第三十五章
翌日、アイシャは高宮家に天木を呼びだし、状況の確認を行なった。
天使騎士団本部は生存者からの報告を受け取り、しばらく様子見、ということになったらしい。まだ、この町から完全に目が離れたわけではないが、失踪事件が発生しなければ、そのうち気にもしなくなるだろう。
天木もアリエラがいなくなったことを知ると、踊り出しそうなほど上機嫌になった。
「それで天木。そろそろ、天使狩りを再開したいんだけれど」
「嘆きの涙ですね。一つだけですが、手に入りました。事件解決のお礼に差し上げます」
一つかと、アイシャは落胆した。ないよりは良いが、一つでは現状の回復すら難しい。
天使を降臨させる魔術具、「嘆きの涙」は便利だが、供給が不安定だし、この町で何度も天使狩りをしていれば、どうしても目立つことになる。
(何か、別の手を考えないと駄目ね)
アイシャが頭を悩ませている間に、天木が、「嘆きの涙」を持ってきてアイシャに渡した。
用事の済んだアイシャは、すぐに帰りたかったのだが、話好きの天木に引き止められる。
まあ、天木には色々と面倒をかけているし、少しぐらいなら付き合っても良いかと、アイシャは半ばあきらめ気味にハーブティーのおかわりを要求した。
天木がハーブティーのおかわりと、頼んでもいない山盛りのお菓子を持ってくると、早速、楽しそうに話を始めた。
「それで、あの処刑聖女アリエラを、どうやって倒したんですか?」
天木は目を輝かせて聞いてくる。なるほど、それが聞きたくて引き止めたのかと、アイシャは納得した。
「天木は、アリエラの能力を知っているの?」
「ええと、何も無い所に部屋を作り出して、そこに閉じ込めて殺す……でしたっけ?」
「正確に言うと、閉じ込められた後、天使様への祈りが途絶えると殺されるそうよ」
「死にたくなければ、永遠に祈り続けるしかないってことですか――処刑聖女にふさわしい能力ですね。どうやって殺されるんでしょうねえ」
「アリエラに付いている天使が殺すのか、別の方法か……確認する術はないわね。体験した人間は、全員死んでいるのだから」
「恐ろしい話ですね。それで、そのアリエラをどうやって――」
「閉じ込めたのよ。アリエラが作った部屋に、蹴落としてやったわ」
「……蹴落とした?」
「そうよ」
「……アイシャが?」
「そうよ」
平然と答えるアイシャに、天木は顔を引き攣らせた。
「それはそれは……まさか、処刑聖女を蹴りで倒すなんて、さすがアイシャ」
「それなんだけど。倒したかどうか、わからないのよね」
アイシャは木製の小箱を取り出して、天木の前に置いた。指輪が入る程度の小さなものだ。
「これは?」
天木は興味深そうに小箱を見たが、触れようとはしなかった。
アイシャは、天木の軽い口調や態度とは正反対の慎重さに、ククっと鼻の奥で笑った。
「アリエラが人を閉じ込めるとね、その後に鍵が出てくるのよ」
「鍵……ですか?」
「そうよ。その鍵を使えば、閉じ込められた人間を助け出すことができる――らしいの」
「らしい、っていうのはどういうことですか? それなら、鍵を探して、他の人間も助けてあげれば良いじゃないですか」
「無理よ。ある瞬間に鍵が消えてしまうの。大抵は、閉じ込められてすぐね」
「つまり、天使への祈りが止まったら――中の人間が死んだら、鍵も消えると」
「アリエラが言うには、だけどね」
「ということは、この小箱の中身は――」
「アリエラの鍵よ。アリエラを閉じ込めてから、2時間後ぐらいかしらね。まだ消えてなかったから、これに入れておいたの」
「……もう、丸1日は経ってますよね? さすがに消えてますよね?」
アイシャが、小箱を天木の方に近づける。
「気になるなら、開けてみる? 鍵が残ってたら、噂のアリエラに会えるわよ」
天木は一瞬たりとも悩むことなく、小箱をアイシャに押し返した。
「やめておきますよ。おっかない」
「臆病なのね」
「慎重と言ってください」
「なら、どう? 買ってみる? 処刑聖女がアリエラが入っているかもしれない小箱」
「どっかの猫じゃないんですから。かもしれない、じゃ商品になりませんよ。それに鍵が入っていたとして、処刑聖女の身柄なんか誰が欲しがるんですか」
誰が欲しがるのか――アイシャは一人だけ、欲しがりそうな人物を思いついた。
彼女に渡したら、箱を開けるだろうか。鍵があれば、アリエラを呼び戻すだろうか。
アリエラを呼び戻して、何をするのだろうか。
(騎士が囚われた聖女を解放して愛を語る――っていうなら、ロマンチックで済むけどね)
アイシャは、我ながら、くだらないことを考えているなと思う。
終わった話にいつまでもこだわるのは、ただの感傷でしかない。無駄なことだ。青臭い。そんなことは直巳に任せておけばいい――アイシャにはわかっている。
でも。それでも気にしてしまうのは、どうしても知りたいことがあるからだ。
どこかの誰かが、知っているのなら教えて欲しい。
聖女は今も祈っているのだろうか。騎士はまだ願い続けているだろうか。
聖女の祈りは届いた。騎士の願いはかなわなかった――それでも、まだ――。
「――アイシャ? どうしました?」
天木に声をかけられると、アイシャは鼻で笑って、頭から考えを振り払った。
そして、いつもどおりの作り笑いを浮かべて天木に向き直る。
「いえ、何でもないわ。そうね。こんな箱、誰も欲しがらないわね」
アイシャはそういうと、さっさと小箱をバッグに入れてしまった。
「天木。この鍵のこと、他の人間には絶対言わないでね。特に、直巳には」
「はあ……わかりました」
突然、話を切り上げたアイシャを、天木は不思議そうに見つめていた。




