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6章 4.天の川は邪念だった

 北区の魔法学園へ向かう道中、メルフィナ王女に魔力操作のやり方を教わっている俺だが、一向に上手くなる気配はない。


「体内の魔力流れを作り、指先に魔力を集めるのですよ。さぁ、もう一度」


「はい……!」


 俺はメルフィナ王女の指示通り、体内の魔力に意識を集中する。だがそれでも体内の魔力に流れを作ることは出来ない。


 現在俺はライチと融合することで魔力を共有して、この魔力操作に挑戦しているのだが、融合状態では出来ないのではないだろうかと思えてくる。

 しかし今の俺は魔力に関しては赤子も同然なので、そんな言い訳は10年早いだろう。

 まずはメルフィナ王女の指示に従い、やるだけやってそれでも出来なければその時諦めればいいのだ。


「体の端から端まで川を流すイメージです!」


「川……、川……!」


 メルフィナ王女はこうして様々なアドバイスをくれるので、俺はそれに従い頭の中に全身を流れる川のイメージを作る。

 渓谷を流れる穏やかな清流、激しく岩を穿つ激流の滝、どこまでも続く大河、果ては天の川までイメージするが、成功はしない。

 いや、天の川は邪念だったかもしれないが。


「ふぅ、難しいですね……」


「お疲れのようですね、紅茶でも飲んで一息入れましょう」


 この魔力操作の練習は、常に全身の魔力に神経を集中させており、またその間ずっと魔力は垂れ流し状態だ。

 普段の戦闘が短距離走なら、この訓練は長距離走の様にじわりじわりと体力、魔力、精神力を削っていく。

 特訓を初めてもう数時間経つが、俺の額は汗でびっしょりだ。


「どうぞ灯さん、冷茶です」


「へレーナさん、ありがとうございます」


 俺はへレーナさんからカップを受け取ると、いっぱいに注がれている冷茶を一口で飲み干した。

 この国では紅茶を冷やして保管しておいたものを冷茶と言い、魔法師団の訓練時にはよく飲んでいたものだ。


「まぁ始めたばかりですぐ出来る人なんてそういないし、気長に頑張りなよ」


 ステラさんから励ましの言葉を貰って少し元気が出る。

 てっきり俺は魔力操作は誰しもすぐに出来るものだと思っていたが、どうやら一朝一夕にいく代物では無いらしい。


「ちなみにステラさん達はどれくらいで出来るようになったんですか?」


「えっ?えーと……、私は物心ついた時から出来てたから分かんないかなー」


「私も同じです」


「え……」


 参考までにと何気なく聞いたのが間違いだった。

 だってさっきステラさんに付けられた元気が一瞬で消し飛んでしまうほど、悲しい事実を突きつけられたのだから。

 まぁよく考えてみればここは魔法の発展した国なのだから、魔法の基礎とも言える魔力操作くらい子供の頃から出来ても当たり前か。


「げ、元気を出して下さい灯様!私は魔力操作を覚えたのは10歳ですし、他にも苦手な人は沢山いますよ!」


 メルフィナ王女は俺を励ます為か、自分を例に出して苦手な人もいるということを教えてくれた。

 ただ彼女の場合は目が不自由だから他の人とは違い、目で見て覚えるようなことは出来ない。

 そんな彼女が、たった10年で成功したというのはかなり凄いことなんじゃないだろうか。


「ははっ、まぁ凹んでても仕方ないですね。はい、まだまだ頑張りますよ!」


 いつまでも人と比べてへこたれていても、何も始まらない。

 周りと比べていちいち落ち込んでないで、今は自分と、そして融合しているライチと心を合わせて頑張ろう。


(ライチ、続けるぞ!)


『ピィー!(頑張って下さい!)』


 俺は心の中でライチに呼びかけると、再び魔力操作の特訓を開始した。

 静かな馬車の中には、ドロシーのいびきだけが響き渡る。













 ――














 魔力操作の特訓を初めてから、すでに5日が経過した。

 その間前のように奇襲を受けるということは無かったが、残念ながら何か成果を得ることもなく時間だけが過ぎていく。

 いい加減少しくらい動いてほしいものだ。


「灯さん、魔力は心を落ち着かせなければ集中出来ません」


「違うよ!魔力は意識を込めて力づくで無理やり動かすしかないの!」


「もう2人とも何を言ってるのですか!魔力操作は指先へ流すイメージですよ」


 ここ最近は、へレーナさんとステラさんもアドバイスをくれるようになった。

 だが、そのせいか情報が散乱しすぎており、誰の言葉を信じていいのか全く分からない。

 彼女達も善意でしてくれている手前、文句など言えるはずもないしおかげで最近は頭も混乱状態が続く。


「メルフィナ、私だ。少しいいか?」


「ゼクシリア兄様、えぇ平気ですよ」


「では失礼する」


 頭を燃やしながら特訓を続けていると、ゼクシリア王子が馬車に入ってくる。

 タイミングの悪いことに、俺は唸りながら魔力操作を試みていたのでゼクシリア王子に訝しげな視線を向けられてしまった。


「……何をしているんだ灯?」


「い、いや、ちょっと魔力操作の特訓をしてまして……」


「そ、そうか、まぁ己を鍛えるのは大事なことだが任務も疎かにしないよう頼むぞ」


「はい!」


 ゼクシリア王子は納得した様で、変な視線を送るのはやめてくれた。

 もちろん馬車の警戒も続けているので(プルムがだけど)、何も心配はいらないですぞ。


「どうなされたのですか?」


「おぉそうだった。あと1晩すれば魔法学園に到着するから、式の確認をしておこうと思ってな」


 予定通りなら、魔法学園へは明日の昼頃には到着する。

 式はその2日後でまだ日はあるが、ゼクシリア王子は随分と気合いが入ってるようだ。


「式のことなら城で何度も反復練習しましたが、兄様には珍しいですね」


 心配性な兄をからかうように笑っていたメルフィナ王女だが、ゼクシリア王子を真剣な表情のままだ。

 その雰囲気を察したのか、メルフィナ王女も不安げな顔になる。


「どうも妙な胸騒ぎがしてな。嫌な予感がするのだ」


「そうでしたか、何事もなければよろしいのですが……」


「まぁただの気のせいだとは思うがな。それより、式の確認をしておこう。まだ日はあるとはいえ、帝家としてヘタな姿は見せられんぞ!」


「はい兄様」


 ゼクシリア王子はメルフィナ王女の変化を察してか、話を変えるように式の確認を始める。

 胸騒ぎがしただけで妹の元に現れるとは、相変わらず家族思いのツンデレさは健在らしい。


「ん?灯、今私を馬鹿にしていたな?」


「へっ?い、いやそんなこと――」


「嘘をつくな!目を見れば分かるわ!」


 ちょっとツンデレだとか思っただけなのに、勘のいい王子である。

 その後俺はお仕置として王子に紅茶を用意させられ、その後はメルフィナ王女と真面目に式の打ち合わせを行っていた。

 その間は彼らの気を散らさないよう、魔力操作の特訓も一時中断だ。


「よし、こんなところでいいだろう。邪魔したなメルフィナよ」


「いえ、わざわざ御足労ありがとうございます」


 一通り確認を終えたところで、ゼクシリア王子は馬車の戸へ向かう。

 用は済んだから自分の馬車へ戻るらしい。


「そうだ灯、1ついいことを教えてやろう」


「ん、何でしょうか?」


 自分に話を振られるとは思っていなかったので、思わず変な声が出てしまった。いいこととは何だろうか。


「魔力操作のコツは“体感”することだ」


「体感?」


 ゼクシリア王子はそれだけ言い残すと、馬車から去っていった。

 しかし、去り際に言っていた体感するとはどういうことだろうか。

 魔力操作を受けろということか――あ。


「そうか、そういうことか」


「灯様、何か分かったのですか?」


「いえ、まだ分からないですけど、ちょっと馬車の屋根行ってきます!」


 俺はゼクシリア王子に貰ったアドバイスを実践するため、慌てて馬車を飛び出し屋根へと移動した。


『ピィッ(どうするのですか?)』


「体感、つまりは魔力の流れを体で感じろってことだ。それが1番手っ取り早くてわかりやすく、そして俺達ならそれをすぐ実践出来る!」


『ピィー(なるほど、確かに融合している私達なら簡単ですね)』


 融合状態である今なら、雷を放てば魔力の流れを感じ取ることが出来る。

 今まで意識したことは無かったが、ここ数日体内の魔力に意識を巡らせていた今なら、そんなこと朝飯前だ。


「いくぞライチ、ヴァジュラ!」


 俺は声高らかに仮の呪文を唱えながら、天めがけ雷を走らせた。


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