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オペレーション・ダウンフォール

先輩は、葉桜さんに厳しい視線を向けている。


「月島先輩の話を聞いていて思ったんですけど、その計画案にはいろいろと問題が多すぎると思うんです。絶対に成功しないと思います……」葉桜さんは申し訳なさそうに言った。


 ああ、この場に葉桜さんが居てくれてよかった。


 きっと僕一人だったら、先輩の強い口調と気迫に押されてしまって、反論もロクにできないまま恐ろしい計画案に合意せざるを得ない状況に陥ってしまったかもしれない。

 これは助かった。葉桜さんに救われた。本当によかった。


 ふふ、先輩。

 この場に葉桜さんを呼んだのは失敗でしたね。


「先輩が考えた計画案にケチをつけるわけじゃないんですけど……」

 葉桜さんは奥歯に物が挟まるような口調で言った。やっぱり僕と同じで、先輩に意見するのは怖いんだ。


「なによ! ケチつけてるじゃない!」

 先輩はイライラした様子で葉桜さんに食って掛かる。

「ちょっと先輩、葉桜さんを恫喝しないでください」僕は言った。

「は? 恫喝?」

「そうやって大声を出して睨み付けて反対意見を封じ込めようとするのはよくないと思います。そんな風に言われたら誰だって委縮してしまいます。意見を言うことだってできなくなっちゃいますよ」

 僕は葉桜さんを援護するつもりで言った。

「内海君……」


「ふん! 何よ、あんた達ずいぶんと気が合うみたいじゃない。普段はあんまり喋らないくせに、ここぞとばかりにこの私に意見するなんてさ。あ、さてはさっき私が下にコップを取りに行ってる時、二人で示し合わせて『月島先輩の計画案は棄却しようぜ』的な話し合いを設けたわね!」

「先輩、落ち着いてください。そんな話し合いはしてませんよ……」

 僕は先輩をなだめるように言った。

「私が将太朗のためにと思って考えてきた計画案だったのに、二人して文句ばっか言ってさ。そんなに気に入らないならもういいわよ。知らない! あんた達で勝手にすれば!」


 月島先輩は完全にふてくされている。


 こうして見ると、ふてくされている月島先輩というのも案外かわいい。

 だけど惑わされてはいけない。このかわいさの裏には恐ろしく凶暴な暴力性と狂気が潜んでいることを僕はよく知っている。

 このままふてくされている先輩を眺めているのも悪くないけど、このままじゃちょっと空気が悪い。

 僕は口を開く。


「先輩が言ったんですよ、これは会議だから皆で意見を出し合おうって。なのに自分の意見を拒絶されたからってふてくされてたら会議にならないですよ」

 務めて優しい口調で僕はそう言った。

「……」先輩は黙ったままだ。

「内海君の言う通りだと思います。とりあえず私の意見も最後まで聞いてくれますか?」

 葉桜さんが言った。


「……聞いてあげるから言ってみなさい」先輩が怒りを押し殺したような静けさで言った。

 葉桜さんがこちらを見る。僕は頷いた。


「月島先輩の計画案は問題だらけで、たとえこの計画を実行したとしても何の解決にもならないどころか事態はさらに悪化してしまうと思うんです」

 と、葉桜さんは言った。

 うんうん、その通りだ。


「……」

 先輩は頬杖を付き、黙って葉桜さんの言葉を聞いている。

 さらに葉桜さんは続ける。


「内海君をいじめる北条君と真弓田さんに暴力で訴える。いかにも月島先輩らしい見解だと思いました。決して馬鹿にしてるわけじゃありません。そこは誤解しないでほしいです。自分の後輩がいじめの被害にあっていると知って、力になりたいと言われた先輩の言葉には私も感動しましたし、そういう先輩を私は心から尊敬しています。私も自分にできる限り内海君に協力できればと思っています。でも、さっきも言った通りこの計画には無理がありすぎると思うんです。絶対に成功しないという確信があります」


 葉桜さんの喋り方は理論整然としていて、それでいてトゲがなかった。大好きな先輩のことを傷つけたくない、言葉の節々からそんな思いが伝わってきた。先輩は相変わらず黙って聞いている。


「先輩の計画案の問題点について、具体的にいくつか述べたいと思います。ちょっと長くなりますが、いいですか?」

 葉桜さんは僕と先輩に交互に視線を送って伺いを立ててきた。


 先輩は無言で頷く。

 僕も「どうぞ」と言った。


 さあ、葉桜さん。

 暴力に訴えるということが、いかに危険で浅はかな考えだということを、月島先輩に教えてあげちゃってくれ! 

 僕は心の中で葉桜さんにエールを送った。


「ではまず、第一の問題点から。北条君と真弓田さんを手紙で呼び出すという点です。いったいどのような内容の手紙で二人を呼び出すのでしょう。仮に、『大切な話があるから二人で四丁目にある廃工場に来てほしい』という内容で手紙を出したとしましょう。果たして二人はそれで誘いに乗るでしょうか? 私は乗らないと思います。真弓田さんとは違い、北条君はとても頭がいいんです。きっとその手紙の不審さに気づくと思います。それで北条君はどうすると思いますか? 手紙を無視するか、あるいは仲間を呼ぶのではと推測されます。もし、こちらで指定した場所に二人だけではなく、たくさんの人数で押し寄せられたら私たちが武器を装備していたとしても勝ち目はないと思います。第二の問題点は二人を呼び出す場所についてです。先輩は人気のない場所、例えば四丁目の廃工場がいい言いましたがあそこは危険です。先輩は知らないと思いますが、あそこはこの界隈の、いわゆる不良といわれるような人達や暴走族みたいな危険な人達のたまり場なんです。私は近所に住んでるので、その辺の事情はよく知っています。夜になるとよくそういう人達が騒ぎを起こしてパトカーがやってくるのを私は家の窓から何度も目撃しています。だから、二人を呼び出す場所としては適切ではないと思います。北条君や真弓田さんも、そういう危険な場所には絶対に近づかないと思うのです。次に第三の問題点についてです。二人を襲撃する際、こちらのパワー不足をカバーするために各自武器を用意しておくのがいいと先輩はおっしゃいましたね。確かに私も先輩も内海君も非力です。だからこそ武器の力を借りるというのは非常に合理的なアイデアだと思います。でも、そんな非力な私たちが上手に武器を扱えるでしょうか? 使い慣れている道具ならばともかく、のこぎりやハンマーなどこれまでの人生でほとんど扱ったことがないような道具を武器として戦闘で使用して、期待するような効果が得られるでしょうか。私には自信がありません。それに、戦闘に武器を持ち込むということは、相手に奪われてしまうという危険も孕みます。そうなってしまっては相手に恐怖を植え付けるどころか、逆にこちらが恐怖を植え付けられてしまいます。それでは意味がありません。最後に、第四の問題点です。これまでに私が指摘した三つの問題点の通り、成功する可能性はとても低いと言えますが、仮に先輩の作戦通りに計画を実行して私たちが戦闘に勝利し、北条君と真弓田さんに恐怖を植え付けることに成功したとします。問題はその後です。果たして彼らはそれでおとなしくなるでしょうか? 私はこの点、非常に疑問に思います。北条君はともかく、真弓田さんの性格を思い出してみてください。彼女はドッジボールの試合で自分の彼氏にボールをぶつけた内海君を逆恨みするような、非常に偏屈で悪辣な人間性の持ち主ですよ? そんな彼女の性格から推察して、必ず私たちに報復しようとするはずです。あるいは私たちがした暴力行為を学校あるいは警察に報告し、こちらが犯罪者として裁かれてしまうということも考えられます。そうなった場合、いま私たちがこうして話し合っているいじめの問題は解決するかもしれませんが、いじめとはまた別の、とても厄介な問題に直面することになってしまうのではと私は危惧しています」


 長いセリフを言い終えた葉桜さんは、テーブルの上にあった自分のコップを取り、ジュースを口に含む。そしてゴクゴクとジュースを飲み終え、満足げな表情で先輩にこう聞いた。

「以上四点が、私が気付いた作戦の問題点です。先輩、いかがでしょうか」


「う~ん……」

 先輩は目をつむり、腕を組んで何やら深く考え込んでいる様子。

 いま葉桜さんから指摘された自身の作戦の四つの問題点について、頭の中でひとつひとつ再考しているような感じだった。


「指摘されて初めて気付いたわ。確かに千尋の言う通り、私の計画は問題だらけでこれではとても成功しそうにないわね」

「先輩……」葉桜さんは安堵したように言った。


「さっきはごめんなさいね千尋。酷いこと言ったりして」

「いえ、もういいんです。わかってくれてよかった……」

「もし私と将太朗だけだったら、私は自分の作戦の問題点について気付くどころか、必ずうまくいくと盲進して強引に作戦を実行してしまうところだった。危なかったわ。やっぱり、この会議に千尋を呼んだのは正解だったわ」

「もう、そんなに褒めないでください……」葉桜さんは照れるように言った。



 何だろう、これ……。


 先輩は葉桜さんを称賛し、葉桜さんは照れている。

 そんな二人の様子を見ながら、僕は様々な感情が沸いてくるのを感じていた。

 困惑。驚愕。恐怖。


 月島先輩の後輩、葉桜千尋。

 僕は彼女のことを、どこにでもいる無口で、控えめで、人と関わるのが少し苦手な女の子――だと思っていた。

 でもどうやら、そうではなさそう。

 僕は彼女から、何か得体のしれない不気味さみたいなものを感じ始めていた。


「……」

 僕は葉桜さんに疑惑の目を向ける。

「内海君、どうしたの?」

 葉桜さんがこちらの視線に気づいて、きょとんとした表情でそう言った。

「いや、なんでもないよ……」


 何だかまずいことになりそうな予感がする。

 どうしよう……。


「あの、先輩」葉桜さんが言った。

「なに、千尋」

「先輩の計画案、いま私が指摘した問題点を踏まえてもう一度練り直してみませんか?」

「そうね。まず連中を手紙で呼び出すという点から見直してみましょうか」

「手紙で二人を呼び出すという点については、いいアイデアだと思います。問題はその文面です」

「怪しまれないような文面でなきゃいけないというわけね」

「はい。私考えてみたんですけど、例えばこういうのはどうでしょう――」


『愚かなる我がクラスメイト北条俊騎へ

 裁きの時が来た。君に一対一の決闘を申し込む。

 今日、午後六時に一人で某所まで来たれし。

 君に一人で僕と戦う勇気があるか? いや、おそらく無いだろうね。

 一人では何もできない臆病者め。

 優等生気取りのナルシストめ。

 正義の鉄拳でもって貴様の化けの皮を剝いでやる。

 些末な理由でこの僕をいじめたことを絶望の底で後悔するがいい。

 覚悟しておけ。


         断罪者 内海将太朗より』


「――このような文面の手紙を北条宛に送ります」

「北条のプライドを刺激するわけね」

「はい。彼は非常にプライドが高いので、それをうまく利用してみるのです。北条君は内海君のことを格下だと思って見下しています。そんな格下相手の決闘に、仲間をたくさん連れていくなんてことは彼のプライドが許さないと思います」

「それはわかったけどさ、でもこれだと真弓田はやってこないんじゃない? 私はむしろ北条より真弓田を痛めつけたいんだけど……」

「北条君は学校から帰った後、真弓田さんと二人で三丁目にあるカラオケボックスによく行くんです。その際、私がバレないようにこっそり付いて行って、カラオケボックスの店員さんに『この手紙を彼に渡してほしい』と頼んで、二人の元へ届けてもらうんです。店員さんから手紙を受け取った北条君はその場で開封し読み始め、当然、真弓田さんもその場にいるわけですから、どんな内容の手紙を受け取ったのか知りたがると思います。このように、北条君と真弓田さんが二人で一緒に手紙を見るという状況を作り上げるんです。手紙を見た真弓田さんは激高して必ず北条君に、私も連れて行けと同行を申し出るはず」

「なるほど……」先輩は感心したように言った。


「このような手筈で二人を呼び出すわけですけど、ここで第二の問題点です。二人を呼び出す場所について、これが重要になってきます」

「廃工場以外にどこか、人目のつかない襲撃に最適なスポットはないかしら」

「あります」葉桜さんは即答した。

「どこなの?」

「先輩もよく知ってる場所です。川浦小学校の裏にある雑木林です」

「あそこかぁ!」

「はい、あの雑木林なら人の目につきにくいし、距離的にも近いし、そこまで危ない場所でもないので北条君たちも抵抗は感じないと思います」

「確かに」先輩は納得したように言った。


「次に第三と第四の問題点についてですが、私は武器を持って二人を襲撃するのには反対です。さっきも申したように、いろんな意味で危険が大きすぎます」

「じゃあ、どうやって連中を痛めつけるのよ」

「先輩、相手を痛めつけるのに、私たちが直接手を下す必要は無いんです」

「どういうこと?」

「雑木林の中に予め罠を仕掛けておくんです」

「罠?」

「はい。先輩はラ〇ボーという映画をご覧になったことがありますか?」

「うん。前に午後のロードショーでやってたのを観たことがあるけど……」

「あの映画で主人公であるジョン・ラ〇ボーが、警察に追われて山の中に逃げるんですけど、その際、罠を仕掛けながら山中を逃げるんです。ラ〇ボーを追ってきた警官たちは次々とその罠に引っかかって大ケガをしてしまう――」

「そのシーン覚えてる。すんごい痛そうだった」先輩は思い出したように言った。

「さすがにラ〇ボーのようにうまくはいかないでしょうけど、落とし穴くらいなら私たちにも作れると思います。二人を林の中に呼び出して私たちが作った落とし穴に誘導するんです。これであの二人を我々は自ら手を下すことなく痛めつけることができます。あとで北条君たちにこのことで問い詰められても、そんな手紙は出してないし、落とし穴なんて知らないと白を切ります」


「う~ん、落とし穴かぁ。悪くはないけどさ……」先輩は気が乗らないといった様子で言った。

「先輩はやっぱり直接手を下したいんですか?」

「まあね。それにちょっと子供っぽすぎないかな。私はあいつらに肉体的なダメージと精神的なダメージの両方を与えたいわけよ。あいつらが落とし穴に落ちたとして、それで連中を屈服させたことにはならないんじゃない?」

「落とし穴の中に釘やカッターの刃、コンクリートのブロックなどを仕込んでおくというのはどうでしょう。より深いダメージを与えることができます」

「……おもしろいわね」

「精神的なダメージを与えたいということなら、落とし穴の中に犬の糞やヘドロ、生ごみや害虫の死骸などを入れておくというのは?」

「素晴らしいアイデアね! 両方採用!」先輩は上機嫌に言った。

「ありがとうございます」葉桜さんは頭を垂れた。


「それにしても、本当に千尋は頭がいいのね。私みたいな馬鹿とは大違いだわ」

「先輩は馬鹿じゃありませんし、私だってそれほど頭がいいわけじゃないです……」

 葉桜さんは謙遜するように言った。

「そんなことないわ。もっと自分に自信を持ちなさい。千尋の計画立案能力の高さには驚かされるばかりよ。才能豊かな素晴らしい後輩をもって、私も誇らしいわ」

「そんな、私は別に……」葉桜さんは照れるように言った。



 先輩は再び葉桜さんを称賛し、葉桜さんは照れている。

 僕はそんな二人の様子を見ながら、非常にまずい状況になりつつあると危機感を募らせていた。


 これは想定外の事態だった。


 先輩の暴力的で血生臭い計画案を、僕と葉桜さんの〝常識人コンビ〟の力で説き伏せて、何とか棄却できればと考えていた。

 だけど――


 葉桜さんがここに来て、常識人ではなさそうな雰囲気を漂わせ始めた。


 いや、いま思い返せばだけど、初っ端の「ソウルメイト」発言でその片鱗は窺わせていた。

 でも、まさかこんな……。


「じゃあ、会議はこれで終了ってことでいいわね。これから早速、三人でその雑木林を下見に行きましょう」

 先輩はそう言って立ち上がりかける。

 僕は意を決した。


「先輩! ちょっと待ってください!!」

 僕は大声で叫んだ。


 二人は、突然大声を上げた僕の方を驚いて見ている。


「ど、どうしたのよ将太朗。突然大きな声を出して……」

「内海君……?」二人は明らかに困惑していた。


「まさかその計画、本当に実行するわけじゃないでしょうね!」

 僕はとても強い調子で言った。

「もちろん実行するつもりよ。なに? あんたもしかして、まだ反対なの?」

「反対です」

「千尋が修正してくれた計画案では、私たちが直接手を下すことはないのよ。それなのに反対なの? いったい何が問題だっていうのよ」

「結局、今回の計画案でも真弓田たちに大ケガをさせてしまうということに変わりはない。先輩、こんなことして本当にいいんですか? 良心が痛みませんか?」

「痛まないわ。犯罪者相手に情けは不要。これは戦争なのよ」


 先輩は平然とこう言った。

 まあ、聞く前から先輩はこう言うだろうなって予想はしていたから別に驚かない。


「葉桜さん、君はどうなの? 本当にこれでいいの? 真弓田たちをケガさせてしまうことに対して抵抗は感じない?」

 僕は最後の期待を込めて、葉桜さんの良心に問いかけた。


「もちろん、抵抗はあるけど……」

「じゃあ、やっぱりこんな危険な真似は――」

「でもいいの。月島先輩が喜んでくれるなら私はなんでもする。そう決めてるの。月島先輩の敵は、私にとっても敵だから」葉桜さんはきっぱりと言った。

「……」


 ねえ、葉桜さん……。

 君と月島先輩はいったいどういう関係なんだ?

 いくら友達同士でも、喜んでくれるなら何でもするなんて、普通じゃないよ。


「将太朗、この計画に反対なら対案を出してよ。何か他にいいアイデアでもあるの?」

 月島先輩が聞いてきた。

「それは……」そんなものは無かった。


「何もないんでしょう?」

「……はい。でも、やっぱりこういうのは――」

「暴力はいけないとか、これは犯罪じゃないかとか、ああだこうだと言ってるけどさ、結局のところあんたは連中に逆らうのが怖いだけじゃないの?」先輩は言った。


「そ、そんなこと……!」

「図星でしょ?」

 先輩の鋭い指摘に、僕は思わず狼狽えてしまった。

「ぼ、僕はただ、誰かを傷つけるのが嫌なだけで――」

「ねえ将太朗、今朝もこんな話したけどさ、あんたは犯罪の被害者なのよ? それなのに被害者としての意識がまるで無いのは問題よ」

「……」

「いじめと戦うために、まず意識改革が必要ね。いい将太朗? あんたは犯罪の被害者、そして連中は犯罪の加害者なのよ。同じ価値観を持つ人間だなんて思ってはいけない。真弓田も北条も、そしていじめを傍観しているクラスの連中も、いじめに気付いていない教師連中も、みんな犯罪者なのよ」

「みんな、犯罪者ですか?」

「そうよ、犯罪者連中と接するのに慈愛の精神だとか、思いやりだとかは必要ない。だって相手は犯罪者なんだもの。無慈悲になるのよ」


 先輩の言ってることは暴論だろうか? 正論だろうか?

 僕にはもう何が正しくて、何が間違っているのか判別できなかった。


「葉桜さんは、どう思う?」

 僕は彼女の意見を聞きたくて話を振った。


「月島先輩の言ってることが正しいと思う」葉桜さんは言った。


 やっぱりね。君はそう言うと思ったよ。


「でも――」葉桜さんは言いにくそうに言葉を繋ぐ。

「内海君の気持ちもわかるよ。誰だって他人を傷つけるのは抵抗があると思うし……でもね」

「なに?」僕は聞いた。

「このまま何もしないでいるよりはいいと思う」

 確かにそうかもしれないけど。

「千尋の言う通りよ。今のあんたに必要なのは行動。抵抗の意志を見せなさい。そして強い憎しみの力を糧に反撃するのよ」

「……」


 女の子二人に言いくるめられ、そのあと僕は反論も何もできなかった。


 月島先輩が出した計画案を葉桜さんが修正し、改められた計画案――

 その名も、「落とし穴作戦オペレーション・ダウンフォール(月島先輩命名)」が多数決で可決され、近日中にこの作戦を実行に移すということで決着。


 第一回いじめ対策会議は閉会した。

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