29 ボス戦とごほうび
いきなり天井から降りてきた蜘蛛は、俺たちに向かってすごい速さで突進してきた。
「ちぃっ!」
俺たちはとっさに蜘蛛の突進を避ける。
そして、俺は蜘蛛が止まった隙に足の一本を斬りつけた。
「うぉっ、意外と固い!」
「任せて!!」
走り寄ってきたサフィラが力任せに剣を振り下ろす。
ぐしゃりと嫌な音を立てて、蜘蛛の足が千切れた……というよりも潰れた。
こいつ、どんだけ馬鹿力なんだ……。
足を潰された蜘蛛が聞くに堪えない呻き声をあげて暴れだす。
そして、口から糸を吐き出したではないか。
「うわっ!」
丁度蜘蛛の注意を引き付けていたセリスが悲鳴を上げる。
慌ててそちらに視線をやると、セリスの肩から腕にかけて白い糸がべったりと張り付いていた。
「セリス!」
「大丈夫! 二人は足を切り離すのに集中して!!」
セリスは素早い身のこなしで糸をかわしつつ、矢を放ち蜘蛛の注意を引き付けている。
今は、あいつを信じよう……!
「行くぞサフィラ!」
「おう!!」
サフィラと二人、一本一本蜘蛛の足を切断したり潰したりしていく。
うまくセリスが注意を引き付けてくれるおかげで、俺たちは比較的安全に事を進めることができた。
そして、足の半分ほどをつぶした時だった。
「っぅ……!」
「セリス!?」
見れば、セリスの足に蜘蛛の糸が巻き付いており、それが床に張り付いて身動きが取れなくなっているようだ。
蜘蛛は自らの罠にかかった哀れな獲物に食らいつこうと、大きく口を開けてセリスに迫っていた。
「させるかよ!!」
蜘蛛の体に掴みかかり、その巨体によじ登る。
そして、暴れる蜘蛛の体の上を走り頭部を目指した。
「おらっ!」
蜘蛛は俺を振り落とそうと暴れたが、なんとか掴まり蜘蛛の目に剣を突き刺す。
ぶしゅっと液体が噴き出し俺の体にかかったが、それでも俺はひたすらに目や頭部を突き刺し続けた。
そうこうしているうちに蜘蛛の動きが鈍くなり、やがて不協和音のような断末魔を残し動かなくなった。
「……ふぅ」
蜘蛛がこと切れたのを確認してその巨体から飛び降りる。
そんなに強くはなかったが、中々に厄介な敵だったな。
「うわっ、レヴァンすごいことになってるよ!」
下では、サフィラが傷つけないように慎重にセリスに絡まった糸を切っているところだった。
セリスもあちこちに粘着質な蜘蛛の糸が張り付いて酷い姿だった。
まぁ……蜘蛛の体液を間近に浴びた俺も人のこと言えないけどな……。
「セリス、大丈夫か?」
「大丈夫だけど……今すぐに水浴びしたい」
「はは、俺もだ」
お互いの酷い有様を見て、俺たちはぷっと吹き出してしまった。
まぁ、冒険者やってればこんなのは日常茶飯事だな。
「ボスを倒したら先に進めるようになってるはずだ」
「へぇ~、すごいねー」
入ってきたのと逆側に、同じような扉がある。
そこへ向かいそっと触れると、扉は重い音を立てて開いた。
その先には、また同じような大きな部屋が広がっていた。
中央には輝くクリスタル。その向こうには下の層に降りる階段。
そして、クリスタルの手前には……今までのよりも豪華な装飾の宝箱だ!
「あっ、宝箱だ!」
これはボスを倒したご褒美の宝箱だと俺は勝手に思っている。
ボス部屋の次には、いつもこんな風に宝箱が置いてあるのだ。
「セリス、一応調査頼めるか?」
「大丈夫、任せて」
こういう場合の宝箱は何もしかけられていないことが多いが、万が一ということもあり得る。
セリスは丁寧にあちこちを調べていたが、やがて微笑んで首を横に振った。
「大丈夫みたい……開けるよ」
セリスが慎重に宝箱の蓋を開ける。
俺とサフィラも横から中身を覗き込んだ。
そこには、宝石の彩られた美しい短剣が収められていた。
「宝箱の大きさの割にはこれだけか……」
「でも、すっごい綺麗だよ」
「売ればお金になるかな……」
「え、セリス使わないの?」
サフィラがぽかんとした様子でセリスに問いかける。
セリスは、驚いたように目を丸くした。
「セリスって短剣も使うでしょ。なんかすごい効果とかあるかもしれないし、セリスに似合いそうだし。使ってみたら?」
「でも、それだと僕だけが得することになるし……」
「別にいいだろ。そのうち剣が出たら俺かサフィラにくれればいいし」
確かに、その美しい短剣はセリスによく似あいそうだ。
セリスが空けた宝箱に、セリスにぴったりの短剣が入っていた。
偶然だろうが、まるでセリスに使えと言っているような気がするんだよな。
俺とサフィラに押されて、セリスはやがて頷いて短剣を手にした。
今のセリスが全身蜘蛛の巣まみれじゃなきゃ、絵になるような光景なんだけどな……。
「……ありがとう、大切にする」
セリスは丁重な仕草で短剣を仕舞いこむと、俺たちに向かってそっと笑った。
その控えめな笑みを見ていると、今までの疲れとかが飛んでいく気がするから不思議だ。
「さて……サフィラ、あそこにクリスタルがあるだろ?」
「うん」
「あれが前に話した転移クリスタルだ。あのクリスタルに触れればこのダンジョンの入り口まで戻れるし、またここに入った時もここまでは転移して来れる」
「へぇ、便利なんだね」
「そこで……どうする? ここで引き返すか、まだ先に進むか」
サフィラは迷っていたようだが、やがて呆れたように笑った。
「……二人とも、すごい格好だし一回帰った方がいいよ。特にレヴァン、すごい臭いするし」
「やっぱりかー」
一応聞いてみたが、サフィラが帰還を選択してよかった……。
こんな蜘蛛の体液まみれのままダンジョン攻略なんて格好つかないしな!
俺たち三人が同時にクリスタルに触れる。
強く帰還を念じると、次の瞬間にはダンジョンの入り口まで戻ってきていた。
「じゃあイスティアに帰ろっか。また長い時間かけてね!!」
セリスの言葉に、俺は忘れていた事実を思い出した。
そうだ、このダンジョンは町から離れたところにあったんだ……。
はぁ、面倒くさいがいつまでもここにいるわけにはいかない。
俺は汗や蜘蛛の体液でべとべとになった体を引きずって、町への帰路に着いた。
……なんだかんだで、この町に来て初めてのダンジョン攻略は無事に終わった。
皆無事に帰って来られる。それが一番だよな。




