英国紳士の語り
おいおい、まじかよ。
教壇に立つ新しい英語の先生。
そこに立っているのは、シルクハットを被った英国紳士のような恰好をしたウィリアムズ・ターナーと名乗る男性。
こいつは、昨日、中古本屋の前で出くわした、あの英国紳士じゃないか。
なんでこんなところにいるんだ。
しかも、新しいこのクラスの英語教師だって?
こいつ、教師だったのか。
「どうやら前任の田中先生は一人旅へ行かれてしまったようだ。代わりにを私が授業をすることになる。みなさん、よろしく頼みます」
英国紳士は優しそうな柔らかい声でそんなことを言う。
クラス中がざわつきだす。
女子生徒が何人か黄色い声援をあげているのが聞こえる。
どうやら、クラスはこのウィリアムズ・ターナーと名乗る英国紳士に対して歓迎のムードのようである。
確かに、顔は小奇麗で優しそうな声をした、客観的に見たら素敵な男性である。
しかし、この顔と優しそうな声に騙されてはいけない。
この男は、あの狂人お爺さんとつながっている。
そして、あの本のことについて何かを知っているようである。
僕はこの男に対して警戒を忘れない。
「……ふむ、少しうるさいな」
英国紳士は小さくつぶやく。
そして、右手を無造作に上げる。
――――パチンッ
英国紳士は指を鳴らした。
なぜ、急に指を鳴らしたのだろう。
しかし、僕は遅れて気づいた。
先ほどまでざわついていたクラス内が一気に静かになったのだった。
静かというより無音である。
僕はどうしたのかと周りを見渡す。
「……!?」
僕は声も出せずに驚いた。
クラス中の生徒がみんな固まったかのように動かなくなっているのである。
「気づいたかい、本の発見者よ。一条進くんだったかな?」
教壇に立っている英国紳士が僕に向かってつぶやく。
周りの音が全くないためか、すごく通って聞こえる。
どうやら英国紳士自身は固まっていないらしい。
「お、おまえ、みんなに何をしたんだ!」
僕は狼狽気味に叫ぶ。
この異常な状況に対して混乱しているのである。
非現実的なことが目の前で起こっているのである。
混乱するなという方が無理な話であろう。
「君は私のことを「おまえ」と言うけれども、私は君に私の名前を伝えたはずだよ。それに私は今日から君の先生だ。敬意を持ってターナー先生と呼びなさい」
パニックに陥っている僕に対して、柔らかい声でニコリと笑いながら僕に言う。
ターナー先生だって?
そもそも、この男が本当に教師なのかすらも怪しい。
しかし、何をされるか分からない。
ここはおとなしく従うしかないのだろう。
「……た、ターナー先生」
「何かな?」
英国紳士はニコリと答える。
「この状況は一体どうなっているんですか?先生は一体何者なんですか?」
まだ混乱はしているが、落ち着いた声音で質問する。
昨日会った時のように答えてくれないかもしれないと思いながらも、つい質問をしてしまうのであった。
「進君は知りたがりのようだね。でもいいだろう。今日から私は君の教師だ。君の知りたいことを教えてあげよう」
相変わらずのニコリとした顔で英国紳士は言う。
「順番にこたえよう」
「まず、この状況は一体どうなっているのかという質問だが、これは簡単だ」
「私が私の能力を使って、このクラス内の君以外の生徒達の時間を止めているだけだ。結果、本の発見者である進くんと二人で話すことも出来たわけであるし正解だったよ」
英国紳士は淡々と僕に説明する。
能力だって?
生徒たちの時間を止めているって、なんでそんなことができるんだ。
非現実的な話しすぎて頭がついていかない。
しかし、英国紳士は考える時間を与えてくれず、ただ淡々としゃべり続ける。
「次に、私が何者かという質問について答えよう」
「君が分かるように簡単に言わせてもらうと私は天使だ」
英国紳士は表情を変えずに淡々とそう言った。
天使だって?
何を言っているんだこのおっさんは。
僕が知っている天使とは羽の生えた神の使いというイメージである。
この中年の英国紳士は自分がそれであると言いたいのであろうか。
痛い妄想も勘弁してくれと思いたいところである。
しかし、今現在、とんでもない能力を見せつけられている。
時間を止めるなんて普通の一般人にはできるはずがない。
だがもし、神の使いである天使であるというのであればそれができてもおかしくはないのかもしれない。
神というものが実在すればの話ではあるが。
「つまり、ターナー先生は、自分は神の使いで時間を止める能力を持っていると言いたいわけですか?」
「ああ、そうだな。その理解で構わないよ。現に時間を止めているわけであるからな。」
英国紳士は当たり前のような顔をして言う。
こうも当たり前のように肯定されると反応に困る。
本当に天使なのだろうか?
嘘をついているようには見えない。
「あなたが天使なのはわかりました。では、昨日の中古本屋はいったいなんだったんですか?」
英国紳士は「ふっ」と鼻で笑う。
「進くん、君はそんなことも知らなかったのかい?まぁ、知らないのも当たり前か、君はただの一般人なのだからねぇ」
英国紳士は僕のことを馬鹿にするように言って高らかに笑う。
なんなんだこいつは。
僕をイラつかせたいのか?
「しかし、進くん。繰り返すが、僕は今、君の教師だ。君が知らないことは教えなければならない。だから何も知らない進くんに教えてあげよう」
そう言って英国紳士は僕の方へと近づいてきた。
僕は全身を緊張させて警戒する。
「君は、あの中古本屋が何なのかを聞きたいらしいが、それについては君も知っていると思う。」
「あれは、ただの中古本屋だ」
英国紳士は僕に顔を近づけてそう言った。
なんだって?
ただの中古本屋だって?
しかし、あんなところに中古本屋なんてなかったはずである。なぜあそこに中古本屋なんてあったのだろうか。
「ただね、ただの中古本屋といっても、人間界の話ではない。天界に存在する一般的な中古本屋なのだよ」
天界。
初めて聞くワードである。
人間界と区別するということはそういう世界があるというわけだろうか。
そろそろ理解が限界なので、だれかにドッキリでしたとでてきて欲しいところであるが、そんな様子は微塵もない。
「天界の中古本屋がなんで人間界にあるんですか?」
自分でも何を言っているのかわからない。
しかし、僕は非現実的な話を全て受け入れたうえで質問する。
「いい質問だ」
「天界だけでなく私のように人間界で活動している天使もいるわけだ。その天使に見てもらうために、あの天界の中古本屋はあったというわけだよ」
「もっとも、あの店は人間には見えるはずがないのだがな」
英国紳士はギロリとにらみつけるように僕を見る。
僕は少したじろいでしまう。
しかし、ここでひくわけにはいかない。
「に、人間に見えるわけがないのなら、なんで僕はあの店に入れたんだよ!それにあの本は何なんだ!」
英国紳士に対して、僕のこれまでのストレスをぶつけるかのように叫ぶ。
それには英国紳士も不快そうな顔を見せる。
「あー嫌ですねぇ。これだから人間は。浅ましい知識欲が見え隠れしていて、本当に気持ちが悪い」
そう言って僕を軽蔑したような目で見る。
そして、不意に僕の机に掛けてあった、チャックの開けっ放しのリュックの中に手を勢いよく突っ込む。
英国紳士は、素早く赤い本を取り出した。
僕は驚いて目を丸くする。
「君があの店に入れた理由は調査中だ。そのために私はここにいるのだしね」
「しかし、この本が何なのかについては分かっている」
僕は緊張で手汗が滲む。
英国紳士は淡々と言った。
「この本は神様が創造した本。」
「つまり、神器だ」