第三十三章
マルジェラは逃げ、アリエラは消えた。
天使騎士団は全滅し、死体すら残っていなかった。何もかも残らず、アリエラが消してしまったからだ。
残ったのは、直巳達と廃墟の天使教会だけ。
「……終わったのかな」
消えたアリエラのことは気になるが、こちらも満身創痍だ。すぐに帰って、アイシャと今後のことを考えないといけない。
伊武がマルジェラの残していった守護剣アルケーを拾い、Aをかつぎあげると、こちらへ歩いてきた。
「Aは……生きてるの?」
直巳がたずねると、伊武は肩にかついだAをゆさゆさと揺すった。
「ま、希衣様……揺するの……やめてください……色々、出ちゃいますから……」
Aは弱々しい声で返事をした。とりあえず生きているようで、直巳は安堵する。
「A、傷は治らないのか?」
「魔力が足りなくて……完全には……高宮家に戻れば……なんとか……」
「わ、わかった。早く帰ろう――伊武、Aは俺が運ぼうか?」
伊武も魔力が尽きているし、疲労とダメージのせいか、顔色が悪い。いくら傷がふさがってるとはいえ、ダメージ自体が抜けるわけではない。しばらくは休む必要があるだろう。
だが、伊武は直巳の提案を断った。
「……別に……重くない……から……」
そういうと、またAを揺すって、軽いことをアピールする。Aの口から変な音がしたので、直巳は慌てて、わかったと答えた。
(一応……全員無事、か)
この戦いに勝ったのかはわからない。だが、たしかに全員無事で切り抜けたのだ。今はそれで上出来だと、直巳は思うことにした。
直巳も怪我はしていないが、安心してくると、強い疲労を感じてきた。
(家に帰って、伊武とAの治療をして……アイシャと話して……それから何か作って……伊武は普通に食べられるかな……それから、シャワーを浴びて……ようやく寝られるか)
帰ってから寝るまでに、結構やることがあるなと、直巳が大きく溜め息を付く。
「ふふ……疲れた……ね……」
直巳の溜め息をきいて、伊武が笑いながらいう。
戦闘用のスイッチを切り、いつもどおりの顔で直巳に微笑みかける。
ただ、伊武は顔も服も、血と泥でひどく汚れている。直巳はそれを見ると、ほとんど無傷の自分が、申し訳ないような気持ちになった。
「疲れたけど……伊武ほどじゃないよ。俺はまた、みんなに任せっきりだ」
「アリエラと協力して……マルジェラを倒したのは……椿君……だから……あんなこと……私やAじゃ……できなかった……から……」
「それも、伊武とAが頑張ってくれたから出来たんだよ」
「うん……だから……適材適所……だよ……盾には……盾の仕事……剣には……剣の仕事……だよ……」
途中経過がどうであろうと、誰がどう活躍しようと、最後に勝てばそれでいいし、直巳は自分の仕事をした。なぜ攻撃を防がないのだ、おかげで壊れてしまったと、剣に文句を言う盾はいないだろう。
伊武は本心からそう思っている。相手が直巳だから慰めるつもりもあるし、相手が直巳じゃなければ、言おうとも思わないが。
直巳は、伊武の言葉を聞くと、「わかった」とだけ答えた。
これ以上、ぐちぐち言っても甘えてるだけだ。迷惑をかけていると思うなら、次はもっと役に立てるようにすればいい。
直巳達は最後にもう一度、天使教会を見渡し、誰もいないことを確認する。
「よし、帰ろう」
直巳の言葉に伊武はうなずき、Aも黙って片手をあげる。
戦いは終わった。
直巳達は戦いを終えて、椿家に戻ることにした。
「――まだ、終わっていませんよ」
直巳の背後から声が聞こえて、肩を掴まれた。
「な――アリエラ!」
背後から、突然にアリエラが現れて、直巳の肩を掴んだ。
アリエラは逃げたのだと、もうやってこないのだと、直巳は勝手に思い込んでいた。
アリエラはただ、確実に直巳を殺せる機会を待っていただけだ。戦いの緊張が解け、伊武の監視が解ける瞬間を、ただ待っていた。
直巳が首だけで後ろに振り返ると、そこには、アリエラの作り出した懺悔室があった。
アリエラの手に力が込められる。女性とは思えないほどの強い力だった。
後は、このまま懺悔室に放り込まれて終わりだ。
「椿君っ!」
気づいた伊武が声をあげ、直巳に手を伸ばすが――間に合わない。
直巳とアリエラの目が合う。
アリエラは、初めて見るような満面の笑顔で言った。
「さあ、天使様にお祈りを――」
「あんたが祈りなさい」
突然、直巳の真横に現れた人物が、アリエラを正面から思いきり蹴り飛ばした。
「――えっ?」
アリエラが驚きの声をあげて、直巳の肩から手を離す。
アリエラは閉まる扉に向かって、反射的に手を伸ばすが、間に合わない。
自分で作った部屋に入ったことは何度もある――もちろん、閉じ込められないように扉は完全に閉めない。
だけど、扉が閉まって、外から鍵がかかって、その鍵を他人に握られたら――アリエラ自身にも出る方法はわからない。
そしてアリエラは、手を伸ばしたまま、自らが作り上げた扉の向こうへと消えていった。
扉が閉まり、後には一本の鍵だけが残る。
これが――この呆気ない幕切れが、処刑聖女アリエラの最期だった。
アリエラを蹴り飛ばした少女は、その鍵を拾い上げた。
「どうして、そこで気を抜けるのかしらね」
「ア……アイシャ?」
アイシャが鍵をもてあそびながら、ふふんと笑った。




