15 エルフは危険を引き寄せる
「あっ、おはようございます! レヴァンさん、セリスさん」
冒険者ギルドの扉を開けると、受付のバイトのリアナがにっこり笑って出迎えてくれる。
朝早い時間帯だからなのか、ギルド内には俺たち以外の冒険者の姿はなかった。
こんなに過疎で大丈夫なんだろうか……。
「なぁ、俺たち以外の冒険者って来てないのか?」
「朝一番にサフィ姉が討伐依頼に行きましたけど、後はー、ないですね……」
リアナが呆れたように笑う。どうやら本当に誰もいないようだ。
このギルドの存続に不安を抱きつつも、掲示板を覗き依頼を探す。
「おっ、ワイルドベアの討伐依頼!」
「ダメダメ! まだ本調子じゃないんだから。ほら、まだ期限は先だしもっと簡単な依頼から始めよ?」
俺としては派手な討伐依頼で復帰戦を決めたかったのだが、セリスからダメ出しをくらってしまった。
ため息をつきつつ他の依頼を探していく。
「あっ、これなんてどうかな? アガリクスの採取だって」
「えー、つまんねーだろそんなん」
「つまんなくていいじゃん、安全そうだし。これにするからね!」
セリスは俺の反対意見を封殺すると、上機嫌で依頼書をリアナの所に持って行ってしまう。
まぁ、あいつの機嫌を損ねると夕飯に俺の苦手なものを出されたりするのでここはおとなしく従っておこう。
思えば、こんなに簡単な採取依頼を受けるのはいつぶりなんだろうか……。
少し、懐かしい気がした。
「はい、受注。だいたいの場所も聞いてきたから行くよ」
「はいはい」
鼻歌なんて歌いながら上機嫌でギルドを出ていくセリスの背中を追いつつ、まぁこいつが嬉しそうならいいか……と俺はのん気に考えていた。
◇◇◇
「おっ、生えてる生えてる」
適当に森をぶらつくだけで、お目当ての白いキノコの姿をぽつぽつ見つけることができた。
これなら採取に困ることはないだろう。
「特に間違えそうな毒キノコとかは生えてないみたいだし……それっぽいのはどんどん採っちゃっていいみたい」
「随分簡単な依頼だな……」
「まだ病み上がりなんだからこれくらいでいいんだよ! レヴァン、退屈でもさぼっちゃだめだよ」
「へーへー」
お前は俺の母ちゃんか、と言いたいのを抑え俺たちは二手に分かれてアガリクスの採取に精を出すことにした。
目につく端から白いキノコを採取し、カゴにぽいぽい放り込んでいく。
ここ数日は雨続きだったからか、面白いようにキノコを見つけることができる。
いつの間にか、俺はキノコの採取に夢中になっていた。
こうしていると、幼い頃セリスと一緒によく故郷の森を探検したのを思い出す。
あの頃は、森で見つける何もかもが新鮮で、宝物だった。
それがいつの間にかただダンジョンに潜り強くなることを追い求め、こうして自分の足元を振り返るのを忘れていた気がする。
……たまには、こんなのも悪くないな。
あの頃から見れば色々な意味で随分と遠くまで来たものだが、今でも隣にいる奴は変わらない。
それは、ある意味幸せなことなのかもしれない。
そんならしくもないことを考えつつ、俺はひたすらにキノコを採り続けた。
……いつの間にか、持ってきたカゴはいっぱいになっている。
そろそろ一度戻るか、と俺は近くにいるはずのセリスに声をかけた。
……だが、返事はない。
「……セリス?」
いつの間にか遠くまで来てしまったのかと思ったが、少し歩くとすぐに見覚えのある場所に出た。
俺はスタート地点からそう離れていない。こういう時は声の届かない場所にはいかないのが鉄則だ。
セリスは慎重派だし、あいつが自分の意志でそう遠くに行くとは思えない。
そう考えた時、俺の中で嫌な記憶が蘇った。
薄暗い森の中。
地面に引き倒され、巨体にのしかかられる細い体。
あの時、俺が見つけるのがもう少し遅ければセリスは……
「……セリス! 返事しろ!!」
急にぞくりとした焦燥が押し寄せ、俺は声の限りに叫んでセリスを呼んだ。
耳を澄ませると、微かに荒い息遣いと木の葉の擦れるような音が聞こえてきた。
「セリス!!」
それがセリスだという保証はない。
だが、確かめてみないことには何もわからない。
俺は全速力で物音の聞こえた方へと走る。
そして、そこで見たのは……
「…………何やってんだ、お前」
セリスはうつぶせに転んだ状態でいくつもの細い蔦に絡まり、まるで網にかかった魚のようにじたばたともがいていた。
……意外と元気そうだ。
うっかり転んで蔦に絡まったんだろうか、と当たりを見回し、思わず息をのむ。
それは、ただの蔦ではなかった。
蔦の先を辿ると、茂みの陰に球根のような体があり、それがうぞうぞと動いている。
あれは、低級モンスター「クライミング・プラント」だ……!
「んーっ!」
セリスが真っ赤な顔で苦しそうに呻いた。よく見るとその口内にまで蔦が侵入しており、俺は一気に焦った。
「てめっ、放せ!!」
急いでセリスの傍に屈みこみ、傷つけないようにその口内から蔦を引き抜く。
げほげほと咳き込むセリスの様子を確認しつつ、未だに蠢く蔦を一気に切り裂いた。
「ひっ!」
だがその途端、未だにセリスの体に絡みついていた蔦が、一斉にセリスの体を本体の所まで引きずろうとし始めた。
「ふざけんなよ!!」
クライミング・プラントは本来なら人を襲ったりしないおとなしいモンスターだ。
素直に退けば見逃してやろうと思ったが、セリスを害そうとする以上許してはおけない。
剣を抜き走り寄り、一思いに球根のような本体を斬り捨てる。
その途端、セリスを引きずっていた蔦がくたりと力を失った。
「セリス、大丈夫か!?」
セリスはけほけほと小さく咳き込みながら、力なくへたり込んでいた。
「おい、お前大丈――」
「触らないで!!」
とっさに屈みこみ背中を撫でようとすると、セリスはびくりと体を跳ねさせ俺の手を振り払った。
今までそんな風に拒絶されたことはなかったので、俺は驚いた。
「あ、あのっ、違……」
セリスは俺が固まったのに気がついたのか、慌てたように言葉を絞り出そうとしている。
息苦しかったのかその顔は赤く、大きな目には涙が溜まっている。よく見ると未だに震える体のあちこちに蔦の残骸が絡みついていた。
「……大丈夫、だから」
セリスは力なくそう呟くと、震える手で自身の体に残った蔦を剥がし始めた。服の中からも蔦の残骸が現れて、思わず目を逸らしてしまう。
俺はどうしていいのかわからずに、ただ横目でその光景を見守ることしかできなかった。
「その、あのモンスターがいて、そのうち逃げるだろうから放っておいたら、いきなり後ろから襲い掛かってきて……」
蔦を剥がしながら、セリスはぽつりぽつりと話し始める。
確かに、「クライミング・プラント」は臆病で大人しいモンスターだ。人間を見ればすぐに逃げ出すか植物に擬態しやり過ごそうとするのが普通だし、襲い掛かってくるなんて聞いたこともない。
セリスの対応が間違っていたとも思えない。
「この辺のモンスターは、俺たちが知ってるのと習性が違うのかもな」
「うん……」
「お前怪我は? まさか毒とか浴びてないよな……!?」
「それは……大丈夫……」
安全だと思っていたモンスターに襲われたのが恐ろしかったのか、セリスの体はいまだかたかたと細かく震えていた。
よく見ればクライミング・プラントが分泌したのかセリスの体はなんだかよくわからない液体で濡れていた。
これは、ギルドに報告に行く前に一度庵に戻った方がいいのかもしれない。
セリスの持っていたカゴは襲われた時に倒れたのか中身が零れていたが、それなりにアガリクスが集まっていた。
これだけあれば依頼の達成に問題はないだろう。
「とりあえずフィロメラさんのとこ帰ろうぜ。ギルドに行くのはその後で」
「うん……」
セリスはどこか気落ちした様子で頷き、立ち上がろうとした。
だが、すぐにまた地面にへたりこんでしまう。
「おい、どうしたんだよ」
「…………立てない」
セリスの足はぷるぷると生まれたての小鹿のように震えており、セリス自身はその光景を呆然と見つめていた。
立てないって……まさか腰が抜けたのか?
「……仕方ない奴だな、乗れよ」
敵になるはずのない低級モンスターに襲われたことがよっぽどショックだったんだろうか。
ここは、下手にからかったりするのはやめておこう。
とりあえず背負って帰ろうとセリスに背中を向け屈みこむ。
……そういえば、前に同じように背負おうとした時はものすごい勢いで拒否されたんだった。
今回も必死に抵抗するかと思ったのだが……
「っ……!」
そっと肩を掴まれたかと思うと、寄りかかるようにセリスが体重を預けてきたのがわかった。
その素直な態度に驚きつつ、そっとセリスの体を落とさないように立ち上がる。
……思った以上に、軽い。
「…………ごめん」
「気にすんな。誰だって油断することくらいあるだろ」
セリスは気を張る力も残っていないのか、素直に俺の背に身を預けている。
……そうされると、どうしても背中に当たる柔らかな感触を意識してしまう。
小柄で細い体格に見合わず、セリスの胸は結構でかい。今あの豊かなふくらみが俺の背に押し当てられ……なんて想像しそうになるのを必死に耐え、俺はただひたすらに足を動かした。




