3 僕は女になったけど
セリス視点の話になります
「うわ、ほんとに女になってる……」
自分の体を確認して、僕は愕然とした。
ダンジョンの宝箱の罠解除に失敗して、僕の体は男から女へと変化していたのだ。
……自分でも、何を言ってるかわからない。
「うーん……」
もみゅ、と自らの胸に手を当てると、確かに感覚はある。
僕だって豊かな胸は好きだけど、それが自分についているとなるとどうしても複雑な気分になってしまう。
髪の毛は伸びているけど、コンプレックスの童顔はあまり変わっていない。手足が細くなって、体つきも全体的に丸みを帯びて、それでいて華奢になっているから不思議だ。
「一時的なものだといいんだけど……」
いつまでもこうしているわけにはいかない。
意を決して、僕は部屋を出た。
レヴァンや同じパーティーの仲間が必死に元に戻す方法を探してくれたけど、残念ながら解決策は見つからなかった。
寝て起きたら元に戻ってないかなーと秘かに希望を持っていたけど、それも打ち砕かれ僕は落ち込んだ。めっちゃ落ち込んだ。
それでも、皆に迷惑をかけるわけにはいかない。女性の冒険者だってたくさんいるんだ。
僕だって、今まで通り頑張らないとね!
不安を押し隠し、僕は努めて明るく振舞った。
それにしても女の子っていうのは面倒くさい。
幼馴染のレヴァンなんか、いちいちああしろこうしろとうるさいったらない。
それでも少しずつこの体に慣れてくると、レヴァンが慌てるのがおもしろくて僕はわざと露出の高い服を着てみたり、大胆に振舞ってみたりした。
そうすると僕の親友は予想以上に大げさに反応してくれて、たまにはこんなのも悪くないかな、と少し明るい気分になったものだ。
……でも、僕に反応したのは彼だけじゃなかった。
外を歩くと、やたらと声を掛けられ誘われるようになった。
時には無理矢理連れていかれそうになることもあった。それに、エルフの鋭い聴覚は聞きたくない言葉まで聞き取ってしまう。
僕は一人で外出するのをやめ、どうしても用があるときはすっぽり黒いフードをかぶって容姿を隠すようになった。
それに、変わったのは外の人間だけじゃなかった。
レヴァンのいない時に、パーティーの仲間からもそういった誘いを受けることがあった。
もちろん、すべて即座に断った。でも、中にはしつこく絡んでくる奴もいる。
いい兄貴分だと思っていたマノスなんかもそうだった。しつこく僕に絡み、べたべた触ろうとし、耳が腐りそうな言葉を投げかけてくる。
それが信じられなくて、人間不信になりそうだった。
それでもなんとかやってこれたのは、レヴァンがいたからだ。
レヴァンだけは、変わらなかった。
いつも通りの、僕の幼馴染で親友のレヴァンのままだった。
それに、彼と一緒にいるときはパーティーの仲間も僕に必要以上に絡んでくることはない。
そう気づいてから、僕はできる限りレヴァンと一緒に過ごすことにした。
そんな生活が、しばらく続いた。
「…………ふぅ」
男だったときは気にしなかったけど、女の体での野営は中々気を遣う。
水浴びや用を足したり、着替えるのだって人の目を気にしなくちゃいけない。
軽い調子でレヴァンに見張りを頼むこともあったけど、いつもそうして彼にばかり負担をかけるわけにはいかない。
薄暗い森の中、仲間から少し離れた場所で、僕は急いで服を変えていた。
「……よし!」
なんとか誰にも見られずに着替えることができた。
戻ろうと踵を返しかけた時、がさがさとこちらへと近づいてくる足音が聞こえた。
レヴァンが探しに来てくれたのかと思って振り返り……僕は思わず顔をしかめてしまう。
そこにいたのは、できれば二人っきりで会いたくない相手――マノスだった。
「……何の用?」
「つれねーなぁ。そんなに邪険にしなくてもいいだろ? セリスちゃんよぉ」
マノスはにやにやと気味の悪い笑みを浮かべている。
その視線が嘗め回すように僕の体を這っているのがわかって、不快感に舌打ちする。
「別にこんなところでこそこそ着替えなくてもいいだろ? もっと堂々としろよ」
「どうしようと僕の勝手だ。指図するな」
……気持ち悪い。
早くレヴァンの所に帰りたい。
マノスの横を通り抜けようとした瞬間、強く腕を掴まれ不覚にもびくり肩が跳ねてしまう。
「なぁ……どうせ女になったなら、女として楽しみたいとは思わねぇの?」
「……その汚い口を閉じろ。離せ」
振り払おうとしたが、マノスの力は緩まなかった。
じわじわと、得体のしれない恐怖が湧き上がってくる。
「別にいいだろ。減るもんじゃねぇし」
「黙れ。これ以上あんたと話すことはない」
……これ以上ここにいてはいけない。
それだけはわかるのに、うまく体が動かない。
マノスはにやりと意地の悪い笑みを浮かべると、僕の聞きたくない言葉を連ねていく。
「本当の女でもない癖に。偉そうに」
「……だからって、あんたにやるものなんて何もない! いい加減にしろよ!」
感情のままそう叫んだ直後だった。
一瞬の隙をついて、マノスが僕に掴みかかってきたのだ。
「やめっ……!!」
逃げる間もなく手で口を塞がれ、地面に引き倒される。とにかく逃れようと、振り解こうと必死に暴れた。
女になったとはいえ、僕だって日々鍛えている冒険者だ。
それなのに……どれだけ暴れても、マノスはびくともしなかった。
その力の差に愕然とする。
抵抗をものともせずに、マノスの手が無遠慮に体をまさぐってくる。
生暖かい舌が首筋から頬を這いまわり、その気持ち悪さに思わず吐きそうになった時だった。
慌てたようにこちらに近づいてくる足音が聞こえたかと思うと、僕の名が呼ばれた。
――よく知る、親友の声で。
やってきたレヴァンは、僕たちの姿を見つけると硬直したように動きを止めた。
その懐かしい姿に安堵で涙が出そうになる。
口を塞がれたまま、必死にレヴァンに助けを求める。
「なんだレヴァン。お前も混ざるか?」
その言葉が引き金だったのかもしれない。
飛び散る赤。見たこともないくらい暴走する親友の姿。
――僕のせいで、レヴァンの手を汚させてしまった。
その時、僕はもう後戻りはできないことを悟った。




