44 夜が明けて朝が来て
思い出したくもない嫌な出来事と、どうしようもなく悲しい出来事が立て続けに起こってしまった。
でも、その中で気づいたことがある。
僕は、レヴァンが好き。
エルフは生涯を通じてたった一人の相手しか愛さない。
その、唯一の相手として。
気づいてしまったら、もうどうしようもなかった。
溢れ出る想いを抑えることなんてできない。
でも、うまくはいかなかった。
レヴァンは、僕に他の相手を探せと言ってきたんだ。
それは、やんわりとした拒絶だった。
そして……やっと自覚した僕の恋心は、あっさりと終わりを迎えることとなった。
レヴァンは、夜が明けるまで僕の傍にいてくれた。
でも、触れることはできない。縋り付くこともできない。
僕の想いは。拒絶されてしまったんだから。
庵の中から、マノスの死体は無くなっていた。あの血まみれのカーペットも消えていた。
……サフィラが処理してくれたのかな。
どこかふわふわした気分のままいつもよりずっと静かに朝食の準備をして、食べ終わった頃だった。
庵の入り口の扉が、こんこんと遠慮がちにノックされる。
「っ……! 俺が出る」
どこか警戒した様子のレヴァンが、さっと武器を手にして扉へと向かった。
僕の立ち上がり、少し離れたところからその様子を確認する。
「……誰だ」
「私、サフィラだよ」
聞きなれた声に僕もレヴァンもほっと胸をなでおろす。
レヴァンがそっと扉を開けると、その向こうから心配そうな表情を浮かべたサフィラが顔をのぞかせた。
「昨日のことの、報告なんだけど」
「あぁ、わかった。……セリス、席を――」
「ううん、僕も聞きたい」
もう僕に辛いことを思い出させないようにかレヴァンはそう言ったけど、僕は聞きたかった。
レヴァンは一瞬辛そうな顔をしたけど、やがてゆっくりと頷いてくれた。
サフィラを応接間に通してお茶を出すと、サフィラはずずっとお茶を啜った後……ぽつぽつと話し始める。
「町のみんなも、正当防衛だってことで納得してくれた。あいつ、昨日から二人のこと嗅ぎまわってたみたいで怪しまれてたし、バシルとエリアが雑貨屋の親父に話してたみたいだし。だから、レヴァンが罪に問われることはないよ」
「……そうか」
レヴァンは、小さくそう呟いた。その何かを我慢するような表情を見ていると、ぐっと胸が締め付けられる。
僕のせいでレヴァンに手を汚させてしまった。マノスなんかは死んでせいせいするだけだけど、それだけが僕の心に大きなしこりとして残っていた。
……駄目だ、いまここで泣いたらまた二人を心配させてしまう。
「気にしないで、とは言えないけどさ。クロエやリアナが同じ目に遭ったら私でも同じことしてたよ。あいつが他でやらかす前に片付けてくれてみんな感謝してる」
サフィラが心底不快そうにそう吐き捨てる。
少しだけ、その言葉で救われた気がしたんだ。
「サフィラ、昨日は悪かったな。助かったよ」
「ううん、バシルとエリアが教えてくれたんだ。レヴァンたちのとこにやばそうな奴がいるって」
「あの二人は大丈夫?」
「バシルの方は私たちと一緒に行くって聞かなかったよ。まぁ、なんとか置いてきたけど。エリアもすごい心配してるだろうから、顔見せてあげれば安心するんじゃないかな」
「わかった、行く」
そう言って立ち上がると、レヴァンは驚いたように僕の方に視線を向けてきた。
その視線からは、僕を案じてくれてるんだって言うことがありありとわかった。
……そんな風に優しくされると、また勘違いしそうになってしまう。
「……大丈夫、だよ」
いつまでもここでうじうじしているわけにはいかない。
それに、マノスなんかにちょっと痛めつけられただけでへこたれるなんて、僕のプライドが許さない。
まだいろいろとショックは抜けないけど、できるだけ早くいつも通りの生活に戻りたいから。
「よし、行くか」
レヴァンの合図とともに、僕たちは歩き出した。
町に出て、あたりを歩く人の姿を目にした途端ちょっと体が竦んでしまった。
レヴァンが心配そうに振り返ったけど、なんとか首を振って足を踏み出す。
……大丈夫、レヴァンもサフィラも傍にいるんだから。
だから、僕は大丈夫だ。
「あー! レヴァンにエルフのねーちゃん!! あの変な奴は倒したのか!?」
雑貨屋の扉を開けた途端、店の中にいたバシルが僕たちに気づいて駆け寄ってきた。
その元気な姿を見てほっとした。
よかった、この子が立ち直れない傷つけられていたら、それこそマノスを何度殺しても殺したりないくらいだったから。
「おう、俺がボコボコにしてやったぜ!」
「すっげー!!」
「セリスおねぇちゃん!!」
騒ぎを聞きつけたのか、店の奥からエリアが走ってきた。
そのまま、エリアは僕の腰のあたりにしがみついてしくしく泣きだしてしまう。
「ごめんね、こわかったよね」
「ううん……おねぇちゃんも、おにぃちゃんも無事でよかった……!」
この小さな女の子には、随分と心配をかけさせてしまっていたみたいだ。
よく見ると目が赤い。昨日、よく眠れなかったりしたのかな。
よかった、ここに来て。
僕とレヴァンがぴんぴんしてるのを見たら、この子もちょっとは元気になってくれるかな。
雑貨屋の親父さんにも迷惑かけたお詫びと礼を言って、僕たちは雑貨屋を後にした。
「さて、次は自警団なんだけど……セリス、そういえば今日うち忙しい日でさぁ」
「えっ?」
「リアナにもギルド休んで店手伝ってもらってるんだけどてんてこまいで……よかったらセリスも手伝いにいってもらっていい?」
「い、いいけど……」
「ごめんね? 私はどうしても昨日の事情説明から抜けらんなくてさ~」
「セリス、昨日のことは俺が説明しとく。迎えに行くからクロエの店にいてくれ」
レヴァンにまでそう言われ、僕は頷くしかなかった。
そのまま二人と共に食料品店に向かうと……なるほど、言った通りクロエとリアナがあれこれ言い合いながら商品の入れ替えをしていた。
「助っ人登場~!!」
「あー、セリス! 来てくれたんだ!!」
「ありがとうございます、セリスさん!」
僕の姿を見た途端、クロエとリアナは天の助けとでもいうようにほっとした表情を浮かべた。
その様子を見て、僕も心があったかくなる。
「昨日大変だったみたいじゃん。家のほうとか大丈夫?」
「見てきたけどちょっと荒されただけっぽかったよ。ほんと困るよね」
僕の代わりにそう答えたのはサフィラだった。
おそらく、クロエとリアナにはマノスが本当は何をしようとしていたかは伝えてないんだろう。
その方が僕もありがたい。
「じゃあ私たちはちょっと自警団の方行ってくるから!」
「終わったら迎えに来るからここにいろよ」
念押しするようにそう言って、レヴァンとサフィラは去っていく。
どこか寂しい気分でその後姿を見送っていると、背後からぽん、と肩を叩かれる。
振り返ると、にっこり笑うクロエがそこにいた。
「ふふふ、じゃあセリスにもばしばしやってもらうから!」
◇◇◇
「はぁー、疲れた……」
品出しって結構体力使うんだ……。
細い体で店を回してるクロエはすごいな。あらためてそう思えてくる。
「サフィ姉たち遅いね。先に夕食たべちゃおっか」
「セリスさんも食べてってください!」
「……ありがと、手伝うよ」
体を動かしていると気がまぎれる。
マノスにされた嫌なことも。
……レヴァンに拒絶されたことも。
クロエやサフィラとわいわい言いながら調理をして、夕食ができあがってもレヴァンとサフィラは帰ってこなかった。
クロエが早く食べたいと言い出し、ちょっと悪いと思いつつ僕たち三人は先に夕食を食べることにする。
「……でも、レヴァンってもう完全に彼氏面だよねー。『迎えに来るからここにいろ』とか」
「もう、お姉ちゃん! でも……レヴァンさんみたいな素敵な人にあんなこと言われたら、どきどきしちゃいますよね」
「あれ、リアナもしかして……」
「違います! ちゃんとわきまえてますからね、セリスさん!!」
クロエはからかうように、リアナは慌てたように僕に話しかけてくる。
僕も笑おうとして……笑えなかった。
止められない涙が溢れ出して、ぽつりとスープの中に落ちていく。
「ちょ、どうしたのセリス!?」
「セリスさん! 私は全然そんなんじゃないから安心してください!!」
二人が慌てたように立ち上がる。
あぁ、駄目だな。
早く泣き止まないと二人を心配させちゃうのに。
そう思っても、溢れ出る涙は止められなかった。
「……レヴァンと、何かあったの?」
クロエがそっとそう声をかけてくる。
思ったよりも弱気になっていた僕は、つい頷いてしまった。
「…………ふられ、ちゃった」
そうだ、僕の想いは拒絶された。
それも当然だ。いくら見た目は女になったとはいえ、僕は小さい頃から同性の幼馴染としてレヴァンの傍にいたんだから。
今更恋愛対象として見られるわけがない。
はっきりと気持ち悪がられなかっただけ、よかったのかもしれない。
クロエとリアナは口をあんぐりと開け、そっくりの驚いたような表情を浮かべていたけど、次の瞬間二人そろって大声を上げた。
「「はあああぁぁぁぁ!!?」」




