2章 19. ピースが揃えば
迷いの森に来てから20年間、小さな争いはあれどこれといった大事には至らず、平和に過ごしてきた。
いつしか虫の魔獣を配下に加え、悠々自適な生活を送っていたのだが、そんな日々もあるひとつの報告により一変した。
「なんだと……?」
森の偵察に出ていたアリの魔獣が、喋るゴブリンを見たと報告してきたのだ。
最初に聞いた時は半信半疑だった。
これまで我の他に喋る魔獣になど出会ったことも無い。
だからその真偽を確かめるため、我は調べた。
そうしたら発見してしまったのだ。
我と同じ存在を。
人間によって生み出されてしまった魔獣を。
しかし、人間に生み出されたのなら、我と同じくあの地獄を味わったはず。
それなら我と敵対することは無いだろうと、そう判断した。
だから最初は対話のために接触を持った。
しかし、奴は違った。
「我は魔蟲王・イル。そなたと同じく人間によって生み出された魔獣だ。少し話をせぬか?」
「イル?ソンナヤツハシラナイ。アルジノメイニヨリ、シタガワナイマジュウハスベテツブス」
「主だと?そなたは人間の味方をするというのか?」
「アルジニサカラウヤカラハユルサナイ。オマエタチハオレノテキダ」
「言葉は扱えても、話にはならんようだな」
奴は完全に人間に支配されていたのだ。
言葉は片言で要領を得ないが、それでも我らに敵意を向けているのは間違いない。
こやつらは危険だと判断した我は、ゴブリンの軍勢を制圧し、まだ実験を繰り返す人間を今度こそ根絶やしにすると決めた。
その後、ゴブリンどもと抗争になったが想像以上に奴らの勢力の数が多く、我らは撤退を余儀なくされた。
このままでは我らはゴブリンによって滅ぼされる。そう判断した我は即座に戦力の増強を考えた。
そんな折に現れたのが、灯達だった。
「なに?人間を好きになってしまっただと!?」
「ガガガガッ!」
それは、いつも通り森に侵入してきた人間を襲っていた時のことだ。
その時出た魔獣が全員、ある1人の人間を好きになったのだの、ふざけたことを抜かし始めた。
人間を好きになるなんて、我の配下は頭がおかしくなったのだと最初は考えたが、どうにもその数が日に日に増えていくのだ。
これはおかしいと思い、我自身が直々に判断してやろうと思い出向いた。
しかしなんとそこには、人間であるにも関わらず清廉潔白で、見目麗しくも儚さを持ち合わせたような、理想の存在がいたのだ。
その男を見つめていると、なぜか心臓の鼓動が早くなってくる。顔が紅潮してくる。
今まで人間など、恨むべき存在でしかなかったはずなのに、なぜかあの男だけは違った。
「よ、よし、あの男を仲間に引き込むぞ」
我がそう決断した時、配下の魔獣達も一斉に歓声を上げた。
迂闊にも反対される可能性などは一切考えていなかったが、そんなものは杞憂だった。
満場一致であの男を、つまりは灯を仲間に引き込むことが決定した。
――
「とまあ、そんな感じで灯と出会ったのだ」
「そ、そうか……」
何気なくイルに昔のことを教えてくれと言ったのに、生い立ちから何から何まで話されるとは思わなかった。
しかもその過去は壮絶で、彼女がなぜ人間を恨んでいるのかがよく分かった。
俺はなんて言っていいのか分からず、押し黙ってしまった。
「知りたいことは他にはないか?」
「い、いや、もう大丈夫だよ」
しかし、対してイルはなんの気もなくケロッとした態度でいる。
辛い過去だっただろうに、言いづらいこともあっただろうに、申し訳ないことをした。
「その、ごめん。言いたくないこともあったよな……」
「何言っておる、そんなこと気にするな。むしろ灯になら我の全てを知ってもらいたいのだからな!」
嫌な事を言わせてしまって申し訳なく思い謝ると、イルは気にすることは無いと笑い飛ばしてくれた。
その明るい態度に俺も少し気持が軽くなった気がする。
「それで、我の話を聞いて何か分かったか?」
「そうだな……、それじゃ個人的に気になったとこを――」
そうして俺はイルの話を聞いて気になったことを話した。
それは実験の行われた場所だ。
イルは宛もなく飛び続けてこの森にやってきたと話していたが、それならここに人造ゴブリンがいるのはおかしい。
それはつまり、長距離を移動したイルに実験をした連中が後をつけてきたということになる。
だが、イルは実験施設内の人間は全て殺したと言っていたから、その可能性はない。
となると考えられるのは、イルの実験とは全く関係ない人間が、ゴブリンを元にして似たような実験を行った可能性。
後は、イルがいた実験施設の資料をたまたま見つけ、たまたまこの森で実験を行ったという可能性。
「なるほどな、そういう考え方はしてこなかったの」
「俺の予想は最初の方の、イル実験とは関連がない可能性だ。たまたま内容が被ったんだろう」
「ふむ、だとしても魔獣を弄ぶ人間は許さないということに変わりはないがな」
「それは俺も同意だよ。魔獣だけでもムカついてるのに、それに加えて奴隷とはいえ人体実験までするなんて許せるものじゃない」
イルの怒りの乗った声に、俺も同意した。
何が目的か知らないが、命を弄ぶ行為を許すことは出来ない。
こうなったら少しでも早く、実験を行ってる施設を見つける必要があるな。
「イルがいた施設ってどんな感じだったんだ?」
「外見は他の家屋と特に遜色はない。内部も1、2階は怪しい所はなかったな。ただ、地下には妙な機材が多くあり、人間も10人は超えていたと思うの」
「なるほど、地下か。それじゃあ見つけるのは困難だな……」
外見にも内部にも特徴はなく、地下に実験施設のある家。
そんなものパッと見で判断できる訳もない。
となると、1つ1つ侵入して調べるしかないということか。
そんなのははっきりいって無謀すぎる。何か他に糸口はないか……
「あ、そういや騎士団は魔獣の研究のために、獲物を生け捕りにしてるって聞いたな。イルがいた施設に騎士風の奴はいたか?」
「いや、我のいた所は全員魔法使いであったな」
「そうかー……」
いい線までいったと思ったが、まぁ騎士団がそんなことをするはずもないか。
ただどうにもなにか引っ掛かるものを感じる。
あと少しピースが揃えば何か分かる。そんな違和感がある。
「ならイル達は森の中に怪しい施設がないか探してもらえないか?」
「よかろう、ただゴブリンどもが攻めてくるまでもう時間は余りない。そう多くは調べられんぞ」
「分かった、じゃあ俺は残りの時間で、街の怪しそうな家を当たってみるよ」
「すまぬ、手間をかけるな」
実験をしている人間を見つけることも大切だが、ゴブリンの軍勢を止めることも大切だ。
もういつ攻めてくるかわからないのなら、調べられる時間はそう多くない。
何か後1つヒントがあれば、全部分かりそうなんだが。
どうにも情報が散らかっている気がする。
「とりあえず、俺たちは一旦街に戻るよ」
これ以上ここで考えていても答えは出ない。
そう判断した俺は、1度街に戻ることにした。
「えっ、も、もう帰ってしまうのか!?」
「ああ、あんまり時間も無いみたいだからな」
「し、しかし、今日ぐらいゆっくりしても良いではないか……!」
俺が街に帰ると言うと、さっきまでビシッとした佇まいだったイルが、急に狼狽しながら俺に縋ってきた。
こういう姿を見ると、言葉を話すことが出来るとはいえ、イルも魔獣なんだなと実感する。
まぁそのおかげでこうして仲良く出来たのはある。
だが、人型である彼女に体を密着させられると、そういうことに全く免疫のない俺には、どうしていいか分からない。
「分かったから!また来るから、とにかく離してくれ!」
「本当か?絶対だぞ!絶対の絶対に絶対だぞ!?」
「ああ、分かったって!絶対来るよ!」
目に涙を浮かべて、足に縋り付くイルをどうにかして剥がすと、俺は彼女たちの元をあとにした。




