本の能力
神器。
神様が創造した本。
この英国紳士はそう言った。
つまり、この世界には神様が存在して、その神様がこの本を創造したということだろうか。
僕は、神様の存在を信じ切ることはできないが、英国紳士の言うことを必死に理解しようとする。
「もしも、神様がいたとして、この本をなんで創ったんですか。ただの白紙の本じゃないですか。」
僕は、質問する。
そう、もしもの話である。
そもそも神様なんていうものは人間が想像で生み出した産物であり存在はしないと思っている。
しかし、この人間には絶対に不可能だとも思われる、時間を止めるという能力を見てしまったからには、神様の存在の有無は置いておいても、この英国紳士は特別であるということを理解せざるを得ない。
周りの生徒達が絵画のように1ミリも動かないのが証拠である。
「ほほう、君は神様の存在を信じないのだね。まぁ、それに関しては、そのうち嫌でも信じなければならない状況になるだろうから、あえて私から言うことはないだろう」
「それで、この本がなぜ作られたかということについてだが、神様がこの本を創ったことに理由などは、ない。」
僕はポカンと口を開く。
ないと言われれば、それでおしまいである。
納得できないというような僕の顔を見て、英国紳士は顔をしかめる。
「当たり前だ。神様が行う創造は、いわば自然現象。自然現象が起こることに理由がないように、神様の創造に理由などないのだよ」
「つまり、この本は誰の作為にも関係なく、神様の創造によって生まれたものであるというわけだ」
なるほど?
少し納得できたような気がする。
そもそも、神様が存在するのかは定かではないが。
「ところで、君はこの『人生攻略本』のことをただの白紙の本と言ったね?」
「はい」
「つまり、君はまだ、この本の力を知らないということか。だが、この本が赤色なのから察するに、血は与えたようだな」
英国紳士は、本を見ながら言う。
どうやら、僕の血を本に垂らしたのは、お見通しらしい。
しかし、本の力とはいったい何のことだろうか。
僕は、なんとなく、今朝見た本の1ページ目を思い出した。
『あなたの人生の攻略法を教えます。あなたが人生でやりたいことを記しなさい』
そういえば、あそこに僕が人生でやりたいことを書いていたら、どうなっていたのだろうか。
ふと、僕はそんなことを思った。
「まさか、やりたいことを書いたら、本当に攻略法を教えてくれる本だとか言うんじゃないでしょうね?」
僕は、そんなことありませんよね?というニュアンスで恐る恐る聞く。
しかし、その質問に対して、英国紳士は不敵な笑みを浮かべた。
「なんだ、分かっているじゃないか。君が言った通り、「やりたいことを書いたら本当に攻略法を教えてくれる本」だ」
英国紳士はニコリとした笑顔でそう言った。
なんだって。
この本、そんなすごい本だったのか。
しかし、英国紳士の言う話が本当である確証はない。
「その話が本当なのか確かめたいので、何か書かせてもらってもいいですか?」
「ふむ、いいだろう」
英国紳士はあっさりと、僕に赤い本を手渡してくれた。
表紙には『人生攻略本』の文字。
机の上に置き、1ページ目を開く。
『あなたの人生の攻略法を教えます。あなたが人生でやりたいことを記しなさい』
血のように赤い文字でそう書かれてあった。
これを見るのは2度目である。
僕は机の上からボールペンを取り出す。
何を書こうか、それはもちろん決まっていた。
『クラスのみんなが時間を止められているのをなんとかしたい』
僕は本の1ページ目の白紙の部分にそのように書いた。
もちろん、英国紳士には見えないように、手で隠してである。
その瞬間だった。
僕が書いた文字の下に、赤い文字が浮かび上がった。
『目の前の男に「服にゴキブリがついていますよ」と服を指して言いなさい』
なんだこりゃ。
ゴキブリなんて英国紳士の服にはついていないぞ?
これが攻略法ってやつなのか…?
僕は半信半疑ではあるが、この本に従ってみることにした。
「服にゴキブリがついていますよ」
僕は書いてある通りに、英国紳士の服を指さして言った。
――――バタッ
僕がそう言った瞬間、英国紳士はその場で、何も言わずに倒れた。
よく見ると口から泡を吹いている。
どうやら気絶しているらしい。
おいおいまじかよ。
「ターナー先生!大丈夫ですか!!」
前の席に座っていた宗司が突然、叫ぶ。
そして、クラスの生徒達が倒れた先生に注目する。
教室内の静寂がなくなり、ざわつきだす。
よかった。
どうやら、本に願った通り、クラスの生徒達は皆、英国紳士の能力から解放されたらしい。
「おい進!なんでターナー先生がここで倒れてんだよ!さっきまで教壇の上にいたのに!」
宗司は先生を抱きかかえながら、僕に向かって真剣な表情で言う。
しかし、さっきまで、みんなの時間を止めていたのがこいつで、ゴキブリが服についていると言ったら卒倒したなんて言って、誰が信じるだろうか。
「僕も分からないよ。気分が悪くなったんじゃないかな。とりあえず、保健室へ連れて行こう」
「そうなのか!分かった!美咲ちゃんにターナー先生が倒れたこと言っといてくれ!」
宗司はそう言って英国紳士を抱えて保健室へ行ってしまった。
1限の英語の授業は自習となったのだった。
☆
昼休み。
僕は一人、屋上で弁当を食べながら赤い本を取り出す。
別に友達がいなくて、ボッチであるわけではない。
いつもであれば、悪友である宗司と教室で昼食をとるのだが、この本をみんなの目がある教室で開きたくなかっただけである。
それに、あの英国紳士もといターナー先生が言っていた通りならば、この本はやりたいことを書けば、その攻略法を教えてくれるという、いわば神アイテムなのである。
まぁ、本当に神様が作った本らしいがそれは置いておこう。
なんでも願いをかなえるやり方を教えてくれる本があるというのであれば、それを使ってみたいと思うのは当然であろう。
それに、ターナー先生は気分が悪いと言って早退したらしい。
もう僕の周りに、この本のことを知る者はいない。
今がチャンスなのである。
僕は期待を膨らませながら1ページ目を開く。
「あれ?」
1ページ目には『あなたの人生の攻略法を教えます。あなたが人生でやりたいことを記しなさい』という一文だけが記されていた。
しかし、先ほど僕は、ターナー先生の時間を止める能力を解除するためにボールペンで『クラスのみんなが時間を止められているのをなんとかしたい』と下に書いたはずである。
だが、今見ている、1ページ目にはそれがない。
願いが解決すると書いた文章は消えるということだろうか?
流石は、神アイテムである。
ボールペンのインクですら消してしまうらしい。
さて、
前回の願いがかなった時から、僕はこの本に書きたいことがあったのだ。
それは、「唯我優衣と恋人になりたい」ということである。
もちろん、それがよくないことだというのは分かっている。
しかし、僕はこのままだと一生優衣と付き合うことはできないことは、なんとなくわかっていた。
僕は最低である。
僕が意気地なしなのを棚に上げて、こんな本に頼ってでも優衣と付き合おうとしているのだから。
そんなことは分かっている。
それでも。
それでも、優衣と付き合いたいのである。
優衣のことがそれくらい好きなのだ。
僕は最低な男になる覚悟を決める。
ボールペンの先を本につけた時だった。
「ふぉっふぉっふぉっ、それはやめた方がいいと思うがのぉ、若いの」
屋上の入口付近から聞き覚えのある渇いた声が聞こえた。




