100メガショック! えっ嘘やろ、俺は死んじまっただ!?(1)
「私は死神です、亡くなったあなたの魂を迎えに来ました」
「なんて?」
「私は死神で、あなたはお亡くなりましたので、お迎えに来ました」
「なんていうた??」
「私は死神、あなたは、お亡くなりになりました」
「…………じぶん、いま、なんていうた?」
「ですから、私は死神で、あなたはお亡くなりになりましたので、死神の私がお迎えに来たんです」
意味がわからない。
俺は何か聞き逃してたのだろうか。
「…………自分が死神で、俺が死んだから迎えに来たいうところが、よく聞こえへんかったんやけど?」
「そういったんです! 全部聞こえてるじゃないですか!」
「よっしゃ、ええツッコミやな、センスあるで、自分」
なんだこいつ。
怒った顔でもとんでもなく愛らしい、ほとんど反則だ。
女芸人はブサイクな方が売れるが、これはこれで人気が出るキャラである。
…………いや、いやいや、そうじゃない。
俺は聞こえなかったふりをしたかったが、
「俺が? 死んだっていうたか?」
「は、はい」
「なんてこった、パンナコッタ。 だじゃれやでイマドキ! ………って! 言うてる場合か?!」
思わずギャグでごまかしそうになったが、笑えない冗談だ。
俺はこうして生きている、生きているから話もできるし、二日酔いでこんなに頭が痛いのも生きていればこそ………………
「……二日酔い、してへん?」
あれだけ飲んだら、絶対二日酔いしているはずなのに、全く気分が悪くない、頭のズキズキ感も、胃のモヤモヤ感も一切ないことに気が付いた。
無意識に顔に手をやり、別の違和感を感じる、眼鏡がない。
眼鏡なしには生活できないほど近眼なのに?
「眼鏡ないのに、モノが見えとる? なんでや?」
「お亡くなりになったので、肉体的な苦痛や病気から解放されたのですよ」
「近眼って病気やったっけ?」
「他にもかかっていた病気からも解放されているはずです、どうですか?」
「どうって言われても、俺、病気持ちちゃうしなあ……」
年寄りみたいに日常的にどこかが痛かったりすればわかりやすいのかもしれないが、健康診断の結果はそこそこ良好な方だ。
あと、フーゾクどころか、女性と交際すらしないので性病には絶対なっていない。
さすがにそれは、口に出せなかったが。
「俺はただのオタクやで」
「ではその、オタクという病気が治ったのでは?」
「アホか! オタクは病気ちゃうわ!」
「えっ? ご、ごめんなさいっ!」
デブに向かってデブ、ブサイクに対してブサイクというのは、お笑いでは日常的なやりとりのひとつであり相手を見下しているわけではない。
だから、どうあがいても言い逃れできないほど重度のオタクである俺に対して、オタクとかキモオタといってもなんら問題はないし、言われた俺も本気で怒りはしない。
ボケに対してはツッこまなければお笑いが成立しないからツッコミを入れるだけだ。
しかし、俺のツッコミに戸惑う少女の顔色を見ていると、オタクという言葉を理解していないようにも感じられた。
ちょっとやりにくい。
「……ま、趣味や好みの違うやつを見下したらあかんで、ろくな大人にならへんよ。 話本題に戻すけどな、死んだ言われても、全然実感ないで? 生きとるからこうしてボケたりツッコミ入れたり、面白おかしなことが出来るんやないか?」
「体の調子がいいだけでは、納得できませんか?」
「納得できひんし、実感もないなあ。 せや、俺が死んだって証拠はなんや? 足もちゃんとあるで?」
幽霊は足がないという俗説があるが、俺の足はある、二本とも。
もっとも、西洋でも中東でも幽霊は大概五体満足と考えられており、足がないと考えれている地域と時代の方が圧倒的に少ないのだけれども。
「では、脈を取ってください ……ここですわ」
彼女はひざを折って俺の前に座り、俺の両手を手に取り、右手の人差し指と中指を、左手の手首の付け根にそっと添えた。
細くて白い指は、すこしひんやりとして冷たい。
女子は低血圧なので手足が冷えるという都市伝説は本当だった。
短く綺麗に切りそろえられた爪は、ネイルアートなどの装飾は一切ないものの、綺麗に磨かれ、つやりと光っている。
なんだかすごく女子っぽい。
いいな、なんか、すごくいい……
「脈の取り方くらい知っとるけど ……あ? あれ??」
ない。
脈がない。
彼女の細くて白い指が押さえる俺の手指には、血管が収縮する動き、血液の流れが全く感じられない。
慌てて反対側の右手の手首も押さえてみる、やはり脈がない。
「ははは…… うそやろ? あ、あれー?」
自分の脈を測り、脈が弱くて生きてるか死んでるかよくわからへん、と叫ぶ。
よしもと新喜劇では、ここで観客が岡田さんを笑うのが定番ネタだが、今の俺には少しも笑えなかった。
「なんで俺、脈ないねん?」
「それは、あなたがお亡くなりになったからですよ、十字路巌さん」
死神と名乗った黒づくめの美少女は、本当に申し訳なさそうに、可憐に咲き誇る薔薇のように、俺に微笑んだ。