その言葉に姫蝶の心臓が高鳴る。
「それでも受けるのが男ってもんだろうが!」
指差す友明に対し歩は肩をすくめるだけだった。
「世の中にはビギナーズラック、ラッキーパンチ等そういった言葉があります、いかに自分が有利な条件だとしても運悪く負けることもあるでしょう」
「そんな確率少ないだろうが!」
「確かに万が一というぐらいでしょうね、ですが……勝負を断れば絶対的に0です、極めて低確率でも姫蝶を手放す可能性があるなら絶対に受けません、それほど大事な人なのです」
確固たる意思が込められた瞳で歩は友明を見据える。
その光景を間近で見ていた姫蝶は胸を両手で押さえていた。
(お兄さん格好いい……)
男としての誇りより、自分を大事にしてくれる事が嬉しくて堪らなかった、またその行為が姫蝶にとっては男らしく見えていたのだ。
今までにないほど胸が高鳴り体の内側が熱くなる、そして中から浮かび上がる言葉が止めどなく溢れてくる。
(好き……うん、お兄さん大好き)
今この場で降ってわいた感情出はなく、ずっと無自覚に抱き続けた思いであり、今回の出来事が切っ掛けで自覚するに至ったのである。
(ああ、お兄さんに言いたい、でも……)
今すぐにでもこの思いを伝えたい姫蝶だが、言葉だけでは足りないと思考に没頭した。
そして想いが伝わる方法と周囲と友明に証明を同時に出来る名案が浮かび上がる。
(言葉だけだと足りない、それなら行動で)
それが最良の答えとさっそく行動にうつす、未だに睨み合っている歩の裾を引っ張った。
「お兄さん、お兄さん」
「どうしました?」
呼ぶとあっさり友明から目を離す、それだけの事だが姫蝶には自身が優先されていると裾を握る手に力がこもる。
「大好き」
姫蝶は唇を差し出し目を閉じて待ち構える、周囲がざわつき歩も目を見開いていた。
「あー姫蝶さん、流石に人前では恥ずかしいのですが……」
困惑する歩だが、姫蝶は片目を開け諭すように囁きかける。
「でもこのままだと諦めてくれないよ? ここまですれば……ね?」
再び閉じる姫蝶にとって友明の事はあまり関係なく、それらしい理由を述べているだけであった。
飛び跳ねそうな心臓を押さえ、ついにキスされた感触が伝わったが、想像と違ったため姫蝶は不思議に思いながら手で押さえていた。
「その、恥ずかしくてたまらないので、それでご勘弁を……」
よほど恥ずかしいのか、歩は口元を手で覆い真っ赤に染まった顔を背ける。
歩が行ったのは、おでこに口づけであった。
でこチューされて額に手を当てる姫蝶であったが、内心不満である。
これはこれで良かったが、やっぱりキスといったら口にして欲しかった。
(お兄さんは本当に恥ずかしそうだし仕方ないか……それなら)
姫蝶は頬を膨らませていたが、口内の空気を抜き手を伸ばす。
(こっちから行こう)
歩の顔を両手で軽く挟み込み、無理やり振り向かてそのまま引き寄せる。
「あの、姫蝶さん?」
何をするのか察したのだろう、目を泳がせる歩だが逃げる様子はない、姫蝶は頬を緩ませながら爪先立ちで顔を寄せていった。
音を立てて啄むように唇を交わす、なんとも言えない幸福感に満たされ、姫蝶の体は熱を帯びる。
「ん……まだ……もっと」
こんなにも貪欲だったのかと自分自身に驚きながらも、姫蝶は耳を撫でられた時のとろけた声でねだった。
(もうちょっと深く、欲しいな)
今度は歩の後頭部に腕を回し、抱きつきながら顔を寄せていく。
口を合わせると歩の唇を舐める。
何か言おうとしたのか、わずかに開いた瞬間についつい舌を伸ばしてしまった。
歩の口内を出来る限りの範囲で味わっていく、特に味は無いが姫蝶にはとても気持ちが良かった。
キスをする、舌を絡める、体を合わす、目を閉じているために感触に意識が集中し、繊細に伝わってくる。
その相手が歩である事が、姫蝶の頭を痺れさせていた。
「そこまでにしておきなさい」
「あ……まだ……」
呆れた声で止めに入ったのは盟である。
強引に間に入り物理的に離れさせられ、満足してない姫蝶は歩へ手を伸ばす。
「もう十分だから、周りを見てみなさい」
ぼんやりした頭で周囲を見回すと、顔を真っ赤する人、興味津々で目を輝かせる人、そして絶望的なまでに肩を落としている人達がいた。
特に友明は認めたく無いのか、口を開けて呆然としているのみである。
「あーそうだったね、すっかり忘れてたよ」
頭を掻きながら舌を出し、姫蝶は現状を思い出していた。
姫蝶は一つ咳をして自身に注目させると、追い討ちをかける為に再び宣言する。
「そんなわけで、ボクはお兄さんの物でお兄さんはボクの物なんだ、これからもずっとね!」
密かに歩への宣告も兼ねて、姫蝶が満面の笑顔で言い放つと、崩れ落ちるように友明は両手両膝をつく、先程の衝撃的なキスシーンが止めとなったのだろう。
「あ! ボク写ってる! 遠くにお兄さんもいるね!」
パソコンの前で黄色い声をあげるのは姫蝶であった、どんな様子で写されているのか気になる歩も後ろから覗き込む、画面に表示されているのは先日行われたサバイバルゲームの写真であり、主催者がアップーロードされていた。
フィールドを管理している人達または会社が主催するゲームに日曜日に行われる定例会があるが、今回は終末サバゲーというイベントが開催された。
その主催者がゲーム中に色々な場所でカメラ片手に撮った写真が、ホームページにあげられるのだ。
「ボクってこんな風に見えるんだ」
「逆光があって格好よさ倍増ですね」
ゲーム中見えない自分の客観的な姿に、姫蝶は食い入るように見つめる。
壁に隠れながら様子見する姿や、前線に走り込む様子が写真に納められていた。
その中にドラム缶から銃を構える姫蝶の写真がある。
肩口から太陽の光が差し込んでいるが、絶妙な陰影で渋く写されているのであった。
しっかりと衣装を揃え、楽しんでいる姿を見映えよく写真に納められると、姫蝶のみならず歩も嬉しく感じるのである。
「人質取ったり連れ去られて寝返ったりと、終末の世界観を味わえて良かったです」
「ふふ、お兄さん人質になってたよね」
その時の情景が浮かんでいるのだろうクスクスと笑う姫蝶である、その時の歩はヘコヘコと頭を下げ、銃を向ける相手に媚びへつらう雑魚兵であった。
終末サバゲーというイベントは色々な理由で崩壊した世界を体験するという物である。
ヒャッハーなモヒカンの世紀末や、汚れたジーパンとリュックといったバイオハザードしたゲームなど各自様々な格好をして、主催者が設定した条件で争ったり交渉したりするのだ。
茶色のコートを汚し、画面に身を屈めて徘徊しながら様子を伺う、そんな臆病な兵士になりきる歩に対し、スカートをなびかせてヒャッハーと奇声をあげながら暴れる、ハッピートリガーで狂人的な姫蝶と対称的な二人であった。
互いに感想を述べていると喉を潤すためにコーヒーを飲む、一息つくと歩はふと気になることが思い浮かんだ、それは大学での一件その後である。
その事件のあと歩と姫蝶の二人にとって非常に喜ばしい事があったため今まですっかり忘れていたのだ。
「そういえば……友明……でした? あいつに何か逆恨みのようなことされていませんか?」
見方を変えれば意味が変わるように、友明からすると裏切られたように写るだろう、あれほど我の強い者なら肉体的に、親の会社を使って社会的に何かしそうである。
大学に行っている時は側に居られないため、なにも出来ない歩は歯がゆく感じていた。
「大丈夫だよ、よっぽどあの事が効いたんだろうね」
そんな歩の考えをよそに姫蝶は肩をすくめるだけである。
歩は探るように姫蝶の瞳を覗き混むが、姫蝶が嘘ついている様子は全く無い。
「本当になにもしてこないよ、安心して」
よほど顔に出ていたのか、姫蝶は両手で歩の顔を挟んで笑みを浮かべる。
まだまだ大学生活は続く、今は良くてもこれから先に何もないと言えず、心配は続くが大学に行っている間はどうする事も出来ないのだ、せめて側にいる間は守ってあげたいと歩は願う。
「まあどっちにしろ今回の事父さんも母さんも知ったからね、親を通じて接触禁止になってると思うよ」
「どういうことです?」
「あれ? 言わなかったっけ? ボクの家って代々受け継いだり土地転がしたりでおっきな土地があるんだ、大地主ってやつだよ、色々大企業にも土地貸して繋がりがあるから、友明の親も無視できないんだよ、ついでに何か借りもあるみたいだしね」
「そういうことですか」
納得いったと頷く歩は姿勢が辛くなり離れようとするが、ガッチリと姫蝶に固定される、むしろ近づけるように力が込められていた。
「あの……」
「んー? 何かな?」
互いに力が拮抗し歩の顔は赤く、姫蝶の腕は震える。
「離してくだ」
「父さん達は知ってるんだよ」
被せる姫蝶は言い聞かせるように、一言一句しっかりと発せられていた、しかし歩はなぜ強調するのかよく分からず困惑するだけである。
「今回の事始めから終わりまで」
「終わりまで……あ」
「そう、ボク達が彼氏彼女になったことまで全部」
あの出来事で二人が恋心を自覚し、帰り道で二人きりになったとき姫蝶が告白をしたのである。
当然歩も同じ思いを抱いていたので、返答として好きだと伝え、感極まって抱き締めあったのは歩には良い思い出であった。
「お父さんが凄い顔しながら言ってたよ、連れて来いって」
「こ、心の準」
「明日のデートはボクの家だね」
決定事項に歩は思考が回り押し黙ってしまう。
「大丈夫、ボクが側にいるから」
軽く口づけを交わすと姫蝶は笑顔を浮かべて歩の頭を抱き締める、塞がれた視界の中で歩は姫蝶と二人ならと覚悟を決めるのであった。
視点が変わりすぎ、変わる地点が分かりにくかったかもしれません、もっと一人に集中したほうが良いのかもしれませんね。
良い点は励みに、悪い点は教訓となりますので一言でも良いので感想くださるとありがたく思います
こんな物でも最後ま読んでいただき、ありがとうございます。