41 復讐
今日は41、42話を更新予定です。
「おいおい、久しぶりに会ったってんのに冷てぇな」
マノスはどこか薄暗さを思わせる笑みを浮かべて、固まる俺たちに声をかけてきた。
その手は相変わらず、暴れるバシルの首根っこを掴んでいる。
「おにいちゃん!」
「エリア! 近づくなよ!!」
その声ではっと我に返る。
今すぐにでも飛び出そうとするエリアを押さえ、俺はマノスに声をかけた。
「……マノス、その子を放せ」
「おいおい、先に喧嘩吹っ掛けてきたのはこのガキなんだぜ?」
「子供相手に熱くなるなよ。……話なら俺が聞く」
おそらく、昨日俺たちのことを嗅ぎまわっていたのはこのマノスだったんだろう。
その目的は……少なくとも俺やセリスにとっていいものだとは思えない。
だが、まずはバシルの安全を確保しなくては。
「その子は関係ない。お前が用があるのは俺にだろ」
「正確には、お前とセリスにだな」
セリスが大きく息をのんだ音が聞こえた。
できるだけマノスを刺激しないように、俺は口を開く。
「……そこの家、今俺たちが住んでんだ。こんなところにいないで上がれよ。ただ、その子はもう家に帰してやってくれ。親が心配する」
そう告げると、マノスは舌打ちした。
バシルの親にこのことが知れれば厄介ごとになると気づいたのだろう。
「ちっ、相変わらずつまんねぇ常識人ぶりやがって……わかった。ただし、お前ら二人は武器を捨てろ」
なるほど、珍しく用意周到な手に出たな。
ここで逆らえばバシルがどうなるかわからない。
おとなしく、俺もセリスも武器を遠くに投げた。
「はっ、呆気ねぇな。……セリス、こっちに来い」
バシルを解放する代わりに、新たな人質にするつもりだろうか。
セリスは大きく息を吸うと、マノスの方へと足を踏み出した。
そして、マノスの目の前までたどり着くとセリスは小さく口を開いた。
「……早く、その子を放して」
マノスは不快そうに表情を歪めたが、バシルの首根っこを掴んでいた手を放した。
その途端、暴れていたバシルが地面に落ちる。
「いってぇ!」
「おにいちゃん!!」
バシルはすぐに立ち上がり、焦ったようにセリスを見上げた。
「お、おい……」
「いいから、レヴァンのとこに行って」
「でも……」
「いいから!!」
セリスに強く押され、バシルは悔しそうに俺たちの方へと走ってきた。
兄が無事だったことに安心したのか、エリアがわんわんと声を上げて泣き始める。
「……バシル、もう遅い。エリアを連れて家に戻れ」
「レヴァン! こいつは――」
「大丈夫だ! 言う通りにしろ!!」
強く怒鳴ると、バシルはちらちらとこちらを振り返りながらもエリアの手を引いて町への道へ消えていった。
「おっと、変な気は起こすなよ」
二人の姿が見えなくなった途端、マノスが腰に差していたショートソードを抜いた。
そして、セリスを拘束しその細い体にショートソードを突きつける。
一気にその場に緊張が走る。
「探したぜ……レヴァン、セリス。まさかこんな辺鄙な田舎に隠れてたとはな」
マノスが目をぎらぎらさせてそう吐きだした。
……明らかに、常軌を逸している。
こいつが俺たちを探していた目的、それは……
復讐、だろうな。
マノスは女になったセリスに襲い掛かり、俺はセリスを守るためにマノスを半殺し状態にした。
それがきっかけで、俺もマノスも元いたパーティーを追われることになったわけだ。
マノスからしてみれば、俺とセリスのせいでパーティーを追放されたと思ったのかもしれない。
……吐き気がする。
「ほら、中に入ろうぜ。お前らの愛の巣によぉ」
侮蔑するようなその言葉に、セリスがぐっと唇を噛む。
マノスが軽くセリスの足を蹴ると、セリスはマノスに剣を突きつけられたまま力なく歩き出した。
「……レヴァン、お前が変な行動を起こせばセリスの腹に穴空くからな。覚えとけよ」
……マノスは本気だ。
その血走った眼を見れば、狂気に侵されているのはすぐにわかった。
セリスはじっと表情を変えずに下を向いている。
だが、その体は微かに震えていた。
◇◇◇
「へぇ、立派な家じゃねぇか」
「……俺たちの家じゃない。何かあれば家主に迷惑がかかる」
マノスはセリスに剣を突きつけたまま歩みを進め、薄暗い食堂へとやってきた。
ここでフィロメラさんやアリオンと一緒にわいわいと食事をしたのが遠い昔のことのようだ。
「なぁレヴァン。俺が何でこんなクソ田舎に来たかわかるか?」
「……俺たちを探しに、だろ」
「へぇ、よくわかってんじゃねぇか。じゃあ、その目的は?」
「…………俺への、復讐」
そう答えると、マノスは心底嬉しくてたまらないといった、狂気すら感じさせる笑みを浮かべた。
「よくわかったな! この偽善者が!!」
セリスを拘束したまま、マノスが思いっきり蹴りを繰り出してきた。
避けることもできずに、俺の体は無様に吹っ飛び壁に激突する。
はずみで、室内の家具ががたがたと揺れた。
セリスの悲痛な声が耳につく。
「レヴァン!」
「お前が余計なことしてくれたおかげでよぉ……俺はパーティーを追放され、こんなに落ちぶれちまったんだぜぇ……? 全部お前らのせいなんだよ!」
「あぐっ!!」
マノスは今度はセリスの体を床に叩きつけ、その背中を踏みつけた。
「て、めぇ……!」
「ほら、もっと怒れよ! そうじゃないと俺の気が済まねぇだろうが!!」
マノスは血走った笑みを浮かべている。
……完全に、復讐に取りつかれた目だ。
「ずっと、この日を待ってたんだ……。てめぇらを絶望の底に叩き落す日をなぁ!! ほら、これがなんだかわかるか?」
マノスは懐から真っ黒な巻物のようなものを取り出すと、見せつけるように振ってみせた。
あれは……おそらく。魔法の呪文書だ。
呪文書はその物自体に強い魔法が掛けられており、呪文書を使えば魔術師でない者でも疑似的に魔法を使うことができるという代物だ。
だが、あんな真っ黒な呪文書は見たことがない。
「呪文書……」
「ご名答。正解の褒美にその効果を教えてやるよ……“グラビティ!”」
マノスが呪文書を手にそう叫んだ途端、全身を押しつぶされるような衝撃に襲われ、床に叩きつけられた。
「かはっ!?」
なんだ、これ……!
なんとか重い体に鞭打ち顔を上げると、マノスは嬉しくてたまらないといった表情で這いつくばる俺を見降ろしている。
「ひゃはは! 情けねぇな!!」
「や、めて……」
マノスに背中を踏みつけられながらも、セリスが必死にそう懇願する。
すると、マノスは不快そうに眉を寄せた。
「役立たずは黙ってろよ。あぁ!?」
マノスがごりごりとセリスの頭を足で踏みつける。
セリスの苦痛の声が、俺の耳にもはっきりと届いた。
「さぁ、楽しもうぜ? レヴァン、セリス」
絶望的な状況の中で、俺は必死に打開策を探していた。




