2章 26. 眠れ、魔人よ
廃墟で研究レポートを見つけたジェリアンだったが、彼はその内容に感銘を受けていた。
「この研究、使えるかもしれないな……」
その研究の内容は、複数の魔獣と人間の子供を混ぜ合わせるような、狂気的な内容のものだった。
だが、それには研究結果は融合が成功し、これから色々と検証をするというところで終わっている。
そしてこの研究施設の惨状からして、生み出すまでは成功したが、そこから暴走してしまい失敗したのだろうと予想をつけた。
「この研究では複数の魔獣と人間の子供だけでやったようだな。それで失敗したとなると……」
研究レポートと失敗の原因を考えたところで、ジェリアンはあることを思いついた。
「王国の森には確か、魔人という存在がいた気がするな。そいつを元にすれば上手くいくかもしれない」
偶然見つけた廃虚で思わぬ収穫を得たジェリアンは、不敵な笑みを浮かべながら帰還した。
基地に帰った後ジェリアンは、以前から話の来ていたリベンダ支部での隊長の話を受けることにした。
彼は幻惑魔法を阻害する魔法を使えるので、以前からそう言った話が何度か来ていた。
だが、彼は国の騎士として戦いを求めていたので、毎回断わっていた。
しかし、今回研究レポートを手に入れたことで、森の魔人を手中に収めるには絶好の機会だと判断し、話を受けることにしたのだ。
偶然研究レポートを見つけ、偶然昇進先の森に魔人がいる。
ジェリアンは、これは自分に課せられた天命だと思い、一切の迷いなくリベンダへとやって来た。
「さて、まずは魔人と接触しなくてはな」
リベンダで隊長に就任するまでそれほど時間は掛からなかった。
元々上から来ていた話だったので、その街で軽く訓練を受けるだけで簡単に隊長になれた。
彼は早速自信に与えられた部屋を、研究のための施設へと変えた。
騎士団の施設なら部外者の侵入もないので、1番安全だからだ。
そして、いよいよ魔人を捕まえるため、森の探索を始めた。
そこから森の魔人と接触したのはすぐだった。
なにせ彼には森の幻惑魔法に対する対抗手段があるのだから、簡単に森の奥に入り込めるし、入れば向こうから姿を現してくるのだ。
「あんた誰よ。こんな所に何の用?」
「貴様が森の魔人か。私は騎士団隊長のジェリアンだ」
森の魔人と接触したジェリアンは悩んだ。
いきなり捕らえて研究所まで連れていくか、それとも徐々に仲良くなってそれとなく研究所に誘導するか。
悩んだ末、ジェリアンの選びだした結論は後者だった。
「魔人よ、私達騎士団は魔人と協力関係になりたい」
「ふん、それは私になんのメリットがあるのよ」
「こちらからは、森では手に入らない食べ物や衣類などを提供しよう」
ジェリアンの提案に森の魔人は悩んだ。森で魔獣と生活していくだけなら、これまでもこれからも不自由はない。
だが、それは非常に退屈なものであり、森の魔人はすでにその生活に飽きてきていたところなのだ。
「ふーん、悪くないかもしれないわね。で?そっちは何が望みなの?」
「森での安全と、魔人の力を貸してほしい」
「それだけ?」
「ああ」
「ふふ、それなら簡単よ。いいわあなた達と協力してあげるわ!」
こうしてジェリアンは、魔人との協力関係を取り付けることに成功したのだった。
それからはジェリアンと魔人は定期的に会うこととなり、その度にジェリアンは衣食を渡し、魔人は周辺の魔獣の管理と戦い時の協力をした。
そんな関係が2年ほど過ぎた頃、とうとうジェリアンは動き出した。
「魔人よ、私達の関係ももう長い。そろそろ街を見て回ってはどうだ?」
「うーん、まぁあんたと一緒ならいいわよ」
2年もの間仲良くしていたジェリアンに対し、森の魔人はもう警戒心などは一切なく、この提案にのった。
そこには人間の街を見てみたいという、好奇心もあったのだ。
その答えを聞いたジェリアンは、薄く笑った。
「どうだ?これが商業都市リベンダだ。中々活気があるだろう」
「まあまあね」
辛口を吐きつつも、森の魔人は両手いっぱいに買い物袋を抱えており、街をめいいっぱい満喫していた。
しかし、これも全てここまで森の魔人を誘き出すための、ジェリアンの作戦だとも知らずに。
「最後に私の騎士団隊長施設を見て行かんか?」
「いいわよ!」
これまでの関係から、森の魔人はジェリアンのことをこれっぽっちも疑おうとはしなかった。
ジェリアンは、長い時間を掛けたかいがあったと、薄い笑みを浮かべていた。森の魔人にバレないかヒヤヒヤものだった。
「ここが私の部屋だ。くつろいで行ってくれ」
「なんか、仰々しい部屋ね……。変な物ばっかり」
ジェリアンの私室は研究の為に、色々と機材が用意してある。
これも全て2年前から集めていたものであり、彼の努力の結晶とも言えよう
「ちょっと物騒だし、もういいわ。行きましょ」
「もう行く?馬鹿なことを言うな。お前には一生いてもらう部屋なのだからな」
「は?」
突然ジェリアンの声のトーンが低くなり、変なことを言い出したので、森の魔人困惑してしまった。
ジェリアンはその一瞬の隙を逃さず、拘束具で森の魔人を捕らえると、研究レポートにもあった実験用の収容箱に突っ込んだ。
「ちょっとジェリアン!どういうことよ!?ここから出しなさい!」
箱の中は完全に密閉されており、森の魔人は叫んでいたようだが篭もっていてあまり響かない。
今まで信頼していた人間の突然の裏切りに、森の魔人は苛立ちを抑えられず、枝を生やして破壊しようとした。
「無駄だ。貴様にはこれから実験に付き合ってもらうのだからな。大人しくしていろ」
「うっ……、な、何これ?」
ジェリアンは森の魔人が暴れないようにと、睡眠薬をガス状にして箱の中に充満させた。
森の魔人はそのガスに抵抗も虚しく昏倒させられてしまった。
「くくっ、これでようやく第1歩だ。見てろよ先人共、私がこの研究を大成させてやる!」
ジェリアンは野心に満ちた声音で、歯をギラつかせる。
「人間め……!ゆるさんぞ、覚えてろ……!」
意識が飛びそうになる直前、その姿を見た森の魔人は恨みの憎悪を滾らせながら眠りに落ちた。
――
それから3年の年月が経過した。
それだけの年月をもってジェリアンはようやく、森の魔人の体の再生能力の研究を終了させたのだ。
たった1つの研究にかなり長い時間がかかったが、それでも全てを1人で行っていたのだから早い方だろう。
「ようやく1つか。かなり時間が掛かってしまったな」
「……」
森の魔人の反応はない。
だが、実験をしていた3年間、ずっと眠らせ続けていたのだから、それも当然だろう。
「そろそろ、試作の魔獣を作ってみるか」
「ギュアァ!」
「ギシャア!」
部屋の中には、先日実験の為にと捕まえたゴブリンが数匹いる。
後は媒体となる人間が必要なのだが、ジェリアンにも騎士としての良心はまだ残っており、流石に人間を使うのは躊躇った。
だからそれを考慮して、魔獣にはゴブリンを選択したのだ。
戦闘力では劣るゴブリンだが、人間に似た体躯と貧相ながらも武器を使える知性があれば、森の魔人の細胞と混ぜれば上手くいくかもしれないと、判断してのことだ。
「よし、また腕を貰うぞ」
「!?」
ジェリアンは研究の間、何度も森の魔人の腕を斬り落として実験に使っていた。
魔人の腕はすぐに再生するから、実験台としては申し分ない存在だったのだ。
森の魔人は腕を斬られる度に、激痛で何度も意識を戻した。
だが、すぐさまガスを入れられ眠らされてしまう。
「ぬあぁぁ……!」
「眠れ、魔人よ」
森の魔人の意識が戻ったところで、ジェリアンは即座にガスを投入する。
これでいつも通り森の魔人は眠る。
そう思っていたのだが――
「はああぁ!」
「な、なんだ!?」
森の魔人はガスの影響を受けることなく、枝を拡散させて、箱をこじ開けたのだった。
ジェリアンは突然の出来事に瞠目した。
そう、森の魔人は何年も同じ薬を投与されたことにより、とうとうその薬に耐性を得ることが出来たのだった。
そして薬を入れる時に一瞬箱が開いた隙を見逃さず、枝をねじ込み力ずくで破壊したのだった。
「くっ……、ふん!」
「ま、待て!」
しかし、耐性を得たとはいえ少なからず影響を受けていた森の魔人は、ジェリアンに恨みを晴らすほどの力は無く、部屋を飛び出し森に逃げ込むので精一杯だった。
彼女は逃げる最中、何度も頭にジェリアンの嫌らしい笑が頭に浮かび、その度に人間への怒りを募らせた。
これがジェリアンと森の魔人の因縁である。




