お爺さんの語り
聞き覚えのある声。
屋上の入口を見やると、そこには中古本屋で襲い掛かってきたお爺さんが、学校の清掃員の恰好をしてたたずんでいた。
杖の代わりにモップを持ち、腰を曲げた白髪のお爺さん。
恰好は違うが、正真正銘、あの時の狂人お爺さんである。
なんでこんなところにいるのだろうか。
僕は、中古本屋での件を思い出し、パニックになる。
逃げなければ。
襲い掛かられるかもしれない。
しかし、入口はお爺さんにふさがれている。
他に出るところはないだろう。
まずい。
「ふぉっふぉっっふぉっ。そう焦るでないわい。わしはお前さんに襲い掛かるつもりはない。おまえさんと話をするために、ここへ来たのじゃ」
そう乾いた声で言う。
襲い掛かるつもりはないと言うが、昨日いきなり襲い掛かられた身である。
臨戦態勢は解くわけにはいかない。
いつでも素早く逃げられるように身構えながら、僕は口を開いた。
「話ってなんですか?昨日僕に襲い掛かってきたのを忘れたわけじゃないですよね?」
僕は少し怒気を込めて言う。
しかし、そんなことはものともしないような感じで、お爺さんは口を開く。
「いやはや、あのときはすまなかったのぉ。ああするしかなかったのじゃ」
お爺さんはまったく申し訳なさそうな顔はせず、無表情で謝ってくる。
ああするしかなかった?
つまり、襲い掛からざるを得ない状況だったということか?
どういう状況だよ。
「お爺さん。ああするしかなかったというのはどういうことですか?話が見えないのですが」
「ふぉっふぉっふぉっ。少し、長話になるがよいかのぉ?」
「……はい」
僕は二つ返事で答えた。
襲い掛かられるよりは、話をする方がましである。
そう思ったからだ。
「では、話すとするかのぉ」
そう言って、お爺さんはその場に腰を下ろす。
ゆっくりと口を開いた。
「もしかすると、あのターナーとかいう天使に説明されたかもしれんが、お前さんが昨日入った中古本屋は、天界に存在する中古本屋じゃ」
「それは、ターナー先生から聞きました」
僕は、英国紳士のことをターナー先生と呼ぶ。
しかし、お爺さんは、相変わらず表情なく笑う。
「ふぉっふぉっふぉっ。ターナー『先生』、か」
「お前さんは知らないかもしれないが、あの天使はお前さんを監視するために、この学校の人間を催眠にかけて、自分を教師だと認識するようにしてから、この学校にきておるぞ」
「なんだって」
催眠だって?
確かに、英国紳士と教室で会った時は、時間を止めるとかいう異能力を見せられた。
人間を催眠することが出来たとしても不思議ではない。
しかし、それはかなり怖い話である。
あの英国紳士には、その気になれば学校中の人間をどうとでもできる力があるということになってしまう。
そんな相手を『先生』と呼んでいるのは確かにおかしな話である。
「しかし、お前さんがあの天使をどう呼ぼうか、などというのはどうでもいいことじゃったか。それに、わしがここにいるのも同じような理由であるしな」
そんなことを何気なく言う。
つまり、このお爺さんも僕を監視するために、この学校にいるのだろうか?
なぜだろう。
「話を戻そうかのう」
「お前さんにわしが襲い掛かった理由じゃがのう」
「わしはすぐに、お前さんをあの中古本屋から追い出さなければならなかったのじゃ」
お爺さんはどこからともなく取り出した茶をすすりながら言う。
追い出さなければならなかった?
「どういうことでしょうか?」
僕は手に汗を握りながら聞く。
「ふむ、そもそもじゃな、あそこは天界の中古本屋であってだな。天使専用のお店であるわけで、人間が立ち入ることができる空間ではないわけなのじゃ」
「しかし、お前さんはあの中古本屋に立ち入ってしまったわけじゃ。それは本来はありえないことなのじゃよ」
茶をすすっているお爺さんの眼光が鋭くなる。
それは、あの英国紳士も言っていたことである。
どうやら、あの中古本屋は人間にみえて、しかも入ることが出来る場所ではなかったらしい。
では、なぜ僕は入ることが出来たのだろうか。
「そして、厄介なことに、お前さんが入ったのがあの中古本屋だったわけじゃ。あそこにはその本があったからのう」
その本と言うのは、僕が今持っている『人生攻略本』のことだろう。
神器。
神様が創造した本。
英国紳士はそう言っていた。
確かに、なんでそんなすごい本が、あの中古本屋にあったのだろうか。
天界では割と神器というものは出回っているのだろうか。
「この本ってすごい本じゃないんですか?なんであの中古本屋にあったんですか?」
「ふぉっふぉっふぉっ。もちろん、すごい本じゃ。世界に一冊しかない神様がお創りになられた本じゃよ」
「もちろん、あの中古本屋はボロくて、天使でさえもあまり来ない店じゃ。だがのぉ、だからこそ、神様はあの中古本屋に封印したと、昔おっしゃられておったよ。」
お爺さんは遠くを見るようにして言う。
僕はそれを聞いて疑問に思った。
「なんで神様はそんな本を自分で作っておいて、自分で封印したんですか?」
僕は、かしこまりながら質問をする。
当然の疑問である。
わざわざ自分で創っておいて、なぜ封印したのだろうか。
「良いところに気付きおるわい。」
「神様は気づいてしまったんじゃよ。この本が、もし人間の手に渡れば自分の力でも抑えきれないかもしれないとな」
なるほど。
それは納得である。
この本の力は強すぎる。
どんな願いを書いたとしても攻略法を教えてくれるのだとしたら、神様だって倒せてしまうかもしれない。
「そこで、神様は人間が絶対に入れない、あの天使専用の中古本屋に封印したのじゃよ」
「じゃあ、なんで僕はあの中古本屋に入れたのですか?」
僕はすかさず聞く。
英国紳士にあの中古本屋が天使専用の店と言われたときからずっと気になっていたことである。
しかし、お爺さんはお茶をすすりながら静かに言う。
「それは、分からないのじゃよ」
「は?」
思わず敬語が抜けた返事をしてしまう。
分からないと言われたらどうしようもない。
「それに関して調査に来たのが、あの大きな帽子を被った天使じゃよ。彼は、君がなぜあの店に入れたのかを調査するために、わざわざ、君の周りにいるというわけじゃ。」
そうだったのか。
そのために、わざわざ学校まで教師となってきているのか。
お疲れ様ですという感じだ。
「で、最初の質問に戻るわけじゃが」
「わしが、お前さんをあの店から追い出そうとした理由じゃがな」
少し間を空けてからお爺さんは話を続ける。
「お前さんが来て、あの本を視認したことで封印が解けてしまったのじゃよ。元々そういう仕掛けだったのじゃよ。」
「しかし、神様は用意周到な方でな、本が持ち出されないように、その封印が溶けたらすぐにあの建物ごと異空間へ飛ばしてしまう罠を仕掛けておったのじゃよ」
罠だって?
しかも、異空間!?
僕は危うく異空間へ飛ばされてしまうところだったのか……
「だがまぁ、わしの力でどうにかその罠の発動を遅延させたことで、お主を逃がすことが出来たし、儂も逃れられたたわけじゃがな」
老人は少しだけ口角をあげて笑ったように見えた。
「そういえば、今日朝学校に来たときは、あそこは空き地になっていましたけど、罠が発動したということですか?」
僕はふと思い出して聞いてみた。
「お前さんは、勘が良いのぉ」
「その通りじゃ。中の本達ごと全部異空間に送られてしまったわい!」
お爺さんは少し苛立った様子で言う。
よっぽど本が大事だったのだろう。
しかし、これで色々なことがはっきりしてきた。
「お爺さんが僕を襲った理由は分かりました」
「で、お爺さんはなんで、僕がこの本の力を使おうとしているところを止めたんでしょうか?」
先ほどから気になっていたことである。
僕が優衣と恋人関係になることはお爺さんの知ったことではないだろう。
なにか、この本を使うことにマイナスなことがあるのだろうか。
そして、お爺さんは神妙な面持ちで口を開いた。
「その本の力は悪魔の力でもあるのじゃよ」
それは、どこかで聞いたようなセリフだった。




