第五章
直巳がアリエラと出会ってから、2日後のこと。
直巳が学校帰りに駅前を通ると、アリエラが箱を抱えて立っていた。
「カイム」
直巳が呼ぶと、どこからかカイムが現れて、直巳の肩にとまった。
「直巳、どうしたの? 遊んでくれるの?」
ツンツンと直巳の髪をついばむカイムをあやして、用件を告げる。
「アリエラがいるから、ちょっと話そうと思って。一緒に来てくれないか?」
「あ、そういうことね。オッケーオッケー。じゃあ、この護符持ってて。これでずっと言葉の通じる魔術がかかるようになるから」
そういうと、カイムは身につけた装飾品の中から、一つの小さな金細工をくちばしでついばんで外し、直巳に渡した。
「ありがとうな。後で、何かご馳走するから」
「本当に!? じゃあサラミ!」
ツグミなのにサラミをリクエストされた。直巳がネットで検索したところ、ツグミは果物が好きということになっていたはずだが。悪魔だから肉や脂が好きということなのだろうか。それではカイムが大嫌いなカラスと同じだが、いいのだろうか。ちなみにBは魚肉ソーセージやワカメなどの海産物が好きで、Aは酒や煙草、香辛料などの嗜好品を好む。
リクエストを了承すると、カイムを肩に乗せてアリエラに話かけた。
「こんにちは、アリエラ」
「ナオミ! どうしたの?」
「アリエラがいたから、何をしてるのかなって」
ナオミは首から、チラシの裏を張った箱を下げている。
チラシの裏には、「てんしきようかいをたてるためのきふをおながいします」と書いてある。
かなり汚いので、推理しないと文章の内容は理解できない。
「……寄付を募ってたの?」
「はい! 少しだけ言葉も勉強したので、寄付をお願いしています!」
「集まってる?」
「正直、あまり集まってません……でも、仕方ないです。お願いしている立場ですから」
それでも、めげている様子はない。どこまでもポジティブなのだろう。
この時点で、カイムからの視線を感じる。
(余計なことしようとしてるよね? アイシャ様に言われたよね?)
わかってはいるが、アリエラの放っておけないオーラは半端ではない。それに、この状況を黙って見逃せるような教育を、姉のつばめから受けてはいない。
(女の子には優しくしないと駄目なのよ。お姉ちゃんにも優しくしてね)
立派なシスコンとして育てられた直巳には、姉の教育が骨まで染みついている。
直巳は少しだけ考えてから、妥協点を探り出した。
「アリエラ。余ってるチラシと、書くもの持ってる?」
「え? ありますけど……」
「ちょっと、貸してもらえるかな」
直巳はアリエラから紙とマジックペンを借りると、出来るだけきちんとした字で、寄付を募る文章を書いた。
「壊れた天使教会を修繕するための寄付を募っています。ご協力ください」
自慢できるほど綺麗な字ではないが、アリエラの字よりは通じるだろう。
「アリエラ。これに張り替えるといいよ」
「まあ……ありがとうございます! 綺麗な字ですね! なんて書いてあるのですか?」
直巳が内容を説明してやると、アリエラは喜んでくれた。
「早速、これに張り替えます! ありがとうございます!」
「ああ、それから。寄付してくれた人にさ。握手するといいよ」
「はあ……握手、ですか?」
「そう。俺と初めて会った時みたいに、こうやって両手で」
「それは……もちろん構いませんが……どのような意味が?」
「言葉が通じないから、感謝の気持ちをわかりやすく示した方がいいだろ? ありがとうございます、って言いながら、握手をするといいよ」
直巳の提案に、アリエラはずいぶんと感心してくれたようだった。
「試しにやってみようか。いい? お礼は大声で。握手は俺がいいよ、っていうまで続けて」
「わかりました!」
そう言うと、直巳は財布から100円を出し、箱に入れる。
その瞬間、アリエラの両手が直巳の手をしっかりと包んだ。
「ありがとうございます!」
アリエラが満面の笑みを浮かべ、大声で感謝を述べる。
その大きな声に、人々はアリエラの方を振り返った。
(まだ……まだだ)
言葉に反応して、人々が振り返っても、アリエラはまだ、笑顔で直巳の手を握っている。
人々がその様子を十分に見届けた、というところで、直巳はアリエラから手を放した。
「うん。これで大丈夫。次から、握手はこんな長くなくていいからね」
「はあ……よくわかりませんが……そうしますね」
「うん。これで、寄付も増えるはずだから」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。アリエラが何をしているか、みんなにも伝わったと思うよ」
天使教会再建の寄付を募っていることが伝わったかはわからない。だが、アリエラが抱えているのは、「お金を入れると可愛い修道女が笑顔で握手をしてくれる箱」だということは伝わったはずだった。当然、そのことをアリエラには言わないが。
「それじゃ、頑張ってね。また、様子を見にくるから」
「はい! ありがとうございます!」
直巳はアリエラに別れを告げると、少し離れた場所から、様子を観察することにした。
すると、最初はおっかなびっくり、一人の男子学生がアリエラに寄付をした。
「ありがとうございます!」
アリエラは出し惜しみ無しの笑顔と握手を、男子学生にプレゼントした。
他の男性は確信しただろう。あれはもう、魔法の箱で間違いないと。
それからは、寄付に行列ができるほどだった。硬貨一枚で彼女は喜び、男達は潤う。
中には千円入れて様子を見るバカもいたが、もちろんアリエラからは笑顔と握手だけだ。他の人よりも大きく喜んでくれるので、入れた甲斐はあるだろうが。
行列がなくなった時には、女性も興味半分で寄付をしはじめた。アリエラは変わらぬ対応だったが、ここまで喜んでくれて嫌な気はしないだろう。
これを続ければ、明日には噂が噂を呼び、アリエラが寄付に困ることはないはずだ。
「直巳……えげつないね。あれ、もう握手会だよ」
カイムが呆れた声で言うが、直巳はどこ吹く風だった。
「誰も損してないだろ?」
元々、直巳にはこういう、ずる賢いところがある。つばめは、直巳のこういう面を嫌がるのだが、これぐらいなら、まあいいだろう。
「可愛いって得だよねえ。うちの女性達にも、やらせてみたいね」
カイムが愉快な提案をする。試してみたい気はするが、そんな目立ち方をしても仕方がないのでやらないが。
「カイムは、誰が一番だと思う?」
「当然、アイシャ様! 一番可愛いから!」
カイムの無邪気な答えを聞いて、直巳は笑った。
「じゃあさじゃあさ。直巳は、誰だと思う?」
「……服装次第かな」
「僕、直巳のそういうところ嫌い!」
カイムが直巳の髪をくちばしで何度も引っ張る。
「冗談! 冗談だって! 痛いって!」
「もう! で、誰だと思う?」
「うーん……Aかな。男女問わず、狙いを決めたやつから、数百万単位でむしり取りそう」
直巳の答えを聞くと、カイムは何かを思い出すように遠くを見つめた。
「……怖いよ、アスタロトの本気は。昔、富豪の娘がアイシャ様を虐めたことがあってね」
「いや、話さないでいい。聞きたくない」
富豪の娘、アイシャを虐めた。このキーワードだけで、「Aは富豪の娘に何をしたでしょうクイズ」の解答予想が嫌な結果で埋まってしまう。
「ま、そのうちAの誘惑術が役に立つ時もくるのかもな」
「僕も得意だよ! 弁舌と詭弁の悪魔でもあるからね!」
「そっか。頼りにしてるよ。じゃ、サラミ買って帰るか」
「やった! ねえ、直巳」
「ん?」
「こんなこと言ったら駄目なのかもだけど。あの子、いっぱいご飯食べられるといいね」
「――そうだな」
直巳はスーパーでサラミを買うと、カイムと分けて食べながら帰った。




