14 俺の幼馴染がこんなに可愛いわけがない
ある程度怪我もよくなったころ、俺はそろそろ冒険者としての活動を再開することにした。
ダンジョンに挑む前に勘を取り戻しておきたいし、フィロメラさんは気にするなというが生活費くらいは払っておくべきだろう。何をするにも金が要るし、それに何もせずにごろごろしているというのは俺の性に合わない。
一人で大丈夫だと言ったのだが、セリスはまるで監視するように一緒についてきた。
「レヴァンならいきなり危なそうな依頼とか選びそうだしね!」
「そもそもあのギルドにそんな危なそうな依頼はないだろうけどな……」
二人でとりとめのない話をしつつ町のギルドを目指す。
まだ朝早い時間だからだろうか、イスティアの町は珍しく人通りが多かった。
広場では朝市が開かれている。何とはなしにその光景を眺めつつ歩き、俺はあることに気が付いた。
……なんか、すごい見られてる。
俺たちがよそ者だからだろうか。やたらと視線が突き刺さるのだ。
特に、セリスはエルフが珍しいのかあからさまにじろじろと眺めていく奴もいた。……特に男。
セリスもそのあからさまな視線には気づかざるを得なかったんだろう。少し気まずそうに身を縮めている。
「……新しいフード、買わなきゃ」
小さな声でセリスがぽそりとそう呟く。
おそらく、俺を追いかけてきた時に身に着けていたあの黒いフードのことを言っているんだろう。
二人で狼から逃走して崖から落ちる中で、直接身に着けていた物以外の荷物はほとんど紛失してしまっている。
セリスのフードも、そんな中でどこかに行ってしまったようだ。
別にまた買えばいいのだが……どうにも理不尽な気がした。
「別に、堂々としてればいいだろ」
「でも、目立つし……」
セリスが物憂げに長い耳を弄る。
やはり、こいつは自分がエルフだってことを気にしてるのか。
「気にすんなよ。なんか言ってくる奴がいたらぶっとばしてやれ」
「……レヴァンは単純だね」
「それは誉め言葉として受け取っとく」
また一人、立ち止まってセリスを眺める男がいた。
思わず睨み返すと、そいつはそそくさと立ち去っていく。
その行動を見て、ピンときた。
そうだ。これは、エルフだから見てるって言うより……
ちらりと傍らを歩くセリスに視線を落とす。
華奢な体躯に、それに相反するような豊かな胸。
朝陽を浴びて艶やかに流れる亜麻色の髪に、精巧な芸術品のような形の良い耳。
俯き気味の端正な横顔はどこか憂いを帯びていて、まるで一枚の絵画のようだった。
自分でも気づかないうちに、その美しさに魅入られてしまう。
……間違いない。こいつは俺のよく知るセリスだ。
だが、その瞬間……俺は初めて幼馴染の美しさに気がついて、雷に打たれたような衝撃を受けた。
思えば昔から、セリスは変な奴に絡まれることが多かった。
村の同年代の子供はセリスをいじめていたが、少し年上の奴や、仕事もしないでダラダラしているおっさんや、行きずりの旅人なんかが猫なで声でセリスを懐柔しようとすることがたまにあった。
セリスも幼いながら危険を感じていたのか、そういう奴には怖がって近寄らなかったし、あまりにもしつこい奴は俺がボコボコにしてやっていた。
当時はエルフが珍しいからセリスを人買いに売ろうとして近づいてくるのでは、と俺は考えていたが、今思えば奴らは……セリスを手中に収め、あんなことやこんなことをするつもりだったのかもしれない……。
そう気づいて戦慄した。
エルフは見目麗しく、どこか超然的な雰囲気を持つ不思議な種族だ。
人間に比べればその数も少なく、その多くが森の奥深くにエルフのみの集落を築き人里に出てくることはあまりないとされている。
その為、裏では男女問わずエルフの奴隷が高値で取引されているとも聞いたことがある。
そういう種族に生まれたのだ。俺の幼馴染は。
セリスの母親はおっとりした美人で、セリスと並べば姉妹……ではなく姉弟に見える程見た目は若い。父親の方も瑞々しい若さを保つ美男子で、まるでおとぎ話の妖精の王子が現れたみたい……なんていうのは俺の母親の口癖だ。
そんな二人の間に生まれたセリスは、幼い頃からたいそう可愛らしかったのは認めざるを得ない。
俺は物心ついた時にはセリスと一緒にいて、セリスの両親とも家族同然の付き合いだった。
だから、慣れきってしまっていたのだ。感覚が麻痺していたといってもいいだろう。
だが、思えば各地から多くの人が集まる迷宮都市でも、セリスの容姿は群を抜いていた……ような気がする。
女の子にはよく声を掛けられてたし、中には男でも声をかけてくる奴がいた。
男だった時ですらそうだったのに、ましてや女になったらなおさらだ。
今もセリスが歩くたびに、周囲の視線がセリスに吸い寄せられていくのがはっきりとわかった。
物心ついた時から傍にいる俺ですらくらっと来るような、不思議な色香が漂ってくるような気すらした。
いやいやいや……俺がそんなんでどうする!
落ち着け、セリスは俺の親友。家族同然の大事な幼馴染だ。
セリスを守るべき俺がそんな邪な考えにやられてどうする!
「うわっ、どうしたのレヴァン!」
いきなりパァンと強く両頬を叩いた俺を見て、セリスが驚いたような声を上げた。
「いや、ちょっと眠気覚ましに」
「そんなに眠かった? 昨日夜更かししたんじゃない?」
セリスはくすくすと笑っている。
その花が咲くような笑顔に、庇護欲だけでない何かが湧き上がってきそうになる。
その「何か」をぐっと気合で押さえつけた。
……俺はマノスや他の奴とは違う。変わらないセリスの親友で、セリスにとって安心できる、頼れる相手でなければならないんだ。
「セリス、変な奴が近づいてきたらすぐに俺に言え。ぶっとばしてやるから」
「…………ありがと、頼りにしてる」
……大丈夫。今は女のセリスに慣れていないから、少し混乱してるだけだろう。
この一時の気の迷いもすぐに晴れるだろうし、そのうちセリスを元に戻す方法も見つかるだろう。
浮かんでくる雑念を振り払いながら、俺はギルドで待ち受けているであろう依頼の数々に思いを馳せた。




