13 セリス、玉ねぎと格闘する
フィロメラさんの庵に帰ってすぐ、レヴァンはやる気が出始めたのか筋トレなんて始めてしまった。
その様子を興味深そうに眺めるフィロメラさんに断り、僕は夕食の支度に取り掛かる。
玉ねぎの皮を剥き、細かく刻んでいく。
単調な作業は、僕の思考をどこか別の場所に連れ去ってしまう。
町に出た時に聞いた、様々な言葉が蘇ってくる。
『レヴァンみたいに強そうな男もなかなかいないし、町中の女の子に狙われちゃうかもね! ねぇ、彼女はいないんでしょ? 私なんてどう?』
レヴァンが強そう? 町中の女の子に狙われる?
いやいやそんなはずはない。ない……はずだ。
あれはきっとクロエの冗談だ。レヴァンの腕に抱き着いたのだって冗談のはずだ。
はず、なのに……
「なんで反応しちゃったんだ僕は……!」
まるで張り合うかのようにレヴァンのもう片方の腕にしがみついてしまった。
レヴァンは特にそのことについて言及はしなかったけど、あんなの引いたに決まってる……!
なんであんなことをしてしまったのか、思い出すだけで顔から火が出そうだ。
「クロエが、変なこと言うからだ……」
クロエがレヴァンの腕に抱き着いた時、急に不安になった。
彼女に、レヴァンを取られてしまうんじゃないかって。
「いやいや取られるってなんだよ……!」
レヴァンは別に僕のものじゃない。
僕たちは幼馴染で、親友で、互いの行動を束縛するような権利なんてない。
でも……急に、怖くなったんだ。
ふと包丁を動かす手を止め、自身の体に目をやる。下を向くと、それなりの大きさの胸が目に入る。
……この体になってから、感情の制御がうまくできなくなったような気がする。
今の僕が頼れるのはレヴァンだけだ。パーティーを追われ、一人で街を出ようとしたレヴァンに僕は無理矢理ついてきたようなものだ。
あの狼に追われ崖から落ちた時だって、レヴァンが庇ってくれたから僕は軽傷で済んだ。
そんなことがあったからだろうか。レヴァンの姿見えないと、たったそれだけで不安が押し寄せてくる。
それと同じような感情を、クロエの言葉を聞いた時に確かに感じた。
「気のせい気のせい……」
雑念を振り払うように玉ねぎを切り刻む。
そうだ。例えここでレヴァンに彼女ができたって、僕が不安に思うことなんて何もないんだから。
僕は親友の幸せを、祝福してあげなければいけないんだ。
でも、それでも……
『大丈夫だ。お前もサフィラも、俺が守る』
その言葉を聞いた時、急に嬉しさと恥ずかしさが押し寄せて、照れ隠しにうっかりレヴァンの腹を殴ってしまった。
今でも思い出すだけで、かっと頬が熱くなる。
レヴァンのくせに、なに恥ずかしいこと言ってんだ……!
レヴァンのくせに! レヴァンのくせに!!
いや違う。あれはサフィラのことを言っていただけで、僕はおまけだ。そうに決まってる。
だって僕だってそれなりに経験を積んだ冒険者だ。別にレヴァンに守ってもらうほど弱くはない!
……駄目だ、自分で言っててむなしくなってきた。
認めざるを得ない。僕は弱い。
狼の群れに囲まれただけでパニックになって何もできなくなってしまうし、パーティーメンバーに襲われた時だってろくに抵抗もできなかった。
いつも、僕はレヴァンに助けられていた。
……今までだって、レヴァンに守られていたんだ。
元々シーフを務めてたし、戦闘よりも冒険の補助が得意だった。
だから戦闘能力は大したことないし、精神面でもすぐにくじけてしまう。
冒険者として頑張っているつもりだったけど、やっぱり僕はレヴァンがいないと何もできないんだ。
「……情けないな」
僕が弱いから、レヴァンがいないと不安になるんだ。
もっと、強くならなきゃ。
そうすれば、クロエの時みたいな醜態は見せずに済むはずだ。
レヴァンに大切な人ができて、僕よりもその人とずっと一緒にいても温かく見守れるはずだ。
見守れるはず……なのに、
つぅっと頬を涙が伝い落ちた。
……やだな。これだから玉ねぎを切るのは苦手なんだ。
「……セリスよ」
振り返ると、いつの間にやってきたのかフィロメラさんが立っていた。
彼女は泣いている僕と僕の手元に視線をやると、そっと口を開く。
「なんかもうみじん切りを通り越して木っ端みじんになっておるぞ」
「えっ!?」
慌てて玉ねぎに視線をやると、いつの間にか僕の切っていた玉ねぎはみじん切りを通り越して、どろどろのおろし玉ねぎのようになっていた。
……やってしまった。
「すみません……」
「よいよい。ちょうどいいからソースにするぞい」
フィロメラさんはにっこりと笑うと、僕が悲惨な状態にしてしまった玉ねぎを活用し始めた。
その切り替えの早さと鮮やかな手つきに感嘆する。
「ふむ、お主はレヴァンの様子を見てきてくれんかの。あやつは自分の状態を見誤って無茶をしかねんからのぅ」
「わかりました」
これ以上ここにいてもまたさっきみたいに失敗してしまうかもしれない。
とりあえす今は気分を切り替えよう。
庵の外へ出ると、すぐにレヴァンの姿を見つけることができた。
レヴァンは斧を手にして薪を割っていた。
その動きはとても怪我人だとは思えない。
「そんなに動いて大丈夫?」
「ん? セリスか」
声を掛けると、レヴァンが汗を拭いて僕の方を振り返った。
「いつまでもだらだらしてるわけにはいかないからな。フィロメラさんにも悪いし」
「それはそうだけど……傷開いたりしない?」
「どっちかっていうとお前のパンチの方がきつかったな」
「うっ……」
にやにや笑いながらそんなことを言われ、僕は言葉に詰まってしまった。
「その、ごめん……」
「気にすんな、お前が元気になってよかったよ」
俯いて謝ると、レヴァンはわしゃわしゃと乱暴に僕の頭を撫でてきた。
顔を上げると、優しく笑う親友と目が合う。
……また、甘やかされてる。
「でも気をつけろよ。俺だからいいけど他の奴に同じことやったら、ぶちぎれられたり変な勘違いされたりするかもしれないぞ」
「わ、わかってるよ。こんなことできるのレヴァンくらいだし……」
変な勘違いってなんだろう……と思いつつごにょごにょと呟くと、レヴァンはまた笑った。
「ダンジョン攻略、一緒に来てくれるだろ?」
「ま、まぁ……レヴァンとサフィラだけじゃ心配だからね!」
「はは、頼りにしてるぜ。セリス」
……やっぱり、レヴァンはいつも僕の一番欲しい言葉をくれる。
不思議と、レヴァンと話しているだけでさっき感じた不安や焦燥が収まっていくようだった。
また失敗するかも、なんて考えてたらきっとうまくいくものもいかなくなってしまう。
大丈夫、これで頑張れるはずだ。
僕だって、いつまでもうじうじしているわけにはいかない。
ダンジョンでは一瞬の油断が命取りになる。
レヴァンは僕を頼りにしてくれている。だったら、それに応えないとね!
「おっ、なんかいい匂いしてきた!」
「そろそろ夕飯かな。中入ろうよ」
レヴァンは頑張っている。
僕のせいで思い描いてた道を大きく外れてしまったはずなのに、それでも新しい道を歩み始めている。
そんな親友は、やっぱり僕の憧れだ。




