魔女裁判をぶっ飛ばせ! 美少女死神と美人魔女の間で揺れ動く童貞の俺!(プロローグ_9)
魔女というとすべて女性と思われがちで、事実魔女裁判で処刑されたのも圧倒的に女性が多かったものの、男性もいないわけではありませんでした。
ヴォルフが異端審問官を、異端審問官がヴォルフを魔女だというのは、そうした歴史的な事実を背景にしています。
ミスターはローゼの鮮血をショットグラスにすくうと、一瞬で俺の目の前に現れた。
口の周りを血で染めた紫色のニクいヤツは、めちゃくちゃ楽しそうに笑っていた。
『さあ飲め、サイコーにウマいゼ、兄弟』
ブラザー。
悪魔に兄弟と呼ばれた。
この血をなめればどうなるものか。
俺も悪魔の兄弟になってしまうらしい。
今日まではかろうじて人間のカテゴリーには入っていた俺は、ついに人間ではないナニかになってしまう。
でも関係ない、ローゼのためならなんでもする。
迷わず行くぜ、行けばわかるさ。
ローゼの流す涙が止まるなら異形にでも化け物にでもなってやるし、迷いも未練もない。
ないのだが、異端審問官の手下三人がかりで抑え込まれて身動きが取れない。
『動けねえのか? ヤレヤレ、だらしねえナ』
ミスターは、ショットグラスを俺の口に傾け、俺は濃厚な鮮血に目いっぱい舌を伸ばして、舐め取った。
舌いっぱいに広がる鉄の味。
咲き誇る薔薇のような可憐な美少女の血であっても、俺には普通の人間の血の味と違うとは感じられない。
酒だって、美味い酒をたくさん呑んで舌を肥やさなければ味の違いは判らない。
もっとたくさん美女、美少女の血を呑めば、そのうちわかるのだろうか。
このローゼの血が、サイコーにウマいということが。
「は? え? おい、ちょ ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ローゼの血を嚥下した途端、胃が熱くなり、背骨の髄に電流が走る。
何かを吐き出しそうになって歯を食いしばり、我慢できずに立ち上がる。
俺を押さえつけていた三人の男をそのまま跳ね飛ばした。
押さえつけられていたことすら忘れていた。
足の指先がピリピリする、ずっと正座したあと立ち上がったような感覚で、手先もじんわりと痺れるような痛みがある。
頭髪の毛穴が一気に開き、どっと汗が流れる。
胃からさらに下、臍の少し下の腹の中心が燃えるように熱い。
心臓の鼓動がどんどん早くなる。
「な、なんだこいつ?!」
「すごい馬鹿力だぞ!」
「邪悪な魔女め! ひっ捕らえてやる!」
俺に跳ね飛ばされた仮面をかぶった異端審問官の手下が、三人がかりで押し寄せる。
一番手前の手下に相対し、一歩踏み出して左フック。
驚くほど綺麗に決まり、左の拳にあごの骨が砕けた感触が伝わる。
鉄の仮面と数本の奥歯が飛んで行き、叫び声もあげずに血を吹いて倒れた。
死んではいないと思うが、数ヶ月は流動食しか食えない身体にはなったかもしれない。
この世界の病院に、流動食があるかどうかまでは知らないが。
軽く一歩前に踏み出し、二人目の手下に右のボディーブロー。
今度は肋骨を持って行った。
呻き声をあげ、その場にがっくりと倒れこむ。
身体中に力が満ち溢れる。
左、右、と拳を空に突き出す。
身体が軽く、そして柔らかい。
格闘技なんてやったことはないのに、この身体能力。
これが死神の血の力。
だが、強化されたのは身体能力だけではないと、本能が察してた。
それは……おそらく、魔力。
「おっ、オマエたちっ! 何をおそれているんですかねえっ! やりなさい、やりなさいよぉおおっ!」
異端審問官は仮面の手下たちをけしかけるが、俺を恐れて近寄ってこない。
「ブヒーッ! 魔女めっ! 憎たらしい魔女めえええっ!」
「なんや自分、まだわからんか?」
俺は短剣アゾットを抜いた。
ローゼとミレイユが俺を見る。
異端審問官は生きていれば生きているだけ害悪のあるクズ野郎だが、それでも斬れば俺は人殺しだ。
俺は一瞬だけ考えた。
『Hum、どうした兄弟? 怖気付いちまったのか?』
いつからそこにいたのか、肩に停ったミスターが俺を煽る。
アホらしい。
俺はもう、人間じゃない。
「俺は魔女ちゃうねん、魔法遣いや」
俺は魔力を込めたアゾットを水平に振り、異端審問官の首を刎ねた。
もう1話で、プロローグ部分は完結の予定です。