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2章 18. イルは過去を語った

 イルの、俺がいるなら大丈夫だろうという能天気な発想に頭を痛めながらも話を続けた。


「で、こちら側の戦力はどれくらいなんだ?」


「我が配下の魔獣で、戦闘が出来るのは300匹といったところだな。その中でハイゴブリンと対抗出来るものは30匹程だ」


「300……、ゴブリンと比べたらかなり少ないな」


 相手は2000なのに対し、こちらはたったの300。

 これなら単純計算だと1匹辺り7匹倒さなければならないことになる。

 これはつまり、ゴブリンの1つの小隊を倒さなければならないということだ。

 かなり過酷な戦いになる予感しかしない。


「安心しろ灯、我が配下はゴブリンのような軟弱モノではないからの、ここの強さはゴブリンなど圧倒的に上回っておるわ」


「なるほど、数では負けてても、個々の質で勝つってわけか」


「そういうことだ」


 イルは自分の部下の強さを嬉しそうに、自慢げに話してくれた。

 彼女の話が本当だとしたら、ゴブリン達に包囲されないように上手く立ち回れば何とかなるかもしれない。


「それで灯らには申し訳ないのだが、ハイゴブリンを中心に倒して欲しいのだ」


「それはどうしてだ?」


「我らにも上位種と渡り合えるものはおるが、それでも戦力的に不足しているのも事実でな。その点灯らなら、ハイゴブリンなど容易に倒せるだろうと踏んでのことだ」


 確かにドロシーやクウ達は、かなり強い。ハイゴブリンがどれほど強いかは知らないが、それでも負けることはないと思う。


「分かった。じゃあハイゴブリンは俺達が引き受けるよ。そいつらの特徴はどんな感じなんだ?」


「恩に着る。ハイゴブリンどもは恐らく各部隊のリーダーとして配属されているはずだ。特徴は通常のゴブリンよりも背丈が少し大きく、色も緑ではなく紺に近い青色をしておる」


「青くて若干大きいやつだな、了解。それでイルはどうするんだ?」


「我は当然敵の大将を狙う」


 イルは人造ゴブリンを相手にするらしい。

 確かに同族として位置が分かるというメリットもあるし、1番的確ではある。


 だがもし敵に人間がいて、イルをもう一度敵に引き込もうと企んでいたらかなり危険だ。

 イルと人間との関係、この辺りをもう少し詳しく聞いておくべきだろう。


「イルは、どういう経緯でこの森まで来たんだ?」


「おお、灯にはまだ話しておらんかったか。では話すとしよう」


 そしてイルは過去を語った。かつて人間にされたことに対し、憎悪を顕にしながら。




 ――イル視点――



 我が目覚めた時、そこは硬い箱の中だった。

 サイズは我がちょうど収まる程度で、身動きは愚か寝返りさえもうでぬほど小さな箱だ。

 大きさは奴らの腰くらい。子供のように小さかった。


 箱の外からは人間の声が聞こえる。

 それに耳を傾けてみると、奇妙な会話が聞こえてきた。


「意識はハッキリしているようです」


「ああ、今回は上手くいくかもしれんな」


「合成した魔獣は何だったか?メモを確認してくれ」


「ええっと――」


 その会話を聞く限りだと、我は複数の魔獣を合成させて生み出された存在であることが分かった。

 どういうことか詳しく聞こうと思い、そやつらの真似をして声を発してみるものの、奴らは一瞬興味深そうに目を向けただけで、すぐ自分たちの会話に戻ってしまった。


 その後も我は箱の中でじっとしているだけだったが、その時気味の悪い話が聞こえてきた。


「他の奴隷はどうなった?」


「ダメです。成人男女、老人、それと運良く手に入った獣人のオス奴隷も全て死亡してます」


「そうか、となると人間の子供が1番適性が高いということだな」


 その言葉を聞いて我は戦慄した。

 奴らは魔獣を弄ぶだけでなく、同族である人間にまで手を掛けておったのだ。

 我はその時初めて、目の前にいる生物に恐怖で背筋が凍りついた。


 そして数日が経ち、奴らはいよいよ我に直接手を加えてきた。

 まず、魔法によって我の精神を支配し操り人形にしようとしてきた。


「うぅ、があぁぁぁぁ!」


 脳内をかき乱してくる奴らの魔力。

 その魔力から人間どもの思想が流れ込んでくる。


 金儲け、戦争の兵器、実験台、生物兵器、クーデター、地位、名誉――


 様々な思惑が我の頭に流れ込んでくる。

 気持ち悪い。

 人間はなぜこんなことをしてまで、自分の欲をみたそうとするのか。

 己の私利私欲の為なら同族に簡単に手をかけられる、その精神が不気味で仕方なかった。


 結局我は奴らの魔法では支配されることは無かった。

 だが、抵抗すれば痛い目を見る。

 だからわざと服従したように見せかけた。

 そうすることで苦痛から逃れようとした。


 しかし、奴らの手はそう簡単には止まらなかった。

 次に奴らが行ったのは、謎の薬品の投与。

 箱の中で身動きが取れない我に、黒ずんだ色の液体を飲ませてきた。


「がっ、ぐあぁ、げえぇ!」


 奴らが無理やり飲ませた液体は、我を苦しめた。

 全身の神経を刺激する様な激痛。

 頭を常に思い物で叩かれるような頭痛。

 喉はやけ晴れ、叫び声もまともに上げられない。

 目や耳から血が吹き出すこともしばしばあった。

 全身の骨が軋むように痛い。

 そうした痛みが我を昼夜問わず襲い、眠る暇さえ与えてはくれなかった。


 その激痛は1ヶ月は続いた。

 痛みが消えたその時、我は体の異変に気がついた。

 成長していたのだ。

 少し前までは手足をめいいっぱい伸ばしても、まだ少し余裕がある大きさだったのに、現在では膝や首を屈めることで何とか入っている状態だった。


 そう、あの薬品は我を急成長させるためのものだったのだ。

 だが、そんなものがこの1ヶ月の激痛に見合う見返りとは我は思わない。

 人間の自己中心的な目的のために利用されたことに対し、激しい怒りが湧いてきた。


 そんな時我に転機が訪れた。


「かなり成長できたようだな」


「はい、もうこの中には収まりそうもないですね」


「精神魔法は効いているのか?」


「ええっと、はい。服従は出来ています。先程も簡単な命令実験に成功しました」


「よし、ならば次は能力テストに入る。こいつを出して演習場に連れて行け」


「はい」


 演習、よく分からないがこの箱を出られるようだ。

 ようやくチャンスが訪れてきたようだ。

 この時を待っていたぞ、人間ども。

 貴様らに復讐できるこの時を……!


「よし、今ここから出してやるからなー。大人しくしとくんだぞ」


 我は人間の言葉に無言で頷いた。

 その反応を見た人間は、安心しきったような顔をして、蓋を開け始めた。

 馬鹿な人間め、己の愚かさを死んで後悔するがいい。


 我は箱から出た瞬間、力の限り腕を振り回し、周囲にある実験用の道具を手当たり次第に破壊しだした。


「おわぁ!な、何をするんだ!?止まれ!止まるんだ!」


「黙れ、愚か者よ」


 人間は我に向けて魔法を唱え静止を試みようとしたが、何度も同じ魔法を受けてきたせいか、我はビクともしなかった。

 我はその人間目掛けて鉤爪を振るい、腕を切り落とした。


「うぎゃあああぁ!う、腕があぁぁぁ!」


「うるさいぞ」


 腕を切り落とされて喚く人間が耳障りで、我はその者の首も切り落とした。

 その途端に周囲に静寂が訪れた。

 足元には、我を実験台にして弄んだ人間の死体が転がっているだけ。

 いい気味だ。少し心の中がスッキリした気がする。


「くくくっ」


 その後転がっている人間を蹴って遊んでいると、偉そうに髭を生やした人間がやってきた。

 そしてこの惨状を目にして、驚愕に彩られた顔をしながらも全てを理解したのか、我に向けて魔法を放ってきた。

 今度は精神魔法ではない。攻撃魔法だ。

 やつの放った炎の矢は、確実に我を殺そうと狙ってきた。


「くくくっ、そんなもの当たらんよ」


 だが我は羽を使って自由自在に飛び回ることで、炎の矢を華麗に避けた。


「くそっ、化け物め……!」


「化け物は貴様らの方であろう。魔獣だけでなく人間までも利用した人体実験。正気の沙汰とは思えぬな」


「黙れ!人類の希望のためには仕方の無いことなんだ!誰かがやらなければならんのだ!」


「はっ、何が人類の希望だ。自分の欲望ための間違いだろ?」


「なんだと、っごふ!」


 我の言葉に顔を真っ赤にさせ怒りをあらわにしてきたが、その油断した隙に我は鉤爪でやつの腹を貫いた。

 口からダラダラと血を流し、我の手を掴んで必死に抜こうとするが、そう簡単には抜けない。


「触れるな、もう人間の顔など見たくもない。消え去れ」


「や、やめ――!」


 目障りな人間の顔を鉤爪で引き裂き、誰かも分からぬほど切り刻んでやった。

 我を苦しめた人間を殺した。

 その後に残ったのは妙な高揚感と、胸にポッカリとあなの空いたような虚無の心だった。


「もうここに用はないな」


 その後我は、その施設内にいた残りの人間どもを皆殺しにし、この場を去った。

 そして宛もなくフラフラと飛んで周り、気づけばこの迷いの森へとやってきた。


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