40 嵐は突然やってくる
冒険者としての仕事に加えて、たまに町で細かい雑用を頼まれることが増えた。
もちろん、できる限りは引き受けている。
俺たちの評判が悪くなれば、帰ってきた時にフィロメラさんに迷惑がかかるかもしれないしな。
「いやー、助かったわ! うちの主人がちょうど腰悪くしてて……」
「いえいえ、お安い御用ですよ」
民家の屋根の修理が終わって地面に降りると、その家の奥さんが上機嫌な笑みを浮かべて俺を待っていた。
「レヴァン君はほんと頼りになるわねー」
「そんなことありませんよ」
「……で、セリスちゃんとはどうなの?」
奥さんはにやにやしながらそんなことを聞いてくる。
……まったく、噂好きな奴には困ったものだ。
ため息をつきたくなるのを抑えて、俺はできる限り朗らかに対応した。
「あいつは幼馴染なんです。残念ながらご期待に添えるような関係じゃないんですよ」
「そーお? お似合いだと思うんだけどねー」
どうやらこの町の住人は、俺とセリスを恋人同士だと勘違いしている奴が少なくないようだ。
はっきり聞かれればやんわりと否定していたが、俺はセリスのように躍起になって否定するようなことはしていない。
慌てれば逆に怪しいだろうし、それに……ある意味、そう勘違いさせておいた方がいいかもしれないと思っているからだ。
セリスは危なっかしい。それに、魔道具の効果で抑えているとはいえ『魅了』体質は変わっていないだろう。
俺と恋人同士だと思わせることで、セリスに変な奴が近づく抑止力になるかもしれない。
そう考えると、そこまで悪いもんでもないんだな。
……まぁ、セリス本人が知ればまた怒るだろうが。
そんなことを考えながら、謝礼を頂いて、俺はその家を後にしようとした時だった。
「あ、そうだ。レヴァン君!」
慌てたように呼び止められ振り向くと、奥さんは少し深刻そうな顔をして俺の方へ近づいてくる。
「うちの主人が言ってたんだけど、昨日……見たことのない人がレヴァン君とセリスちゃんのことを聞きまわってたみたいよ」
「えっ?」
「よくわからないけど……気を付けてね」
俺とセリスのことを嗅ぎまわる?
まさか、あの先日の花束男が懲りずにやって来たのか?
奥さんに礼を言って、俺は釈然としない気分のまま歩き出した。
あのパーティーのリーダーは、花束男を抑えると約束してくれた、
それに、奴だったとしたら広場で堂々と決闘したのもあって、あいつの顔を知ってる奴も多そうなのに。
じゃあ……誰だ?
今日のセリスは確かクロエの店の手伝いに行ってたはずだ。
なんとなく嫌な予感がよぎって、俺はクロエの食料品店へと向かった。
◇◇◇
「あっ、レヴァンだ! セリスのお迎え? ひゅーひゅー熱いねー!!」
「ち、ちょっと何言ってんのさ!」
足早にやって来た食料品店では、いつものテンションでクロエとセリスが出迎えてくれた。
まさかセリスに何かあったんじゃ……と焦っていたので拍子抜けした気分だ。
「セリス、今日はもうあがっていいよ」
「え、でも……」
「いいっていいって! ちょうど旦那のお迎えも来たし!」
「だ、だからそんなんじゃないって!!」
セリスはぷりぷり怒りながら店の裏へと荷物を運んでいく。
そのタイミングを見計らって、俺はクロエに近づいた。
「なぁ、今日変な奴とか来なかったか?」
「ん? 変な奴って?」
「例えば、この前の花束男みたいな……」
「あー……」
クロエはすぐに俺が何を言いたいのか理解したみたいだ。
少し考えてから、小さく首を横に振った。
「あそこまでやばい奴は来てないよ。セリスのファンは何人か来てたけど、遠くから見てるかちょっと買い物してくだけだし、まだかわいいもんだよ」
「そうか……」
クロエが気づいていないということは、セリスに接触を図ったということはなさそうだ。
さっきのセリスも、いつも通りだった。
「なになに? またセリスに熱烈なストーカーでも現れたの?」
「その可能性が高い」
「ありゃりゃ……」
クロエが呆れたように顔をしかめる。
まったく、いくら『魅了』の効果が発動しているとはいえ俺の幼馴染はとんでもないな。
「……助けてあげてね、セリスのこと」
「もちろんだ」
セリスは俺の大切な幼馴染で、親友で、かけがえのない存在だ。
あいつを守るためなら、俺は手段を選ぶつもりはない。
パーティーを追い出された時のことだって、実はまったく反省も後悔もしていないのだから。
「おまたせー。ほんとにもういいの?」
「いいっていいって! 早く帰って旦那に美味しい物でも作ってあげなよ」
「だから旦那じゃないって!!」
真っ赤になってきゃんきゃん喚くセリスに、クロエはいくつかの食料品を持たせていた。
こいつのこういう気遣いはありがたいんだよな。いつも一言余計だが。
「じゃあ……気を付けてね!」
「あぁ、お前もな!」
「あはは、うちは大丈夫だよ。サフィ姉がいるし」
確かに、サフィラは用心棒としては優秀かもしれない。
そんなことを考えながら、俺たちは家路についた。
セリスに異変のことを話そうかと思ったが、やめておいた。
……無駄に心配をかけるようなことはしたくない。
「もぅ、クロエはいつもいつも……」
「お前が大げさに反応するからおもしろがってんだろ」
「だからって……レヴァンは嫌じゃないの!? 僕の、その……旦那とか言われるの」
恥ずかしいのか、セリスの声がだんだん小さくなっていく。
なんて答えるべきか迷って、俺は口を閉じてしまった。
だって、「嫌じゃない」って言うのもおかしくないか?
なんか俺が喜んでるみたいだろ……。
だが……「嫌だ」とも言えなかった。
だって、嫌じゃないのは確かなのだから。
「俺は……」
その先をなんて答えようとしたんだろうか。
自分でもわからないまま喋り始めようとした時、進行方向から女の子の泣き声が聞こえた。
「なにっ……?」
「この声……」
顔を見合わせ、俺とセリスは同時に走り出す。
すると、正面から泣きながら幼い少女が駆けてきた。
「エリア!?」
そこにいたのは、雑貨屋の娘で、俺の弟子になったバシルの妹のエリアだった。
エリアは俺たちに気がつくと、必死な表情でこちらへ駆け寄ってくる。
「どうしたの!?」
セリスが慌てたようにエリアに駆け寄る。
意識を集中させたが、特にあたりに獣の気配などはない。
「エリア、何があった」
「……ぃちゃんが…………」
エリアはひくひく泣きながらも、自身の背後……庵へとつながる道を指差した。
「おにいちゃんが、しらない人につかまって……!」
「なんだと!?」
エリアは庵の方から走ってきた。
ということは、バシルとその知らない人とやらは俺たちの住む庵にいるのか……!?
「セリス、エリアを頼む!」
「あ、ちょっと……!」
エリアをセリスに預け、俺は一目散にその場から駆け出した。
少し前に聞いた、嫌な話が脳裏をよぎる。
誰だ、俺たちのことを探ってるのは誰なんだ……!?
そして、庵の前にたどり着いた時……俺は驚きのあまり言葉を失った。
「くそっ、放せよ!!」
猫のように首根っこを捕まえられ持ち上げられ、バシルがじたばたと暴れている。
バシルを持ち上げている男を、俺は知っていた。
重戦士向きの大きな体格。
最後に見た時よりも、どこかやつれ酷い身なりをしている。
呆気にとられる俺の背後から、悲痛な声が聞こえてきた。
「おにいちゃん!」
どうやらエリアは俺を追いかけてきてしまったらしい。
飛び出そうとするエリアを慌てて抑えると、すぐにセリスもやって来た。
そして、バシルを捕まえている男を見て小さく悲鳴を上げる。
「……よぉ、遅かったじゃねぇか。レヴァン、セリス」
その男は、俺たちを見て底意地の悪い笑みを浮かべた。
「マノス…………」
そこにいたのは、俺たちの元パーティーメンバー……
俺がパーティーを追放される原因を作った男――マノスだったのだ。
明日は2話くらい更新予定です




