君の人生は幸せだった?-そうして、彼女は終わる-
つくしに駆け寄る縹。
それを確認した薔薇姫は、手と服を紅く染めて、力無く首を振った。
結界を解いた紅葉も、すすり泣くばかりだ。
勿論、手は止めては居ないが、絶望的なのだろう。
それだけで、縹は分かってしまった。
分かりたくなかったけれど、分かってしまった。
もう、つくしの命数が、尽きると言うことが。
「つくし? 」
どうしようもなく、声が震える。
抱き上げた少年は、どうしようもなく、軽かった。
「ごめんなさい、縹お姉さん。」
「俺もつくしも、視えちゃったから、縹お姉ちゃん死なせたくなかったんだ。」
縹の腕の中で、交代しないまま、つくしとカランコエが同時に話した。
声は意外にしっかりしているけれど、触れた手がどうしようもなく、冷たい。
死が近いが故の、最期の“輝き”なんだろう。
縹には、予知系統の能力は、精度はともかく極弱いもの…数秒先を視る程度のものしかない。
せいぜい、自分と相手のと判別が付かない“死の予感”が、あるぐらいだ。
今回にしてみても、ヘリファルテを最初から殺す気であったから、その“予感”もそれだと思っていたから。
そもそも、縹は知らないけれど、予知能力者は、この世界全体で見ても、かなり少ない。
同じ精神系能力者の平均的数がいる|遠見(オ-トヴィジョン)能力者に比べて、四分の一も居ないぐらいだ。
ちなみに、精神系能力者は、物理系に比べて、混合系を半分、精神系能力者と数えても、三分の一もいないぐらいなのだ。
100人居て、居ても1人2人、下手すれば居ないのが、予知能力者なのだ。
逆に、過去視系の能力者は、少ないと言っても、錬度を別にすれば、100人居れば10人はいるような能力者になる。
《御伽噺の幽霊》の《絶望を呼ぶ占い師》や《運命演算三姉妹》の三人、それ以外の人間の予知能力者など、そこそこ居るせいもあり、その希少性には気付いていないのだ。
まぁ、数時間先の長期的なかつ、ある程度はっきりした予知に関しては、本当にレアだ。
この世界では、公には能力者はいない、認められていない。
一応は、裏や上のほうは知っているだろうけれど。
数少ない情報を繋ぎ合わせても、分かりやすい物理系の能力者は、飼われるか殺されるか。
精神系は発覚すれば、疎まれるか殺されるか。
少なくとも、能力者には優しくない世界だ。
むしろ、条約に縛られない兵器として扱われる現代の方が、“死なない”だけマシなのかもしれないね。
それぐらいには、歴史の残らない、遺してもらえない能力者達は、悲惨だ。
縹一家の実家のあるイギリスは、比較的認められているほうではあるし。
時乃市や旅宮市は、その関係もあり、能力者には比較的暮らしやすい街だ。
今回の一件で、縹祖父の逆鱗にも触れたので、どうなるかは分からないが。
「僕達ね、縹お姉さんに出会えて、、嬉しかったよ。」
「おう、外を知れたことよりも、縹お姉ちゃんに会えたから、俺は幸せだった。」
「したいこととか、なかったの?
まだ、なにも、してないのに、なのに。」
縹は、そこそことこの二人の予知を指したけれどね。
一流か、それ以下になる区分としてね、「予知を外す方法が分かる」ことがあげられる。
勿論、それは、人によって違う。
だけど、歯には歯を、犠牲には犠牲を、なんだろうね。
ほとんどの場合、「誰かが代わりになること」なんだ、外し方は。
それに、予知能力者が、切に変えたいと思うことなんて、大概は、誰かの、“大事な”誰かの、一大事を死の危険を外したいと思うときなんだよね。
そう、自身(或いは、誰か)の死と入れ替えること。
だから、つくしとカランコエの思惑は、ハマったと言ってもいいだろう。
少なくとも、『大好きな縹お姉さん』は生きている。
此処まで、動揺して貰えるとは思ってなかったようだけれど。
縹は、いや、彼女のある意味、根源にして根幹の《歌乙女》は、仲間・友人が死ぬことを何よりも、厭う。
遥か昔、一番初めに最愛の《片眼王》を弑逆した時でも、幸せになってくれと逃がした上での凶行だ。
勿論、《片眼王》を欲しかったと言うのも無いわけではないんだろうけど、それでも、相打ちで死ぬのがそれだけなのだろうか?
つくしとカランコエは、縹の言葉に、ふにゃりと笑う。
そうして言う、「茉莉花姉さんに聞いてた、キスとか恋とかしたかったな」と。
ポツポツと、話す二人。
恋とかキスもしたいことではあったのだろう。
だけれど、二人が話したのは、なんでもないこと。
――例えば、昨日見たテレビの内容を友達と話すこと。
――例えば、給食の時に、友達と休んだ友達のプリン争奪戦をすること。
――例えば、テストで100点をとって、褒めてもらうこと。
――例えば、友達と放課後に野球をすること。
――例えば、休みの日に映画を見に行くこと。
――例えば、夏には、海水浴に行くこと。
――例えば、冬には、スキーに行くこと。
――例えば、今日あったことを夕食の時に話すこと。
本当に、なんでもない。
なんでもない“当たり前”を、つくしとカランコエは知らなかった。
恐らく、『茉莉花』と言う外の生活を知っている少女から聞いたのだろうと見当が付くぐらいだ。
その『茉莉花』も、もしかしたら、年長の兄弟からの伝聞かもしれないけれど。
「つくし、からんこえ? 」
唐突に、その声も途切れた。
つくしとカランコエは、そうして、死んだ。
縹の腕の中で、10歳にも満たない生を終えた。
静かに、縹は、“つくし”に“つくし”だった遺体に唇を重ねる。
掠めるだけの“それ”は、キスと呼ぶには、あまりにも、冷たいものだった。
「行けません!!ディスティアさん、つくしさんは復讐を望むと思いますか!?」
「望む望まないは、関係ないよ。
宵颯の時と同じよ、私がしたいからするだけ。
…………止めないでね、巻き込むから。」
薔薇姫の制止も虚しく、縹は、いや、《死風舞の風舞姫》としてのディスティアは、つくしを横たわらせ、空間を渡り、何処かへ行ってしまった。
少し遅れて、他の面々も来たようだけれど、全ては遅かった。
翌朝、日本国総理・十日森晴信と公安調査室室長・千茅真幸の死亡が確認された。
駅を通過する急行に轢かれた方がよほど、原型が残っているようなそんな死に方。
そして、苦悶を刻んだ顔からするに、最期の最後まで死なせてもらえなかったようだ。
部屋も、元の色が分からないほどにどす黒い赤で彩られ、この部屋で生きているのは能力者でも無理と言うレベルの惨状。
そんな中に壁にナイフでメッセージが縫い付けられていた。
-『虎の尾は引きちぎられた。 龍の逆鱗は引き抜かれた。
楽な終わり方を望めると思うな。 』
そして、政府内部の面々は、日に日に減っていく。
ある程度は能力者のことを知っていた上層部の面々から、順番に。
正確には、過激に書くなら、「能力者なんてバケモノは、使い潰せばいいだろう。」と言っていた面々だ。
政治家としてのパフォ-マンスや白過ぎるとしか言えないけれど、「異能のことを公表するかさておいて、公的なフォローをしないとダメです。」言う面々は、生きている。
完全に、パフォ-マンスだった政治家は別だけれど。
ねぇ、『神様から、神様の大事なものを奪ったらどうなる?』と思う?
うん、最初の二人以外は、死んでいないよ。
頭の方も、はっきりしてる。
でもね、生きながら、少しづつ腐っていくのなら、狂うか死ぬのが救いなんじゃないかな?
巻き込まれた政治家に、皇室から降嫁した血筋の人が居たせいもあるんだろうけど、ね。
こっちの方まで、大日女さん、突撃してきたけど。
知らないよ、自業自得でしょ、もう帰る場所が無いって言うのは、世界による制限が無い事だってのも言ってあったし。
八坂と月弓も、実力行使してきたけど、君達如きに私が負けると思う?
まぁ、ディスティアは、結局、日本各地のそう言う研究所も潰していったんだよね。
それで、その引き取り先を大阪で、そう言う子が多い孤児院に引き取らせるように仕向けてたみたい。
だけどね、ディスティアの友人達と家族的には、止めたかったみたい。
まだ、今の器が小学生なのに、《翁》……《御伽噺の幽霊》の長兄も、止めに出て行こうとするぐらいだったから。
それは流石に、長男長女……ディスティアには弟と姉が全力で止めていたけれど。
数ヶ月が過ぎる頃。
クリスマスやバレンタインがその間にあったけど、ディスティアの友人家族には関係ないね。
もうそろそろ、彼らが住む町にも、桜が咲く頃の話だ。
やっと、恐らくとはつくけれど、次に彼女が出現する場所を友人達は補足した。
《翁》は、《翁》と呼ばれているのはね、錬度や何やかにやが上だからだ。
だから、長兄も戦場に出して貰えないのならって、割と本気で探索していたんだよ。
それは、数ヶ月も見つけられなかった時点で、帰って来る気が、彼女には無かったんだろうね。
だから、今回、見つかったと言うことは、そう言うことなんだろう。
その役目は、《L》&《D》の《L》こと、ラディハルトが請け負った。
書くことは少ない。
その港の倉庫街。
近くの別の倉庫街に能力者の人身売買用の倉庫がある、ところだ。
色々と手を回して、クレーンなど以外ほとんど何も無い。
多少は、コンテナの類は、隠れるのに置いていた。
灯りも、野球場なんかにあるようなそう言うのが付けられていた。
ラディハルトは、絶縁グローブを身に着けた以外は、いつも通りだ。
やがて、ディスティアは現れた。
そのまま、人身売買用の倉庫に行っても邪魔されると思ったんだろう。
「…………巻き込むって言ったよね。」
「ははっ、すいませんなぁ、これ以上はアカンよ、ディスティアはん。」
それ以上の言葉は無く、ラディハルトは、天上より、雷を呼び出す。
錬度としては、カンストクラスの雷撃使いなのだ。
雷撃による殺傷よりも、四肢の痺れを狙った一撃だ。
電圧だか電流だかをゼロに近くするとその分威力は減るとかそう言うのだね。
とても、軽い音がした。
ラディハルトが、ナイフでディスティアの胸を貫いた、音だ。
彼自身も、彼女が避けようともしなかったことに眼を見開く。
「ごめんね、ありがとう、ラディハルト。
ユヴェルにも、ごめんって伝えてね。」
そうして、ディスティアは、逝った、終わった。
そうして、ラディハルトは、愛した女を殺したのだった。
まぁ、この一連のせいで、能力者は少しだけ、公にも認知されていく流れとなったけれど。
それが微かな、唯一の良いことなのだろうね。
うん、第一稿よりも、マイルドにしたけど、ヒデえわ。
後、エンド、もう一つもだけど、語り手の《占い師》の私情がちょくちょく入ったね。
とりあえず、ハッピーエンド書いてきます。(まだ、この時点で二割しか書いてない。)
明日で仕上げなくては。
と言うか、解説兼後書きもいるかな。