1章 28.クウと俺がいれば敵無しだ
赤ラインの男によって泥の塊となったその山は、次第に人の形となっていく。
その大きさは、高さ3m程で、極太の腕に、少し低いドーム型の頭、短く重厚感のある太い足という異様な形だった。
頭から覗かせる赤く光る瞳が、恐怖心を倍増させる。
「ヴオォォォォ!!」
突如泥の魔人は、体の芯まで響き渡るほどの低い唸り声を上げて、そばにいたマイラを殴り飛ばし、足元にいるプルムを蹴散らした。
「マイラ、プルム!ぐっ、か、体が痛みで動かない……!」
泥弾を食らったせいか、痛みで視界がぼやけ体に力が入らない。
「ふっふっふ、あっちは随分とボロボロだな。なんの力も持たない人間がでしゃばるからこうなるんだ」
「なんだと!」
「お前もすぐにあの小僧のようにしてやるさ」
「やれるものならやってみろ!僕はお前なんかにはやられないし、灯君だってまだ負けた訳じゃない!灯君がこの程度で負ける筈が無い!」
遥か遠くの方から、マリスの声が聞こえてくる気がする。霞む意識の中で、妙にその声が響く。
……そうだ、まだマリスは戦ってるんだ。
こんな無様な俺をそれでも信じて、マリスは泥の魔人を俺に任せてくれたんだ。
それならこんな所で倒れてる訳にはいかないな。まだクウを助け出せてもいないのだから。
「んぐっ、ぬうぅ!」
全身を奮い立たせ立ち上がろうとするが、右手に力が入らない。どうやらさっきの泥弾の影響で折れてしまったようだ。
だがそんなものは関係ない。俺は壁伝いに立ち上がり、泥の魔人を睨みつけた。
視線の先には、泥の魔人に蹂躙され倒れたマイラとプルムの姿があった。
そして泥の魔人はその巨大な拳で、今まさにトドメを刺そうとしている。
「やめろ!」
俺は力なき体で、足を引きずりながらも、マイラとプルム前で立ち塞がった。
「ヴオォォォ!」
目の前に泥の魔人の巨大な拳が迫ってくる。このまま避けなければ確実に死ぬ一撃だろう。
だが俺は動かない。ここで逃げたら、クウもマイラもプルムも、そして今対峙している泥の魔人も、何も救えないのだから。
「くっ!」
だが、迫り来る巨大な拳を前にして、反射的に目を瞑ってしまった。
次の瞬間には、俺は中に殴り飛ばされているだろうことを想像して、歯を食いしばった。
「……?」
だが、おかしい。いくら経っても泥の魔人の拳が迫ってくる様子が無い。
俺は恐怖心に苛まれながらも、勇気を振り絞り恐る恐る目を開けた。
するとそこには、鼻先で止まっている泥の魔人の拳があった。
「な、なぜ……?」
「う゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
泥の魔人は、その巨体に似合わない女の子の時の声で苦痛の叫び声を上げ、頭を抑え下がっていった。
「くそっ、やはりあの姿は首輪で縛りきれないか!」
赤ラインの男は持っている鎖に魔力を込めるが、それでも泥の魔人を抑えることが出来ない。
どうやら、泥の魔人自身も首輪の洗脳から逃れようと、頭の中で必死で足掻いているようだ。
「と、とにかく助かった。今のうちにマイラとプルムを助けないと……」
俺は痛む右肩を抑えながら、マイラとプルムの元へと駆け寄った。
マイラもプルムは、意識はあるが動くこともままならない様子だ。
泥の魔人がもがいている内に、どうにかして首輪を壊したいが打つ手がない。
こうなったらマリスに加勢して、赤ラインの男から鎖を奪い取るしかない。
そう覚悟を決めて動き出そうとしたとき、後ろからアマネの声が響いてきた。
「灯君!マリス!助けに来たよ!」
突然のアマネの声に驚いて振り返ると、そこにはもっと驚く光景があった。
「クアー!」
アマネの隣を飛んでいるクウの姿があったのだ。
クウは真っ直ぐ俺の元に飛んでくると、そのまま抱きついてきた。
俺も思い切り抱きしめて、クウの暖かさを肌で感じた。
「クウ、無事だったか。ホントによかった。うぅ……」
「クウゥ……」
俺とクウは、目に涙を浮かべつつもひとしきり再会を喜ぶと、泥の魔人に向き直った。
クウとの再会をもっと分かちあっていたいが、今は戦闘中なのだからそうも言っていられない。
泥の魔人は頭を抑え、身悶えて首輪と葛藤していたが、やはり首輪の魔力は強力で、また操られてしまっていた。
「アマネ、クウを救い出してくれてありがとう」
俺は泥の魔人と向き合いながらアマネに礼を言った。
「うん、それはいいんだけど、灯君酷い怪我してるじゃない!早くこれを飲んで!」
そう言ってアマネに差し出されたのは小瓶に入った青色の液体、回復薬だった。
「いや、その回復薬はマイラとプルムに飲ませてやってくれ。俺は立つ力さえあれば大丈夫だから」
「え、でも……」
今は俺が回復するよりも、戦闘のメインとなるマイラとプルムを回復させる方が得策だ。
しかし、アマネは俺の右肩が折れていることに気付いたのか、納得していなかった。
「いいんだ、俺は全然平気だし、それにマイラの毒がなきゃ泥の魔人は解放できないし、プルムがいなきゃ隙を作れない」
「もう、無理ばっかりして……。分かったわマイラちゃんとプルムちゃんに飲ませるから、時間稼げる?」
アマネの問に対して俺達は即答した。
「へっ、当たり前だろ。クウと俺がいれば敵無しだぜ!」
「クアッ!」
心配するアマネに対して、俺は大いに胸を張って自信満々にそう答えた。
これまでどんな困難もクウと共に乗り越えてきた。クウと一緒なら負けるはずが無いと。
「いくぞクウ!」
「クウッ!」
俺とクウは泥の魔人と向かい合った。
泥の魔人は完全に操られ、戦闘態勢に入ると両腕を前に突き出して、狙いを定めずに泥弾を乱射してきた。
しかし巨大になったことで出来た弾幕は、狙い撃ちなどしなくとも確実に被弾するほどの物量だった。
だが、それもクウの前では意味を持たない。
「クウ!スライムの時のお手玉の要領だ!」
「クアッ!」
クウは勇ましく吠えると、俺の前に飛び出て小さなワープホールを無数に出現させた。
そして泥弾をワープホールで受け止めそのまま跳ね返していく。
単純な作業のように見えるが、泥弾のスピードと量が尋常じゃなく相当難易度が高い。
だが、クウはそれをいとも簡単にやってのる。
しかも、跳ね返した泥弾を向かってくる泥弾とぶつけて相殺させ、魔力を節約させるというおまけ付きで。
こんな芸当ができるのも、プルムとやったあのお手玉の訓練があってこそだ。
その隙にアマネは、マイラとプルムにポーションを飲ませ回復させてくれた。
「灯君!こっちはもう大丈夫よ!」
「おーけー」
しかし泥の魔人も馬鹿ではない。泥弾が効かないと分かると、撃つのをやめてすぐに距離を詰めて近接戦に切り替えてきた。
両腕をハンマーのように膨らませ、振りかざしてきた。
だが、この攻撃も俺達は既に経験済みだ。対策は出来ている。
「クウ!今度はゴーレム戦の時を思い出せ!」
「クア!」
以前ゴーレムを倒した時のように、泥の魔人が振り上げた右腕の軌道上にワープホールを出して頭に出口を用意しておく。
そうすることで泥の魔人は、見事に自分の拳で自分の頭を吹き飛ばす。
泥の魔人の一撃は強力であるが、反面それを自分でくらった時の威力も絶大で、衝撃で頭の部分の泥が派手に飛び散った。
だが、流石は魔人と呼ばれるだけはあり、飛び散った泥もすぐさま戻ってきて再生しだした。
「プルム!滑り込め!」
だが、俺達もそう簡単に再生させる訳にはいかない。
泥の魔人が近接戦に切り替えたおかげで、泥弾の影響も無くプルムもすぐに足元に潜り込む事が出来た。
そしてプルムが見事に泥の魔人をひっくり返した所で、首輪を狙いにいく。
「クウ、マイラ!しっぽを首輪に送って溶かせ!」
「クアッ!」
「ガウ!」
クウはマイラの尻尾の先にワープホールを作り出し、泥の魔人の首輪に出口を作る。
そこをすぐさま通り抜けて、マイラの尻尾の毒牙がついに首輪を捕らえた。
その直後マイラの強烈な酸の毒で、首輪は蒸気を上げながら、崩れ落ちた。
「うぅ……」
長い道のり立ったが、ようやく俺達は泥の魔人の首輪を外すことに成功した。
首輪が外れた泥の魔人は、洗脳が溶け自由になったのか、元の女の子の姿になって倒れた。
「見事だよ。良くやったお前達……」
「クウー!」
「ガウ!ガウ!」
「!」
達成出来たのも、3匹の連携があったからこそだと思い、賞賛を送ろうとしたら一斉に飛びつかれた。
「あはは!ちょっ、やめろよお前ら。肩、肩当たってるから!」
俺は嬉しくておもわず笑いながら、クウ、マイラ、プルムを抱きしめて、勝利を分かちあった。
「いいチームね、私の出る幕が全くなかったわ」
そんな俺たちを後ろから見ていたアマネは、俺の肩に手を置き、微笑んでいた。もちろん折れていない方に。




