50 魔神の力
エリックが仲間を生贄に捧げ、魔神へと生まれ変わった……?
神官少女の言葉を、俺はにわかには信じられなかった。
「そんな、嘘だろ……?」
「嘘ではありません。神殿の命で私は、あの男を調べるために魅了された振りをして近づきました。あの男は、確かに仲間を犠牲に魔神の力を手に入れたのです」
「っ……!」
かつて一緒にパーティーを組んでいた仲間の顔が目に浮かぶ。
そんな、まさか……あいつらみんな、エリックに犠牲にされたなんて……
そう考えた時、俺は今もっとも重要なことを思い出した。
そうだ、今エリックはどこにいる?
あいつはいなくなる前に、俺にセリスを任せてくれと言ってきた。
迂闊にもあいつの暗示に嵌まりかけてた俺は……それを正しい道だなんて思いかけてたんだ!
「セリス!」
「あ、ちょっと!」
背後から神官少女の呼び止めるような声が聞こえたが、俺は振り向かずに走った。
セリス、セリス……どうか間に合ってくれ……!
セリスを守りたい。でも俺はずっと一緒にはいられない。
だから、ずっとセリスと一緒にいて、あいつを守ってやれるような奴に託すのが最善だと思っていた。
いや……そう思い込もうとしていただけなんだ。
セリスが俺以外の誰かを選ぶ。
その光景を想像するだけで、腹の底から憤怒が湧き上がってくるようだった。
小さい頃からちょこちょこ俺の後をついてきたセリス。
泣き虫で、なにかあるとすぐにわんわん泣いていたセリス。
本当は臆病なくせに、俺と一緒に冒険者になって、ダンジョンでも先陣を切って果敢に進むセリス。
お前が俺を見ていてくれたように、俺だってずっとお前のことを見ていたんだ。
誰にも渡したくない。
これからもあいつの一番近くにいるのは俺であってほしい。
それが俺のエゴでしかないとしても……あいつの全てを、俺のものにしたい。
やっぱり、気づいてしまうともう駄目だった。
セリス、俺のセリス……!
これ以上にないほどに力を出して、全速力で庵への道を駆け抜ける。
木立の道を超えて、その向こうには……
「セリス!」
「おや、レヴァン。どうしたんだい?」
思った通り、そこにはエリックがいた。そして、セリスも。
セリスは先ほどのリアナのように、虚ろな表情で俯き気味にエリックの横に立っていた。
「エリック、セリスから離れろ」
「どうしたんだ、レヴァン。一体何が……」
「黙れ。お前のことはもう全部わかってんだよ」
そう吐き捨てて剣を抜くと、エリックは表情を歪めて笑った。
……そうか。それがお前が隠していた本心か。
「それで大切な親友を救いに来たってわけかい? 泣かせるねぇ」
「……セリスは渡さない」
「そうかい。だが、セリスはどう思ってるのかな?」
エリックが不気味な笑みを浮かべながら、傍らのセリスの方に視線をやった。
「セリス! 目を覚ま――」
「うるさい!」
突如セリスがそう叫んだので、俺は思わず息をのんだ。
「今更何しに来たんだよ」
「今更……?」
「……そうだ、僕を裏切った、僕を捨てた、嘘つきで薄情なレヴァン……!」
セリスが憎悪を滾らせた瞳で俺の方を睨んでくる。
今まで幼馴染にそんな目で見られたことはなかったので、思わず身が竦んでしまう。
「ほら、セリス。彼にぶつけるんだ。君の力を」
「……ない、許さない……」
ぶつぶつ言いながら、セリスが俺の方へと近づいてくる。
その手には、きらめくナイフが握られていた。
「セリス……?」
「どうせいなくなるなら……今すぐ消してやる!!」
次の瞬間、セリスは激しく跳躍し俺の方へと飛び掛かってきた。
「っ!」
とっさに身をかわしたが、すぐにセリスがナイフを振り上げ斬りかかってくる。
確かにセリスはすばしっこく身のこなしも軽いが、こんなアクロバティックな動きはできなかったはずだ……!
「……らい、レヴァンなんて嫌い!!」
「セリス、目を覚ませ!!」
「黙れ! 僕を捨てるつもりの癖に!!」
セリスの叫びは、どこか悲しそうにも聞こえた。
次々に斬りかかってくるセリスをいなしながらも、俺は反撃なんてできなかった。
今のセリスの状態は……先ほどのリアナとは違う。
まるで俺に対する激情をぶつけるように、ひたすら攻撃を繰り出してきている。
「レヴァンになんて会いたくなかった! こんな……」
月明かりにセリスの表情が照らされる。
その美しい瞳からは……涙が一筋零れ落ちていた。
「こんな、悲しい思いをするくらいなら……レヴァンと出会わない方がよかったのに!!」
……セリス、俺はお前にそんなに悲しい思いをさせていたのか。
「いつだって僕を置いていくくせに! 僕のことなんてなんとも思ってない癖に!!」
違う、そんなことはない。
俺はいつだってお前のことを見ていた。いつも、お前のことを最優先に考えていた。
「僕を視てよ! 振り返ってよ!! それで……」
ナイフを構えたセリスが、一直線に突進してくる。
俺は、その姿から目が離せなかった。
「ずっと、一緒にいてよおおぉぉぉぉ!!」
悲痛な叫びと共に、セリスが俺へと体当たりしてくる。
わき腹のあたりに激しい痛みと熱を感じながらも、俺はその体を渾身の力で抱きしめた。
「……ごめん。ごめんな、セリス」
俺じゃない、他の奴を探すことがお前の為になると思ってたんだ。
でもダメだった。
やっぱり、お前のことを手放せるわけがなかったんだ。
「俺はここにいる。お前のすぐそばにいる」
セリスの心の奥底に伝わるように、何度も何度もそう繰り返した。
「大丈夫、ずっと一緒だ。お前を置いていったりはしない」
俺の命続く限り……いや、できれば死んでもお前の傍にいたい。
死霊術とか、今から研究するか?
ただひたすらに大切な幼馴染の体を抱きしめていると、やがて、セリスの体から力が抜けていくのがわかった。
「……レヴァン?」
そう言って顔を上げたセリスは……俺のよく知る、親友の顔をしていた。
「っ! 僕、何を……!」
セリスはやっと今の状態――俺の腹にナイフが刺さってる状態に気がついたのか、信じられないと言ったようにその大きな目が見開かれた。
「大丈夫、そんなに深くない」
依頼の後ということもあって、最低限の武装はしている。
ナイフを抜くと血が流れ出る感覚がしたが……まだ、耐えられる。
少なくとも、今すぐ死ぬってわけじゃなさそうだ。
「……セリス、何をしている? 今すぐにレヴァンを殺せ!」
「黙れイカレ野郎!! 俺もセリスも、お前の思い通りには動かねぇからな!!」
セリスを抱き寄せながらそう叫ぶと、エリックは見たこともないほど悔し気に顔を歪めて、俺の方を睨みつけてきた。
「愚かな、魔神の力に逆らうのか?」
「やってみろよ。すぐに叩き潰してやる」
「この、虫けらが偉そうに……出でよ!!」
エリックが手を掲げると、あちこちの地面から形容しがたい漆黒の芋虫のような何かが現れる。
痛む腹を押さえて剣を抜いた瞬間――
「光の神の恩寵あれ!!」
少女の声が響いたかと思うと、夜なのにも関わらず空から幾筋もの光が差し、光に当たった途端芋虫のようなものは消えていった。
「お待たせ! サフィラ参上!!」
……こいつの声を、こんなに頼もしく思ったのは初めてかもしれない。
「間に合ったようですね」
どこかほっとしながら振り返ると、見覚えのある姿が目に入る。
やって来たのは、サフィラと神官少女の二人だった。
「エセリナ、どういうつもりだ?」
憎々しくそう問いかけたエリックに、神官少女は極めて冷徹に返答を返していた。
「あなたを滅ぼす手段が見つかりましたので、行動に移したまでです」
「なるほど。神に仕える身だから、などという妄言を気にせず、貴様の純潔を奪っておくべきだったな」
「ご冗談を。あなたと交わるくらいならまだゴブリンに身を売った方がましですよ!」
エセリナと呼ばれた神官少女とサフィラが俺とセリスの横にやってくる。
エリックは、その様子を見て舌打ちした。
「……まぁいい。思い知らせてやろうじゃないか、魔神の力を!!」
そう叫んだ途端、エリックの全身が黒い霧に包まれた。
そして、エリックは変貌した。
浅黒い肌、人の数倍はあろうかというほどの体格、頭上から不格好に生えた角、鋭い鉤爪……その姿は、醜悪なモンスターそのものだ。
なるほど、これが……今のエリック。魔神とやらの姿なんだろう。
「へぇ、これじゃあモテないわけだ」
サフィラが馬鹿にしたようにそう吐き捨てた。
その言葉に、がぜんやる気が湧いてくる。
「レヴァンさん、突破口はあなたの持つその剣です」
「えっ?」
神官少女――エセリナに思ってもみないことを告げられ、俺は困惑した。
「私たちが奴を押さえるので、あなたはとどめを……!」
「わかった!」
いや、ほんとはよくわからないが……今はとにかくやるしかないな!!
「レヴァン……」
「大丈夫だセリス、俺が傍にいる」
今にも泣き出しそうなセリスにそう告げると、セリスはごしごしと涙を拭って頷いた。
そして、きりっと表情を変えナイフを構え魔神エリックに向き直った。
「……行くぞ!」
その言葉を皮切りに、俺たちは一斉に動き出した。
明日は2話更新予定です




