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43 エルフの掟

 ようやくセリスの嗚咽が収まってきた頃、俺たちはやっと体を離した。

 セリスの格好は、未だにマノスに服を引き裂かれた時のままだ。

 視線のやり場に困って、俺は慌てて傍らのベッドから毛布を掴みセリスの体にかぶせた。


「……俺が外で見てるから、お前は休め」


 あんなことがあった直後だし、俺も傍にいない方がいいのかもしれない。

 そう思って提案したのだが、セリスはぎゅっと毛布に身を包んだまま、小さく首を横に振った。


「ううん…………ここにいて」


 ……そう言われてしまったら、もう断れない。

 俺たちは少しだけ距離を置いて、傍らのベッドに腰かけた。


 しばらくの間、二人とも何も言わなかった。

 やがて沈黙を破るように口を開いたのは、セリスの方だ。


「……マノスの言ったこと……全部、ほんとのことってわけじゃないんだ」


 一体何を言いたいのかよくわからなくて、セリスの方に顔を向ける。

 すると、セリスはぎゅっと毛布にあごをうずめたままくぐもった声を出した。


「その……エルフの女が、初めての相手に……ってやつ」

「あぁ……」


 そういえばそんなこと言ってたな。

 今思い返してもはらわたが煮えくり返る。


「隷属、とかそういうんじゃないんだ。でも……」


 セリスは潤んだ瞳を俺の方へ向けてきた。

 その瞳に、吸い込まれそうになる。


「エルフの掟っていうか、慣習っていうか……」


 どこか言いにくそうに、セリスは言葉を紡いでいく。


「エルフってね……その生涯で、たった一人の相手しか愛さないし、交わらない、って言われてるんだ」


 ……それは初耳だ。初めて聞いたその事実に、俺は少し驚いてしまった。

 そもそも、俺がよく知ってるエルフなんてセリスとその両親くらいしかいないんだけど。


「だから、その掟を守ろうとして、無理矢理奪われたとしても……その相手に尽くそうとするエルフもいる。たぶん、マノスはそういうケースの話を聞いたんだと思う」


 俺も、昔聞いた噂話を思い出した。

 エルフの奴隷は高値で売り買いされている。

 見目麗しく、いつまでも若いままで、主人に従順な……思い出しただけでも吐き気がする話だ。


「もちろん、そんな義務はないんだけどね! でも……」


 セリスはどこか切なげな表情で目を閉じると、小さく息を吐いた。


「たいていのエルフはそういうものだって思ってる。……僕も、そうだった」


 幼馴染の思いの吐露を、俺はただ黙って聞いていた。


「僕の父さんと母さんってね、昔は人里離れたエルフの集落に暮らしてたんだ。エルフの集落では、小さい頃から添い遂げる相手っていうのが決められてるみたい。それで、僕の父さんと母さんは……それぞれ別の相手と結婚するはずだったんだって」


 セリスは小さな声で、ぽつぽつと言葉を絞り出している。


「でも、父さんと母さんは惹かれあった。それで、相手を変えて欲しいって族長に直談判したんだけど……許されなかった。それで、二人は駆け落ちみたいに逃げてきたんだって」

「それで生まれたのが、お前なのか……」


 あの仲の良い夫婦にそんな過去があったとは初めて聞いた。

 俺から見たセリス一家は、すごく仲が良くて暖かい家族に見えていたんだ。

 いや……きっと、どんな過程があったとしても暖かい家庭なのは間違いないんだろう。


「最初に決められた相手とは違うけど、父さんと母さんは、その……すごく、愛し合ってる。僕はずっとそれを見てきたから、僕も……いつか、そんな相手が見つかるんだと思ってた。でも……」

「セリス……」


 毛布を手繰り寄せるセリスの手がかすかに震えている。

 先ほどのマノスの蛮行を思い出したのかもしれない。

 それを見ていると、急に愛しさが込み上げてきた。


 セリスを守りたい。その思いは変わらない。

 いや……ますます強くなっていくくらいだ。


 エルフは生涯たった一人の相手しか愛さない。

 きっと、それはセリスも同じなんだろう。

 なら、その相手は……


「セリス」


 そっとセリスの肩に手を置くと、セリスは潤んだ瞳のまま俺を見上げた。


 セリスを守りたい。

 セリスの傍にいたい。

 今ははっきりそう思える。

 そうだ、前から気づかないふりをしていた、この感情は……


 溢れ出る思いを告げようとした瞬間、唐突に俺はある事実に思い当たってしまった。


 ……エルフは、長い時を生きる種族だ。

 その寿命は、人間よりもずっと長い。

 もしここで、俺が想いを告げて、セリスがそれを受け入れてしまったとしたら……



 俺が死んだあと、セリスはずっと永い時を一人で生きていかなければならなくなる。



 その事実に、気づいてしまった。


「……レヴァン?」


 心配そうなセリスの肩から、そっと手を放す。

 そして、不安げに瞳を揺らめかせるセリスに俺は告げた。


「お前にも、いつか見つかるさ。そんな相手が」


 その途端、セリスの顔が一瞬で絶望に染まった。

 その表情で、おそらくセリスも俺と同じ気持ちでいてくれたということを悟ってしまう。

 でも、駄目なんだ。


 やめろ、そんな顔をしないでくれ。

 ……俺は、ずっとお前の傍にはいられないんだ。


「レヴァン、僕はっ!」

「セリス! 俺も手伝うから! ずっと、何百年もお前の傍にいて、お前のことを守ってくれるような奴を探すから――」

「そんなのっ……」

「それがお前のためなんだよ!!」


 そうぶつけると、セリスは呆然としたように立ち尽くしていた。


「……なんで。僕は、ずっとレヴァンと一緒にいたいのに」

「セリス、俺は人間で、お前はエルフだ」


 今は幼馴染として、親友として、誰にも咎められることなく一緒にいられる。

 だが、人間とエルフとでは寿命も成長速度も違う。

 セリスは俺の一歳年下だが、見た目だけならもっと幼く見えるかもしれない。

 これから、その差はどんどん広がっていくことだろう。


 だから、きっとずっと一緒にはいられない。

 信頼できる相手を探して、セリスを任せなければならないんだ。

 俺はセリスを、手放さなければならないんだ……!


「セリス、大丈夫だ。お前はいい奴だから、すぐに大切な相手が見つかる」


 本当はこんなことは言いたくない。

 だが、そうしなければならないんだ。

 誰よりも、セリスの為に。


 セリスも、俺の思いを察してくれたんだろう。

 ぽろぽろと涙が溢れる瞳を拭うと、小さく呟いた。


「……レヴァンのばか」


 そうだな、俺は大馬鹿だ。

 痛む胸に気づかないふりをして、俺はセリスから一歩身を引いた。

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