1章 12.この程度、ただのかすり傷だよ
「けっ、いい気味だぜ」
やがて指を動かす力も無くなるほど蹴られると、男は俺に唾を吐いて移動した。
その行き先はクウ達の方向だ。
「ま、待て……」
「あぁ?このガキまだ意識があるのかよ」
この戦いは俺が始めたことだ。別にマリスが来るまで逃げててもよかったはずなのに、勝手に意気込んで戦闘を始めた俺に責任がある。
クウ達は俺が巻き込んでしまったのだから、やられる時は俺が体を張って盾にならなければ。
「待てよ……。はぁ、はぁ、俺はまだやられてないぞ……!」
震える体を抑え、足に力を込め根性で俺は立ち上がった。
体の痺れはまだ完全にはとれていないが、それでも蹴られたおかげで痺れが飛んだのか、ある程度は解けている。
「こいつ……、まだ蹴られたりないようだな!」
「へっ、この程度、ただのかすり傷だよ」
「ガキがっ、直ぐにその減らず口をたたけなくしてやる!」
俺が立ち上がったことに男は一瞬驚いたが、すぐさま苛立ちをあらわにした。
「こいよ、おっさん」
「ちっ、今度はきっちり鞭で動けなくしてやるよ」
軽く男を挑発すると、彼は手に持っていた鞭を地面に何度も叩きつけて威嚇しながらこちらに向かってきた。
(よし、あいつの意識は完全に俺に向いたな)
無理やり立ち上がったのは、俺の方へと意識を向けさせるためだ。本当の狙いは別にある。
「くたばれこのクソガキ!」
「うっ」
射程範囲に入った男は大きく鞭を振り下ろしてきた。
男の振るった鞭は真っ直ぐ俺目がけて迫って来て、思わず反射的に身を強ばらせてしまう。
だが、目だけは意地でも鞭から逸らさないよう気を張った。
「はあぁ!」
とうとう鞭が俺に直撃しようとしたその時、横から矢のように投擲用のナイフが空を切って通り過ぎた。
その狙いは男の持つ鞭。ナイフは見事に根元から鞭を断ち切ったのだ。
「は?な、なぜ鞭が……!?」
突然の出来事に男は困惑の色を隠せずにいた。
だがそれもそのはずだろう。あのナイフを投げたのはマリスだ。
俺はマリスがもう1人の男を拘束するところを視界の端でとらえたので、気付かれないように注意を引いておいた。
マリスもそのことに気がついたようで、おかげで上手く連携することが出来た。
「今だ灯君!」
「ああ!さんざん弄んでくれたな、お返しだこの野郎!」
「まっ、待て!」
男が戸惑っている隙に体勢を立て直した俺は、顔面に渾身のストレートをお見舞した。
「ぐふぅ!」
顔面に強烈な一撃を受けた男は、大きくバランスを崩し後ろ向きに倒れた。
「ふぅ、手間取らせやがって」
「やったね灯君!」
「おう、マリスも援護ありがとうな。助かったよ」
駆け寄ってきたマリスと俺は、拳を合わせて勝利を分かちあった。
――
その後、男達のことはマリスに任せて、俺はクウ達を連れて一旦奴らの使っていた小屋の場所まで戻ってきた。
そこで休息していると、男達を拘束していたマリスが戻ってきた。
「それで、あいつら目的は何だったんだ?」
「うん、やっぱり僕の予想通りマッシュベアのキノコ笠を裏で売ってたみたい」
「そうか、まぁここで捕えられて良かったじゃん」
「うん、灯君がいなかったら森の異変にも気付けなかったよ。ありがとう」
「いやいや、俺のせいで騎士団とはぐれたんだし、結果としてはマイナスな気もするよ」
元はと言えば、俺の体質のせいでクマの群れに襲われたのだから、あまりいい結果とは言い難い。
この後騎士団と合流する方が大変だろうしな。
「あ、そうだ灯君、これ使ってよ」
「おお回復薬か、助かるよ。ほらクウ、マイラこれを飲め」
「クウ!」
「ガウッ!」
俺はマリスに貰った回復薬をクウ達に飲ませてあげた。この戦いのせいで少し怪我もしていたし、疲労もだいぶ溜まっていたようだから。
「どう?2匹は元気になった?」
「ああ、マリスのおかげでな」
「何言ってるのさ、この子達がいなかったらこの小屋だって見つけられなかったんだから、当然のことさ」
「ははっ、そうかもな」
一段落着いて気が抜けたのか、2人して思わず笑い声が出てしまっていた。
「ガアァァァ!」
マリスと小屋の前で休憩していると、森の奥から猛獣の雄叫びが聞こえてきた。
俺達は慌てて立ち上がり、マリスが前に立って剣を構えた。
「ガルアァァァ!」
「なっ、マッシュベア!?」
すると森から勢いよく現れたのはマッシュベアの群れだった。
5匹程のクマの群れは、俺の姿を見るやいなや全速力で突っ込んできた。
「やばっ!」
「逃げて灯君!」
「ぐあぁぁ!」
「があぁぁ!」
マリスが慌てて俺に逃げるように言ったが、それよりも早く2匹の子グマが、群れの方へと駆け出した。
「お、おい、危ないぞ!」
俺は必死に子グマ達を止めようと手を伸ばすが、残念ながらその手は届かず、子グマ達は群れへと走り出した。
子グマ達の悲惨な光景が目に浮かんだ俺は思わず目を逸らしてしまった。
しかし、俺の予想に反しクマ達の鳴き声も足音も途絶え、一瞬にして辺りには静寂が訪れていた。
何事かと思い目を向けると、そこには子グマを抱き締めるクマ達の姿があった。
「ど、どういうことだ?」
「あのクマ達は親子だったってことかな」
「ああ、なるほど」
どうやら子グマ達は親を見つけて、嬉しくて走り出したようだった。
突然クマの群れが現れた時は驚いたが、こうして見るとなんとも心癒される光景だ。
「あの子達、親に引き離されてたんだ。再会できてよかったね」
「そうだな」
その後、子グマと合流出来たマッシュベアの群れは、なぜか俺をひと舐めした後森の中へと姿を消して行った。相変わらず俺の体質は健在のようだ。
ともかく今後は家族水入らずで、幸せに暮らせることを願うばかりだ。
――
「おい、こっちだ!」
「急げ、見失うぞ!」
マッシュベアの群れと別れた後、小屋に男達を運び一休みしていると、今度は人の声が森からした。
だが、この声は聞き覚えのある声だった。
「なあマリス」
「うん、この声は隊長だ。どうやら僕達助かったみたいだね」
程なくして森から馬と共に姿を現したのは、ライノ隊長と騎士団の面々だった。
「隊長!」
「あ?おい、なんでマリス達がここにいるんだよ」
「色々とありまして……」
「ははっ!そうかよ、でもまあ無事に合流出来て良かったぜ。おい、捜索隊に発見したと伝言を伝えてきてくれ」
「はっ!」
ライノさんは俺達の安否を確認すると、すぐさま部下に命令し、捜索隊に引き上がるように伝えた。
「にしてもお前ら、随分とボロボロだな。何があったんだ?」
「実はですね――」
こうしてマリスが一通り事情を説明して、その結果男達は街まで連行することとなった。
ちなみにアマネは現在捜索隊の指揮を執っているらしい。彼女は少々うるさいので、今はいなくてよかった。無駄に疲れるからな。
「悪かったな灯、苦労をかけた」
「いえいえ、元はと言えば僕の体質が原因ですし」
「そうか、まぁ今日はもうお前達は馬車の中でゆっくり休め」
「はっ!」
「助かります」
ライノさんの計らいで、今日は馬車に乗っていいことになった。正直もう疲労困憊だったので助かる。
騎士団から回復薬を貰い、体力を全回復させた後は街道へと戻った。
さすがに道のない森の中では馬に乗っていたが、それでも歩くよりはだいぶマシだろう。
馬車に乗り込んだ俺達は、いつの間にか疲れて眠ってしまった。
こうして波乱に満ちた異世界の旅の初日は終了したのだった。




