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49 エリックの正体

 僕とエリックが、一緒に悠久の時を過ごす……?


 悪いけど、さっぱり意味が分からない。

 いったい何を言ってるんだこいつは。


「セリス、僕たちはダンジョンの英知に選ばれた、特別な者同士だ。こうなることが運命づけられていたんだよ」

「ちょっと……」

「君と僕なら、きっと新たな次元に到達できる」


 僕の肩を掴んで、エリックはどこか熱っぽくそう言った。

 それが気持ち悪くて思わず振り払うと、彼は驚いたように目を丸くした。


「なぜ……」

「そんなのこっちが聞きたいよ! 何言ってんの!!」


 エリックの言うことは全然わからない。

 なんとなく……僕に誘いをかけてるっていうのだけはわかるけど。

 ぞわぞわと肌に鳥肌が立つ。

 警戒して一歩身を引くと、驚いたように目を見開いていたエリックが苦々し気に唇を噛んだ。


「聞くんだ、セリス」

「うるさい、帰れ!!」


 もう一秒たりともエリックの話なんて聞きたくない。

 さっさと庵に戻ろうと踵を返しかけてた時、エリックが強く僕の腕を掴んだ。


「セリス、僕を視ろ」

「はぁ!? いい加減にしてよ!!」

「視ろ!!」


 そう怒鳴られて、反射的に顔を上げてしまった。

 まっすぐに僕を見つめるエリックの瞳の中に、何かが渦巻いている。

 これは……


「っ……!!」


 きっと、防御本能だったんだろう。

 あれは「視て」はいけないものだ。

 即座にエリックの手を叩き落とし、視線を外して後ずさる。

 だが、その足を何かに掴まれた。


「なっ……!?」


 視線を下げると、地面から真っ黒な人の腕のようなものが生え、僕の足首を掴んでいた。

 その信じられない光景に、ひっと喉が鳴る。


「……何故僕を拒絶する? 僕と来れば、何でも君の望みを叶えるのに」


 こんなありえない光景にも、エリックが動じた様子はなかった。

 それで悟る。

 この気味の悪い腕のようなものを作り出したのは、目の前のこいつなんだと。


 ……そうだ、こいつはエリックだけど、

 僕の知るエリックじゃない。

 もっと何か、別のものに変質している……?


「そんなにあの人間に入れ込んでいるのか?」


 エリックが馬鹿にしたように笑う。

 ……誰のことを言ってるかなんて、考えなくてもわかる。


「……君には関係ない」

「どうせ数十年すればあいつはいなくなる。そんな卑小な存在に執着して何になる?」

「うるさい!!」


 そんなの、言われなくてもわかってる。

 ……僕とレヴァンは、ずっと一緒にはいられない。


 愛する相手に先立たれたエルフの話は、僕も何度も聞いたことがある。

 エルフは生涯たった一人の相手しか愛さない。

 だから、愛する人を喪ったエルフは……その先ずっと、悲しみに濡れて生きることになる。

 今まで出会った同族は、だから添い遂げるなら長命種にしろと言っていた。

 それは、僕もよくわかってる。


 でも、たとえそうだとしても…………僕は、レヴァンと一緒にいたい。

 これから先も、ずっと彼と一緒に歩んでいきたい。

 きっとこの思いは、ずっと変わることがないだろう。


「さぁ、セリス……一緒に来るんだ」


 エリックの声が、その視線が僕の中に入ろうとしてくる。

 でも、なんとか頭を振ってまとわりつくその気配を振り払う。

 すると、エリックは驚いたように目を見開いた。


 ……支配の術。

 不思議と、そうわかった。


 こいつは、そのダンジョンで手に入れた力とやらで周りの人間を操って来たんだろう。

 ……反吐が出る。


「……僕は、お前の思い通りにはならない」


 自分の意思を確認するように、はっきりとそう口にする。

 すると、エリックは表情を歪ませた。


「……少し、調教が必要なようだな」

「やってみろよ。ヘタレ野郎」


 そっと、腰から短剣を引き抜く。

 これは、前にレヴァンとサフィラと一緒にダンジョン攻略に行ったときに、そこで手に入れたものだ。

 その短剣を手に取ると、不思議と心が落ち着いてきた。


「まぁ良い。暴れ馬を手懐けるのもまた一興か」


 次の瞬間、無数の闇の手が襲い掛かってきた。



 ◇◇◇



 ……気がついたら、エリックはいなくなっていた。

 もしかしたら、セリスのところに行ったのかもしれない。


 あいつはダンジョンで強力な力を得て、長命種へと生まれ変わった。

 あいつなら、ずっとセリスを守ることができる。

 あいつなら、ずっとセリスの傍にいられる。


 だから……エリックにセリスを任せるのが、正しい方法なんだ。


「……ねぇ、ちょっとレヴァン!」


 背後から声をかけられ振り返ると、どこか困惑した様子のサフィラがいた。


「遅いから迎えに来たらリアナの様子がおかしいんだけど……何か知らない?」

「リアナ?」

「ちょっと来て」


 そのままサフィラは俺を引っ張ってギルドの中に連れ戻す。

 俺はただふらふらとその後をついていった。

 ギルドの中には、相変わらずエリックのパーティーの子たちが残っているようだ。


「ねぇ、リアナは大丈夫!?」


 サフィラが話しかけているのは、あのエリックのパーティーの中の一人の神官風の少女だ。

 彼女の前には、どこか虚ろな表情のリアナが立っている。


「……エリック様は、素晴らしいお方です」

「ねぇしっかりしてよ、リアナ!」


 姉であるサフィラに肩を揺さぶられても、リアナは虚ろな瞳でそう繰り返すだけだった。


「……初期症状ですね。これならまだ間に合います」

「症状って……」

「……こちらへ」


 神官少女はちらりとエリックがいなくなって不満そうなパーティーメンバーに視線をやると、俺たちを別室へと連れていく。

 別室に入り扉を閉めると、サフィラが彼女に食って掛かった。


「ねぇ、私の妹はどうなったの!?」

「軽い洗脳状態です」

「……は? 洗脳?」


 呆気にとられた様子のサフィラを尻目に、神官少女はぶつぶつと何やら呪文らしきものを唱え始める。

 その途端、リアナが苦しみ始めた。


「ぁ……うぐぅ……!」

「そのまま押さえてください!」


 わけがわからないまま、目を吊り上げ神官少女へ飛び掛かろうとするリアナを俺とサフィラで必死に押さえつける。

 なんだ、何が起こっている……!?


「ぁ……あああぁぁぁぁ!!」


 やがて悲鳴を上げると、リアナはぐったりと全身の力を抜いた。

 サフィラが慌てたように妹を抱きかかえ、何度も呼び掛けている。


「リアナ!」

「ご安心ください。奴の支配状態を解除したので、一時的に休息が必要なだけです」

「奴……?」


 そう呟くと、神官少女は今度は俺の方へと視線を向けてきた。


「……あなたも、ほんの軽い暗示程度ですが影響を受けてますね」

「え?」


 聞き返す間もなく、少女が呪文を唱えぱんっ、と俺の目の前で手を叩いた。

 その途端、まるで霧が晴れたように思考がクリアになる。

 ちょっと待て、なんだこれは……!?


「な、にを……」

「奴……あのエリックという男は、あなた方二人の精神を操っていました」

「はあ? なんでそんなこと……」

「順を追ってお話ししましょうか」


 神官少女がため息をつく。

 俺と、リアナを支えたサフィラも訳の分からないまま頷いた。


「確かあなたは、あの男とパーティーを組んでいたんでしたね」

「あぁ、色々あって追い出されたけどな」

「その時、まだパーティーに残ってる人もいたんですよね」

「そうだけど……」


 エリックは、その後いろいろあってパーティー自体を解散したと言っていた。

 いったい、何があったというのだろう。


 少女は大きく息を吸うと、まっすぐに俺たちに視線を向けた。


「あの男は、ダンジョンの中で恐ろしい力を手に入れました。闇を操り、時には人の精神にすら干渉し、自らの支配下に置く邪悪な力です」

「あいつは、古代神の祝福だって……」

「そんな立派なものではありません! あの男は……」


 少女は憤ったように立ち上がると、一気にまくしたてた。


「あの男は自らのパーティーメンバーを生贄に捧げ、邪悪な魔神へと生まれ変わったんです!!」



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