5. 「ねぇ、オジサマ?死にたいのなら、爆弾でも抱いてナイアガラからでも飛び降りてくださいませんか?」
深夜。
時乃市と旅宮市に渡って繰り広げられるある種、一方的な戦場。
そこから、追い立てられるようにヘリファルテ傭兵隊の隊長・ヘリファルテは、旅宮市の廃集積場の一つに入った。
ヘリファルテは、年の頃は五十を過ぎているはずではあるが、鍛えられた身体は十歳は若く彼を見せた。
そして、血は遠いはずなのに、縹とどこか、似通った雰囲気を持つ。
或いは、能力に弄ばれた人生を歩んできたが故の共通点なのか。
「こんばんは、大叔父上。
日本語でいいですか?」
月明かりと薄ぼんやりとした灯りの中。
天井の高い廃倉庫。
高い位置の窓とそれにそった足場。
機能しなくなった天井のクレーン。
その最奥に、彼女の身長よりも少し大きな2Mほどのドラム缶の上に、縹はいた。
シスターが着るような紺色のワンピースにウィンプル。
髪はトレードマーク故にまとめていないのとロザリオの代わりに、三日月の両端を吊ったペンダントを下げている。
ちなみに、青い拵えの太刀と緑の拵えの打ち刀と刀帯、ファイブセブンの入ったガンベルトなど、何処ぞの魔都の教会のシスターのようであった。
髪は緩くだけはまとめているけれど。
ちなみに、ファイブセブンは、装弾数と威力をある程度両立させた自動拳銃である。
「構わん。」
「ねぇ、オジサマ?
死にたいのなら、爆弾でも抱いてナイアガラからでも飛び降りてくださいませんか?
それか、私以外の能力者に殺してもらってください、巻き込むな、老頭児爺。」
「怒っているか。」
「ええ、そうですね。
エーゴの行方は知れたのは、良いとしても、そちらのマイケルさんのことも含めて死に晒せ?と言うところでしょうか。」
「……戦場で死にたい、と言うのが、俺の我儘で唯一の願いよ。」
「私が叶えるとは限らないのでは?
……それこそ、死ぬだけなら、その“眼”の持ち主でも可能でしょうよ。」
淡々と、それでも、十二分に親しげに会話を交わす。
内容さえ気にしないのならば、久しぶりに会った遠縁の叔父に、おすましで塩対応に聞こえる女性と余りあってなくてどんな会話をしていいのか分からない叔父という感じだ。
しかし、ヘリファルテを悩ませる“眼”について縹が言及した時、ヘリファルテの空気が変わる。
それに対して、縹はため息一つ。
「百年ほど前の持ち主の記憶もあるんでしょう?
全く、“氣殺”も、“魔眼”達も、どうして当人以外の記憶を受け継がせるのでしょうね。
それこそ、人工的に特化型能力者を作るのと変わらないことですよ、全く。」
「……扨瀧琥太郎の後継か? 」
「…………随分と滑稽に思えるのでしょうね、その眼を利用してたのに、戦場で死んだんだから。」
縹は、敬語を捨てた。
昔々の大正の頃の縹、当時は、扨瀧琥太郎が持っていた後天的な異能の“眼”が、ヘリファルテの持っている“眼”であった。
そして、他の歴々の持ち主の中でほとんど、唯一、戦場で死んだ持ち主だ。
……その戦場と言っても、愛しい少女を救うべく、親友と死合った末の結末だけれど。
避けようと思えば、避けれたその結末。
親友に殺された彼は、あえて、その結末に飛び込んだのだ。
「うふふ、あの“眼”はね、無視すれば、その映像どおりになるの。
叔父様が生きているってことは、生き穢いだけだろう?
どんなに、『戦場で死にたい』って言っても、本音は死にたくないだけじゃないの、笑わせないで。」
そして、縹は、ヘリファルテの地雷を逆鱗を綺麗に踏み抜く。
これ以上何も言う気はないというように、縹はドラム缶から降りた。
元々、《歌乙女》は命を度外視する傾向にあるからできただけで、死にたくないと言うのは、人間としては普通だろう。
本能と言い換えてもいい。
そもそも、“眼”シリーズは、とある存在の玩具でもあるのだけれど。
ヘリファルテは衝動的に、しかし、長年の戦闘習慣とでも言うのだろうか、一対一の必殺の行程を綺麗になぞる。
指向性の強力なライトで目潰し、そして、両手から放たれる特殊マグナム弾が計四発。
縹も、想定外に怒らせすぎたと思いつつも、そのライトで一瞬、ほんの一瞬、眼がくらんでしまう。
そう、ほんの一瞬でも、この距離ならば、致命的な隙だった。
戦場にあっては、特に致命的な隙、隙の筈だった。
「縹お姉さん!!」
回復した彼女の視界に飛び込んできたのは、《デザートストーム》で寝ている筈のつくしだった。
そして、縹の視界で咲き乱れる深紅の血飛沫花。
恐らくとつくけれど、匂いからして蝋頭弾と血の飛沫具合からして、柔弾頭鉛弾だろう。
「つ、く、し、? 」
「ごめん、」
弾丸に貫かれた勢いのまま、縹の腕の中に入るつくし。
その声には、もう力が無い。
「姉様、私と薔薇姫さんに任せて、まずは、状況を抑えてください。」
「縹さん、全力を尽くします。
貴女は貴女のやるべきことを。」
現れたのは、二人の少女。
一人は、縹の妹のナツメ。
もう一人は、淡いふわふわの金髪とバラ色のワンピースが可愛い少女の姿の薔薇姫だった。。
奪うように、つくしをシートの上に寝かせ、ナツメに結界を張らせる薔薇姫。
時間との勝負だ。
命にしても、その後の後遺症にしても。
鉛や蝋は、処置が遅れれば、それだけ重い後遺症をもたらす。
そうでなくても、十歳を超えたぐらいのつくしには、マグナム弾は重過ぎるのだ。
主に、薔薇姫が治療を。
主に、ナツメが結界を。
「なら、終わらせる。」
後先を考えてないのだろう。
何かを唱えながら、右手に緑拵えの打刀、左にファイブセブンで、ヘリファルテに躍り掛かった。
基本的に、対物理系能力者と対峙する場合の基本のとして、その攻撃有効範囲に入らない、と言うのがある。
そして、基本的にであるが、能力者は運動が苦手……と言うよりも、身体能力と連動させることが苦手なことが多い。
だから、ではないが、裏稼業で能力者と知られているだけで、少なくとも、一流以上かド三流であるかなのだ。
能力者であることを隠さなくても生き残れる、もしくは、能力者であることを隠せない、そういう能力者。
そして、縹は、自身が“強力”な能力者であることを隠している超一流だ。
多かれ少なかれ、縹一味はそうであるけれど、特化ではないがオ-ルマイティに強いタイプ。
その分、見送る回数をも多いのだけれど。
また、ヘリファルテも、対能力者としては強い無能力者だ。
生前の琥太郎ほどではないが、戦場では死ぬことを恐れない戦士。
だけれどね、君は、妹の逆鱗を踏み抜いているんだ。
妹の視界の中で、それを選んだのなら、ね?
「あのね、“能力者”でも、“人間らしさ”を認めないのなら、“人間らしく”死ねると思わないで。」
距離をとりながら、縹は、自身の髪を肩辺りまでばっさりと手にした打刀で切り落とした。
そして、目の前に散らし、唱えていたモノを完成させる。
霊力豊富で、人間の供物としては全体よりも喜ばれる髪を媒介にした一種の召喚術。
効果範囲とその様が、縹としては嫌いなのかついぞ使われなかった術。
散った髪を中心に、大口の“ナニカ”が召喚された。
それは、次の瞬間、ヘリファルテの首から上と肘から先の両腕、膝から下の両足だけを残して、つまるところ、胴体を食い千切られる。
「二十四時間、せいぜい、苦しんで死んでください。
嬉しいでしょう?一応は、戦場で死ねるんですから。」
そう、確かに胴体以外のは損傷もダメージもない。
本来ならば、殺すだけであれば、ああまでの供物は必要ない。
食われてしまえば、死ねるからだ。
だから、縹は、過分に供物を捧げることで一つ、命令を追加した。
二十四時間、飴玉のようにしゃぶって死なせないで下さいと。
そして、あの“ナニカ”は、「おいしいのもらったからいうこときくね、やぶったらころしていいよ!!」と誓約までしたのだ。
あえて、ヘリファルテのこれ以降は語らない。
語らなくとも、明白だろうから。
縹は、刀帯などをかなぐり捨てると、つくしに駆け寄った。
俺の胃よ、あと少しだけ、持ってくれ。
次の次を書き上げれば、砂糖を吐くだけで済むんだ。