23 セリスの内密依頼
「レヴァン、ちょっと採取付き合ってくれない?」
「いいけど、お前なんか依頼受けてたのか?」
「ううん、プライベート」
プライベートの採取とは一体何なのか……。
まぁ断る理由もない。報酬は弾ませてもらうけどな。
「三日間夕飯のおかず一品増やすので手を打とう」
「そういうとこはちゃっかりしてるよね……」
セリスは呆れたように笑ったが、条件を受け入れてくれたようだった。
以前のこいつだったら一人でほいほい出かけていただろうけど、クライミング・プラントに襲われたのとワイルドベアに執拗に狙われたことで警戒心が増しているのかもしれない。
まぁ、セリスに頼まれなくても俺はついていくつもりだったけどな。
「何の採取だ?」
「ちょっとフィロメラさんのやり方で傷薬作ろうと思って。必要な素材が山の方にあるんだ」
「へぇ、魔女の弟子様は勉強熱心なんだな」
「もう、またそうやって茶化すんだから……」
セリスは拗ねたように頬を膨らませたが、少なくとも自分の意志でフィロメラさんの技術を学ぼうとしているのは確かだろう。
先日雑貨屋のエリアに「おねえちゃんは魔女様のでしなの?」みたいなことを言われてやる気になったんだろうか。
「せっかく学べる環境にいるんだから、頑張ってみようと思って。覚えておいて損はないだろうし」
「そうだな、そのうち薬屋でも開くか」
「そのレベルに到達するにはかなり時間がかかりそうだけどね……」
そんな風に冗談を言い合いながら、俺たちはプライベートの採取に出発した。
◇◇◇
「あっ、ハチの巣だ!」
「まさか取るつもりか!?」
「そうだけど?」
ハチの巣なんて放置が一番だと思うのだが、セリスは取る気満々らしい。
バックパックの中から怪しげな香炉を取り出すと、ハチの巣の下で焚きだしたのだ。
「こういう時、自分が魔術師だったらもっと便利なのかな、って思うよ」
「冒険者になった時に適正ないって言われたからなー、俺もお前も」
俺はさっぱり魔術の適性はないと言われたし、セリスはエルフなので自然の力を利用した精霊術は使えるが、複雑な術式を使用する新式魔術は相性が悪いと言われていた。
結局、俺たちは剣士とシーフという魔術に縁のないクラスになったわけだ。
息をひそめて待っていると、やがてハチの巣の方が静かになる。
おそるおそる近づくと、外を飛んでいたハチはまるで死んだように眠って地面に落ちており、巣の中もすっかり静かになっていた。
「よしよし!」
セリスはハチの巣を持ってきた袋に落とし込むと、上機嫌でうんうんと頷いていた。
「もう用は済んだのか?」
「まだまだ。もしかしてお腹すいた?」
「あのなぁ、ガキじゃねぇんだぞ」
セリスは年下のくせにやんちゃな子供を諫める姉のような顔つきで、ごそごそと袋をあさると俺に向かって手を差し出した。
「はい、これあげる。食べていいよ」
「……きゅうり?」
「うん、水分補給にいいかと思って」
それは普通に水を飲んだ方がいいじゃないのか。俺の幼馴染の考えることはたまによくわからん。
まぁ、もらえるならありがたく貰っておこう。
ばりばりときゅうりを齧りつつ上機嫌なセリスの後に続く。
「あっ、これかな?」
しばらく進むと、セリスが急に立ち止まりその場にしゃがみ込む。
「それ……アンゼリカか?」
「うん、見つかってよかった」
セリスが見つけたのは、植物に疎い俺でも知っている草だった。
迷宮都市でも雑貨屋や魔法用具店で売られていた気がする。確か、「魔女の霊薬」とか呼ばれてるんだっけか……。
「もう言い逃れできないくらいの魔女っぷりだな」
「だからそんなんじゃないって……」
セリスはどこか照れたようにそう言うと、丁寧な手つきでアンゼリカを根から掘り出していた。
俺も手伝い、いくつかのアンゼリカを採取する。
その後もだらだらと山道を歩き、いくつかの植物を採取した後、セリスはふぅ、と額の汗をぬぐった。
「ちょっと疲れたね。休憩しよっか」
「水の音が聞こえるな。近くに沢かなんかありそうだな」
水音の方に歩いていくと、そこには小さな小川がちょろちょろと流れていた。
その涼し気なほとりに腰を下ろし、俺も一息つく。
「なんか食べる? きゅうりしかないけど」
「……食べる」
「あっ、この前フィロメラさんがきゅうりにハチミツつけると美味しくなるって言ってたんだ」
「そうなのか……?」
セリスはハチミツまで持ってきていたので、物は試しと二人できゅうりにハチミツを垂らしばりばりといってみた。
「うーん、なんか不思議な味がする……」
「美味いかって言われると微妙だな」
フィロメラさんは魔女って呼ばれるだけあって独特の感覚を持っているのかもしれない。
それでも、何も味付けをせずにきゅうりを齧るよりはましかもしれない。セリスがなんできゅうりなんて持ってきたのかは謎だが、案外おやつにはいいかもな。
「……なんか、こうしてると昔に戻ったみたいだね」
ふと、セリスがそう呟いた。
「えっ、なんで? 二人でこんな風にきゅうり食べたことなんてあったか?」
「きゅうりから離れてよ! そうじゃなくて……こうやってさ、二人で、よく森とか探検したじゃん」
「あぁ……」
そう言われるとそうかもしれない。
Sランクの冒険者になることを夢見て故郷を出て、今はこうして場所は違えど昔と同じような生活に戻っている。
……不思議と、悪い気はしない。
木々のざわめき、小川のせせらぎ。
そんな穏やかな空間を満喫しながら、俺はそっと目を閉じた。
「なんかこうしてると落ち着きすぎて眠くなりそうだよな……ってセリス?」
セリスからの返答はない。
不思議に思って振り返り……俺は脱力した。
「緊張感なさすぎだろ……」
セリスは地面に横たわりすぅすぅと穏やかな寝息を立てていた。
このまえクライミング・プラントに襲われたばかりだというのに警戒心のない奴だ。
エルフって、自然の中にいると眠くなったりするもんなのか?
「他の奴の前ではこんなことすんなよ~」
一緒にいるのが俺だからいいものの、セリスみたいな(見た目)美少女が無防備に眠っていたら、よからぬことをしでかす奴が現れないとも限らない。
起きたら一応注意しておくか。
ちょっといたずら心が湧いて柔らかそうな頬をつつくと、セリスはうぅん……と小さな声を上げた。
こうして見ると、セリスは本当に綺麗だ。
白くなめらかな肌に、長い睫毛が揺れている。
地面に流れる髪は艶やかで、そっと指で梳くと驚くほど手触りがいい。
頬に触れていた指を滑らせ、うっすらと色づいた唇を撫でる。
その時点で、俺はやっと我に返った。
いやいやいや、何やってんだ俺は!?
今のは言い逃れできない。誰かに見られたら通報されかねない変態行為だ。
落ち着け、相手はセリス。昔からぴーぴー泣いてばっかりのあのセリスだぞ!?
セリスを守るべき俺が野獣になってどうする!!
「うおおぉぉぉ!!」
「……え、レヴァン!?」
頭を冷やすために沢へ突っ込んだ俺を見て、目覚めたセリスはわけがわからないといった顔でおろおろしていた。




