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36 潜在魔力

 翌日、さっそくアリオンにセリスを見てもらうことになった。

 これですぱっと元に戻れればいいんだけどな。


「じゃあこっちに来て」

「は、はい……」


 アリオンに連れられるようにして、セリスが客間に入っていく。

 そして、ゆっくりと扉が閉まった。

 なんとなくそわそわしながら、俺は二人が出てくるのを待つだけだ。


「じゃあ、……してくれる」

「あの、…………ですか?」


 ……扉越しでよく聞こえない。

 まさか、見るとか言ってセリスを騙して変なことしてないだろうな!?


「気になるか?」

「い、いえ別に!」


 そわそわする俺をフィロメラさんはにやにや笑いながら眺めていた。

 いやいや、アリオンはフィロメラさんにでれでれだったし、セリスにまで手を伸ばすような真似はしないよな……。


「あいつはあのなりで中々の女好きだからのぉ」

「はぁ!? それマジですか!?」

「冗談じゃ」

「冗談かよ!」


 めっちゃ焦ったじゃないですか!

 ほんとにこの人の考えは読めないな!


 悶々としながら淹れた茶が冷めるころ、やっと二人は部屋から出てきた。

 セリスは……普通に女のままだな。

 …………いやいや、なにほっとしてんだ俺は!


「うーん、色々調べてみたんだけど……」


 アリオンは顎に手を当てて、小さく首を横に振った。


「完全に女の子になってるね。言われなきゃ元が男だってわからないくらいだよ」

「して、元に戻す方法は」

「駄目だね、さっぱりだよ。でも、性別変化の他に厄介な呪が掛けられてるのを発見した」

「おぉ、真か!」

「そうそう! もっと褒めてよフィロぉ!!」


 アリオンは主人に褒めてもらいたがる犬のようにフィロメラさんの方に寄っていった。

 フィロメラさんがおざなりに頭を撫でると、奴はでれでれと締まりのない顔を晒していた。

 あいつがほんとに犬だったら、今頃腹みせて尻尾振ってただろうな……。


「それで、その呪っていうのは……?」


 ちらりとセリスの方に視線をやると、セリスはどこか気分が悪そうな顔をしていた。

 その反応からして、まぁいいものじゃないんだろうな。


「あぁ、それが……『魅了』が常に発動してる感じなんだよ」


 さらりと犬状態から元に戻ったアリオンはそんなことを告げたのだ。


「……は? 魅了?」

「知らない? 魔術師の魅了の呪文とか、惚れ薬とか」

「それは知ってますけど……」


 無理矢理に相手の心をこちらに向ける術――『魅了』

 俺の知ってる魔術師でも何人かその術を会得してる奴はいたっけな。

 俺も変な奴に騙されないようには気を付けていた……って今重要なのはそんなことじゃない!


「その『魅了』が、常時発動状態ってどういう……」

「そのまんまだよ。対象となるのは男性、もしくはモンスターで女性にはほとんど効果はないみたいだけど、この子に関わった相手は大なり小なりこの子に惹かれ、この子を手に入れたいと思うようになる。モンスターだったら興奮状態に陥る感じかな。まぁそんなに効かない相手もいるみたいだけどね」


 はきはきとそう告げたアリオンとは対照的に、セリスは沈んだように視線を床に向けたままだった。


「サキュバスとか、そういう種族と似たような感じかな。自分で制御できないから大変だよね」

「ちょっと待ってくださいよ……」


 セリスは本人の意思とは無関係に『魅了』の効果が常時発動しているような状態になっている。

 まさか、マノスに襲われたのも、ワイルドベアが執拗にセリスを狙ってたのも、先日の花束男の一件も、その『魅了』が効果を発揮しまくってたってことなのかー!!?

 確かに今のセリスはかわいい。でも……少し、好かれ方、狙われ方が異常だとは思っていた。

 まさか、そんなからくりがあったとは……。


「それで、収まったんですか、その『魅了』は……」

「この子の体質自体を変化させるのは僕には難しいね。だから今はそのまま。多少は効果を押さえる魔道具なんかは作れると思うけど」

「お願い、します……」


 セリスが死にそうな声でそう絞り出した。

 ……そうだよな。

 自分の知らない所で、そんなやばいフェロモンみたいなのが垂れ流しになってるって、よく考えなくても怖すぎるよな。

 きっと、セリスだってとんでもなく不安を抱えているんだろう。


「……俺からも、お願いします。なんとかこいつが無事に過ごせるように頼みます」


 俺の方からもそう頼み込んで頭を下げる。

 アリオンはゆっくりと頷いた。


「うんにゃ、フィロの頼みだからね! 精一杯尽力はさせてもらうよ」


 いきなり絡まれた時はなんて奴だって思ったけど、案外いい奴なのかもしれないな、こいつ。


「じゃあ、レヴァン。次は君だね」


 アリオンは何でもないように俺を手招きした。

 ……なんで?


「え、俺?」

「うん、君の方も見て欲しいってフィロに頼まれたから」


 思わずフィロメラさんを振り返ると、彼女はにっこりと笑った。


「物は試しじゃ。お主も見てもらうがよい」


 家主の彼女の言葉には逆らえない。

 俺はセリスと違って特に何もないと思うが……一応見てもらうか。


「じゃあ行こうか」


 アリオンに続いて、俺もさっきセリスが入っていた部屋に足を踏み入れた。



「念のためもう一回言っとくけど昨日はごめんね。てっきり僕とフィロの仲を引き裂こうとするお邪魔虫かと」

「……今度からはもっとちゃんと確認した方がいいぞ」


 そんな勘違いで殺されたらたまったもんじゃない。

 まぁでも、こいつはそんだけフィロメラさんのことが好きなんだろうな……。


「……で、君はどうなの? セリスのこと」

「えっ?」

「どう? 魅了、効いてる?」


 真っすぐにそう問いかけられ、思わず言葉に詰まってしまう。

 その反応だけで、アリオンは察したんだろう。


「あらら、それは大変だ。セリスは君のこと安全だと思ってるみたいだからね~」

「お、俺はあいつを傷つけるような真似はしない!」

「まぁ、その意気だよ。たぶん、君の存在があの子にとってほぼ唯一の拠り所なんだから」


 真剣にそう言われ、唖然としてしまった。

 こいつ、まともなことも言えるんだな……。

 驚いている間に、アリオンはぐるぐると俺の腕によくわからない道具を巻きつけていく。

 ……セリスにもこんなことやったのか?


「なぁ、これって何の意味があるんだ?」

「これはね、潜在魔力を図るんだ」

「潜在魔力? 冒険者になった時に図ったけど、俺のなんてたいしたものは……」

「まぁまぁ、やってみる価値はあると思うよ」


 アリオンが何か呪文のようなものを呟くと、腕に巻きつけられた紐のようなものが変色しはじめる。

 ……こんなんで何がわかるんだ?


 アリオンはその後もなにやらよくわからない道具を持ち出して、俺の検査を続けていた。

 しかし、俺にはさっぱり何をやってるのかわからない。

 こいつ、適当にそれっぽいことやってるだけじゃないだろうな……。

 そう疑い始めた頃、アリオンは器具を外してふぅ、と息を吐いた。


「……やっぱりね」


 何がやっぱりなんだ、俺にはさっぱりだ。


「君、かなりの潜在魔力を秘めてるよ」

「…………は?」


 アリオンはにっこり笑って、そんな訳の分からないことを言い始めたのだ。


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