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マイキャッスル・マイレベル 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一遍。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ここのところ、不審者の侵入に対して、ものすごく学校側が神経質になっていると思わないかい? 

 ひと昔前だったら、誰だって校庭にひょいひょい入り込むことができた。相手にされるかどうかは置いておいて、学校とは無関係の大人を、敷地内で確認する機会はたくさんあったもんだ。

 それが今では、たいていの学校で無断の立ち入りを禁止し、御用がある方は職員室へ赴いて、名札などの許可された証を得るようにという、案内が出ている。

 通う児童、生徒側でも、避難訓練の時間を使って、部外者が教室に入り込めないよう、バリケードを張る練習を行う機会が、ままある。

 外からの侵入を防ぎ、確保した空間。こいつは内部の人間にとって、思いのほか心強く思えないか? 

 どのようなものであれ、「占有する」という行動は、本能に強く訴えてくるもんだ。

 しかし、人間は「理性の生き物である」とも聞く。本能のまま、感情のままに流されたばかりに、行動しなかった時より、はるかに大きい被害を受けることも多い。結果論、と断じるのなら、それまででもあるが……。

 ひとつ、占有についての、俺の昔話を聞いてみないか?


 幼稚園に通い始める前だったかと思う。

 俺は年子の弟相手に、何かと戦争ごっこをして競っていた。当時は、人生初めての雪合戦を経験したばっかりで、とても面白かった記憶がある。だから、雪がなくなった後も、どうにか同じようなことができないかと、考えていたんだ。

 そして俺たちが目をつけたのは、昼間には部屋の隅で三つ折りになり、部屋の壁に寄りかかっているマットレスだった。

 その、三つ折りになっている身体を開き、屏風のように横に広げて置くことで、即席の壁とする。その裏を自分たちの領地と設定。

 雪玉に代わる飛び道具として採用するのは、枕や大小、形状の種類に富んだクッションたち。領地内に蓄えてあるそれらを、互いに投げつけあって戦うというものだ。

 制限時間はない。どちらかが飽きたり、降参したりするまで続く。あまりに相手が攻めてこないと、マットレスを掴んだまま敵陣へ体当たりをしかけたっけなあ。


 だが、当人たちにはガチンコ勝負でも、親が出てきた途端に、割を食うのが年長者の方だ。

 弟が泣き、その声を母親が聞いて駆けつけてくると、必ずと言っていいほど、俺が怒られる。

 泣かせたことを怒られた後、二言目には「お兄ちゃんなんだから……」で始まるお説教だ。

 真剣勝負にお兄ちゃんなんだから、もくそもあるもんか。しかも弟はこれに味を占めたらしく、ちょっとでも形勢が不利になると、とたんにビービー泣き出して親を呼び出すんだ。

 審判役の親の裁定によって、俺はもれなく、反則負けを喫する。かといって親を呼ばないようにするためには、接待プレイのごとく手加減をして、自分から負けにいくようにしなければならない。

 何が楽しくて、敗者を目指し、遊んでやらなきゃいかんのか。ストレスを晴らしたいから遊んでいるのであって、進んで溜める趣味はない。


 俺はマットレスの壁を、砦に変えて、中へ引きこもるようになった。弟からのチャージはもちろん、親に呼ばれても反応してやらない。不当な差別に抗議する、ボイコットのつもりだった。

 次第にクッション以外のお菓子や布団なども内部へ持ち込み、俺だけのテリトリーを構築。じょじょに中で過ごす時間も長くしていく。

 弟はぞんざいに扱われて面白くないのか、また親に泣きついた。そして親がやって来て俺の領地を壊してお説教してくるんだが、俺は一向にひるまない。

 言われてやめるくらいだったら、こんなこと、最初からやりはしないのだ。

 どんな妨害を受けようが、粘り強く続けていく。そうすれば俺の受けた傷がどれだけ深いか、俺の貫く意地がどれだけ強いのか、示すことができるはずだ。

 親も、後ろめたさを感じ始めたのか、あるいは強情さに呆れかえったのか。一時期のように、俺からマットレスを取り上げることはしなくなったものの、時折、声をかけてくる。


「天気のいい日くらいは、外で遊びなさい」と。


 まだまだ怒り心頭の俺は、聞く耳を持たない。すでにトイレと風呂以外は、マットレスに囲まれた部屋の片隅でくつろぐようになっていた俺は、一国一城の主気分だった。


 そうして数ヶ月が過ぎた夜中。

 城内へと連れてきたスナック菓子の袋が散らかっている中、布団で眠る俺は、ふと聞いたことのある音で目を覚ます。

 親がやっているロールプレイングゲームの、レベルアップ音だ。城や町で情報を集め、目的地へ向けて遠出を繰り返す、古典的な内容だ。

 その途上には、仕掛けられた罠や、手ごわいモンスターたちとの戦いが待つ。難易度は高めで、常に死と隣り合わせとなる、まさに冒険。

 マットレス生活を始める前の俺は、誰かがゲームをやっているのを後ろから見るのが好きだった。

 自分でやろうという気には、なれなかったな。自分のへぼい操作でキャラクターを苦しめることになるだけでも気が引けたし、あまつさえ命を奪うことになったりしたら、なおさら後味が悪い。

 その点、他人がやっている分には、キャラクターの生死はすべて、操作している他人のせいだ。

 それを楽しもうが、野次を飛ばそうが俺の勝手。俺はなんにも悪くない。無責任な観客ほど、心地よい立場はなかった。


 レベルアップの音は忍びやかに続いている。実際のゲームでは、よほど経験値を持った敵を倒さない限り、こうはいかない。

 もしかしたらゲーム本体からではなく、親のケータイの着信音などかもしれなかった。なのに手を出さないというのは、よほど熟睡しているのか。

 結局、レベルアップは10回ほど繰り返されて、途切れる。少し待ってみたが、また響き出す気配はない。そして、家の誰もが起き出す気配も見えない。


 ――俺の聞き違いか?


 そっと起き上がり、マットレスの城壁から頭だけ出して、外をうかがう。

 一人で寝る練習ということで、俺はかつてじいちゃんが使っていた部屋を使わせられている。本棚と布団をしまう押し入れ、ひとさおのタンス、障子とその向こうの窓以外は、カレンダーと時計くらいしか壁に欠けていない、質素な部屋だ。

 ぶるぶる、と俺は身体を震わせる。寝ていた時はそうでもなかったのに、突然、催してきたんだ。

 トイレは部屋を出て、すぐ右手。音を立てないように俺は、そうっと自分を囲っているマットレスをまたぐ。

 

 またいだ足が床に着いたとたん、パンツの中がにわかに暖かくなって、俺は足を止めた。

 実際の熱に反して、背筋は一気に冷えた。

 この身体の中から液体が注がれる感覚、間違えようがない。少し、お漏らししてしまったんだ。

 早くトイレに行こう、と焦る俺だが、両足を着くやまた「チョロ」っと出てしまう。いつもなら踏ん張れるはずなのに、今日は抑えがきかない。

 恐る恐る、更に一歩を踏み出そうとして足を持ち上げる。一緒に下っ腹が、とぷんと音を立てて揺れた。

 

 まずい。ここで踏み込んだら、更に事態を悪化させかねない。

 そう思った俺は、とっさにトイレと反対方向。マットレスの中へと足を踏み入れた。

 漏れる感覚はない。尿意は残っているが、パンツが新たに熱を帯びずに済んだんだ。

 それから何度か試して、俺は悟る。

 トイレに向かおうとすると、一歩ごとに俺の腹はゆるみ、逆に遠ざかるようにしてマットレスの中へとどまると、尿意は強まるものの、なぜか漏れないということに。

 その晩、俺はトイレに行きたいのに、トイレに行かない方が漏れる心配がないという、奇妙な状態に陥ることになった。

 

 翌朝になっても、俺の中には残尿感がびんびんに強まっている。

 いまや、安全地帯だと思っているマットレスの中でさえ、時間と共に股からの圧力は強まるばかり。これで一歩でも外へ出てしまったら……。

「ご飯よ」と母親の声がする。朝食は、俺の数少ないマットレス外への「お出かけ」だが、今回ばかりはうかつに動けない。

 部屋の外では、他の家族の気配が。ほどなく、母親が俺を名指しで呼び始める。

 二度、三度。ついには足音がずんずんと、部屋まで。


「早く来なさいって、言っているのよ!」


 乱暴に戸が開け放たれ、踏み入ってくる母親。その手がマットレスの囲いに伸びて、俺は反射的にマットレスを掴み返そうとする。


 ――今、このマットレスを取られたら、きっと……!


 予想は当たった。

 母親の手で、マットレスが高々と持ち上げられ、朝の冷えた空気がもろに俺の身体へ突き刺さった瞬間。

 俺の股間は、一気に暖かくなる。

 広がる熱、染み出る音、頼りない水音、そして目を見張った母親の顔。

 俺は、親の目の前で、しょんべん垂れに成り下がっていた。

 

 この恥辱、耐えられない。俺はとっさに逃げ出そうとして……できなかった。

 なくなった尿意の代わりに、走るのは痛み。

 一歩目で足の裏が。二歩目でふくらはぎから、太ももにかけて。三歩目にはしりから首へ、そして頭に杭を打たれたかのような、衝撃が走ったことを最後に、何もわからなくなった。


 次に意識を取り戻した時、俺は病院のベッドに寝かされていたよ。そばには家族の姿もあった。

 全身、驚くほどに包帯が巻かれている。母親が話したところによると、逃げ出そうとした俺は、一歩ごとに身体のあちらこちらから血をダラダラと流し、倒れ込んでしまったそうなんだ。

 お医者さんにも原因は分からず、俺は安静にしているように言われる。

 痛みなく身体を動かせるようになるには、半月ほど時間がかかってしまったが、経過も順調で、無事に退院することができたよ。


 家に帰って、俺は考える。

 今回の身体の異状。それはあのレベルアップの音のためだったんじゃないかと。

 あれでレベルが上がったのは、きっとマットレスの城の外の世界。ずっと安全地帯にいて、レベルが低いままの俺じゃ、あっという間に死にかけるほどの辛さへ変わったんだ。

 もしもあのままだったら、いずれ俺は、一歩もマットレスの外に出られない身体に、なっていたかもしれないな。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] おお! この発想とても面白かったです。 最初、お城(マットレス)の方のレベルが上ったのかと思いましたが、なるほどでした! 兄の抗議はもっともですが、意地を張りすぎて引きこもったままというのも…
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