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第七章

 直巳は学校が終わると、駅前に寄るのが習慣になっていた。

 アリエラの募金が気になるからだが、見かけても、毎回声をかけるわけではない。

 邪魔をしては悪いな、という気持ちと、みんなのアイドルに知り合いぶって話かけるのも格好が悪いな、という気持ちの両方があるからだ。

 その日も、何気なく駅前を通りがかると、遠目にアリエラが募金しているのが見えたが、いつもと様子が違っていた。

 派手な格好と髪型をした、わかりやすい男達がアリエラを囲んでいる。

 アリエラは逃げようとしているのだが、男の一人に腕を掴まれていて、それも出来ない。

 周りの人間が助けにも入るのだが、怒鳴られ、小突かれて追い返されてしまう。

 直巳が助けに入ろうと、アリエラの元に向かって走り出す。

 そして、アリエラの側に来て助けに入る直前。

「やめろ!」

 先に、アリエラと男達の間に割り込む人物がいた。

「女性が嫌がっている! 君達は自分が恥ずかしくないのか!」

 流暢な日本語で男達を諫めたのは、外国人の女性だった。

 パッと見てわかるほどに鍛えられた無駄の無い肉体、高い身長。金髪のショートカット。シンプルな服装だが、スタイルが良いので、それが最も似合っているように思えた。

 モデルというには、体格が良すぎる。アスリート体系、という方が正しいだろう。

「さあ! 立ち去れ! 修道女様に手を出すなど、言語道断だ!」

「んっだとぉ!? てめえ、なめてんのか!」

 女性に注意されて恥ずかしかったのか、男達は口々にわけのわからない威嚇を始める。

 しかし、彼女は口をへの字にしてアリエラをかばいながら、一歩も動かなかった。

「っざけやがって!」

 男が殴りかかってきて、女性は――かわさなかった。頬に、しっかりとパンチが命中する。

 男は脅しのつもりだったのだが、女性が避けないので引くに引けず、殴ってしまった。

「あ……そ、そいつがよけねえから……」

 本当に女性を殴るつもりはなかったらしく、手を出した男が動揺する。

 成り行きを見ていた人々も、ざわざわと騒ぎ出した。

 女性は殴られた頬を気にすることもなく、男達に毅然と語りかける。

「無抵抗の人を殴るのは、どんな気持ちがした! 嫌な気持ちだろう! それが良心だ! その良心に従えば、修道女様の嫌がる気持ちもわかるだろう!」

 キラキラと輝く目でこう言われては、男達も立つ瀬がない。

 周囲の人間も、彼女を応援するような声をあげはじめた。

「うるせえ! この女! ぶっ殺してやる!」

 それをかき消すかのように、男の一人が叫ぶ。

「The Riot Act has been read!」

 さらに大きな声で、女性が叫んだ。

「――騒擾罪だ! すぐに解散しろ! そうでないなら、君達を鎮圧する!」

 ライオットアクトは騒擾罪。ようするに、集まって暴れることによる罪のことだ。

 彼女は、騒擾罪の警告を叫んだのだが、男達は意味が理解できていない。ただ、女性が自分達に生意気なことを言ったのは理解したようだった。

「わけのわかんねえことを――言ってんじゃねえよ!!」

 男の一人が、今度こそ本気で殴りかかってくる。

 女性はあきれたように溜め息を吐くと、もう一度叫んだ。

「Enforce The Riot Act!」

 騒擾罪の鎮圧執行――警告で駄目なら、執行するということだ。

 彼女は、その罪状を叫ぶと華麗な動きで男達を倒していった。綺麗に投げて、綺麗に極めて、怪我をさせずに大人しくさせる。その鮮やかな手並みに、観衆も息を呑んだ。

 全員を倒したところで、監修から拍手がわき起こった。女の子達は嬌声をあげている。

 直巳もアリエラが助かったことと、自分が騒ぎを起こさずに済んだことに、ほっと胸をなで下ろした。

 アリエラの無事を喜び、声をかける。

「アリエラ!」

「あ、ナオミ!」

 そのやり取りに反応し、金髪の女性が直巳を見る。

「まだいたか!」

「えっ?」

 気がつくと、直巳は投げられて宙に浮いていた。

 なんか衝撃があったなー、と思った所で、意識が途切れた。



 頬を叩かれている感触がする。おでこが冷たい。太陽が眩しい。

 これら3つに呼ばれて、直巳は目を覚ました。

「う……ん……」

「あ、起きました! ナオミ、大丈夫ですか?」

 直巳が目を覚まして最初に見たのは、自分を覗き込んでいるアリエラの顔だった。

 直巳は壊れた天使教会の長椅子に寝ていた。木製なので背中が痛いが、頭だけは柔らかい。

 自分を覗き込んでいるところから見ても、膝枕をされているのだろう。

 直巳はよく状況が理解できなかったが、とりあえず体を起こす。すると、少し離れた場所にいたカイムが飛んできて、直巳の肩にとまった。 

「俺……なんでここで寝てるの?」

 直巳が、まだ痛む頭をさすっていると、先ほど、駅前にいた女性がやってきて頭を下げた。

「私が勘違いして投げた。すまない」

「投げた……?」

 直巳は、アリエラを助けようとしたところまでは覚えている。しかし、それからの記憶がプッツリと途切れている。

 アリエラから事情を聞いて、自分が間違えて投げられたことを知った。

「なるほど……それで頭が痛いのか……」

「すまなかった……君は勇敢な行動をしたというのに……申し訳ない」

 女性があまりにも申し訳なさそうな表情をするので、直巳が逆に恐縮してしまう。

「いや、おかげでアリエラに膝枕してもらえましたし」

「私、足が丈夫ですから。硬くて休めなかったでしょう?」

 直巳が場を和ませようと軽口を叩くと、アリエラものってくれた。

 その会話を聞くと、女性も表情を緩めてくれた。

「私はマルジェラという。君の名前は?」

 彼女はマルジェラと名乗り、握手のために手を差し出してきた。直巳は差し出された手を握り返し、自己紹介を返す。

「どうも。椿直巳です。直巳と呼んでください」

 マルジェラの手は大きく、マメだらけでゴツゴツとしていた。

 伊武も似たような手をしていたなと、直巳は思い出した。ただ、伊武の場合は手の平のマメだけでなく、拳にもタコがある。

 握手する二人を見ながら、アリエラが嬉しそうに言った。

「マルジェラはね。天使騎士様なんですよ!」

 カイムが少し鳴いた。

 天使教会の修道女に続いて、今度は天使騎士。

 直巳の内心も穏やかではなかったが、黙り込むのも怪しいので、必死に冷静を保つ。

「天使騎士って……天使騎士団の?」

「ああ、そうだ。名前ぐらいは知っているか」

「天使騎士様が……どうしてここに?」

「その……ちょっとした事件の捜査にな」

 マルジェラが言葉を濁す。直巳はとぼけたふりをして、探りを入れてみた。

「事件? 天使教会が関係する事件というと……失踪事件ですか?」

「……なぜ、そう思った?」

 当たりだなと、直巳は思った。違うなら、ここで違うと言えばいいだけだ。

「いやあ、最近の失踪事件で、天使教会の神父様も被害にあってると聞いたことがあって」

 直巳がとぼけた態度のまま言うと、マルジェラはため息をついた。

「噂は止められないか……ああ、そうだ。失踪事件の調査にきた。だが、内緒にしてくれ。捜査していることがばれては、色々とやりにくい」

「ええ、もちろん。何かあったら、伝えますね」

「そうか。現地の人間に協力してもらえると、すごく助かるよ」

 マルジェラは素直に喜び、笑顔を浮かべた。直巳も笑顔で返す。

 秘密捜査をしている人間にしては口が軽い――甘くないだろうか。

 直巳が情報提供すると言ったのは、情報を提供してもらうためだ。ただ、教えてくれと言えば疑われるし抵抗されるが、仲間だと思わせておけば、相手の口も少しは緩くなる。

 また、ずるいことをしているとは思うが、直巳も少しは役に立たないといけない。

 ただ、この罪悪感が、アイシャ達の力になっているという充実感を満たして――これは良くない考えだ。

 直巳は考えを振り払うと、人の良い学生の態度を保ったまま、マルジェラとの話しを続けた。

「それで、マルジェラはどこに泊まるの? ホテルとか?」

「ああ、それなんだけどね」

 マルジェラは困った顔をすると、ポケットから小銭を出した。全部で322円。

 アリエラに比べればましだが、この人達は、どうして後先考えずに飛び出すのだろうか。

「手持ちがなくてな。どうしたものだろうか」

「こっちが聞きたいですよ。どうするつもりだったんですか」

「野宿しかないだろうな」

「食事は?」

「この辺に果物はなさそうだから……草とか、ちょっとした生き物とかだな」

 この人達は、どうしてすぐにちょっとした生き物を頼りにしてしまうのだろうか。

「なら、ここに住んだらどうですか?」

 そばで聞いていたアリエラが、話に入ってくる。

「マルジェラが天使教会の再建を手伝ってくれたら助かります。それに、二人の方がきっと楽しいですよ」

 マルジェラは、アリエラの言葉に少し迷ってから、申し訳なさそうに口を開いた。

「……いいのか?」

「もちろん!」

 無邪気なアリエラの笑顔に、マルジェラの表情も緩んだ。

「そうか……なら、世話になろう。天使教会再建の手伝いもするし、君のことも守ろう。今日みたいに、妙なやからが絡んでくることもあるし、失踪事件のこともある」

「わあ! 頼もしいです!」

 アリエラがマルジェラの手を握って飛び跳ねる。本当に嬉しそうだ。

「や、やめないか! 恥ずかしい!」

 マルジェラは、アリエラの無邪気な行動に、顔を赤くして照れた。

 アリエラが離れた後、直巳がそっとマルジェラに耳打ちする。

「この教会で暮らすって言っても、屋根とか壁、ないですよ」

「床があるだけマシだ。地面に寝ると体温を奪われてつらいからな」

 この人もたくましかった。



「殺す殺す殺す――絶対に殺す――頭に――同じ位置に風穴開けてやる――」

 伊武は泣きながら直巳の頭を冷やし、まだ見ぬマルジェラに怨嗟の言葉を投げかける。

「いや――頭ごと――うん……そうだ……そう……しよう」

「何を決意したのか聞きたくもないけど、そうはしないでくれ。俺は大丈夫だから」

 伊武の暴走にも若干慣れてきた直巳は、落ち着いて伊武をなだめる。

 なだめれば言うことは聞いてくれるのだが、ここで止めておかないと、伊武は本気でマルジェラの頭をどうにかしてしまう。

 直巳に言われたので、とりあえず思いとどまった伊武だが、納得はしていないようだった。

「でも……頭は危ない……もし、椿君に何かあったら……私……耐えられない……よ……」

「耐えられないって、殺人衝動かなんかに?」

 アイシャがからかうが、伊武の耳には入っていない。

「薄汚い天使騎士ごときが……椿君に怪我だなんて……私がそばにいれば……」

「そばにいれば、天使騎士を殺してましたね」

 替えのタオルを持ってきたAが、にこやかに言う。

「二人とも煽るなって! 伊武! 事故だから! もう和解したから、殺しちゃ駄目!」

「……殺さない……よ?」

 伊武が、「椿君ったら、何を言ってるの?」とばかりに小首をかしげるが、目はまったく笑っていない。

「伊武の殺さないは、本当に殺さないだけだろ!? 手を出したら駄目! わかった?」

「……椿君が……そう言うなら……」

 伊武は唇を噛み、悔し涙を流しながら、直巳の頭に優しく濡れたタオルを当てる。

「しかし、修道女の次は天使騎士か……こりゃ、ますます動けなくなったわね」

 直巳から事情を聞いたアイシャが、面倒くさそうに顔をしかめる。

「でも、犯人が捕まる可能性も高くなったんじゃない? マルジェラが犯人を捕まえて、大人しく引き上げてくれれば、それが一番いいと思うけど」

「ま、そうね。というわけで直巳。引き続き、二人を監視しなさい」

「言われると思った。怪しまれない程度に情報を聞き出すよ」

「あら、言うじゃない。カイムを使っていいわ」

「わかった。そうさせてもらう」

「ちゃんとできたら、褒めてあげる」

 アイシャが、ポンポンと直巳の頭を叩く。

 伊武は、すぐにアイシャに叩かれた場所を冷やしていたタオルで拭いた。

「椿君……私も……手伝おうか?」

「手伝うって、アリエラ達の調査を?」

 伊武がうなずくと、直巳は少し考えてから答えた。

「いや、今は俺だけでいいよ。もし、何かあったらお願いするから」

「……そっか……わかった……いつでも……何でも……言ってね?」

 伊武は笑顔で返事をするが、内心は落ち込んでいた。

 また、直巳の役に立つことができない。一緒にいられない。

 その態度を見せて直巳に甘えれば、迷惑をかけることになる。それは嫌だったので、伊武の表情を見ても、落ち込んでいるとは誰も気がつかないだろう。

 唯一、Aだけが冷たい目で伊武を見て、ため息をついていた。



 翌日。直巳が学校帰り、いつものとおりに駅前に寄ると、マルジェラも募金に立っていた。

「すごいな……」

 直巳が、思わずそう呟いてしまうぐらいに、マルジェラの募金には人だかりが出来ていたし、何よりも遠目でわかるぐらいにキャーキャーとうるさかった。

 アリエラの募金は男性が多かったが、マルジェラには女性、特に学生が圧倒的に多かった。

 直巳が面白がって近づいてみると、マルジェラは困惑しながらも、募金を受け取り、きちんとお礼を言っていた。

「あ、ありがとう」

「あの! 握手、してもらっていいですか!?」

「あ、握手? 構わないが……」

 興奮した様子の女子中学生に気圧されながら、マルジェラは手を差し出す。

「キャー! ありがとうございます!」

 なぜ女子は興奮すると叫ぶんだろうなあと思いながら、直巳はなんとなく状況を察した。

 しばらく様子を見て、人だかりが落ち着いてから、直巳はマルジェラに声をかける。

「マルジェラ、大人気じゃないか」

「ああ……直巳か」

 直巳が話かけると、マルジェラは疲れ果てた表情でため息をついた。

「なんだ? なぜ、みんな私を見てキャーキャー言うんだ? 私は何か変なのか?」

「変じゃなくて、人気があるだけだと思うよ。お姉様」

「お姉様? なんだそれは?」

 マルジェラは不思議そうな表情をする。まだわかっていないようだ。

「マルジェラは背も高いし、スタイルも姿勢もいいから、外国人のモデルかスポーツマンみたいに見えるんだよ。憧れる女の子も多いんじゃないかな」

「そ、そうか……それは……その……ありがとう」

 女性を褒めることに抵抗の無い直巳の言い分に、マルジェラは照れた。

「しかし、それだけで――」

「それだけじゃないよ。最初に会った時、アリエラのことを守っただろ。修道女を守る王子様みたいな感じで、それが良かったんじゃないかな」

「お、王子様!? たしかに背も高いし色気もないが、私は女だぞ!」

「女の王子様だからこそ、女子は騒ぐんだろ」

「女の王子様!? なんだそれは!」

「俺もよくわからないけど、そういうものなんだよマルジェラ」

 部活の格好いい先輩。女性だけの劇団の男役。男装の麗人。そういったものに惹かれる女子というのは一定数いる。マルジェラはそういう子達にヒットしたのだろう。

 直巳が色々と説明しても、マルジェラはまだ戸惑っていた。

「わ、私は……そんな期待に応えられるような人間では……」

「ナオミー。マルジェラの様子を見にきてくれたんですかー?」

 少し離れた場所にいたアリエラが、直巳を見て走り寄ってくる。

 ブンブンと手を振りながら、直巳とマルジェラだけを見て、一直線に走ってくる。

「あのですねー。マルジェラは、女の子に大人気で――あっ」

 特に何もなかったのだが、足をもつれさせてアリエラが転びそうになる。

「アリエラ!」

 マルジェラが素早く駆け寄り、転びそうになるアリエラを抱きかかえた。

「アリエラ……君は転びやすいのだから、気をつけないと」

「ふふ……ごめんなさい。でも、マルジェラが助けてくれるから安心です」

「まったく……君というやつは……」

 マルジェラが困ったように微笑んだ瞬間のことだった。

「キャー!」

 二人の様子を見ていた女子学生達が、一斉に黄色い声をあげはじめた。

 王子様がドジで可愛らしい修道女を助けたのだ。直巳も一緒に叫ぼうかと思ったぐらいだ。

 マルジェラは困った表情をして、アリエラを離し、直巳の元へやってきた。

「直巳! これは一体?」

「いや……まあ……マルジェラはそのままで期待に応えられてるってことかな」

「ど、どういうことだ!?」

「二人とも、どうしたのですか? 何のお話ですか?」

 アリエラも話に入れてと、直巳とマルジェラの間に入ってくる。

 すると、今度は周りから嬌声ではなく、悪意のあるざわめきが聞こえてきた。

「あの男、なに?」「知り合い?」「邪魔なんですけどー」「男いらないよね」

 直巳はため息をつくと、アリエラに耳打ちした。

「邪魔みたいだから、俺は帰るね」

「ふふっ……はい。今度は教会の方に遊びにきてくださいね」

 アリエラは大体の事情を察しているようで、笑っていた。

 マルジェラは最後まで不思議そうな顔をしていた。

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