魔女裁判をぶっ飛ばせ! 美少女死神と美人魔女の間で揺れ動く童貞の俺!(プロローグ_2)
プロローグの続きがすごく気になる、先に読みたいという感想をいただきました(ありがとうございます!)ので、割り込み投稿することにしました。
(2016/12/03)
[プロローグ_2]
今はそんなことはどうでもいい。
ミレイユを生かすこと、理不尽な魔女裁判を乗り切ること、そして目の前の醜いブタ野郎を畜殺すること。
「せやな、しゃあないな。 ……この世にいない神んことは、信じんでもええよ」
ミレイユがやっと俺を見た。
まぶたの腫れ上がった真っ赤な眼をまっすぐ見つめ、俺は想いをぶつける。
「神のことは信じんでええから、 ……俺のいうこと、ちょっとだけ信じてくれへんか?」
「…………はい!」
「よっしゃ! ええか、よく聞けよ、ミレイユ……」
「……おおぉい、ヴォルフ殿ぉ、そろそろ始めていただけませんかねえぇぇ? 待ちくたびれましたぞおぉ?」
川岸の向こう側で退屈そうに異端審問官がぼやき、俺は怒鳴り返す。
「ああ、やったろやないか! 『魔女の疑いがあるものを川底に沈めよ、浮かび上がったものは魔女、水の中に居られたものは無実である』やな?」
「ぶほほほ! 覚えていただけましたかな?」
「何分や?」
「はあ?」
「何分水のなかに浸かっていたらええ?」
奴は胸元から砂時計を出した。
「ワタクシの手元にある『聖なる砂時計』の砂が落ちきるまで、ですからねぇ……」
「その砂時計は何分かかるんか聞いとんねや!」
「そうですなあ、だいたい五分といったところですかなあ~?」
事前に情報収集して把握していたことではあるが、あえて確認する。
砂時計が落ちるまで、五分 ……事前に調査していた通りだ。
実際に息を止めてみると、一分間でも結構苦しいと感じる。
普通の人間なら、二分間耐えられるものもほとんどいないだろう。
五分間も息を止めて水のなかにいて耐えられる人間など、常識の範囲内ではいないのだ。
現代のギネスブックには二十分以上息を止めた記録もあるのだが、そういう人間は特殊な訓練をしている。
いうまでもなく、これまで街外れで薬草を摘み、星占いばかりしていたミレイユが五分間も息をせずに水に浸かることなどできるわけがない。
……常識的に考えれば。
「その砂時計の砂が落ちるまで、やな? 俺がミレイユを水に浸ける、そのあとあんたが砂時計をひっくり返して、砂が全部落ちるまで水のなかに居れたら、ミレイユは魔女やない、無実やって認めるな?」
「はいはい、そーですそーですぅ、一度でも顔を出したら魔女ってことになりますけどねぇ、ぶひひひ!」
「連れて帰ってええんやな?」
「はあ?」
「その砂時計が落ちるまで、一度も水から顔を出さへんかったら、ミレイユは無実やから連れて帰ってええんやな?」
「ああ? 屍体を連れて帰るってことですかなぁ? けっこうですぞぉ、火葬でも土葬でも、ご自由にどおぉぞ! 」
「言うたな? ……自由になれるそうやで、ミレイユ」
俺は、ミレイユにそっと耳打ちした。
なるべく優しく、安心できるように心がけたつもりだ。
「ヴォルフさん、私は、」
「俺が言うた通りにせえよ? ええか? 一番あかんのは、怖くなってまうことなんや。 俺が合図するまで、絶対に顔をあげんなや?」
「はい!」
俺とミレイユは川岸を向き、俺は左手でミレイユの首筋あたりを掴み、右手はミレイユの肩を掴み、ミレイユの上半身をゆっくりと川面に沈めた。
川岸から見て、ミレイユは明らかに息をすることはできない状態だとわかるはずだ。
ミレイユの頭がちょうど水面に沈んだくらいのところで、俺は異端審問官に告げた。
「さあ! 砂時計をひっくり返せ!」
「ぶほほほっ、よいでしょう、よいでしょう!」
にやにやしながら異端審問官は砂時計を回転させた。
同時に、俺は自分の腰に下げた魔剣アゾットに、魔剣の柄に埋め込まれた宝石の中に住む使い魔『ミスター』に小声で命令した。
「……やれ、ミスター」
「Oh ……OK、Okey、オッケー欲情!!」
……先日、ローゼから譲り受けた短剣の柄には宝石が埋め込まれていた。
宝石にはアゾットと文字が刻まれており、これはパラケルススの剣だとわかった。
中世の秘術士パラケルススには色々な逸話がある。
座右の銘は『汝が汝自身でありえなくとも、別人になるなかれ』という文句であったこと。
医者であり占星術師であり、人類学者でも神学者でも神秘論者でもあり、秘術師でもあったということ。
そして、パラケルススが戦場から持ち帰った短剣の柄には宝石が埋め込まれており、その宝石の中に使い魔を飼っていて、気に入らない相手にはその使い魔を差し向けた、ということ。
なぜ彼女がそんなものを持っているのかはともかく、剣の中に住む使い魔と契約できれば、気に入らない奴に差し向けることも、水中であれこれさせることもできる…… ということだ。
俺は、短剣の宝石の中に住む悪魔『ミスター』と、ロクでもない代償を引き換えにして契約を結んだ……
ミスターは俺の呼びかけに応え、腰に下げた、水面に近い位置にある短剣の宝石から飛び出し川の中にそろりと入り、すばやく作業が終えると、ほとんど音を立てずにぬるりと宝石の中に戻った。
ミスターの動きは、川岸からは見えない。
……よしこれでいい。
右手でミレイユを軽く揺らし、準備ができた合図を送る。
川岸の異端審問官は、ちらりと砂時計をみた。
「さ〜〜て、まだまだ始まったばかりですぞぉぉ! ぶひひひ!」
流れる時間が異様に遅く感じられる。
川の水は冷たいのに俺は汗をかいていた。
目の中に汗が入ってしみる。
極度の緊張が汗を呼ぶのだろうか。
ミレイユはじっと動かない。
俺もなるべく動かず、大きく息を吸って、吐く。
まだか、まだなのか。
「おやおやぁ? 砂が半分くらいなくなりましたぞぉ? ぶひゃー! 頑張りますなあ、ぶひょひょお!」
体感では、もうとっくに五分ぐらいは過ぎたような感じがしていたのに。
まだ半分かよ、二分か、三分か。
悪態をつきたくなるが、今はじっと耐えるときだ。
見物人に視線をやると、泣きそうな顔でローゼがこちらを凝視している。
だから、そんな目で見るなって。
もう一度左手の位置を見る、 ……よし、大丈夫。
ミレイユも、よく頑張って耐えている。
「ぷふふふう、もう少しで砂がなくなりますぞぉ、おっとこれはぁ! ……一度も顔を上げずに窒息死したってことですかなあ! ぶひゃー! ぶひゃひゃっはー! すごい、すごい死に方ですぞぉ! こんな死に方、はじめてみましたぞおおおおっ!」
感極まった豚野郎が、大喜びして手を叩く。
見物人達は皆一様にこわばった表情で異端審問官とこちらを見る。
そろそろ砂が落ちきる頃合いのようだが、絶対にヘマはできない、念には念を入れる。
「異端審問官殿! 砂はまだか! まだ残っているのか?!」
「ぷふふっ、ぷふーぅっ、 ……あー? 砂? 砂ねえ? えーっと」
うすのろ野郎、早くしろ早くしろ。
「おーっとお、いつのまにか砂が全部落ちているじゃあないですかあ! ぷふぉー!」
「砂時計の砂が全部落ちるまで、ずっと水ん中に顔つけとった、ほなこの女、ミレイユは魔女やない、無実やって認めるな?」
「あーはいはい、認めますぞぉぉ、いや〜残念残念、その女は無実でしたかあ、それにしても、なかなかすごい死にっぷりでしたねぇ! ぷひひぃぃ!」
「……無実やて? よおぉし、なら、 ……そろそろ顔あげようか! なあ! ミレイユ!」
わざと時間をかけて大声をあげ、充分に間を置いてから、ミレイユの上体をゆっくりと起こした。
「げほっ、げほっ」
「……よう頑張ったな、 ミレイユ」
小さく咳き込んだミレイユは無言のまま俺の胸の中に倒れこんだ。
緊張の糸が、切れたのかもしれない。
冷たい川の水に頭の先まで浸かっていたが、抱きかかえたミレイユは暖かく、そして柔らかかった。
自力で歩くのは困難だとすぐにわかったので、俺が抱き上げて川から出ることにした。
お姫様抱っこ、というやつだ。
歓喜と動揺でどっと沸く見物人の間から大きなタオルを持ったローゼが飛び出した。
鉄砲玉のように俺たちに駆け寄り、ずぶ濡れのミレイユに抱きついた。
「ミレイユさん! ……よかった!」
「ローゼちゃん、ありがとう、ヴォルフさんとローゼちゃんのおかげね」
「このタオル使ってください! あ、着替えも用意してあります! そんなボロい囚人服みたいなのじゃなくて! ちゃんとしたのを用意してますから!」
「あ、 ……そういえば、ヴォルフさんもだいぶ濡れました…… よね?」
「俺? ええねんええねん俺なんか! 濡れ濡れ大好きやから気にせんとき! なんやこんなときまで、そんな気配りせんでええって! ほんまに…… ええ娘やな、自分」
「ぶひょおおおおおおおわゎ?!?! ど、ど、どおして生きているんだぁああああ、その女はぁあああっ!!!」
歓喜の渦のなかの俺たち三人、驚き震え上がる異端審問官。
「どうしてもこうしてもあるかボケ! これで無実やとわかったな、連れて帰るで! ミレイユは!!」
まずは、プロローグがひと段落するところまで書きます。プロローグの3話は、2016/12/04中に公開予定です。