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魔王は気まぐれに少女を救い、その少女は魔王を討伐を誓う

作者: 誠也

 この世界には主に二つの種族が台頭している。人と魔族だ。これらは不仲であり、争いが絶えない。一進一退の攻防で互いに世界の半分を領土とし死守していたが、新たな魔王の出現により均衡が崩れる。その圧倒的な力は人の突出戦力である勇者を塵芥の如く葬り、魔族に勢いを与えた。魔族の領土は日増しに拡大し、今では世界の八割を掌握するに至る。もうじき全てを手に入れようという魔族だが、魔族にもまた悩みの種がある。それは魔王だ。


 ー魔王城ー


「ガハハハ、よく来たな勇者ども、貴様達の命もこれまでだ、血祭りにあげよう、ガハハハハハハ。」


 玉座より立ち上がり見せる姿は凄まじい威圧感を放っており、部屋のおどろおどろしい雰囲気も混ざりその姿は正に恐怖を体現している。気の弱いものなら卒倒してしまうことだろう。


「・・・さすがです魔王様、勇者共も恐れおののくことでしょう。」


 側に控える魔物はその様子を見て拍手を送った。


「レーベン、もうこのリハーサルは止めにしないか?」

「何故ですか、魔王様の立派なお仕事ですよ。」

「何故と言うが、わしが魔王になってからというもの約千五百年、毎日毎日やっておるんじゃぞ。もう飽き飽きしたわ。」

「ですが、勇者が来たときにはビシッと決めた方がカッコいいでしょう。」

「そうじゃが、勇者は百年に一度くらいしか来んし、つい先日新しい勇者を倒したばかりじゃから当分暇じゃぞ。」

「・・・わかりました。新たな勇者が出現したという話を聞くまでリハーサルはお休みにしましょう。では失礼します。」


 レーベンは少し呆れた素振りを見せ部屋を出る。自分以外誰も部屋に居ないことを確認し、大きく両拳を振り上げた。これで面倒事が一つ減ったが、これで何もすることが無くなってしまった。事務処理等は全て部下に任せているし、今さら鍛えずとも勇者ごときなんとでもなる。ああ、暇じゃ、暇じゃ、暇じゃ、何か楽しいことは無いかのう。しばらく考えた後一つ思い付く。そうじゃ久々に城の外に出てみるとしよう。〝変身〟。みるみる体は小さくなり、五メートルはあろうかという巨体は人間の成人男性くらいへと変化した。ダボダボの服を脱ぎ、代わりに旅人の服に着替え、上から黒いマントを羽織る。後は小遣いにと金貨を数枚袋に入れ、これで準備は整った。せっかくじゃ、ちいと遠くまで行ってみるとしよう。〝転位〟。


 ーとあるのどかな村の外れー


 辺りは緑が広がり、膝ほどまで伸びた草が風を受け揺れている。城より西へ約二万キロ、こちらの方へ来るのも五百年ぶりぐらいであり、あまり記憶に無い。少しぶらぶらして、レーベンがうるさくならない内に帰るとするかのう。その場から見える小さな村に向け道なりに歩く。む、あれは何じゃ。しばらく進むと道の脇で人間の子供達が五人だろうか固まっているのが見えた。そして、その中心にいる子は蹲り、顔は半泣きとなっている。どうやらいじめのようだ。全く何処にでもこのようなことがあるものだ。


「これ、止めんか。」


 なんとなく不憫に感じたのか、わしはいじめを止めに入っていた。


「なんだよお前、入ってくんなよ。」

「いいから、聞かんか、な。」


 いじめっ子達に鋭い眼光を向ける。すると、それに恐怖したのか、一目散に走って逃げていった。やれやれ。


「お主も泣いておらんで、シャキッとするんじゃぞ。」


 そう言ってその場を立ち去ろうとしたとき、いじめられていた少女はマントを掴みわしの動きを止める。


「どうした、何かあるのか?」

「あ、あの、あ、りがとう。」


 少女は俯きながらも礼を伝えた。


「おう、どういたしまして。それじゃ行くからのう。」


 ぐぎゅるるぐ。奇妙な音が耳に届く。何じゃ、スゴい音がしたのう。少女を振り替えると両手で腹を押さえ顔を赤くしていた。


「何じゃ、腹が減ったのか?」


 少女はこくんと小さく頷く。


「飯を食いに行くか?」

「私お金が・・・。」

「よいよい、わしが出す。」


 少女に少し笑みが戻った。現金なやつじゃ、ハハッ。

 少女を連れて近くの村へと入る。しかし、そこは人間の村だ。わしは魔王で人間と対立しているが、この世にわしより強い者などおらんから、正直気にならん。もし攻撃しようものなら殺すまでじゃ。まあ今は人間に近い姿に変身しているから不審には思わんじゃろう。この村は農業が盛んなようで畑が多く見える、その雰囲気はのどかであり、すれ違う人々も穏やかな表情をしている。少女に飯を食べられる場所を尋ね、先導させる。たどり着いた食堂は、昼時を少し過ぎていたせいか、わしらの他に客はいない。席に座るとすぐに女性店員がメニューを持ってきた。ただその店員の顔が少し怪訝そうだったのが気になった。まあ、ボロボロの服を着た少女を連れた男が怪しいと思うのも無理はない。


「ほれ、好きなものを頼め。」


 少女は嬉しそうにメニューに目をやる。料理を注文し、それが届くと少女は勢いよく頬張った。幸せそうなその顔を見るとこちらも少し嬉しくなる。それにしてもこの娘、なぜ服はこれ程までにボロボロなのじゃろうか。先程のいじめだけではこんな風にはならんよな。相当お腹も空いている様子も含め、この娘の家はかなり貧しいのじゃろうな。まあ、わしの気にすることではない、そろそろ行くとしよう。


「金はここに置いておくから、ゆっくり食べるんじゃぞ。」

「ま、待って!」


 席を立とうとしたときだった。少女のどこか必死な声に、わしは動きを止めた。


「どうしたんじゃ?」

「あ、あの、わ、私を、買ってください!」


 な、何を言い出すんじゃこの娘は!


「あのなあ、それはお主が奴隷となるということじゃぞ。」

「わかってる。でも、私、お父さんもお母さんももういないし、頼れる人もいないの。」


 そういうことか、孤児であればこの状況も頷ける。


「教会には行ったのか?あそこは孤児の受け入れもするだろう?」

「教会もダメなの・・・。」


 何やら訳ありのようだ。


「どうして教会もダメなんじゃ?」

「それは・・・」


 少女は言いたくないのか言葉に詰まる。


「その子は呪いの子なんですよ。」


 先程メニューを持ってきた店員だ。


「呪いとは何のことじゃ?」

「その子はこの村の守り神を奉る聖域に無断で立ち入ったんです。その祟りを受けたのか数日後この子の家は火事になり、この子の両親は死に、この子だけが生き残ったんです。それからもこの子の周囲では奇妙なことばかり起こるんです。それでこの村の人間は祟りが自分にも及ばないようにこの子を避けてるんですよ。あなたもすぐ離れた方がいいですよ。」


 先程の店員の様子はそういうことか、やっと理解ができた。それにしてもそんなくだらんことでこの娘は虐げられておるのか。わしの魔眼で見てもこの娘に呪いなとかかっておらんことはわかるし、不運にも事故が重なっただけであろう。


「おい、お主、わしはお主を買わん。」


 少女は俯き悲しそうな顔をした。


「じゃが、わしと一緒に来るか?」

「あなた、私の話聞いてました?」

「ああ、くだらんことじゃ。」

「もう何があっても知りませんよ!」


 店員は怒り、店の奥へ入っていく。


「いいの?一緒に行ってもいいの?」

「お主がよければのう。」


 少女は泣きながらわしに抱き付いてきた。余程心細い思いをしていたのじゃな。それにしても不味いことをした、人間の子供を城に連れ帰ってはあやつが怒るじゃろうし、部下にも示しがつかん。他の村か町に行って引き取り先を探すのが無難だろうな。


「あの、私リリエル。おじさんの名前は?」

「む、わしか?そうじゃのう・・・アーサーということにしよう。」

「???」


 リリエルは不思議そうな顔をした。


「なに、気にするでない、わしはアーサーじゃ。」


 真の名を晒すのはやめた方がよい。何しろわしの名は世界にわし一人しか名乗っておらんからな。それにしてもわしを倒しに来た勇者の名から取るのは苦肉の策すぎたかのう、ハハッ。

 店を出るとリリエルに浄化魔法をかけた。リリエルの服や体についた汚れは落ち、先程より見た目に明るさがある。しかし、まだボロボロの服は目立つ。新しい服も買ってやるとしよう。先程の反応からしてこの村で買うのはあまり好ましくないかも知しれんな。


「リリエル、わしの手を掴むのじゃ。」


 リリエルは恥じらいがあるのかもじもじとしながら、わしの手を取った。〝転位〟。


 ーとある町の外ー


 目の前には小さな川が流れ、辺りに目を向けると石造りのアーチ橋と町への入口が見える。


「???」


 目の前の光景が変わったことにリリエルは戸惑っている。


「おっと、すまんな、今のは転位魔法を使ったんじゃ。」


 それにしても、ここも人間の小さな村があったと思っておったが、少し見ん内に変わったのう。以前見たときは先程の村と変わらないのどかさがあったが、町中活気があり、大通りに商人達の声が響いている。まあ、ここへ来るのも三百年ぶりくらいじゃし、ムリもない。さて、服を売っておる店を探そう。町の大通りを歩くと人間どもに奇異な目を向けられる。やはりボロボロの服を着たリリエルを見ればそういう反応も頷ける。まあ、少しの間じゃ気にすることではないな。


「そこの者止まれ!」


 声のする方を振り向くと鎧を纏った青年が立っていた。ここの兵士だろう。


「何じゃ?」

「それはこのリベイラルは奴隷禁止と知ってのことか!」


 どうやらリリエルの格好を見て奴隷だと思い込んでおるらしい。


「待て、こやつは奴隷では無いぞ。」

「嘘を言え!駐屯所まで来てもらうぞ!」

「嫌じゃ。」

「それなら実力行使させてもらうぞ!」


 こやつ面倒じゃな。


「貴様死ぬか?」


 腰に挿した剣に手を置く。


「アーサー待って!兵士さんも待って!」


 リリエルがわしと兵士の間に割って入る。


「アーサーは悪い人じゃないもん!私を助けてくれたんだもん!それに私奴隷じゃない!」


 リリエルの必死の叫びに兵士も驚き、矛を収めることができた様なので、わしも剣に掛けた手を外した。


「何も知らず失礼した。」

「なに、分かればよい。」

「しかし、その格好のままではまた疑われます。どうでしょう、服屋を案内しましょうか?」

「おお、丁度探しておったのだ。頼む。」


 兵士に案内された服屋は子供服から大人物まで取り揃えており、値段も手頃な庶民的な店だった。しかし、人間の子供の服なんぞどれがよいか分からんな。


「リリエル、好きな服を選ぶのじゃ。なに、金の心配はしなくてよいぞ。」

「いいのアーサー?」

「ああ。」


 リリエルは嬉しそうな顔をして子供服の棚に走って行った。ふふ、元気が出てきておるわい。


 ー一方その頃魔王城ではー


「魔王様!何処ですか!魔王様!」


 レーベンは焦っていた。魔王様のお部屋や心当たりを探すが姿がないのだ。全く何処に行ったのだか。


「失礼します。レーベン様、城中を隈無く捜しましたが魔王様は見当たりません。」


 ムムム、魔王様はやはり転位魔法を使って何処かに出られているようだ。くぅ、立場というものを考えた頂きたい。まあいずれ戻って来られるでしょう。そのときはしっかりと申し上げねば。レーベンは心に深く誓ったのである。


 ー再びリベイラルの町ー


「アーサー、どうかな?」


 リリエルはもじもじとしながら着替えた姿を見せる。白と赤の控えめな服はよく似合っていた。


「ふむ、いいのではないか。」

「ホント!じゃあこれが欲しい!」

「うむ。」


 これでもう奴隷などとは思われまい。さて、教会に連れていこうかの。


「これ、そこの店員の娘、この町に教会はあるか?」

「え、あ、はい、教会ならこのお店を出て右手に進むと見えてきますよ。」

「うむ。ではリリエル、行くぞ。」


 店を出て、聞いた通りに道を進む。しかし、横を歩いていたリリエルの足がだんだん遅くなりだした。


「どうしたんじゃリリエル?」

「ねえアーサー、さっき教会の道を聞いてたよね・・・。それって、私をそこに預けるってこと?」

「そうじゃが?」

「嫌!私、アーサーと一緒がいい!」


 リリエルの足が完全に止まる。


「それはムリじゃ。」

「なんで、アーサー一緒に居てもいいって言ったもん!」

「ああ、言った。じゃが、それはリリエルを預けられる場所に行くまでのつもりじゃった。」

「そんな・・・う、うえぇん!」


 泣きじゃくるリリエルの傍ら、わしは再び奇異の目を向けられる。はぁ、気まぐれに手を出したのが間違いだったかのう。ここで転位魔法を使いこの場から去ることもできるが、それでは取り残されるリリエルを気の毒に思う。人間なんぞ放っておいてもいいのだが、リリエルに対しては少し情の様なものが芽生えたかもしれんな。じゃが、決して城には連れ帰れん。わしが城に居らんことであやつは恐らく煩いだろうが、リリエルがわしを必要としなくなるその時までと城の外で共に暮らしてみるのも悪くはないかもしれんな。


「リリエルよく聞くんじゃ、わしはお主と一緒おることにする。じゃから泣くのを止めぬか?」

「ぐすん、ホント?」

「ああ。」


 泣き止んだリリエルはわしに力強く抱き付く。まだ会って間もないというのにえらく気に入られたものじゃな。城には一報入れた方が良いじゃろうか、いや、あやつがこのことを知れば問答無用でわしを連れ戻すじゃろう。黙っておくのが良いな。

 さて、城の外で暮らすとは決めたものの何も決めておらん。家を用意するのは当然として、リリエルの為にも人間の住む領域が好ましいだろうな。次に都市か田舎かだが、田舎にはリリエルが居た村のように祭り上げられている神の様なものやしきたりがありそうで面倒だ。偏見であろうが止めておくが吉であろう。人間の領域で都会と言えば何処になるのじゃろうか。


「また、あなたですか。」


 考えごとをしていると先程の兵士が現れた。


「何じゃまた何か用か?」

「いえ、先程男が小さな女の子を泣かせていると通報を受けまして。その、問題なかったようですね。」

「うむ、リリエルはこの通り泣き止んでおる。そうじゃお主、人間の住む都市の中で一番発展した所と言えばどこかのう?」

「え、そうですね、アーセナルですかね。」

「その都市はどの辺にあるのじゃ?」

「この町から馬車で東へ二週間くらいの所です。」

「そうか、すまんな。リリエル、そのまま掴まっておれよ。」


 馬車で二週間くらいと言えば約七百キロ、記憶に正しければあの辺りじゃな。


「あの、何を?」

「ああ、気にするでない。ではな。」


 〝転位〟。


 ー都市アーセナルのとある通りー


「わ!」


 通りを歩行していた男にぶつかる。男はそのまま倒れ込んだので、手を貸し起き上がらせる。


「おお、すまんな。転位する場所が悪かった。」

「イテテテ、もうびっくりしたぜ。気を付けてくれよ。」


 男はそのまま去って行った。

 石造りの家に囲まれ、遠くには高層の建物も見える。ここがアーセナルという都市か、なるほど先程のリベイラルより往来する人間の数も多い。発展した都市というのは間違いない様だ。では、学校を探そう。家も大切ではあるが、何よりリリエルをどの様に育てていくかが重要である。オーソドックスではあるが学校に通わせるのがリリエルの将来の選択肢を増やす上で一番だ。その為に家より先に良い学校を決めるべきである。道行く人間にこの都市で一番の学校場所を聞き、リリエルを連れて町を歩いた。しばらくして巨大な建物が姿を現した。それは城の様に見え、学校というには些か無理があると思うが聞いた場所の通りなので間違いないのであろう。校舎の前に着くと、丁度学校の鐘が鳴った。本日の授業の終わりを告げるものだったらしく、校舎から生徒達が出てくる。齢がリリエルと同じくらいの者も見え、リリエルにも友人ができれば良いなと思いが巡る。まあ、それはおいおいとして、今は学校についていろいろ聞かねば。校舎に入り、掲示されている案内を確認する。職員室は一階の奥の様だ。廊下や通りすぎる教室を横目に見るが特に傷んでいるようなものは無く、この学校の新しさが窺える。これも偏見であろうが新設の学校は歴史の浅いことから教育体制に不安を感じる。まあ、話を聞かない限りは何とも言えないが。職員室のドアを開け、中を覗く。教師が数十人それぞれの机に向かい作業をしておった。授業の準備であろう。わしは入口から一番近くにいる教師に尋ねた。


「すまんな、少し良いか?」

「はい、何でしょう?」

「実はこの子を学校に通わせようと考えているのだが話をさせてもらえんかのう?」

「そういうことでしたら、教頭の所に案内します。」


 教師の案内で職員室の奥へ。大きく立派な机が一般教師の机と区画を分け置いてあり、教頭のものだとわかる。そこに座るのは初老を少し越えたくらいの女性であった。


「初めまして当校へようこそ。私は教頭のアイリーンです。」


 アイリーンは立ち上がり握手を求めたので、こちらも握手を返す。


「わしはアーサー、この子はリリエルじゃ。こちらこそよろしくのう。」


 教頭の机の横の応接スペースに場所を変え話を進める。この学校は学年が八段階あり、通常年に一度学年が上がるが、場合によっては能力に応じた学年の配置となるようにもするそうだ。ここでは算術、読み書き、歴史、魔法、剣術を基礎から応用まで学ぶことができ、基本的に二年生で算術、読み書き、歴史を修了し、残りは魔法と剣術に当てるらしい。校舎が新しいことについては三年前に建て直されたばかりらしく、学校としては百年近く続いているそうだ。話を聞く限りここでも良い気がしてきたが、それだけでは決められない。リリエルの意見も聞かねば。リリエルは校内を見たいと言うので話を聞いた後は校内を見て回った。教室、図書室、修練場、食堂とどれも悪い印象はない。


「リリエルどうじゃこの学校は?」

「うん、私ここで頑張ってみる。」

「そうか、そうか。ではアイリーン教頭、入学の手続きをしたいのじゃが。」

「はい、喜んで進めさせて頂きます。」


 学校の説明は受けていたので、入学金を払い学生証を受け取るだけで手続きは終わった。リリエルの初登校は明後日から、それまでに住む場所を探すとしよう。今日はもう日が暮れていたので、宿を取り休む。学校に通えるのが嬉しい様でリリエルは学生証を抱いてベッドに寝転ぶ。しばらくして静かになったのを見て部屋の明かりを消した。


 ー一方その頃魔王城ではー


「魔王様はまだ帰られないのか!」

「はい、レーベン様、まだお姿が見えません。」


 待てども魔王様は戻らない。はぁ、あの方の放浪癖はどうにかならないのか。こうなればこちらから探しに行きますぞ。自室に戻り机に世界地図を広げる。〝探知〟。魔法により世界地図の一点が光る。その場所は魔王様の居場所を示すものだ。ここは城より西へ一万八千キロといったところか。ん、ここは人間の住む地域ではないか。まったく魔王が人間の町に入るなど酔狂なことをされる。〝変身〟。その身を人間の成人男性の姿へと変身させた。〝転位〟。


 ーアーセナルとある通りー


 町はすっかりと夜に染まり、人間の姿も僅かにしか見えない。意識を集中し魔王様の魔力を探る。抑えておられるが、間違いない、すぐ近くにおられるな。〝念話〟


『魔王様、魔王様。』

『ん、この声はレーベンか?見つかってしまったのう。』

『何を暢気におっしゃってるんですか、ここは人間の町ですよ。さあ、帰りますよ。』

『そうじゃのう、ちいと帰れん用ができてしもうたんじゃ、数十年後には戻るから待っておれ。』

『なりません、あなたは魔王なんですよ、部下共に示しがつかなくなります。』

『ムム、取り敢えず一年は待っておれ、その内になんとかする。』

『五日です。それでなんとかしてください。なんとかできなくても連れ戻しに来ますので。』

『強引じゃのう。』

『これでも譲歩してるんですよ。では。』


 伝えるだけ伝えた。では、こんな人間の町など早々に去ろう。〝転位〟。


 ーアーセナルのとある宿屋ー


 唐突に告げられるリミットの五日。あやつもけちじゃ、魔王であるわしの言うことも多少聞くところじゃろうに。今日リリエルに一緒に居ると伝えたばかりだが、あやつに見つかっては仕方がない、上手く別れる手筈を考えねばならんな。こうなればあやつにも手伝わせよう。


「アーサー、あのね。」

「どうしたんじゃリリエル、まだ寝ておらんかったのか?」

「うん、あのね、アーサー一緒に寝てもいい?」

「ああ、良いぞ。」


 暗がりの中いそいそとわしの居る布団の中に入ってきた。しばらくして寝息が聞こえてくる。ふふ、かわいい寝顔じゃ。別れるまでの間、できる限りこの子の側に居よう。リリエルを包み込むように眠りについた。

 翌朝リリエルよりも先に起きたわしはリリエルを起こさないようそっと体を起こした。いつもとベッドが違うからか肩が少し痛い。ベッドから降り大きく伸びをする。今日は家を探さねばならんが手持ちの金では足らんだろう。一度城へ戻るか。〝転位〟。


 ー魔王城自室ー


「魔王様よくお戻りになられました。」


 背後より声がする。振り向くと掃除婦が作業をしていた。


「うむ、またすぐに出る。わしが戻ったことはレーベンや他の者には黙っておれよ。」

「かしこまりました。」


 掃除婦を部屋から出し、部屋の書棚に隠されたスイッチを押す。すると書棚は横へスライドし、金庫が現れる。ダイヤルを合わせ金庫を開け中から金貨五千枚を出し、魔法の袋に入れた。これだけあればリリエルも不自由無く暮らせるであろう。〝転位〟。


 ーアーセナルのとある宿屋ー


「アーサー!」


 半泣きになったリリエルはわしを見つけると勢い良く抱き付いてきた。


「何処に行ってたの、私また一人ぼっちになるかと思って、ぐすん。」

「すまん、すまん、ちょっとこれを取りに行っててな。」


 魔法の袋を見せる。


「何、この小さな袋?」

「これは魔法の袋と言ってな、この小さな袋の中に無限に物を収納することができるんじゃよ。この中に今金貨五千枚入っておる。」

「金貨五千枚!そんな大金どうしたの?」

「なに、わしの小遣いの一部じゃ。」

「小遣いって、アーサーってとってもお金持ちだったんだね。」

「ふふ、そうじゃな。さて、朝食にするかの。」

「うん。」


 宿で朝食を取る際に、家を手にするには何処へ行けば良いか宿の店主に尋ねた。するとこの都市では政府が土地や建物を一括で管理しており、城の側にある役所にて空き家の紹介をしてくれるとのことだ。お腹を満たした後、役所へと出向く。目印の城は少し遠く見えるが腹ごなしには丁度良い距離であろう。たどり着いた役所は二階建てのレンガ造りの建物で、レンガの赤橙は暖かく洒落た印象だ。役所の中は幾つか窓口があり、住居を取り扱う窓口は右端から二番目であった。窓口に前の客は居らず、すぐに話ができた。職員に学校近くの手頃な家を尋ねると、二軒該当の物件があった。一軒は二階建て。一階に台所とトイレに部屋が二つ、二階には部屋が一つ。もう一軒は一階建て。台所とトイレはあり、部屋が二つ。いずれも学校から五百メートル圏内で距離としては問題ないが現物を見てから判断すべきであろう。職員と共に二軒の家を訪れるとやはり気付くことがある。まず一階建ての方だが、物はキレイであるが少々手狭に感じる。二階建ての方は、もう一軒のものと比べ一室は広く、庭に井戸もついていた。価格はやや高めだが二階建てのこちらの方が良いだろう。職員にここに決めたと伝え、住民登録と家の購入手続きを行う。


「リリエル、ここが新しい家じゃぞ。」

「うん!でもまだ何にも無いね。」

「そうじゃな、次は家具を揃えるかの。」


 次いで家具屋へと赴いた。ベッドやタンス、テーブルなどを購入し、転位魔法で搬入する。新居の二階はベッドを置き寝室に、一階の一室はダイニングとしてテーブルと椅子を配置、もう一室はソファーと低めのテーブルを置きリビングとした。その他生活必需品も道具屋で買い揃え、何も無かった新居は彩り、生活のできる環境となった。今日一日で金貨百十五枚を使ったが、残りも十分ある。今後リリエルが暮らす分には問題ないだろう。


「ふふふ。」

「どうしたんじゃリリエル?」

「なんだか嬉しくって。アーサーが新しい家族になってくれて、こんな素敵なお家に住むなんて、ちょっと前までだったら考えられなかったから。」

「そうか。」


 リリエルの頭にそっと手を乗せるとリリエルはわしの手を両手で掴みながらにこっとした。


「ねえアーサー、アーサーのことお父さんって呼んでもいい?」

「お主が呼びたいのならそうするとよい。」

「やったー!これからもよろしくねお父さん。」


 お父さんか、もうじき別れなければならないのが少々心苦しいのう。


 ー翌日ー


 今日はリリエルの初登校日。鞄にノートとペン、それから学生証を入れ、準備は万端。


「行ってきます!」

「うむ、気を付けてな。」


 リリエルが家を出てから少しして、こっそり後を追う。背の高い学校は家からずっと見えるため迷いはしないだろうが、初日はやはり心配になる。気配を消し、リリエルの後方二十メートル程をぴったりとついて行く。七分後リリエルは問題なく学校へ着いた。息をつき、胸を撫で下ろす。しかし、ここまで来ると授業の様子も見たいのう、アイリーン教頭に頼むとするかの。リリエルにバレないよう一年生の教室を迂回して職員室へと移動する。


「あら、アーサーさん、どうされましたか?」

「いやのう、リリエルのことが気になってしもうて、窓の外からでも良いので授業を少し見させてもらえんかと思うてな。」

「そういうことなら構いませんよ。一緒にいきましょう。」


 アイリーンと共にリリエルの居る教室の中庭側に回り、窓の外から授業の様子を見守った。授業の始まりに教師とリリエルが一緒に教室へと入る。リリエルは教師に促されもじもじとしながら自己紹介を始めた。初々しい姿に心の中で応援をする。自己紹介が終わると拍手が起き、照れる姿を見せながらリリエルは自分の席に着いた。席に座ると同時に右隣に座る女の子から声をかけられるリリエルは笑みを浮かべ、その様子にこちらも安堵する。それから慣れない様子ながら真面目にノートを取る姿をそっと見守った。一限目が終わるとクラスの子供達がリリエルを取り囲んだ。新参のリリエルに興味津々であれこれと質問を振りかけている様だ。これを機に友人ができるといいのう。


「授業が見れて良かった。アイリーン教頭礼を言う。」

「いえいえ、またいつでもいらしてください。」


 バレない内に学校を後にした。さて、あやつと打ち合わせでもするかの。〝転位〟。


 ー魔王城自室ー


 今度は誰もおらんな。集中し城全体の魔力を探る。あやつは自室か、〝転位〟。レーベンは椅子にもたれ掛かり何やら書類を片手に唸っていた。


「魔王様!お戻りになられましたか、もう用事の方は良いのですね。」

「いや、まだじゃ。レーベン、お主の手を借りたいのじゃが。」


 レーベンは少し不機嫌そうな顔をした。


「用事が片付くのであれば尽力しましょう。」

「うむ、では今回のことを話そう。」


 リリエルと出会い、一緒に暮らすと約束したことを伝えるとレーベンは呆れた表情をした。


「魔王様、あなたは本当に立場を考えて行動して頂きたい。人間の子供を救い、共に暮らすなど、他の者が知れば反乱が起きかねない事態ですよ。全く頭が痛くなる。」

「わかっておる。じゃからお主の手を借りたいとしよう言うのじゃ。」

「仕方ありませんね。今回の件が済んだらもう勝手なことしないで下さいよ。」


 あえて返事はしないでおこう。二人で良い策がないか思考を働かせる。数刻の沈黙の後、レーベンが切り出した。その案はわしが魔王ということをリリエルに伏せ、且つわしがリリエルのことを捨てたと思わせないものだった。やはりこやつは頭がキレるのう。


「では期日にまたアーセナルへ行き、念話を飛ばします。」

「うむ、よろしくのう。」


 〝転位〟


 ーアーセナルの家ー


 まだ日も高く、リリエルが帰ってくるまでまだ少しある。ただ待つだけでは手持ち無沙汰だ。そうじゃ夕食でも作ってみるとしよう。町の商業地区へ起き、食材屋を探す。でも何を作るかのう、料理なんぞ普段せんからな。


「お客さんどうされましたか?」


 店先で唸っていると食材屋の娘から話かけられた。


「いやのう、料理をしてみようと思ったものの今までやったことがなかったからのう、何を作れば良いのかわからなくてな。」

「そういうことなら私がレシピを教えましょうか?」

「おお、助かる。」


 店員の娘はペンを走らせる。料理のレシピが書かれた紙を受け取ると、その礼にと食材もその店で購入した。


「まいど。今後もご贔屓に。」

「うむ、またよろしくのう。」


 家に戻り台所に立つ。レシピのメニューは野菜炒め。豚肉、玉ねぎ、キャベツを適当に切り、フライパンで炒める。食材に火が通れば醤油、塩コショウで味付けをして完成。簡単そうだと感じたが、やってみると自分の手際の悪さが嫌になる。このままではと、リリエルの喜ぶ姿を思い浮かべ、美味しくするための手間という風に考えを切り替えた。不思議と悪くない気になってくる。

 できたことはできたが味見はしていない、どうであろうか。


「お父さんただいま。」

「おお、帰ってきたか。」

「何、いい匂いがするけど。」

「ふふ、わしが料理を作ったのじゃ。これから夕食にする、手を洗い椅子に座るんじゃ。」


 野菜炒めを皿に移し、テーブルに運ぶ。


「いただきます。」


 味は分からんが見た目は悪くない、どうかのう。リリエルの顔を窺う。


「うん、美味しい!」

「そうか、そうか、いっぱい食べると良いぞ。」


 うむ、良かった。あの娘に礼を言わねばな。


「リリエル学校はどうじゃったか?」

「まだ初日だけど楽しかったよ。あとね、隣の席のエレノアちゃんって子と仲良くなったの。」

「そうか、そうか。」


 食卓の対面に笑みが見える。その様子から息をつくと、わしも料理を一口摘まむ。ちと味が薄いか、しかしリリエルには丁度良い味付けなのであろう、このままの方が良いな。夕食の後片付けはリリエルがやってくれた。以前も家事手伝いをしていたようでなかなかに手際が良い。明日の朝食は自分が作ると張り切っていたので任せてみるとしよう。


 ー翌日ー


「お父さん起きて朝ごはんできたよ。」


 布団越しに叩いてくる。


「ん、今日は早起きじゃな。」

「へへん。さあ早く、早く。」


 リリエルに急かされダイニングへ行くと、テーブルの上に料理が並べられていた。玉ねぎのスープにスクランブルエッグ、トマトとレタスのサラダ。シンプルじゃが、いい見た目じゃ。


「ではいただくとするかな。」


 うむ、味付けは少し甘めだがなかなかにできておる。


「どうかな?」

「うむ、良いできじゃ。」

「ホント!良かった。明日からも作るからね。」


 朝食を食べ終えるとリリエルは学校へと向かった。今日は何をするかのう。そういえば越してきたもののご近所に挨拶してなかったのう。ここを離れる前にリリエルのためにも少しでも仲を深めるかのう。まずは右隣のお宅。住んでおったのはモニカという老婆であった。


「わしは娘のリリエルと隣に越してきたアーサーという者じゃ。これからよろしくのう。」

「これはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします。私、爺さんに先に逝かれて今独り暮らしなんですよ。よかったら娘さんとまた遊びに来てくださいね。」


 次は左隣。こちらは新婚夫婦、夫のレイと妻のイヴ。


「わしは娘のリリエルと隣に越してきたアーサーという者じゃ。これからよろしくのう。」

「こちらこよろしくお願いします。そうだ、アーサーさん、お子さんが居るんですよね。子育てってどんな感じですか?やっぱり大変ですか?実は私達ももうすぐ子供が産まれるんですよ。」


 イヴから少し食い気味に話を聞かれる。


「すまんな、わしも子育てを始めたばかりでのう、よくわからんのじゃ。リリエルは娘と言っても、孤児でな。つい先日引き取ったばかりなんじゃ。」

「そうなんですか、お互い子育て頑張りましょうね。」


 うむ、モニカもレイもイヴもなかなか友好的だのう。これであればリリエルが一人となっても助けてくれよう。さて、家事を済ませて夕食の買い物に行くとするかの。部屋の掃除や洗濯は浄化魔法を使い一瞬で終わった。今日の買い物も昨日と同じあの娘の店を訪れた。


「あ、お客さん昨日はどうでしたか?」

「うむ、お主のおかげで上手くいったぞ、礼を言う。それでなんじゃが、また料理のレシピを教えてくれんか?」

「任せてください。」


 今日もレシピをもらい、食材を買う。もうここは馴染みの店じゃな。ふふ、なんだかわし、人間の中に馴染んどるのう。千年程前は人間を嫌っておったが、強さを手に入れたからであろうか、あまり気にしなくなっておる自分を少し不思議に感じる。レーベンや部下には決して見せることはできんのう。


 ー翌日ー


 今日もリリエルが朝食を準備しておった。


「リリエル、ゆっくりしておるが学校はいいのか?」

「うん、今日は日曜日だから学校がお休みなの。」

「そうか、では一緒にどこかへ出掛けるか?」

「うん、行きたい!それでどこ行くの?」

「そうじゃな、まだアーセナルの町をよく知らんし、テキトーにぶらついてみるかの。」


 支度を済ませ、家を出る。するとモニカが家の前の植木に水やりをしておった。


「あら、アーサーさんおはよう。その子がリリエルちゃんね。私はモニカよ、よろしくね。」

「うん、よろしくねモニカさん。」


 リリエルは相変わらず人見知りなのかもじもじしておる。


「これからお出かけ?」

「うん、お父さんと一緒に。」

「それはよかったわね。気を付けていってらっしゃい。」


 リリエルと手をつなぎ町を歩く。緑豊かな公園、迷路のような住宅街、賑やかな商店街。見て回るだけでもリリエルはワクワクしている。が、疲れてが出てきたのか少し足取りが遅くなり出した。あまり長く歩き続けるのもリリエルにはしんどいかのう、少し休憩するか。近くに手頃なカフェを見つけ中に入った。

 ムムム、よく見ると店内は若い男女ばかりじゃのう、わしは場違いのような気がしてきたわい。


「どうしたのお父さん?」

「いや、何でもないぞ。ほれ、好きなものを頼のむんじゃ。」


 リリエルの手前そわそわするなどあまり情けない姿は見せられん。


「やったー!えーと、じゃあこのチョコレートパフェにする!」


 うむ。店員を呼び、チョコレートパフェとブレンドコーヒーを注文した。あまり待たずして注文の品がやってくる。リリエルが美味しそうに頬張る姿を横目に見ながらコーヒーをすする。明日にはこの子と別れねばならんのか、この子はどうなるじゃろうか、また出会った時のようなことにはならんで欲しいのう。カフェを出る頃には空はオレンジ色になり始めていた。帰り道、いつもの食材屋に立ち寄る。


「お客さん、今日は娘さんと一緒ですか。」

「うむ、リリエルと言う。よろしくのう。今日もいつもの感じで頼むぞ。」

「はいはい。」


 店員の娘からレシピを受け取る。ふむ、今日はハンバーグか。食材も購入し、家に帰る。夕食はリリエルと一緒に作った。リリエルのやつ、わしより手際が良いのう。出来上がりを見ると見た目にも差があり、わしらは笑いあった。見た目が悪くとも、味は申し分なく、満足できた。食べ終えた後にリリエルが「また一緒に作ろうね。」と言ってきたが、返事を濁すことしかできなかった。


 ー翌日ー


 リリエルを見送った後、レーベンがやって来た。


「それでは魔王様、計画を実行しましょう。」

「うむ。」


 レーベンは転位魔法で所定の場所に移った。わしも家を出て学校へ向かった。しばらくして町の上空で大爆発が発生した。その爆心地に姿を見せるのは本来の姿のレーベン。体長三メートルのバフォメットだ。


「聞け、人間共。我は魔王フェイリンザークである。今からこの町を我の支配下とする。死にたくなければ抵抗無く明け渡すのだ。」


 上空を見上げていた町の人々は事態を把握するとパニックとなっていた。わしは戦線に出ることはまずないからな人間共は本当の魔王の姿を知らんはず、じゃからレーベンの姿でも本当の魔王と勘違いするであろう。町の警備兵達が大砲や魔法などで迎撃を試みるが、レーベンにはまるで通用しない。レーベンは攻撃してきた兵士を問答無用で殺した。それがさらに人々を恐怖に包んだ。レーベンのやつは人間が嫌いじゃから、まあ仕方あるまい。わしは学校に着くとリリエルを探した。学校も恐怖で覆われており、生徒達は教室の中心で身を寄せあっておった。


「お父さん!」


 リリエルがわしを見つけ飛び付いてきた。


「おお、リリエル無事じゃったか。」

「うん、お父さんどうしよう・・・。」


 リリエルが怯えきった顔をする。わしはリリエルを頭に手を乗せた。


「安心せい、わしがなんとかする。」

「な、なんとかって。」


 リリエルをゆっくりと離し、校庭に出る。〝飛行〟。レーベンの所に向かう。〝念話〟。


『レーベン、準備は良いな行くぞ。』

『はい、魔王様、演技とバレないように派手にやりましょう。』


「なんだ貴様、我に楯突こうと言うのか?」

「うむ、この町は渡さんぞ魔王。」


 お互い上級魔法を連発し、戦いを派手に演出する。それを見ていた町の人々も自然とわしを応援しておった。戦いは遠距離の魔法合戦から魔法の剣を出し近接戦闘にもつれ込む。そしてレーベンを追い詰め、瀕死の状態に見せかけた。わしは決着が着いたかのように地上に降りる。すると人々はわしに近づき、称賛した。


「お父さんすごいよ!」


 リリエルが嬉しそうにわしに抱き付いてきた。わしもリリエルに笑顔を向ける。


「リリエル、離れるのじゃ!」


 リリエルを軽く突き飛ばす。リリエルがわしから離れたのを見計らい、レーベンがわしを攻撃する。その攻撃でわしは気絶した振りをした。レーベンが再び動き出したのを見た人々はまた恐怖に包まれた。


「はぁ、はぁ、おのれ人間め、我をよくもここまで追い詰めてくれたな。ふん、この町は後でも良い、まずこの人間だ。連れ帰りたっぷりと拷問してやる。ハハハハハ。」


 〝転位〟。わしとレーベンはその場から姿を消した。


 ー魔王城ー


「お疲れ様でした魔王様。これからは変なことはしないようにお願いしますよ。魔王様わかりましたか?」


 またあえて返事はしないでおこう。これでもうリリエルとは会えないのか・・・。そう考えると、胸に穴が開いた様な気がする。


 ーアーセナルの町ー


「お、お父さんが、う、うえぇん!」


 何で、何でお父さんが連れていかれたの。大好きなお父さんが居なくなる悲しみで涙があふれでて止まらない。周りの人達もどうしていいかわからないようで立ち止まったままだ。


「リリエルちゃん。」


 モニカさんが私に近づいてきた。


「リリエルちゃん、まだお父さんは殺された訳じゃないわ。それにあんなに強いお父さんじゃない、きっと帰ってくるわ。希望を持って。」


 そうだ、お父さんは魔王なんかにやられるわけない。きっと、きっと帰ってくる。いつ帰って来てもいいように私があの家を守るんだ。涙を拭い、モニカさんと家に帰った。

 それから一週間、一ヵ月、一年と待てどお父さんは帰って来なかった。その間に私の中の気持ちも、お父さんの帰りを待つのではなく、助けに行くという方向に変わっていた。お父さんを助けるにはあの魔王を倒さなければいけない。そのためにも強くならなくちゃ。それから学校の授業も魔法と剣術は特に力を入れて勉強した。だけどまだあの魔王を倒せる様な力は無い。そこで隣のレイさんがアーセナルで兵士をしているので頼み込んで私も訓練に混ぜてもらった。私以外は体格がしっかりした大人で、最初付いていくのは苦しかった。でも、お父さんを助けたいという一心で必死に体を鍛え上げていった。すると次第にその変化は目に見えて現れ始めた。まず大人の兵士相手の剣術の試合でも勝てるようになったのだ。十歳そこらの少女が成人男性を追い詰めていく様に誰もが感嘆とした。そうなると学校でリリエルに敵う者など居なくなり、通常八年かかる教育課程を三年で終える。卒業後騎士団への入団を斡旋されたがこれを断り、更に己を鍛えるため鍛練を続けた。そして十二才になった私は旅立つ決心をした。


「皆見送りありがとう、行ってきます。」


 モニカお婆ちゃんにレイさんにイヴさん、エレノア達が私の見送りに来てくれた。


「本当に行くのリリエルちゃん?」


 モニカお婆ちゃんは不安そうな顔を見せる。


「うん、お父さんをどうしても助けたいもん。」

「そう。家のことは私がちゃんと守っておくから、絶対に帰ってくるのよ。」

「うん、任せて。」


 腰には食料とお金の入った魔法の袋とここ数年愛用してきた剣を挿し準備は万端。目指すは東の端にあると言われる魔王城。お父さんと魔王はきっとそこに居るはずだ。たどり着くまでに時間がかかるからその間に更に鍛え上げて魔王を倒す。町の御者を訪ね、東行きの馬車に乗る。待っててお父さん。


 ー十日後ー


 馬車を乗り継ぎ東へ東へと着実に進む。馬車の長旅はお尻と腰にくるけど仕方ないよね。馬車の旅は穏やかなままその馬車の終点である町に着いた。


「ねえ御者さん、ここは何て町?」

「ここは鍛冶屋の町ベルンさ。」


 町を見渡すと至る所で金属を叩く人の姿が居た。これ全部鍛冶屋さんなんだ。町を歩く人は鎧を纏った戦士が多い。皆自分の装備を作ってもらったり、鍛え直してもらってるんだろう。私の剣も毎日手入れはしてるけど、けっこう長く使ってるし、一度見てもらった方がいいかも。でも先にご飯屋に行こう、お腹が空いていけないや。目についた食堂に入ると鍛冶屋と戦士達の汗の臭いで充満していた。うう、これはキツい、窓際の席にしよ。メニューを見ると客層に合わせてガッツリしたものが多く、値段も手頃だった。何にしようかな。


「何だとてめえ!」


 声のする方を向くと女の人が怒りを露にしていた。服装的に鍛冶屋っぽい。相手にしてるのはゴツい男の鍛冶屋だった。


「だからよう、お前のとこはもう店を畳んじまった方がいいって言ってんだ。」

「ぶっ殺す!」


 女の鍛冶屋は男の鍛冶屋に殴りかかる。男の鍛冶屋は避けながら更に挑発した。周りの人達もそれを見て変に盛り上がっている。なんか感じ悪いな。席を立ちゆっくりと近づく。テキトーにそこら辺に置いてある水の入ったコップを取り、男の鍛冶屋に中身をぶちまける。


「誰だ!ごふぅ。」


 男の鍛冶屋がこちらを振り向いたときには女の鍛冶屋が顔に一撃入れていた。そこからは次々と攻撃が決まり、男の鍛冶屋はノックアウトされた。


「ありがとな。」


 女の鍛冶屋が近づいてきた。


「別にいいよ、私もなんか感じ悪いなって思ってたから。」

「あたしラナ、よかったらなんか奢らせてくれ。」

「ホント!じゃあ遠慮なく。」


 一応違うお店に移動して、ラナにご飯を奢ってもらった。話を聞くとラナは十五歳なのに一人で自分の鍛冶屋を切り盛りしてるらしい。それも私と同じで両親を早くに亡くしてしまったからだそうだ。若い女の鍛冶屋というだけであちこちからからかわれてて、さっきのもよくあることなんだとか。


「何!魔王城に拐われたお父さんを助けに行くだって!そりゃ大変だ。よし、あたしにも手伝わしてくれ。」

「手伝うって、私に付いてきてくれるの?」

「ああ、なんかほっとけねえよ。」

「でも危険だよ、それにラナにはお店もあるでしょ?」

「いんだよそんなこと。」


 一緒に来てくれるのは嬉しいけど、ラナまで危険な目に遭うかもしれない。


「やっぱりダメだよ。」

「そうか、そこまで言うなら旅には同行しねえ。そだ、代わりにリリエルの剣を鍛え直してやるよ。」


 それならと、剣を鍛えてもらうために、ラナのお店に連れてってもらった。お店には完成した剣がいくつか置いてあった。それらの剣はどれもすごい物だって分かる。


「どうだい、すげえだろ、そこに置いてあるのは全部父さんが作ったんだ。自慢じゃないが父さんは町一番の鍛冶屋だったんだ。あたしはその父さんの技を一番近くで見て盗んできた。まだ父さんには及ばないが、自分の腕には自信がある。どうだい、リリエルの剣をあたしに預けてくれないか?」

「うん、ラナに任せる。」

「よっしゃ、請け負った。」


 私の剣をラナに預ける。ラナは剣を見ると目付きを鋭くさせ、軽く叩いた。


「感触から言ってダマスカス鋼を使ったものだな、使い始めて三年くらいか、手入れもされてるしなかなかの物だ。ただ切れ味が物足りない、そこをなんとかするか。」


 すごい、何も言って無いのに剣のことが分かるんだ。ラナは剣を熱い炉の中に入れ、しばらくして真っ赤になった剣を取り出した。剣を叩き、納得したところで水の中に入れる。刃を薄く砥ぐと刀身は光を増した。


「ん、上出来だ。ほらリリエル。」


 ラナから剣を受け取る。少し軽くなったかな、刃は前より鋭くなってる。


「ラナ、ありがと。」

「へへ。」


 ラナは照れ臭そうに鼻を擦った。お店の外に出ると暗くなっていたので宿を探そうとしたらラナが泊めてくれるというのでお世話になることにした。ラナとは話が弾んで夜遅くまで起きていた。翌日目が覚めたときには既に昼過ぎになっていたので、大分寝過ぎてしまった。これもラナっていう安心できる人が側に居たお陰かな。


「もう行くのか?」

「うん、あんまり長居はできないよ。」

「そっか、リリエル絶対帰って来いよ。」

「うん、また遊びに来る。」


 ラナに礼を伝え、ベルンを出発する。また馬車の旅だけど溜まっていた疲労は大分回復した。さあ、どんどん行こう。馬車を乗り継ぎ、二週間ほど経過した頃だった。私は人間と魔物の領地の境に着いた。そこは大きな川によって区切られており、両岸で人間側の兵士と魔物が砦を建て睨みあっていた。この先どうやって進もう。普通に川を渡っていたら、攻撃されそうだし。


「ふむ、何やらお困りですねお嬢さん。」


 声のする方を向くとこの場に合っていない黒ずくめにハットを被った男性が立っていた。怪しい、こういう人には関わらない方がいいよね。離れよう。


「ちょっとお待ちなさい。お嬢さんはあちらに行きたいのではないですか?」


 紳士は川の向こうを指し示す。


「あなた一体何なの、怪しい過ぎる。」

「おっとこれは失礼。私は名はギルバート、ただの紳士です。」


 怪しさが全く拭えない。


「で、その紳士さんが、何をしてくれるの?」

「私実は魔法を少々使えるのでお嬢さんを向こうに渡す手助けができると思いまして。」

「転位とか飛行とかってこと?」

「いえ、私が使えるのは認識阻害魔法です。相手から見えなくなるのでその間に向こう側に渡ってしまうのです。」

「どうせ大金を払えとか、他に変なこと言うんでしょ。」

「いえいえ、ただ私も向こう側に用があるので、よろしかったら途中までご一緒しないかと。」


 どうしよう、このままここで足止めされるのも嫌だし、怪しいけどこの人を頼ってみるしかないのかな。


「絶対に変なことしないでよ。」

「もちろんです。さあ、私の手を取って下さい。」


 紳士の手を取る。〝認識阻害〟。自分達が本当に見えなくなっているのだろうか。半信半疑だけど紳士は気にせず歩き出すので仕方なくついていく。川は私の腰くらいまでの深さで流れも穏やかなので渡るのは苦ではなかった。しかし、渡った先には魔物の砦があり、通り抜ける必要があった。濡れた滴が落ちるとバレてしまうので乾燥魔法で服を乾かせる。砦の中には魔物達が警備にあたっており、私達はその中を何事もないかのようにするすると歩く。本当に気づいていないようだ。砦を抜けしばらくしてから紳士は魔法を解いた。


「助かったわ、ありがとう。」

「どういたしまして。」

「じゃあ私行くから。」

「ちょっとお待ちなさい。あなたはどこまで行くつもりですか。」

「魔王城までよ。」

「お嬢さん一人では危険です。それならば私も同行しましょう。」

「えっまだついてくるの。」


 あっつい口に出ちゃった。


「ハハ、か弱い方をお守りするのも紳士の務めですから。」


 怪しいけど悪い人ではなさそうだし、まあいっか。でも私はそんなか弱い女の子じゃないよ。私は紳士の側面に素早く回り込み足払いをした。あれ、紳士が視界から消えた。


「少々おてんばですね。」


 後ろを振り返ると紳士がいた。


「あなたホントに何者?」

「ただの紳士です。」

「・・・わかったわ、私はリリエル、これからよろしく。」


 紳士はニコッと笑う。何者かはわからないけどこの際使えるものは使っておこう。

 魔物の領地に入ってからの旅路は思っていたより何もなかった。まあ、舗装された道を少し外れて歩いたり、魔物達の町や村を見つけたらなるべく遠回りをしたりと魔物との接触を避けてきたのだけれど。お父さんやお父さんを拐ったあの魔物を見つけるまでは殺られる訳にはいかないもんね。だからといってあまりに戦いを避けすぎるのもなまってしまうから、ギルバートに稽古をつけてもらった。この紳士ホント強くて、軽くあしらわれるけど、ギルバートに勝てるくらい強くならなくちゃお父さんは助けられないよね。さて、今日の晩ごはんの食材を探しに行こっと。


「ギルバート今日も勝負よ。」

「わかりました。ふふ、今日もリリエルさんの手料理が食べられるのですね。」

「何とでも言いなさい。今日こそ絶対私の方が大きいの仕留めてくるんだから。」


 晩ごはんの食材探しはギルバートといつも勝負をしている。より大きな獲物を捕らえた方が勝ちで、負けたら調理と後片付けをするというルールだ。制限時間は三十分。よーい、スタート。

 草原から森の中へ入り、ぐんぐん奥へと突き進む。鹿くらいいたら丁度いいんだけど。ん、ウサギか。勝負に勝つためにはちっちゃいけどまあいいや、取り敢えず確保しよ。〝氷結〟ウサギの足を凍らせ動きを封じる。近付いて剣を使いウサギを絞め、魔法の袋に入れた。よし次行こう。その場を去ろうとしたとき近くで葉が揺れる音がした。振り向くと大きな熊がこちらを睨んでいた。お、これは大物だ、絶対に仕留めるぞ。魔法を使うため一旦後ろに下がる。すると熊はうなり声をあげて前に倒れ込んだ。何ごと?背中をよく見ると剣が突き刺さっていた。


「よし、今日の晩飯ゲット。」


 熊の後ろから人間の男性が現れた。ということは熊はこの人が殺ったのか。でもどうしてこんな場所に?


「ん、君もしかして人間?」

「ベイリンどうしたの?」


 熊を倒した男の人の後ろからさらに二人現れた。その内の魔法使いらしき女の人が私のことを最初怪しい目で見ていたけど、持っていたペンダントを確認するとホッとした表情をした。


「あなたたちは人間なの?」

「そうだ、俺はベイリン。こっちの魔法使いの女の子がフィリス、こっちのゴツい戦士の男がロイってんだよろしくな。」

「こんなところで何してるの?」

「そりゃもちろん魔王を倒しに行こうとしてるのさ。そういうおちびさんも同じかい?」

「おちびじゃないもん、私はリリエル。私は魔王に拐われたお父さんを助けに来てるの。」

「何だって!」


 ベイリン達に詳しく聞かれたので、状況を伝えた。


「そうか、じゃあ俺達と一緒に行かねえか?行き先は同じだし、仲間は多い方がいいだろ?」


 う~ん、確かにそうだけど、ギルバートにも確認した方がいいかな。


「私も仲間がいるからちょっと相談させて。」

「わかった、俺達もその仲間に会ってみてもいいか?この魔物の領地内で人と会えるなんて滅多にないからさ、なんかこうワイワイしたいなと思ってさ。」

「うん、大丈夫だよ。」


 ベイリン達は嬉しそうだ。やっぱり敵地の中で味方が少ないってもの心細いよね。ベイリン達とギルバートとの集合場所に向かう。制限時間少し過ぎちゃったから心配してるかな。ギルバートは怪しいけどとっても優しいもんね。あっそうだ。ベイリン達に食材探しの勝負について話し、熊を皆で狩ったということにしてもらった。へへん、ちょっとずるだけどこれで今日はギルバートが食事当番だ。森を抜けると焚き火が見えた。ギルバートだ。


「リリエルさん、ちょっと遅いですよ。私ずいぶん心配しました。」

「ごめんねギルバート。でもね、すごいことがあったんだよ。ほら、この人達。」


 ベイリン達が出てくる。ギルバートの姿を見てちょっと驚いてる様だ。まあ、場違いな服装だし仕方ないよね。


「リリエル、そいつから離れろ!」

「何で?格好は怪しいけどギルバートは優しいよ?」

「フィリスのペンダントが反応したんだ!このペンダントは魔物に反応する代物なんだ!だからそいつは魔物だ!」


 え!咄嗟に後ろへ下がり、剣を抜いた。


「あなた誰!本物のギルバートはどこ!」

「お待ちなさいリリエルさん、私は本物のギルバートです。今まで話してはいませんでしたが私は魔物だったのです。」

「そんな、私を騙してたの?どこかに連れてって私を食べたりするつもりだったの?」

「いえいえ、私はそんなことはしません。そうですね本当のことを話しましょう。私はあなたをあなたのお父様のもとへ連れて行く手助けを頼まれたのです。」

「頼まれたって誰に?」

「それはお伝えできません。」

「何で?」

「それが契約だからです。」


 ギルバートが魔物だったなんて、でもギルバートは私を助けてくれたし、面倒も見てくれてる。私どうしたらいいの・・・。頭の中がごちゃごちゃしてきた。


「リリエル、こいつを斬るぞ!」

「私と戦う気ですか、あまり殺生は好かないのですが、むざむざ殺られる訳にもいきません。覚悟なさい。」


 ギルバートもベイリン達も既に臨戦態勢だ。待って、待って、皆待って。


「皆待って!」


 ギルバートとベイリン達の間に割って入る。


「私、ギルバートのこと信じたい。だから戦うのは止めて!」

「リリエルさん・・・。」

「リリエルそれがお前の選択なんだな、どんなことになろうと俺は知らないぞ。」


 ベイリンは怒ってその場を去っていった。他の二人も慌てて付いていく。ホッ、でもこれでよかったのかな。ギルバートがそっと私に近づき、優しく抱き締めてきた。


「リリエルさんありがとうございます私を信じたいと言って下さって。」

「だって今まで襲おうと思えばいつでもできたもん、それ以前にギルバートの方が強いもんね。それにほら手だってこんなに温かい。もうギルバートも家族みたいなもんだもん。」

「これは嬉しい言葉です。」


 ギルバートの目から涙が顔を伝う。ふふ、いつものポーカーフェイスじゃなくなってるよ。落ち着くと今日は一緒に晩ごはんの料理をした。料理のときにお父さんについて聞いた。詳しくは話せない様だけど、お父さんは生きていて今魔王城に居ることは間違いないらしい。よかった。なんだか今日のご飯はいつにも増して美味しかった。こんなことお父さんと一緒に料理したとき以来かな。ギルバートは家族だとしたらどこの配置かな。お父さんはアーサーしかいないから、ギルバートはお兄ちゃん、いや親戚のおじさん辺りかな、なんて。そう言えばギルバートに依頼した人って誰なんだろう。ちょっと気になる。まあ、そのうちわかるだろうし、ギルバートを信じたいって言ったんだもん待っておこう。

 翌日からも今までと変わりなく旅が続いた。


「ねえ、ギルバート、ギルバートってホントは何の魔物なの?」

「私はドラゴンですよ。」

「えっドラゴンなの、ちょっと見てみたい。」

「仕方ありませんね、あまり怖がらないで下さいよ。」


 〝変身〟。ギルバートは全長二十メートルくらいありそうな大きな緑のドラゴンとなった。わぁすごい、カッコいい。


「どうですか?」

「うん、カッコいいよ。ねえギルバートのホントの姿で魔王城まで飛んで行った方が早くないかな。」

「そうですね、今まではリリエルさんが怖がってはいけないと思い隠しておりましたが、問題なさそうですね。背中に乗って下さい。」


 ギルバートの背中に乗る。ギルバートの体温が伝わってきて温かくてなんだかホッとする。


「では行きますよ。」


 ギルバートは飛び上がる。わわわ、もうこんなに高く。そう思ったのもつかの間、ギルバートは少し羽ばたくだけでものすごいスピードで移動する。意外と背中は安定していて吹き飛ばされたりはしなかった。


「ねえギルバート、あとどのくらいで着くの?」

「五十分くらいですよ。」


 もうすぐお父さんに会えるんだ。お父さんに会ったら何から話そうかな、学校のことかな、友達のことかな。いや、そんなことはどうでもいいや、とにかくお父さんに会いたい。

 巨大なお城が見えてきた、あれが魔王城。ギルバートは城から少し離れたところに降りた。そして紳士の姿に変身した。


「リリエルさん、ここから先あなたにとってとても危険な領域に入ります。認識阻害魔法を使いますから、私から離れないで下さい。」

「わかったわ。」


 ギルバートと手を繋ぐ。〝認識阻害〟。魔王城の周りには城下町があり、繁栄している。ここが魔物の領地の首都だもんね。見かける魔物達は身なりがよく穏やかな印象だ。ギルバートを知る前は魔物は全て凶悪で遭遇すると襲ってくるイメージだったけど、今は魔物にも人間と同じ心を持ってるってわかる。それはつまり魔物にとっては逆に人間が凶悪なイメージを持っているという事で、私が見つかってしまうと排除しに来るだろう。だから今はギルバートの横でおとなしくしている。町を通り抜け魔王城にたどり着いた。近くで見るとさらに大きく見える。門をすり抜け階段を使いどんどん上へ上へと登っていく。ギルバートの足が止まる。そこは最上階の部屋だった。


「リリエルさん、着きました。」

「着いたってここ最上階の部屋だよ、魔王の部屋なんじゃ。」

「そうです。でも確かにお父様はここにいらっしゃいます。ご自分の目で確かめて下さい。」


 魔王の部屋にお父さんが・・・。ここまで来たんだ、ギルバートを信じよう。大きな扉をゆっくり開けた。そっと中を覗く。部屋の奥にある椅子に誰かが座ってる。!


「お父さん!」


 私は駆け出した。


「リリエル!」


 お父さんに飛び付いた。お父さん、お父さん、お父さん、ああ、お父さん。涙があふれでる。


「お父さん生きててよかった、会いたかった、ずっと会いたかった。」

「うむ、わしもじゃ。すまんなリリエル寂しい思いをさせてしもうたのう。」

「ううん、いいの。お父さんが居てくれればそれでいいの。」


 しばらくお父さんの温もりに体を埋めた。


「そうだ、この後ろにいるギルバートがね私をここまで連れてきてくれたの。」

「うむ、ギルバート礼を言う。」

「いえ、恐れ多いです。」

「じゃあ一緒にアーセナルの家に帰ろお父さん。隣のモニカお婆ちゃんも帰りを待ってるよ。」

「すまんなリリエル、それはできんのじゃ。」

「えっ何で!あ、あの魔王がお父さんを呪いか何かで縛ってるのね。私が倒してくるから待ってて!」

「そうではないのじゃリリエル。わしの本来の居場所はここなのじゃ。」

「どういうこと?お父さんも魔物だったってこと?私そんなこと気にしないよ。」

「よいかリリエル、よく聞くのじゃ、わしの真の名はヴィルヘルム・フェイリンザーク。魔王じゃ。」

「えっ・・・。」


 言葉を失った。魔王、お父さんが魔王。魔物が全て凶悪でないことは知ってる。でも魔王は長年人間を苦しめてきた存在。でもお父さんは私を助けてくれたし、とても優しかった。ちょっと頭の整理が追い付かない。


「言葉だけでは信じられんよな。わしの本来の姿を見せよう。」


 お父さんの姿がみるみる変わっていく。五メートル以上の巨体、沸き上がる筋肉、硬い皮膚、鋭い眼光。怖い。


「リリエルすまんな、騙すつもりはなかったのじゃ。じゃがお主のことを大切に思っておったのも本当じゃ。どうかわかってくれぬか。」


 お父さんは怖い姿からは想像できないような不安な様子を見せる。


「ううん、騙されたなんて思ってないよ。正直まだ信じられないけど、私はお父さんに助けられて、優しくしてもらったことは確かだから、お父さんが何者でも私がお父さんを好きなのは変わらないよ。」

「リリエル・・・。」


 お父さんが人間に近い姿になり、私を抱き締めてくれた。やっぱり温かい。


「でもどうしよう、モニカお婆ちゃんにはお父さんを絶対に連れて帰るって言っちゃたけど、魔王であるお父さんはあんまり人間の領地に居るのはまずいんだよね。私がこっちに住むのもちょっと怖いし。」

「そうじゃのう、わしはどっちでもいいんじゃが、レーベンのやつがうるさいからのう。」

「誰がうるさいんですか。」


 振り返ると魔物が立っていた。この声はあのときの。


「全く魔王様ときたら、人間と仲良くするなど他の者に示しがつかないとあれほど申し上げたのに。」

「わしの娘じゃ、大目に見んか。」

「なりません。即刻元の場所に帰してきてください。」

「むう、ケチじゃのう。」

「これでも譲歩してるんですよ。魔王様の娘ということでなかったら即座に首をはねてます。」


 首をはねるなんて聞き捨てならないな。やっぱり人間が嫌いな魔物もいるよね。


「すまんなリリエル、こういう訳じゃずっと一緒にはおられん。」

「うん・・・。」

「じゃが今度から一週間に一回は必ず会いに行く。」

「魔王様!」

「ええい、わしが魔王じゃ!ちょっとぐらいわがまましても良いじゃろう。」

「やはりここでこの人間の小娘の首をはねておくか。」

「レーベン殿お止め下さい。そんなことをすればどうなるかおわかりでしょう。」

「ギルバート卿までも肩を持つか、ぐぬぬ。ええ、ええ、わかりましたよ、もう勝手にして下さい。」


 レーベンは怒って部屋を出ていった。


「やったのう。」


 お父さんはにかっと笑ってみせる。


「うん。ギルバートもありがとう。」

「いえ、私は何も。でもリリエルさんがあまり長くここに居るのもよくありません。魔王様、転位魔法でリリエルさんを送ってきてはどうですか。」

「そうだのう、リリエル、帰るかのう。」

「うん。」


 お父さんの手を取る。


「じゃあねギルバート、大好き。」

「ほほ、これは嬉しい言葉です。ではお元気で。」


 〝転位〟。


 ーアーセナルのリリエルの家の前ー


 帰って来た、そうだ。


「モニカお婆ちゃん!」


 モニカお婆ちゃんの家のドアを叩くと中からモニカお婆ちゃんが出てきた。


「はい、誰ですか・・・リリエルちゃん!それにアーサーさんも!」

「へへん、ただいま。」

「まあまあ、なんてこと、本当に良かったわ。」

「わしがおらんかった間、娘が世話になったのう、礼を言う。」

「いいんですよそんなこと、二人とも無事に帰ってきたんですから。」


 モニカお婆ちゃんには心配かけちゃったな。でももう大丈夫だよね。報告が済むと、私とお父さんはいつもの食材屋へ。


「あ、リリエルちゃん、それにお客さんもずいぶんお久しぶりですね。」

「うむ、また前のように頼めるかのう?」

「もちろんです。えっとじゃあ今日はこれで。」


 店員の娘からレシピをもらう。ふむ、カレーか、なかなか良いのう。食材を購入し家に帰る。モニカが手入れをしていたのか家の中はきれいな状態だ。リリエルと一緒にカレーを作る。この感じ、久しいのう。


「いただきます。うん、おいしー。」

「そうだのう。良いできじゃ。」


 リリエルに合わせ甘めの味付けだが、ホッとする味だ。食事を終えるとわしは城へ戻ることにした。


「ではリリエルわしは城へ戻る。また近いうちに戻ってくるから待っておるのじゃぞ。」


 リリエルの頭を撫でる。


「うん、ずっと一緒にいたいけど仕方ないよね。お父さん、大好き。」


 リリエルがわしの頬にキスをした。ふふ。


「ではな。」

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