5 いきなりトラブル発生!?
金があるときは馬車で、ないときは徒歩で。
宿に泊まったり、馬小屋に泊まったり、時には大自然の中で星空を眺めながら眠りにつくこともあった。
そんな風に、俺たちの旅路はすこぶる順調……とは言い辛いこともあったが、それなりに楽しくやっていた。
俺とセリスはほとんど生まれた時からの付き合いなのだ。気心の知れた間同士、軽口を叩きながらの旅は気楽だった。
適当に日銭を稼ぎつつ、俺たちはグランウッド地方を目指している。
街を出た当初は不安定気味だったセリスも、だんだんと元来の明るさを取り戻しつつある。今では俺をおちょくるのに余念がないくらいだ。
このまま元に戻る方法がわかればいいんだが、そんなにうまくいかないよなー、とすやすやと昼寝を満喫するセリスを眺めつつ、俺はため息をついた。
「まったく、のん気に寝やがって……」
小さな村はずれの草原で「なんか気持ちよさそう」とか言いながら寝転がったセリスは、ものの十秒ほどで穏やかな寝息を立て始めた。
できれば俺も同じように寝たいところだが、うっかり二人とも寝ている間に盗賊や獣の襲撃なんかにあったら大変だ。
何も起こらなさそうな平和な風景を眺めつつ、俺は今後の旅路について考えていた。
目的地にグランウッド地方を選んだのは偶然だが、特に他に行きたい場所もない。生活の宛ては全くないが、俺もセリスも何年か冒険者としての経験を積んでいる。
仕事を選ばなければそれなりに暮らしていくことくらいはできるだろう。
「……まぁ、なんとかなるだろ」
「んー……?」
俺の独り言が聞こえたのか、セリスがむにゃむにゃ言いながら起きだしてきた。
「あれ、もう朝?」
「いや、今は夕方だ。お前すごいよだれ出てるぞ」
「レヴァンだって寝起きは変な顔してんじゃん……うわ、めっちゃ草ついてる。レヴァン、取ってよ」
ぶつぶつ言いながら長い髪に絡みつく草に悪戦苦闘するセリスを手伝いながら、俺はそののん気な態度に脱力した。
◇◇◇
「……やばい、迷ったっぽい」
「えー!!?」
現在、どこを見回しても木ばかり。
山道を進んでいるつもりだったが、いつの間にか獣道に迷い込んでしまったようだ。
「悪いな、ちょっと戻るぞ」
「……大丈夫?」
「まあ歩き続けてればどっかには出るだろ」
冒険者やってた頃にも、こうやって道なき道で迷ったことは何度もあった。
よっぽど馬鹿な行動さえとらなければ、案外何とかなるものだ。
そのまま歩き続けて数時間。そろそろ日も暮れかけてきた。
そんな時、俺はだんだんとセリスの口数が少なくなってきたのに気が付いた。
道を間違えたのに呆れたんだろうか。それにしてはおとなしい気がする。いつものこいつだったら、散々俺をおちょくるように馬鹿にしてきただろうに。
「なぁ、セリス」
振り返り声を掛けると、俯き気味に歩いていたセリスは驚いたように顔を上げた。
だが、その拍子にバランスを崩したのかふらつき、その場に倒れ込んでしまう。
「おい、セリス!?」
「だ、大丈夫……」
セリスは口では大丈夫だと繰り返したが、その顔は苦痛に歪んでいた。それに、無意識にだろうが足を庇っている。
まさか、怪我でもしたのか!?
「おい、見せてみろよ」
「……! 大丈夫だって!!」
セリスは抵抗したが、その焦りようで何かを隠しているのを確信する。
一思いにブーツを剥ぎ取り素足の状態を見て、俺は思わず息をのむ。
セリスの足は、ひどい靴擦れを起こし血が流れ出ていた。
今まで、よくこんな足で文句も言わず歩き続けていたものだ。
「……いつからだ」
「だから大丈夫だって言ってんじゃん……」
「馬鹿! なんで言わないんだよ!!」
言ってくれれば、もっと対処の仕様はあったはずだ。
きつく睨むと、セリスは泣きそうに表情を歪める。
「お前はどうでもいい我儘ばっかり言うくせになんでこういうのは言わないんだよ……」
「だって、みっともないじゃん……」
ぐすり、と鼻をすする音が聞こえる。
まったく、相変わらずこいつは泣き虫だ。
「…………今まで、こんなことなかったのに」
嗚咽と共に絞り出された言葉に、俺はやっとセリスが何で自分の状態を黙っていたのかに気が付いた。
……きっと、セリスも困惑していたんだろう。
俺はちょっと姿が変わっただけで、セリスの本質は変わっていないと思っていた。
本当に、性格の方はあまり変わっていない。
でも、今のセリスはまぎれもなく女の体なんだ。男の時とは同じようにできないこともあるはずなのに。
俺は、そのことを忘れかけていた。
男だったときと同じように、俺のペースについてこれると思い込んでいた。
……それが、このざまだ。
たぶん俺が思う以上に、セリスは変化しているのだろう。
気が付いていないだけで、今までも苦労を掛けていたのかもしれない。
そう気が付いて、悔しさに唇を噛む。
「……悪い、気づかなくて」
「ううん、レヴァンは悪くない」
……もっと、気を遣ってやるべきだったんだ。
傷ついた箇所を水で清め、持っていた薬を塗り、丁寧に布を巻く。
応急手当が済むと、俺は屈みこんでセリスに背中を向ける。
「ほら、乗れよ」
「えっ?」
セリスはしばらくの間ぽかんと間抜けな顔をしていたが、やがて俺の意図を察したのかぶんぶんと大きく首を横に振った。
「い、いいよそんなの!」
「そのまま歩くともっと酷くなるぞ。俺は全然余裕だから、早く乗れよ」
「何言ってんだよ! 別に平気だって!!」
「お前昔もそう言って、結局歩けなくなってただろ」
まだ俺とセリスが小さかった頃、探検気分で村の近くの森の奥まで分け入り、そこでセリスが転んでケガをしたことがあった。
ぴーぴー泣くセリスに俺がおんぶしてやると言ったのだが、セリスの馬鹿は意地を張って歩くと聞かなかった。
結局途中で動けなくなって、わんわん泣くセリスを背負って森を出ることになったんだっけ。
こいつは、そういう奴なんだ。
「そんな昔の話……」
「残念だけどお前は全然成長してないな」
「……レヴァンのばか」
セリスは拗ねたように頬を膨らませたが、これは降参の合図だ。
ほっと息を吐いた瞬間、俺の冒険者として培ったスキルが危険を察知した。
「……レヴァン?」
急に剣を抜いて立ち上がった俺を不審に思ったのか、セリスが少し心配そうに呼びかけてきた。
だがそれに応える前に、がさりと茂みの間からその「危険」が姿を現す。
それは、一匹の狼だった。
ハイウルフ……とまではいかないが、中々でかい。
冒険者としてパーティーで行動していたときなら歯牙にもかけない相手だが、今は俺一人で手負いのセリスを守りつつ、こいつを撃退しなくては。
「……セリス、絶対に前に出るなよ」
目を逸らしたら負けだ。
俺は狼を睨みつけたまま、静かに剣を構える。
狼も相手が人間二人……しかもそのうち一人は怪我をした女ということで勝ち目があるとでも思ったのか、じりじりとこちらへ近づいてくる。
そして、一気に距離を詰め飛び掛かってきた瞬間――
俺の剣は一撃で狼の体を切り裂いた。
「……ふぅ」
まあ当然だな。
ほっと息を吐いた瞬間、あちこちから殺気が突き刺さる。
……そうだ。狼は群れで行動する生き物だ。
おそらくさっきの一匹は、偵察としてやってきた個体だったんだろう。
「……レヴァン」
セリスが怯えたような声を上げ、痛む足を庇い這うようにしてこちらへとやって来る。
すると、あちこちから何匹もの狼が姿を現した。
セリスを守りつつ、この数の狼を撃退する。
……普通に考えて無理だな。
「……セリス、目ぇ閉じろ」
「え?」
返事を聞く間もなく、俺は閃光弾を地面に叩きつけセリスの体を抱えて走り出した。




