2. 「虎の尾を踏んで、噛み殺されないとでも思ったのかしら?」
十畳ほどの部屋に、複数台のパソコン駆動音とエアコンの音だけが響く。
暖房器具が欲しい寒さの季節なのにこの部屋は肌寒い。
普段はつけない電灯は、珍しくついていた。
複数のディスプレイとタワー型の本体など、縹の本拠とするマンションほどではないが、電脳戦も行えるようにしてあるそんな部屋だ。
中央の特注の大きなパソコンチェアに腰掛けた縹。
それと向かい合うように、量販店にあるようなパソコンチェアに座るのは、一人の青年。
流れる金髪に空色の瞳で、人懐こ「そう」な笑顔をした革ジャンにダメージデニムと言う浮くというほどではないカジュアルな格好だ。
ロック好きの人懐こ「そう」な外国人と言った感じだ。
通名を《L》と言う。
情報の中抜きを警戒してか、紙に印刷された情報を縹は速読で読んでいく。
そこらの量販店で、100枚298円程度のコピー用紙。
読んだら、シュレッダー行きは、確定なのだから、それくらいでいい。
数分後、読み終わった、縹は一口分残っていた缶コーヒーを握り潰した。
ちなみに、アルミ缶ではなく、スチール缶である。
「ディスティアはん? 」
「いやあ、あははは、今の総理、十日森晴信だっけ、うん、殺そう。
後、公安の室長の千茅真幸も始末しよう、うん、此処まで盛大に喧嘩売られて、黙ってられるか。
あの子拾わなくても、早晩、敵対じゃないの、この状況なら。」
「まぁなぁ、千茅はん、一応、シャールはんと同じぐらいで元・同業でこれでっしゃろ?
数年前の《C.C.》ン時は関わってぇへんだけど、ディスティアはんの気性知らんはずないんに、やるんやったらな。
友人ではない同業やったけど、せやに、なおさら怖さ、わかってるんと違いますん。」
「薬が無くても、延命に問題ないのは助かったな。」
「せやね、後、Y県とN県の県境の山の中やわ、研究所。」
「ふーん、なら、不審火や住人の失火で火事が合っても仕方ないわよね。」
「ディスティアはん? 」
「子どもは子どもらしく、能力者でも、馬鹿みたいになんでもないように過ごせればいいのに。」
「……ちょお、ディスティアはんって。」
「本当、同じ人間なのに、望まない能力があるだけなのに、どうして、ああまで、駒の様に扱えるのかしらね。」
ぐるぐると思考の無限回廊にハマッタのか、《L》の言葉に反応せずに、ぶつぶつと呟くのみな縹。
しばらく、《L》が声をかけるが、縹からは意味のある反応は返ってこなかった。
縹には、今回の件はトラウマの逆鱗であり、見事にぶち抜いているのだから。
焦れたのか、彼は縹の肩を抱き寄せ、顎を固定する。
そして、二人の唇が重なった。
相手を傷つけない……殺さない前提であると《力》もろくに使えない関係もあり、多少じたばたするぐらいしか、縹はできない。
それなりに、時間が経ってから離れた後、縹の顔が赤かったのは、酸欠の為だけではないだろう。
「頭、冷えたん? 」
「……冷えたけどね、ベロチューするか、普通。」
「そこは、役得ってとこで。
……そんに、感情はなるべく、置いてかんにゃアカンやろ?」
「ほんとに、物好きね。」
「んふふ~、いつでも、ユヴェルから乗り換えてもええんよ?」
「私は、アイツがいいの。」
《L》は、性格が悪いのが優秀な情報なのを差し引いても、控えめに称して性根のよろしい人間ではない。
仲間やその友人家族に対しては、敵対しなければ、気のいい兄ちゃんと言うか、人懐こ「そう」がわざわざ、注釈入れなくてもいい。
ただし、そうではない人間には、ちょいとアレではある。
情報収集に、ネット以外では、枕やなんかのピンクから、他の面子が躊躇する拷問系もこなす遠慮の無い人物では在った。
惚れた男と惚れた女が幸せならばと、二人がくっつくようにあれこれして、いちゃこらさせた。
その惚れた男の方が、行方不明になれば、戯れのように、惚れた女の心を守ろうとしている。
少々複雑極まりないが、『仲間』には、イイ兄貴分なのだ。
「あぁ、そうそう。
エーゴが、あの子逃がしたらしいわ。」
「ほー、したら、あの研究所更地にしましょか。」
「リンデンとジュリさん久遠さんに任せればいいんじゃないかな、他に子どもが生きてたらあの三人なら大丈夫だろうし。
あの三人も、ああいうの嫌がるし。」
「後、二代目に連絡しましたん? 」
「しばらく、夜は戦場だね、この町も。」
「あー、鷲山の小父貴さん、二代目とエーゴ可愛がってたん周知なんに、手ぇ出しはったんやし。」
「だから、この件、落ち着いたら、十日森と千茅は始末しようってね。」
「とりあえず、どうするん? 」
「迎撃する。
ちょっとだけ、調べたけど、傭兵隊のヘリファルテが動いたって。」
「ああ、日露ハーフのあのおっさんのとこの?
研究所、と言うか、政府のお偉いさんも本気なんやね、アフガンの火傷顔亡霊を呼び出すんだし。
あのおっさんも戦場で散れるなら、他はどうでもいい、《不死先視》やしなぁ。」
ヘリファルテ、鷹を意味する言葉で呼ばれるその部隊は、同名の隊長の歴戦にして猛者ばかりの傭兵部隊である。
そして、隊長を隊員のほとんどは、ソ連アフガン侵攻時に不名誉除隊を喰らったが、叩き上げの空挺スペツナズでチームワークも含めて恐ろしい面々だ。
多少若い連中も居るが、平均年齢は、大変高くその熟練度は数ある傭兵隊でも名前の売れていないが、同業には知られているチームだ。
そして、隊長は、自身の死を必ず、回避させることに特化した『眼』を持っている。
故に、もうすぐ五十を数える歳になっても、死ねないのだ。
故に、最高の傭兵隊と言われるのだ。
「したら、三日か。
一昨日、ブラジルで一線かました後、もう一仕事するって言ってたし、それと補給と移動を考える明後日か明々後日の便になるんじゃないかしら。」
「そやな。傭兵隊の若いんは、暴走族の子らでええやろ。
あの子どもの護衛に、オルフェーゼと《教皇》でええやろし、救護に薔薇姫となつめちゃん貸して貰うのあかんかな。
古株連中は、俺とラビ、ディスティアはんと五匹とかと鷲山の小父貴のとこでええやろし、隊長はどないする?」
「状況次第で、私が始末する。
こうなったら、嫌いじゃない御仁だったけどもね。」
「まぁ、しゃあないやろ、あのおっさんもベッドで死にたぁないやろし。」
「氷鳴と風音を整備しとくか。」
此処しばらく、使ってない太刀打ち刀を整備することを頭のメモ帳にくわえる。
ついでに、ファイブセブンの弾補給しないとな、とも。
能力者戦の場合、物理の方が具合がいいから。
縹はガチで、戦闘する気満々のようである。
「んで、結局、この研究所の目的は、《隠せる能力者の駒》を作る、でええんかな。」
「頭に、有用なハイレベルのともね。
馬鹿じゃないかな、養殖で天然は超えられない、それは能力者には常識だ。」
「愛情にしろ、激情……恨み辛みにしても、そういう強い感情が無ければ、あかんもん。
ディスティアはんにしても、過去世の感情があるからのハイレベルなんどすし。」
「……ただ、特化のつくしにしても、汎用のカランコエにしても、神話級なんだよねぇ。
つくし、オリジナルの場合、薬品投与の影響あるにしても瞳の色が違うことを考えても、赤ん坊まで遡ってやっと、行方不明者リストにこの子かな?が数人引っかかるレベルなの。」
「…………ひとつ言うてええ? 」
「どうぞ、」
「擬似家族で、育ててそれを殺して見せて、能力値爆上げと感情面縛ったとかか? 」
「うん、標準語になった時点で怒ってるのは分かった。
多分、それだろう。
父親だと思ってた職員を殺されて、母親だと思ってる職員と兄弟だと思ってる同類を人質されてたみたいだ。」
「才能もあるんだろうが、俺もヤる気出すわ。」
そして、数時間。
話し合いと言うか、作戦の煮詰めは数時間に及んだ。
戦争までは、後二日半。
えー、どこのブラックラグーンの大尉よ。
とりあえず、割と現実的な超能力者系統以外の敵だと、この辺りが落としどころかなぁと。
後、《L》は、漫才動画で日本語を覚えたので、なんちゃって大阪弁です。
とりあえず、控えめに言って、『激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームレガシー』ですね。
うん、次は、夜の共同作業。