第六章
伊武希衣は、毎晩、一人で町中を駆け回っていた。
少しでも失踪事件の情報を手に入れるためだ。
具体的な情報があるわけでもないので、ほとんど――いや、完全に無駄足に近い行動だ。
それでも、直巳が狙われたらと考えると、何かせずにはいられなかった。
伊武は、自分に付けられている、人造天使アブエルの力を使い、魔力強化で身体能力を向上させる。筋肉だけではなく、視覚や聴覚も鋭敏にすることができた。伊武は本当に五感を研ぎ澄ませて、事件の手がかりを捜していた。
何時間も町中を駆け回った後、コンビニの前で一休みしながら時計を見ると、深夜の2時を過ぎていた。
あまり遅いと、直巳を心配させ、迷惑をかけることになるので、帰ることにした。
何の味もしない炭酸水のペットボトルを握り潰し、ゴミ箱に捨てようとした時だった。
「駄目ですよ。キャップは分けて、別に捨てるそうです」
「……悪魔が……ゴミの分別に……気を使うの?」
Aだった。手には煙草と缶コーヒー(やたら甘いことで有名な銘柄)を持っている。
「いえ、ゴミはどうでも良いのです。ただ、あなたとお話するきっかけが欲しかっただけですよ、希衣様」
「そう……あなたは……何をしているの?」
「散歩ですよ。夜は悪い子と悪魔の時間でしょう? それに、家だとアイシャ様が嫌がるので、煙草も吸えませんしね」
「そう……それじゃ……私は帰るから……」
伊武が立ち去ろうとすると、Aが馴れ馴れしく腕を組んできた。
「まあまあ、少し付き合ってくださいよ。飲み物、買ってきましょうか?」
伊武は舌打ちをしながらも、渋々、Aに付き合うことにした。
「最近は、毎晩走り回ってますね。失踪事件の調査ですか?」
伊武は何も答えなかった。うなずきすらしない。
しかし、Aは伊武の態度に慣れているため、気にもせずに話を続けた。
「失踪事件の調査指示も出ていないし、天使狩りのための待機もない。ゆっくり休んではいかがですか?」
やはり伊武は黙っていたので、Aも黙って煙草を吸い続けた。
そして、Aが煙草をもみ消したところで、伊武がゆっくりと口を開いた。
「何の指示もないっていうのは……椿君のために……何も……何もできないっていうことだから……じっとしているのが……辛い……部屋にいると……焦りと不安で……胸をかきむしりたくなる……だから……こうして……走り回って……時間が過ぎるのを待ってる……」
Aは新しい煙草に火をつけて、ゆっくり吸ってから返事をした。
「犬ですね」
伊武は返事をしなかった。
Aがコンビニに入り、伊武のために飲み物を買って帰ってくると、伊武はいなかった。
Aは肩をすくめてから、買ってきた炭酸水を開けて、半分まで一気に飲んだ。
「散歩も飼い主の義務、ですか」
残った炭酸水も飲み干すと、ちょっと迷ってから、キャップとボトルを分けて捨てた。




