第四章
「ふうん。天使教会の修道女ねえ」
夕食時、直巳は今日あった出来事を包み隠さず話した。
伊武は黙って聞いていたが、怪しい所無しと判断したところで、ようやく体からプレッシャーを発するのをやめてくれた。
「ま、いいんじゃない。それぐらいの距離で適当に付き合う分には、悪いことじゃないわ」
アイシャは、あっさりと言った。
「意外だな。天使教会の人間と付き合うなんて、とか、怒られるかと思った」
「直巳が、こっちの情報をその子に流してるとか、本気で好きになったとかなら、何をしてでも止めるし、その修道女だって処理するわよ。でも、話を聞く限り、こちらの情報はほとんど何も伝えてないじゃない。上出来よ、上出来」
アイシャは手に持った野菜スティックをかじりながら答える。ちなみに、アイシャは小食で野菜を好む。野菜スティックだけで食事を終えることも珍しくない。
なお、趣味は車を燃やすことと、ついでのバーベキューなのだが、自分はあまり食べない。
「それはまあ、気をつけてたから。特別な感情があるわけでもないし」
直巳の、「特別な感情は無い」という言葉に、伊武はうんうんとうなずいた。
「それでも、付き合いは控えろって言われるかと思った」
「そんなことないわよ。だって、色々使い道あるじゃない」
「使い道?」
アイシャの口から不穏な言葉が出てきた。
「天使教会の動向を探ったりとか、失踪事件の囮とか。使い道は色々よ」
「さすがに囮は……」
アイシャが手に持ったセロリを直巳に向けて話す。
「結果的に、よ。あえて差し出せって言ってるわけじゃないわ。情報だって、無理矢理聞き出せって言ってるわけじゃないし。なんとなく聞けたらラッキー、ぐらいのことよ」
「……まあ、わかった」
直巳の仲間はアイシャ達で、目的はつばめを治すこと。そのために何でもできるのか、ということだ。
仲良くして情報を聞き出す。心に引っかかる所はあるが、これぐらいはやろうと思う。
ただ、進んで囮に使おう、と言い切れるほどには割り切れなかった。
アイシャもそれをわかっているから、情報収集以上のことは望まない。
「ま、暇ならアリエラって子にくっついてなさいよ。天使教会の情報が入ってくるかもしれないしね。ただ、一人は駄目。アリエラに会う時は、必ず誰かと一緒にいなさい。今日みたいにカイムでもいいわ。何かあった時、一人じゃどうしようもないでしょう」
「ああ、わかった」
「それから、仲良くするのは結構。ただ、最後のラインだけ、はっきり決めておきましょう」
「最後のライン?」
「ええ。アリエラと付き合う距離の線引き。その最後のラインよ」
「……教えてくれ」
「魔術に関連する事件が起きた時、アリエラを助けない」
「それ……は……」
思わず、返事に詰まる。
アイシャの言うことは正しい。正しいのだが、目の前でそれが起きた時、直巳はアイシャの言うとおりに、アリエラを見捨てられるだろうか。
直巳が返答に困っていると、アイシャは苦笑した。
「そこで、嘘をつかないところは好きよ。でも、私の言うことを聞くいい子は、もっと好き」
そういうと、アイシャは席を立ち、リビングを出て行った。
その後も考え事をしている直巳に、伊武が声をかける。
「考えすぎても……仕方がない……なるようになる……それに……何があっても……私は椿君の味方だから……」
「……心強いよ」
直巳の言葉に、伊武は笑顔を返した。
アイシャの理屈は正しく、目的達成のためには必要なことだが、時に厳しい。
そんな中で、無条件で味方してくれる伊武は、直巳にとってありがたい存在だった。
「さ……椿君……ご飯、食べよう? 椿君の作ったご飯……美味しいよ?」
「……駄目男」
「よし! ご飯食べよう!」
Aがボソっと言った言葉をかき消すように、直巳はわざと明るい声を出した。
食後。Aがお茶を煎れて、直巳に出してくれる。
「アイシャ様のはヤキモチだと思ってください。あまり考えすぎないように」
そう言って、チョコレートを一つ、置いていってくれた。
食べてみると、外は甘いのだが、中が異常に苦かった。
なんらかのメッセージなのかと、直巳は新たな考え事を抱えることになった。




