2章 13. 「森」と名の付く魔人
イルから聞かされた衝撃的な内容の数々に、俺は終始驚きっぱなしだった。
しかし、それでも迷いの森を抜けるなら、避けては通れない道であるのは間違いない。
だから俺はイルに協力することにした。
「それで、俺達には何をさせたいんだ?」
「うむ、そなたらにはゴブリンの進行を食い止めて欲しいのだ。無論礼は用意する」
「分かった。やれるだけやってみるけど、イル達はどうするんだ?」
「我らは敵の頭を潰す。生み出された魔獣を倒せば、ゴブリンの侵略も止まるはずだからな。そして願わくば……、我らを生み出した人間を殺す」
イルは自分達のやることを淡々と教えてくれた。
しかし、生み出した人間を殺すと言った時、顔には暗い影が入り憎悪と恨みで目の奥が黒く揺らいでいた。
「ま、まぁ落ち着けよイル。まずはゴブリンを抑えることを考えようぜ」
「確かにそうだな、しかしそなたらに力を借りても、まだゴブリンを止められるかは分からぬのだ」
このまま話し続けると、イルの憎悪が暴走しそうな気がしたので、目先の問題に逸らした。
「まだ戦力は足らないのか……。なら増やすしかないな」
「ふむ、灯には何か策があるようだな」
「ああ」
イルの期待の眼差しを受けて、俺は不敵な笑みを浮かべた。
「この森にはもう1つ勢力があるんだろ?そいつらの力を借りるんだよ」
戦力が足りないなら増やせばいい。
では、どこから戦力を増やすか……。
その答えは簡単だ。俺の体質があるのだから、森の魔獣に力を借りればいい。
騎士団や冒険者が力を借りることも可能だろうが、その場合はイル達も巻き込まれる恐れがある。
ならもういっその事、森で起きた騒動は、森の力をもって鎮圧すればいいのだ。
詳しくは知らないが、もう1つの勢力には魔人もいるみたいだしな。
「それはダメだ」
しかし、イルは俺の考えに反対した。
「何でだ?ゴブリンが森の縄張りを荒らしてるなら、魔人側にとっても敵だろ?」
「いや、魔人はこの騒動に関して手は出さぬよ。なぜなら迷いの森を支配しているのは、その森の魔人なのだからな」
「えっ、そうなのか!?」
イルはゆっくりと頷いた。
勢力が3つもあって三つ巴のような状況になっているのだから、てっきり魔人もゴブリンを煩わしく思っているのかと思っていた。
しかし、どうやらそれは俺の勘違いだったようだ。
「迷いの森の効果と森の魔人は別物だが、魔人にとってはそんなもの関係ないのだ」
「つまり森の魔人には、迷いの森の効果は効かないから、森の深部に潜んでいるだけで我関せずというスタンスって訳か?」
「そういうことだ。奴らは森の奥から出てくることは無いだろう。侵入者が来たらただ仕留めて、捕食する。それだけだ」
イルの話が本当だとすると、少し厄介だ。
魔人達もゴブリンを抑えることに協力してくれると思ったのだが、どうやら彼らは森での立ち位置が少し違うらしい。
だが、それでも俺は魔人は仲間に引き入れれると思う。
森で起きてる問題なのだから、全く無関係ということは無いだろうし、それに仮にも「森」と名の付く魔人なのだから放っておくことはないはずだ。
「分かった。森の魔人は俺がどうにかして協力してもらうよう説得するよ」
「可能なのか?」
「それは分からないけど、勝算はあると思う。一応こっちにも魔人は居るしね」
「む、そうか、我は魔獣については詳しくは知らないが、同族なら手を貸してくれるやも知れんな」
「そういうことだ」
俺の説明にイルは難しい顔をしつつも、納得はしてくれたようだ。
森の魔人側には植物系の魔獣いるようだし、不可能では無いはずだ。
ともあれ、これでひとまず大方の話は終わったようなので、俺達は倒木から立ち上がって帰ることにした。
「じゃあ俺達はこの辺で――」
「ま、待たぬか!せ、せっかくだ、この後は、親睦を深めるためにしょ、食事でもどうだ?」
「うおっ!?」
別れの挨拶をして去ろうとした時、イルに両手で思いっきり肩を掴まれた。
勢いが強かったせいか、鉤爪が肩にくい込んで結構痛い。
「灯よ、これも何かの縁だ。なぁ今日はここに泊まっていかんか?」
「ちょ、イル痛いって!分かったから一旦離してくれ!」
「そうかそうか、泊まっていくか!ならもてなさねばならんな。おいお前達よ、すぐに準備をするのだ!」
「ギギァァ!」
「グガガ!」
「ジーンジーン!」
「え、ちょっとイル!?」
痛みに耐えきれず、言われたことに適当に答えてしまったが、妙なことになった。
イル達の行動は速く、周囲の虫達が一斉にざわざわと慌ただしく動き出した。
いつの間にか、もう後には引けない状況になってしまった。
「はぁ、こうなったら今日はここで世話になるか……」
俺は重い溜息を吐きながら、仕方なく納得した。
まぁ話をしてみて、イルもそこまで悪い奴ではなさそうだったし、問題ないだろう。
「今日はここに泊まるの?」
「ああ、なんかそうなったな」
「じゃあ、ご飯食べ放題なんだね!」
ドロシーは泊まると聞いて妙に嬉しそうにはしゃぎだした。
恐らく周囲の虫達が、全部ご飯だとでも思ってるのだろう。
俺はゲテモノ趣味はないが、ドロシーは虫でもなんでも食べれれば良いらしい。
「まわりの虫は食うなよ。これから協力することになるんだから」
「わ、分かってるよ」
「本当だろうな?頼むぞほんとに」
「うん、任せて」
ドロシーには、人の話を聞かないという前科があるので、かなりキツめに念を押しておいた。
それでも不安は残るが。
「クウー!」
「ガウガウ!」
「!」
クウ、マイラ、プルムはそれぞれ虫達と追いかけっこをして戯れているようだ。
実に微笑ましい光景だが、よく見てみると虫達が全力で逃げている。
「おい、クウ達も程々にしとけよ」
「クアッ……」
彼らも無邪気さをいいことに、無残に虫達の死骸を増やすことになりそうだから、釘をさしておいた。
「さぁ灯よ、もっとちこう寄らぬか」
「うぇぇ……、何だよいきなり」
ドロシーやクウ達の行動に目を光らせていたら、突然後ろからイルが抱きついてきた。
これも恐らく俺の体質の影響なのだろう。
だが、動物や魔獣ならまだしも、こうあからさまに人の形をされてたら妙に緊張してしまう。
正直恥ずかしいから離れて欲しい。
「おかしいな、我は人間など嫌いであるはずなのに、なぜか灯だけは手離したくないのだ」
「それはイルが魔獣だっていう証拠だよ」
「ん?どういう意味だ?」
「俺はなぜか昔から動物とかに懐かれる体質なんだ。それは魔獣も例外じゃなくて、イルもその影響を受けてんだよ」
「なんと、そうであったのか。どういう原理かわからんが、どうにも灯が恋しくて叶わんのだ」
「もう分かったから、そろそろ離してくれよ」
イルは会話中もベタベタと俺の体をまさぐってきて擽ったい。
全く、誰だか知らないがとんでもない魔獣を創り出してくれたもんだ。
動物とかには免疫はあるんだが、人には今まで避けられて生きてきたから、こういうことをされると恥ずかしい。
「ふっふっふ、このまま灯を伴侶にするのも悪くないかも知れぬな」
「なっ!冗談じゃない、俺にはやることがあるんだよ!いい加減離してくれ!」
ベタベタ触ってきながら、イルがとんでもないことを言い出したので、俺は力ずくで引き離した。
「あぁ〜そんな、もう少しくらい良いではないか」
「ダメだ!これ以上するなら協力するって話もなしだぞ!」
「ぐぐっ、ずるいぞ……。我はただ、灯のそばにいたいだけだというのに」
無理やり引き剥がして怒ると、イルはみるみるしょんぼりしていき、消え入りそうな声で訴えてきた。
「くっ、わ、分かったよ。じゃあ隣に座るだけならいいよ」
「っ!そうかそうか、では今日は1日灯の隣で過ごすとしようかの!」
申し訳なくなり、少しくらいならと気を許すと、イルはパッと顔を上げてニコニコと隣に座ってきた。
「はぁ、喋れる魔獣ってのは面倒だな……」
「ふっふっふ、今日はここで満喫させてもらおう」
その後食事の時も寝る前も、イルは終始ご機嫌な様子で、俺の隣にずっと座っていた。




