10 辺境の町イスティア
フィロメラさんの庵は町から少し離れた森の中にひっそりと建っている。
俺はセリスに体を支えられながら、ゆっくりと森の木立の中を歩いていく。
こうして触れ合うと、やっぱりセリスは小さくなったな……と実感する。
元々そんなに体の大きい方ではない、というかむしろ小さい方だったが、女になったことでまた一回り小さくなってしまったようだ。
ちらりと見下ろすと、綺麗な亜麻色の髪が頭頂部からゆったりと流れているのが見える。
なんていうか……俺の知ってるセリスなのに、何か違う気がする。
顔はそんなに変わらないし、性格もそのままだ。
それなのに……ふとした瞬間に、変わってしまったことを思い知らされる。
そう意識すると、途端に少し恥ずかしくなってきた。
触れ合った箇所から伝わる暖かさと柔らかさが……っていやいや何を考えてるんだ俺は!!
相手はあのセリスだぞ!?
「セ、セリス……もう一人で歩けるから大丈――」
「駄目だって! レヴァン昨日もこけてたじゃん!!」
残念ながら、一人で歩くお許しは出なかった。
どこか悶々とした思いを抱えながら、俺はできるだけ爽やかな森林浴に意識を集中させた。
◇◇◇
森を抜けると、ちらほらと建物の姿が見えてくる。
小さな片田舎の町、という言葉がぴったりな場所だ。
俺たちの故郷の村よりはよほど発展してるが、冒険者やってるときに拠点にしていた街に比べると比較にならないほど閑散とした場所だった。
ここが俺たちの目的地「イスティア」の町だ。
「えぇっと、食料と雑貨と触媒と……結構いろんなとこ行かないといけないみたい」
「触媒って……お前わかるのかよ」
「まぁね、最近はフィロメラさんの研究手伝ってたし。ちょっとは薬とかも作れるようになったんだよ!」
「マジかよ」
買い出しリストを眺めながら、セリスは得意気に笑った。
俺がリハビリに精を出してる間に、こいつは随分怪しげな研究に詳しくなったようだ。
とりあえずリストにあった雑貨屋に向かうと、恰幅のいい中年の男性が出迎えてくれた。
「なんだあんたら、賢女様の使いか?」
「賢女様?」
「もしかして、フィロメラさんのことかな?」
どうやらこの町ではフィロメラさんは「賢女様」とか「魔女様」とか呼ばれて中々慕われているらしい。
ドリンと名乗った雑貨屋の店主は、得意そうに様々なことを教えてくれる。
「医者が匙を投げるような病でも、賢女様に掛かればあっという間に治ったりするもんでなぁ」
「わぁ、すごいですね!」
「うーん……」
それは俺みたいにダンジョンで拾った怪しげな薬を使ってるんじゃ……と思ったが口には出さなかった。
世の中知らない方がいいこともある。
フィロメラさんの使いということで、随分と安くしてもらった。
店主ドリンは更に店の奥から美しく光る結晶のようなものを持ってくると、セリスに手渡した。
「ほら、美人なねーちゃんにはおまけだ!」
「え、美人? ええぇぇぇぇ!!?」
「はは……」
あたふたするセリスと、豪快に笑うドリンを見て、俺は乾いた笑いを浮かべることしかできなかった。
……やっぱり、世の中知らない方がいいこともある。
次に向かったのは、食料品店だ。
店に足を踏み入れると、店番をしていたらしい若い女性が顔を上げた。
「いらっしゃー……ってみない顔だね? 旅人さん?」
「まぁ、そんな感じかな」
怪我の療養中でフィロメラさんの所で世話になっていると説明すると、若い女性は納得したように頷いた。
「へぇ~、フィロ様のとこにいるんだ。大丈夫? 怪しい実験の材料にされてたりしない?」
「どうだろう……」
……もう手遅れな気がする。
俺の表情を見て何かを察したのか、女性は話を変えるように手を叩いた。
「あたしはクロエ。姉さんと妹と一緒にこの店やってるんだ。是非とも御贔屓に!……と・こ・ろ・で」
中々明るそうな女の子だ。……しかも、結構かわいい。
クロエは意味ありげに俺とセリスの顔を見回し、目を輝かせて口を開くと、
「二人は恋人? それとも夫婦? なんでこんなド田舎に来たの? もしかして駆け落ち!?」
そんな、とんでもない質問をぶちまけてきたのだ。
「ここ、恋人!? 違うよ!!」
「えっ、違うの? 種族違うし兄妹には見えないし……じゃあ何?」
「……俺はレヴァン。こいつはセリス。俺たちは幼馴染で親友だ」
経験を積むためにあちこちを旅してる、と適当な説明をすると、クロエは意味深に笑った。
「なーんだ、残念……でもないのかな? じゃあ二人ともフリーってことだよね!」
「はぁ?」
「セリスってすごい美人じゃん。こんな田舎だと中々お目に掛かれないし、外の人が来るのも珍しいし、そろそろ町の男どもが騒ぎ出すんじゃないかな~? それに……」
クロエはするりとカウンターから出てくると、俺の腕に腕を絡めてぴとりと体を寄せてきた。
「お、おい……」
「レヴァンみたいに強そうな男もなかなかいないし、町中の女の子に狙われちゃうかもね! ねぇ、彼女はいないんでしょ? 私なんてどう?」
「ク、クロエ! 駄目だよ!!」
何故か反対側の腕にはセリスがしがみついてきた。セリスは必死な様子で俺の体を引っ張ろうとしている。
その様子を見て、クロエはにやりと笑って腕を放す。
「はいはい、大丈夫だって。私、人の男には手を出さない主義だから」
「そ、そういうことじゃなくて……!」
「まあなんでもいいけど。そうならそうってちゃんと周りに言っといたほうがいいよ。……お互いにね」
クロエのいう意味はよくわからなかったが、俺はこの町ではモテるかもしれないと可能性に浮かれていた。
……いやいやいかんいかん。まず俺が第一に考えるべきは、セリスのことだ。
セリスはいきなり女になったことで、きっと俺が思う以上に戸惑っているし、混乱もしているはずだ。
同じパーティーのメンバーに襲われかけるなんてこともあったし、きっといろいろ苦労はあるんだろう。
俺は、そんなセリスを支えて、守ってやらなければならない。
他の女に現を抜かしている間にセリスに危険が迫る……なんてことはあってはいけないんだ。
俺はセリスに一緒に来ないかと誘った。セリスはその誘いを受けた。
だったら、俺にはセリスを守る責任がある。
もう二度と、マノスの時のような目には合わせたりはしない。
心の中で気合を入れなおし、頼まれた食料品を買い込み会計を済ます。
「そうだ。二人は冒険者なんでしょ? あたしの妹がギルドでバイトしてるから、寄ってってみたらどう?」
どうやらこの小さな町にも冒険者ギルドは存在するらしい。
俺は少し安心した。パーティーを追放されたと言っても、冒険者としての登録自体は抹消されていないはずだ。
だったら、この町のギルドでも冒険者として仕事はできるだろう。
クロエにギルドの場所を聞いて、食料品店を後にする。
店を出ると、セリスが遠慮がちに声をかけてきた。
「あのさ、レヴァン……」
「どした?」
「その、僕たちって……そういう風に、見られちゃうんだね……」
セリスは少し気まずそうにそう言った。
そういう風っていうのは……あぁ、さっきクロエに恋人とか夫婦とか言われたこと気にしてんのか。
俺とセリスはまぎれもなく親友だ。でも、はたから見れば二人で旅をしている年頃の男と女。
クロエのような勘違いが生まれるのも無理はないのかもしれない。
だがセリスからしてみれば、不本意極まりない状況だろう。
「別に、事実無根なんだから堂々としてればいいだろ」
「事実無根……そうだね……」
「言いたい奴には言わせておけばいい。俺とお前が親友なのは変わらないだろ」
そう言うと、セリスは顔を上げて嬉しそうに笑った。
ぐしゃぐしゃとその小さな頭を乱暴にかき混ぜ、俺たちは冒険者ギルドへと向かった。




