12 ダンジョン行こうよ!
サフィラは目を輝かせて、矢継ぎ早に質問を繰り出してくる。
「ねね、レヴァンとセリスはしばらくこの町にいるの?」
「うーん、少なくとも俺の怪我が良くなるまではいると思うけど」
「特にいつまでとかは決まってないんだよね!? じゃあさ、一緒にダンジョン攻略行ってくれない!?」
思いがけない言葉に、俺とセリスは顔を見合わせた。
「ダンジョン攻略?」
「そそ、この町からちょっと行った森の中にいかにもって感じのダンジョンがあるんだけど……中々一緒に行ってくれる人がいなくてさぁ。そこの親父どもなんかいつも酒飲んでぐーたらしてるだけだし」
サフィラがじとりとギルドの一角に集まって談笑する男性たちに視線をやると、彼らは愉快そうに笑った。
「なんだサフィラ。まだ諦めてなかったのか!」
「やめとけよ、ダンジョンなんか。お前が帰ってこなかったらクロエとリアナが泣くぞ」
「よく聞け、サフィラ。待ってる家族がいるってことは幸せなことで……」
「あーはいはい。おっさんの話はつまんないからもういいよ!!」
サフィラがもう結構、というように腕を振ると、彼らはまたげらげらと笑う。
「リアナに聞いたかもしれないけど、ここの冒険者ギルドに所属してるのってだいたい本業が別にある人ばっかりなんだよね。まぁ、私もそうなんだけど……。だからさ、わざわざ危険を冒してまでダンジョン攻略に行こうなんて人は滅多にいないんだよ」
なるほどな。そういう状況はわからないでもない。
以前の迷宮都市ではそれこそ冒険一筋ないかにもな冒険者が集まっていたけど、ここは違う。
ダンジョン攻略には常に死の危険が伴う。家庭や本職を持っている人であれば、わざわざそんなリスクを取らない選択も俺には理解できた。
「ここもギルドって言うよりはおっさんたちの集会所みたいになっててさぁ。もうちょっとなんとかしたいと思ってたんだよねー。迷宮都市の冒険者っていうならさ、ばしっとお手本みせてやってよ!!」
「まぁ、善処する……」
悪いがサフィラの期待に応えられるかどうかはわからなかった。彼女のいう「親父ども」にも彼らなりの考えがあるんだろうし、俺にどうにかできるとは思えないな。
だが、ダンジョン攻略となれば話は別だ。
ダンジョンと聞いて俺の中の冒険者魂がうずうずと疼いてきた気がする。
鋭くそれを察知したのか、セリスがまた釘を刺してきた。
「怪我が治るまでは安静だよ!」
「わかってるって。治ったらお前も一緒に行こうぜ」
そんなことを話していると、奥からリアナが戻ってきたのが見えた。
「サフィ姉、レヴァンさんとセリスさんに変なこと言ってないよね?」
「べっつにー。ただ一緒にダンジョン行こうって誘っただけ」
「えっ、ほんとに行くの!? 危ないよ!」
「大丈夫だって! リアナは心配しすぎ! 二人ともダンジョン攻略の経験は豊富みたいだし、ザクザクお宝持って帰ってくるから待ってなって!」
ぽんぽんと宥めるようにリアナの頭を撫で、サフィラはにやりと笑った。
「じゃあ私先に戻ってるから。レヴァン、セリス、約束忘れないでね!」
約束なんてしてないんだが……と言う前にサフィラはまた物凄い勢いでギルドの扉を開け放ち去っていった。
その姿を見て、リアナが大きなため息をつく。
……でも、ダンジョン攻略に協力するのはいいかもしれない。
街を、パーティーを追放されたといっても、俺は今も冒険者だ。そこにダンジョンがあれば潜ってみたくなるのが性というものだ。
「もー、サフィ姉は……」
リアナは姉が出て行ったギルドの入り口を睨みながらぶつぶつと何やら文句を言っていたが、やがて困ったような顔で俺たちの方へとやって来る。
「あの、レヴァンさん、セリスさん。サフィ姉ってその、ほんとに言っても聞かなくて、夢中になると周りが見えなくなっちゃって……猪突猛進で突っ込んでっちゃうんです」
まるでどちらが姉か分からなくなるような口ぶりで、リアナは続ける。
「ダンジョン攻略も、行くって決めたらほんとに行っちゃうと思うんです。だからその……」
「……大丈夫だ。俺に任せろ」
胸を張ってそう告げると、リアナが縋るような視線を向けてくる。
その表情からは、無鉄砲な姉が心配でたまらないのがありありと読み取れた。
「自慢じゃないが、俺たち迷宮都市にいた時は結構優秀なパーティーの一員だったんだぜ? ダンジョン攻略なんて散歩みたいなものだ」
それは明らかに言い過ぎだが、今はリアナを安心させてやらなければならない。
「サフィラが突っ込んでくタイプなら俺たちがセーブしてやればいい。大丈夫だ、君の姉さんは無事に帰ってくる」
サフィラのあの様子だと、彼女は遅かれ早かれダンジョンに突っ込んでいくだろう。
下手に止めるよりも、傍でサポートする方がいいはずだ。
リアナはぐっと何かをこらえるように唇を引き結び、俺たちに向かって深く頭を下げた。
「……サフィ姉のこと、お願いします」
「あぁ、任せてくれ。サフィラに伝えてくれよ。コンディション整えとくからお前は一人で突っ走るなってな」
何度も頭を下げるリアナに手を振り、俺とセリスは冒険者ギルドを後にした。
さて、これからは忙しくなりそうだ。
怪我を治して、感覚を取り戻しつつ小さな依頼をこなし、サフィラがしびれを切らさないうちにダンジョン攻略にも挑まなくいけなくなってしまった。
どうせ行く宛てもなかったし、しばらくはこの町にいるか……と考えた時、俺はどこかセリスがおとなしいのに気が付く。
「セリス? どうした?」
そう呼びかけると、俺の少し後ろを歩いていたセリスははっとしたように顔を上げる。
「ぼけっとしてるとこけるぞ」
「そんなことないよ! あのさ……」
セリスはどこか遠慮がちに、話を切り出してくる。
「ダンジョン攻略、行くんだよね」
「……嫌か?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど、その……」
セリスは何か迷っていたようだが、やがて上目遣いで俺の方を見上げた。
「心配なんだ。また、失敗するんじゃないかって……」
一瞬、セリスが何を言ってるのかわからなかった。
だが、すぐに思い当たる。
こいつが言ってるのは、宝箱の罠解除に失敗してトラップが発動してしまった時のことだろう。
実際にそのせいで、セリスは散々な目に合っている。心配になるのも無理はない。
でも……
「わっ!」
ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜるようにセリスの小さな頭を撫でると、セリスはぎゃんぎゃんと抗議してきた。
そんなセリスに真っすぐに視線を合わせ、はっきりと告げる。
「大丈夫だ。お前もサフィラも、俺が守る」
サフィラの実力がどの程度なのかはわからないが、少なくともダンジョン攻略に関しては初心者だろう。
セリスは優秀なシーフだが、戦闘よりも補助を得意としているし今は自信を失っている状態だ。
俺が、二人をしっかり守ってやらなければならない。
前のパーティーのリーダーだったエリックだったらこんな時なんて言うか……などと考えていると、俺は俯いたセリスがぶるぶると震えているのに気が付いた。
「セリス? どうし……うぉっ!」
顔を覗き込もうとした瞬間、セリスが俺の腹筋めがけて素早いパンチを繰り出してきた。
まさかそんなことをされるとは思っていなかったので、構えることもできずにもろにエルフパンチを喰らってしまう。
戯れ程度の軽いものだったが、まだ怪我が治っていない体には結構来るな……。
「おまっ、なにすんだよ!!」
「うるさいうるさい! レヴァンのばか!!」
セリスはぷりぷり怒りながら俺に背を向け大股で歩きだした。
……いや、あの声は怒ってるというより照れてる時の声だな。
だが……
「何に照れてんだ、あいつ……」
痛む腹を押さえつつ、セリスの後を追う。
原因にさっぱり思い当たらないまま、俺はほんのり赤く染まったセリスの長い耳を見つめていた。




