トライフル
異世界キッチンが開店してから少しして。
最初の客であったダニーとコニーの宣伝もあり、少しだが客も増えた。
とはいえまだまだ客は少なく、長期的に見る必要がありそうだ。
そんな客を待っている正午頃、外が何やら騒がしい。
「はぁ、しつこいわね!」
「姫様!どこにいるのですか!」
「あー、もう!なんとかやり過ごせないかしら…」
「ん?そうだわ、ここに隠れましょう!」
どうやら姫様と呼ばれる女の子が何者かに追われているらしい。
彼女は店に駆け込んだようだが。
「なにここ、二重扉?まあいいわ」
「うわっ!?なんだ、ベルじゃない…驚かせないでよ」
「それにしても…ここなんなのかしら…見た事ないものばかり…」
「いらっしゃいませ!」
「うわっ!?人がいたの…通報されたりしないかしら…」
「えっと、キミ一人かな?」
「そうよ、それより匿いなさい、断ったら怒るわよ」
「そうは言われても…少し待ってて」
由菜が奥に入る。
とりあえずアヌークに相談する事にしたようだ。
「いらっしゃいマセ、お一人様デスカ?」
「もう一人いたのね、人に追われてるの、匿ってちょうだい」
「って言ってるんだけど…どうする?」
「クンクン、いい匂いがするわね、ここはなんなの?」
「ここは異世界キッチンデスヨ、レストランデス」
「レストラン?それって高級なんじゃない?」
「そんな事はないよね、それでどうするの?」
「なら甘いものをよこしなさい、お金なら少しだけど持ってるから」
「甘いものデスカ、なら由菜サン、席に通してあげてクダサイ」
「分かった、それじゃこっちにどうぞ」
「…とりあえず匿ってもらえたのかしら」
そうしてその女の子を席に案内する。
お酒などは飲めないだろうから、他の説明をする。
とりあえずセルフの水を説明して自分の席に持っていった。
ドリンクバーなども説明したが、よく分かっていない様子。
お金は少しだけど持っているそうなのでセットドリンクも頼んでくれた。
グラスにオレンジジュースを注ぎそれを飲みつつ甘いものを待っているようだ。
由菜はそれを見つつアヌークに相談していた。
いいお召し物を身に着けている事から、貴族か王族辺りではないかと見る。
「あの子どう見ても庶民とか平民には見えないよね?」
「そうデスネ、年齢的に14歳ぐらいだと思いマス」
「人に追われてるって言ってたから、誰かに追われてたんだよね」
「それか屋敷とか城から逃げたか抜け出して、バレたデスカネ」
「逞しいなぁ、でもどうするの?」
「放っておけば保護者側から来ると思いマスヨ、それに一応お客様デス」
「それはそうなんだけどさ、それだと下手なものは出せないんじゃ…」
「そこは私に任せておいてクダサイ」
「アヌークなら平気かな、私は適当に相手してるからね」
そうして由菜はその女の子のところに向かう。
一方のアヌークは甘いものをもう少しで完成させようとしていた。
「この飲み物美味しいわね、水もとても美味しいし」
「それはどうも、でもキミどこから来たの?」
「姫は子供じゃないから社会を勉強しにきたのよ」
「一人称が姫なんだ…やっぱりいい身分の人みたいだね」
「それにしてもメニュー拝見したけど、なんでもあるのね」
「そういうお店だからね」
「でもこの文字どこの国の文字なの?外国語は勉強してるけど、知らないわ」
「それは私達の国の文字だよ」
「だからその国ってどこよ」
「それは秘密だよ」
「なによ、ツレないわね、外国語の勉強として面白そうだと思ったのに」
「あと値段安くない?レストランでこの金額だと大赤字になるわよ」
「通貨レートと私達の国の平均的な物価を照らし合わせて決めた値段なんだけど」
「あんた達の国ってこんな安くご飯を出してるの?どんな物価してるのよ」
「高級料理ってわけでもないからね」
「ふーん、でもキカイまであるなんてお金持ちなのね」
「この国では機械は高級品なんでしょ」
「そうよ、隣国ではそれなりに生活に浸透してるけど、この国ではまだまだね」
「なるほど」
「由菜サン!トライフル出来マシタ!」
「あ、はーい!」
そうして由菜が甘いものを取りにいく。
アヌークが作ったものはトライフルというお菓子だ。
それはアヌークの母国イギリスのお菓子で、分かりやすく言うとパフェのようなもの。
この店のデザート類は多くがイギリスのお菓子を採用している。
イギリスはお菓子とアフタヌーンティーの国だ。
そのためお菓子やデザート類には事欠かない。
一方でメニューとして採用出来そうな料理には頭を悩ませた。
見た目の問題などもあり料理は最低限に留めたのだ。
この店の売りはイギリスの多様なお菓子と、様々な国の料理。
つまりイギリスの売りでもあるお菓子に重点を置いた。
料理はあくまでも和洋中を軸としたものを中心とする。
その一方でお菓子類はイギリスのものが多くある。
当然他にもイタリアのお菓子や日本のお菓子なども置いている。
だがイギリスの食べ物を採用する際にお菓子をメインに据えたのである。
「お待たせしました!トライフルです!」
「凄いわね…こんなもの本当にいいの?」
「ハイ、これでも銅貨6枚ぐらいデスヨ」
「…とりあえずいただくわ」
「どうかな?美味しい?」
「なにこれ…美味しいわ!甘いだけじゃなく、いろんな味がある…」
「クリームとベリー類、あとはコーヒーゼリーとかスポンジケーキなどを敷いてマス」
「器は大きいけど、どんどん入るわ!」
「食べるなぁ、お腹空かせてたのかな」
「女の子は甘いものが好きな人が多いデスカラ」
「甘いものは特別なのかな」
すると入り口のベルが鳴った。
お客かと思ったが、どうやら違うようだ。
「姫様!ようやく見つけましたよ!」
「うげっ!?イクスラ!」
「どちら様デス?」
「そこの姫様の従者のイクスラです、それより何をしているんですか!」
「何って、甘いものを食べてるんだけど」
「はぁ、えっと、ここのオーナーですか?」
「ハイ、オーナー兼シェフのアヌークデス」
「うちの姫様が迷惑を…お金は後日必ず支払いますから」
「あのねぇ、お金ぐらい持ってるわよ!」
「見た感じメイドロボかな?イヤーカバーしてるし」
「姫様!ご家族が心配しているんですよ!」
「何よ!外の世界を見たいって言ったら猛反対したくせに偉そうに言うな!」
「なんか大変デスネ」
「お転婆だなぁ」
「とりあえず帰りますからね!ほら!」
「待って、せめて完食してからにしてよ!」
「はぁ、なら早く食べてください」
なんか騒々しいうちにメイドロボのイクスラが姫様を叱っていた。
その姫様はマイペースにトライフルを完食して。
「お金なんだけど、これでいい」
「金貨…それだとお釣りでお財布が重くなりマスヨ」
「ならやはり後日支払いに伺います、おいくらですか」
「えっと、銅貨6枚…」
「分かりました、では後日また伺います」
「美味しかったわ、また食べにくるわね」
「姫様!」
「リピートしてくれるなら大歓迎デスヨ、寧ろまた来てクダサイ」
「だそうよ、イクスラ」
「はぁ、なら今度はきちんとご家族に許可をもらってからですからね」
「やったわ!」
「ではエトルセシア姫、帰りますよ」
「ええ、また来るわね、美味しかったわ、ありがとう」
そうして怒涛のうちに二人は帰っていった。
アヌークと由菜もその嵐のような二人にどこか楽しそうだった。
お転婆姫はどこの世界にもいるものだと少し微笑ましかった。
その一方でメイドロボがいた事から、話で言っていた隣国も気になっていた。
この世界には機械はあるが、この国ではまだそこまで浸透していない。
一方で隣国ではそれが発展しメイドロボを作れる程度の技術力がある。
少しこの世界の情勢を窺い知れたようだ。
そうして姫様が完食したトライフルの器を片付ける。
「姫様なら広告塔しては使えそうな気もしマスネ」
「アヌークは逞しいよね、ホント」
この世界は文明はそこそこ発展している。
だが国によってその差はあるようだ。
お客が増える事も考えつつお客に宣伝を頼むのである。