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1 親友が女になった件

「あっ、宝箱発見!」


 いつものようにダンジョンの攻略中、最初にその宝箱に気がついたのは、パーティー内でシーフを務めるセリスだった。


「よっしゃ、罠の解除頼むぜ! 失敗すんなよ!!」

「あはは、レヴァンじゃないんだから大丈夫だっての!」


 セリスは軽い口調でそう言うと、手早く罠の解除作業にかかりだす。

 他のパーティーメンバーも、それぞれ装備の点検を始めたり適当の雑談を交わしたりしている。

 セリスは中々腕のいいシーフだ。この中の誰もが、幼馴染の俺だってまさか罠の解除に失敗するなんて思っていなかった。俺も残りの傷薬の個数でも確認しようと警戒を解く。

 だが、その時聞こえてきた声に慌てて意識をセリスに戻す。


「ぇ、何これ……うわっ……!!」

「セリス!?」


 焦ったような声が聞こえ、次の瞬間、強力な魔力の気配がしたかと思うと宝箱の目の前にいたセリスが煙に包まれた。


「セリス、大丈夫か!?」


 とっさに近づき煙の中からセリスを引っ張り出す。

 そして、違和感に気づいた。


「え…………?」


 ぞろり、と長い髪の感触。

 セリスの背中を支えている俺の手に、何故か長い髪が流れ落ちている。

 ……おかしい、セリスの髪はこんなに長くなかったはずだ。


「おい、起きろ! セリ――」


 煙がはれ、くたりと目を閉じたセリスの姿があらわになる、

 その瞬間、俺は言葉を失った。


 それは、確かに俺が子供のころからよく知る幼馴染だった。

 亜麻色の髪も、エルフ族の特徴的な耳も、男にしておくのはもったいないくらい綺麗な顔もそのままだ。

 だが……髪が伸びている。

 いや、それだけじゃない。なんていうか全体的に小さくなったような気がする。

 そして何よりも俺の目を引いたのは、こんもりと盛り上がった胸元だ。


 いや……なんだこれ。


「セ、リス……?」


 呆然と呼びかけると、その声が届いたのかセリスがそっと目を開いた。


「ん、レヴァン……」


 聞きなれない、高い声。

 その声を聴いた時点で、俺の脳裏に嫌な予想がよぎった。



 もしや俺の親友は、トラップの効果で女になってしまったのではないか……!?



 ◇◇◇



「……ほんとに女になってた。……下も」

「うわっ、マジかよ!!」


 一人部屋から出てきたセリスは真っ青な顔をしていた。

 それも無理はない。いきなり男が女になるなんてとんでもない話、自分の身に起こったら冷静ではいられないだろう。


「……とりあえず、元に戻す方法を探そう」

「あぁ、わかった!」


 リーダーのエリックの提案で、俺たちは手分けしてセリスを元に戻す方法を探しに行くことにした。

 教会、魔術院、施療院、呪術庵……様々な場所を巡ったが、セリスを元に戻す方法は見つからなかった。

 ダンジョン内では予測もつかないことが起きるというのが常識だ。セリスは、未だ解明されていない謎の力で女に変わってしまったんだろう。


 だがショックを受けるかと思った本人は、驚くほどけろっとしていた。


「まぁ、ちょっと不便だけどさ、なんとかなるよ」

「お前は気楽だよなぁ……」


 俺は心配だったが、まあ本人が大丈夫そうならそれでいいだろう。

 だが、困ったのはセリスの行動だった。



「こら! そんなに足開いて座るな!!」

「うるさいなぁ」


「下着姿でうろつくなよ!!」

「別にいいじゃん。暑いし」


「帰りが遅い! 夜に一人で出歩くのはやめろ!」

「あはは、レヴァンお母さんみたい」



 セリスのアホは、まっったく女になったという自覚がなかったのだ……!

 まったく、少しは自覚を持って欲しい。

 実際に外を歩くとよく声をかけられるようになった。本人はげらげら笑っているが、俺としては全然笑えない。

 弟のように思っているセリスにもしものことがあったら……と思うと口うるさくなってしまうのも当然だ。


 セリスのしばらくの間は俺をはらはらさせ続けていたが、やがて自覚が出てきたのか少しおとなしくなった……ような気がする。

 そうなると俺も口うるさく言う必要もなくなって、俺たちの間柄はいつも通りに戻った。

 パーティーの仲間たちも最初は戸惑っていたが、次第にいつも通りにセリスを受け入れるようになった。

 例え性別が変わっても、セリスは俺の親友で幼馴染で同じパーティーの仲間だ。

 それは変わらない。俺はそう思っていた。


 ……きっと、そう思っていたのは俺だけだったんだろう。




 セリスが女になってしばらく経った頃、俺たちのパーティーは少し遠くまで足を延ばして出かけ、その日は野営をすることになった。

 そして、ふと気が付くとセリスがいなくなっていた。

 大丈夫だとは思うが、もしものことがあったら……。嫌な予感がよぎり、俺はセリスを探しに出かける。


 森の中をしばらく進むと、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「……いだろ。……んじゃ…し」

「――れ。……以上……と…………ない」


 あれは……セリスと俺たちのパーティーの仲間の一人、重戦士のマノスの声だ。

 その声を聴いてほっとする。セリス一人なら心配だが、マノスは俺たちの頼れる兄貴分。あいつがいれば大丈夫だろう。

 そう判断して踵を返そうとしたが、ふと足を止める。


「…当の……でも……くせに」

「だからって…………に……ろよ!」


 いつも通りのマノスに対し、セリスの方はどこか突っかかるような口調だ。

 ……大方、セリスの奴が何か変なことを言ってマノスを困らせているんだろう。

 とりあえず叱っておこう。そう考えため息をついた瞬間、聞こえてきた声に俺は焦った。


「やめっ……!!」


 それは、セリスの悲鳴だった。

 まさか、不意打ちでモンスターに襲われたのか!?

 とっさに剣を抜き、悲鳴の聞こえた方へと走る。


 そこで見たのは、想像もしない光景だった。



 マノスが片手で抵抗するセリスの口を塞ぎ、全身でその細い肢体を抑えつけるように地面に押し倒している。

 もう片方の手は乱暴な手つきでセリスの服を乱し、剥ぎ取ろうとしていた。

 ただの喧嘩やじゃれあいでないのは火を見るよりも明らかだ。

 ……直感的に、悟る。



 ――マノスが、セリスを……俺の親友を蹂躙しようとしている。



 俺は、そのありえない光景に硬直した。


「んん――!!」


 セリスが助けを求めるようにくぐもった悲鳴を上げ、必死に俺の方を振り返る。

 その瞳は、明らかな恐怖を宿していた。

 マノスは俺が現れたことに焦るでもなく、にやりと笑って口を開いた。


「なんだレヴァン。お前も混ざるか?」



 その瞬間、俺の中で何かが壊れた。



 ……その後のことは、よく覚えていない。

 気がつくと目の前には血まみれのマノスが転がっており、俺は他の仲間に押さえつけられていた。

 セリスは……泣きそうな顔で縮こまって震えていた。


 すぐに街に戻り、俺は一人狭い部屋に閉じ込められた。

 どのくらい時間が経った頃だろうか。

 部屋の扉が開き、現れたのはリーダーのエリックだった。


「もう少し遅かったら、マノスは死んでいた」

「そうか」


 そう言われても、何の感慨も湧いてこない。

 あいつが死ねばよかったとは思わないけど、俺はあの時ああしたことをまったく後悔はしていない。


「なあ、セリスはどうしてる?」

「ショックが大きかったのか、ずっと部屋に閉じこもってるよ」

「……そうか」


 そりゃあショックだよな。

 親友が同じパーティーメンバーを半殺しにする場面なんて、トラウマになってもおかしくはない。

 セリスには少し申し訳ないことをしたかもしれない。


「……君の処遇を伝えに来た」


 エリックが重い口を開く。

 俺はただ、ぼぉっとその言葉を聞いていた。



「パーティーから……いや、この街から出て行ってくれ」



 ……意外と、驚きはなかった。

 なんとなくそう来るかな、と、予想はできていたからだ。

 俺はマノスを、仲間を殺そうとした。

 追放程度で済むなら案外甘い処分なのかもしれない。


「…………わかった」


 全てに納得できたわけでもないが、そう答えるよりほかない。

 ただ、一つ心懸かりなのはセリスのことだ。


「なぁエリック、俺はお前を信用してる。だから……セリスのこと、気にかけて守ってやってくれないか?」


 エリックはいい奴だ。頼れる俺たちのリーダー。

 ……もう二度とこんな事態は起こさないだろう。


「……あぁ、マノスも君と同じように出て行かせた。他の奴も俺が見張っておく。セリスも、二度とこんな目には合わせないと約束しよう」


 エリックははっきりそう言った。

 その言葉に、ほっと胸をなでおろす。


「頼んだぜ、みんなによろしく。こんなことになって、ごめんな」


 そして、驚くほどあっさり俺はパーティーを追放されることになったのだ。



 ◇◇◇



 この街で過ごす最後の夜。

 俺は街はずれの安宿でぼけっと寝転がっていた。

 エリック以外の仲間には挨拶もしていない。まぁ……何て言っていいかわからないし、これでよかったのかもしれない。

 さて、明日からどうするか……これからの予定はまったくなかった。

 しばらくは自由気ままに旅をするのもいいかもしれない。

 明日は夜明けとともに街を出るつもりだ。うっかり寝坊してパーティーの奴らに遭遇するなんて真似は避けたい。

 そろそろ寝るか……とランプを消そうとした、その時だった。


 コンコン、と控えめに部屋の戸が叩かれた。


 なんだろう。宿屋の人が用でもあるのだろうか。

 何の気なしに戸を開けて、俺は驚いた。

 そこには、真っ黒なフードをかぶった小柄な人物が立っていたのだ。


「あの、部屋間違えてるんじゃ……うぉっ!」


 いきなり謎のフードに体当たりされ、バランスを崩し床に倒れ込んでしまう。


「たたた、なんだよ……ってお前っ!!」


 顔を上げて見えたのは、俺のよく知る顔だった。

 整った顔立ちに、特徴的な長い耳。

 それに、涙で潤んだ翡翠の瞳。


 倒れた俺にのしかかっているのは、俺の親友――セリスだった。


「……んで」


 セリスは泣いていた。

 想定外の事態に固まっていると、セリスは堰を切ったようにわめき始めたのだ。


「なに勝手に……出てこうとしてるんだよっ……!!」



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